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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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56話 偶像【アイドル】。



 ミリアム達四人はそれぞれに手分けした治療を終えて、既に合流していた。

 合流地点はアンナがバツ印を付けた場所へ向かう道である。

 四人の考える事は同じで、術式を行使していないアンナの足ではこの距離を踏破する事はないだろうとの目算だった。

 行き倒れてしまっているのかもしれない。彼女達のアンナの身体能力に対する解像度は実に高いものだった。


「いなかったね」

「まさか、行き違い? ありえないわ。あの子の鈍足じゃ、行き違いなんて真似、出来る筈もないわ」

「と、すると。迷子かも?」

「それも考えられなくないか? 賢い子だぞ」


 バツ印地点、『癒し魔法少女ガブちゃん』のブースまで辿り着いた四人だが、アンナを見つけられずにいた。

 アンナは探知により場内を把握している筈だ。

 人混みは苦手だそうだが方向感覚などは鋭いので、迷子となる要素が見当たらなかった。

 まさか人混みに流された上、混み合う場所に出て、足ばかりしか見えないせいで迷子になった。

 などとは思わない。ちょっとだけ彼女達はアンナを過大評価していた。


 そしてガブちゃんブースでは男達が何やら鬼気迫る勢いであった。

 車椅子に腰掛けた老人が大往生と額に書かれた泥鰌髭の屈強な男に話をせがんでいる。

 目を瞑った禿頭の、これも屈強な男は太った老人と中年男性達と共に四人で木彫りをしていた。

 木彫りは少女像のようで、彼等の側には失敗作が積まれていて、異様な光景であった。

 一見普通な四名の男達は保冷箱を机代わりにして、何やら書き物をしている。

 三名は絵を描いていた。少女絵のようだがこれも上手くいかないようで、失敗作が積み上がってしまっている。

 比較的若い男が向かうのは原稿用紙のようであり、一心不乱に文字を書き込んでいる。

 そして最後に長髪の男がいた。彼も屈強な体躯をしているが、それぞれへ食べ物、飲み物を配り歩いたり肩を揉んだりしていて、忙しそうなものの顔付きには余裕があって一番話しかけ易いように見えた。


「そこのお兄さん、ちょっと良いかな? このブースで怪我人が出たみたいなんだけど、怪我人はいるかい? それと、ちっちゃな女の子が、やって来なかったかい?」

「元怪我人なら、そちらのご老人ですよ。貴女方は救急隊……には、とても見えませんね。視線の主達とも異なるようですし、もしかしたら女神様のお姉様方でしょうか」

「「「「女神様?」」」」


 足を止めた長髪の男、フルゥであるが、彼は少し思案して答えた。だが、その中にはミリアム達にとって、意味の判らない名詞があった。


「失敬。我等が信仰するお方を、そうお呼び習わしているだけです。女神様はアンナ様と名乗られましたな。美しく気品ある、実に素晴らしい小さな女の子でした。我等は女神様に救われ、教えに帰依した使徒なのです」


 恍惚として語る彼に、少女達はドン引きした。

 話が通じそうな穏やかな美青年であるものの、堂々と少女を信仰していると宣うなど、正気を疑う。

 あまつさえ感極まったように褒め称えているのだから、変態としか思えなかった。


「あ、ああ……」


 ミリアムは癖の強い変態には免疫がないので、会話を繋げる事が出来ない。

 だが、こういった手合いを前にして、黙っていられない少女がいた。


「アンタ達、ウチのアンナに何したのよ。返答次第ではその顎を撃ち砕くわ」


 リーナである。

 彼女は海の巫女として活動させられた中で、無害なオタク達が危険な変態に変貌する様を良く見ていた。

 黄金の左と運命の邂逅を果たしたあの夏以来、残姉レーナの陰謀によってアイドル的活動をさせられていた経験からのものである。

 どこにでも厄介な信者達や深き者達のような無頼共がいて、良からぬ企てをしているものだという偏見が強かった。

 なお、第一回開催こそ巻き込まれたレベッカとノエミだが、レベッカは翌年に、ノエミもまたその翌年に身体的な成長を理由として、これ幸いと偶像活動からは脱出している。

 鎮めるべきクトゥルフは幼女趣味である。巫女とは期間限定のものなのだ。


「ちょっと。落ち着きなよ。お兄さんは確かにいい歳してロン毛でキモいけど、それだけで悪人扱いは可哀想だよ。それに、アタシのアンナちゃんは、変態達になんか絶対に負けない」


 悪意なき言葉の刃がフルゥを襲った。

 だが、彼は美形なのでこの程度では鼻血を吹かない。格好付けて喀血に留めていた。

 お約束という物である。学生時代からのクール系美形キャラのまま方向性を変える事も出来ず、とうとう今年三十路に乗ってしまった彼に、いい歳をしてロン毛という指摘はとても深く刺さる刃であった。


「リーナ、レベッカ。二人共、多少は言葉を慎めよ。女と一緒で、このくらいの年齢の男性もデリケートなんだ。お兄さんと呼ばれても貫禄に欠けるし、おじさん扱いも物悲しい。進むべき方向性が迷子になる。そんな微妙な年頃なんだ。特に、昔の色男なんかはな」


 更に傷を抉るノエミであった。

 彼女にしては珍しく、なんの悪戯心もない一般論であるのだが、それだけに正鵠を射たものである。

 真実とは、時に残酷なものであった。


「あと、私のアンナちゃんだ。間違えて貰っては困るな」

 息絶え絶えのフルゥだが、窮地にあって起死回生の策が閃く、その名も話題転換。


「リーナ……? リーナとは、もしや海の巫女様ではあるまいか? いや! 間違いない! 魔性ともされる美貌から注がれる、冷たい視線! 柔らかく官能的な、芸術的なまでのツルペタ! 華奢な体躯から溢れ出る、芳しい少女臭と隠せぬ暴威! 貴女様こそ、あの至高のメスガキと呼ばれる可憐なる海の巫女、リーナ様ではありませぬかっ!」


 そして彼の鳩尾には深々と拳が突き刺さった。

 言うまでもなくリーナの拳である。

 フルゥの表情は驚愕に染まっている。

 彼の話術はご婦人方の間で磨き上げてきたものだ。

 ご婦人方というものは本気の褒め言葉には弱いものだと彼は知っていた。

 治療院経営を卒なくこなす為には必須の業であった。

 だからこそ、彼は本音で最大級の称賛を送ったのだ。だが悲しい事に、彼もまた重度のロリコンである。オタ活と拳闘を愛するだけの、ごく普通の令嬢を自認するリーナとは埋め難い価値観の相違があった。


「海の巫女は引退済みよ。あと、誰が貧乳よ。まったく、失礼なおっさんね」

「ちょっと! リーナ! ——《キュア》」


 崩れ落ちそうになるフルゥを支え、治癒を施すのは再起動の掛かったミリアムだ。

 リーナは地に伏せた彼の頭を踵で踏み抜こうとしていた。止めを差すつもりであった。

 友達にそんな事はさせられないと止めに入ったミリアムは情に篤く母性に溢れる、美しい巨人族の乙女であった。

 ちなみに、誰も貧乳などとは言ってはいない。単にリーナの被害妄想である。


「すまない。優しく麗しき巨人族の乙女よ」

「お兄さん。ごめんよ。謝って許される事じゃないけど、アタシ達の妹が見つからなくて、気が立っているんだ。えーと……」

「お気になさらず。三面犬、ビロタ流拳法、フルゥと申します」

「アタシはミリアムって言うんだ。ともかく、フルゥさん、済まないね。口ぶりからすると、アンナちゃんには会ったんだろう? なんでも良いんだ。知っている事があるのなら、教えて欲しい」


 その頃となると騒ぎを聞きつけて他の男達も集っていた。多くはリーナの事を知るらしく、有り難がって巫女様、巫女様などと拝んでいる。

 中にはかつてのレベッカとノエミを知る者もいて、成長ぶりを嘆かれた。

 彼等は筋金入りのロリコンだった。


 シラクザはリーナ達が幼い頃から通った海だ。それに舞台に上がらされて、肌を晒す衣装で歌い踊らされてもいた。

 海を鎮める為という、よんどころのない理由からである。

 レーナの口車に乗せられて責任感から始めたアイドル活動であるが、求道者気質で完璧主義の彼女達は一時期活動にのめり込んだ。

 舞台衣装は煌びやかでノエミ好みであるし、歌や踊りの練習もリーナとレベッカにとっては鍛錬の一環として愉しめていた。

 完璧にやり切れたと実感を持てた第一回開催祭典では三人揃って大きな充足感に包まれたものである。

 だがそれも、二回、三回と続けば話が変わる。

 冬、春には海を鎮める必要などなかったのにレーナや両親など大人達の都合によって舞台に上げられた。

 元々レーナは祭典の主催とは絡んでいるし、商機と見たシュペー社やマルテ社、エルポラレ社のヴィッティ女史などもスポンサーとして参加していた為だ。


 祭典は即売会場であるものの、建前上のコンセプトとしては文化振興を置いている。

 参加者が増えて賑わえば賑わうだけ良い。

 その為には大衆の目を引く目玉が欠かせなかった。それこそが、アイドル達による舞台であった。

 その開催の度に引っ張り出されていたリーナ達である。

 言わずもがな彼女達は美少女だ。第一回は四年前であるからして当時は十歳、美幼女と言ってもよい。

 そんな彼女達が、完璧なアイドルとして立ったのだ。一部では爆発的な人気となった事は言うまでもないだろう。

 故に断り切れなく、流されるままに三回目までは参加させられていた。

 だが、翌年の夏には受験勉強と身体的成長により巫女役には無理があるとして、レベッカが抜けている。

 彼女の主張は、やむなく認められる事になる。

 レベッカは一年のうちに身体が大変成長してしまったので、露出の高い衣装で踊らせるのは倫理的に危険だと判断された為だ。

 その後も断り切れずに短期間のモデル仕事などは請け負う事があるものの、学業を最優先としてアイドル活動からは遠ざかっている。


 その一年後にはノエミも抜けた。

 身体的成長を盾として、本人が強硬に主張したのだから止められる筈もない。

 だが、彼女に関しては精神的な成長の比率が高かった。暫くは可憐な衣装を無邪気に喜んで着ていたノエミだが、やがて自身の性癖に気付く。

 自分が衣装を着るよりも、人に着せる事の方が余程愉しいと。そしてデザインの道に更にのめり込んだ。

 アイドル活動は時間拘束の長さもあり、家業を盾に研鑽を積みたいと主張されれば、大人達も無下には出来ない。

 やむなくノエミの主張は認められた。彼女の母ルツは娘を着せ替え人形とする機会をまたしても失い、悲しみに枕を濡らした。

 そしてリーナであるが、彼女にだけは肉体的な急成長は起こってくれなかった。

 親友達が抜けてしまい独演での活動となり、とても寂しい思いをしていた。

 だが元は自身の不手際によって始めた活動である。

 やむを得ない理由も無しに、辞めたいだのとは言い出せなかった。責任感の強い娘である。

 とはいえ、リーナも年頃の娘だ。

 自然な欲求もあった。拳闘に傾倒していた彼女は鍛錬を積みたかった。己を高める鍛錬を。

 黄金の左と縁を結べたおかげか、彼女の拳闘技術は飛躍的に成長していた。

 それを確かめ、更なる高みを目指す為には時間が惜しく、初心を忘れ、自然、段々とアイドル活動で現れる態度は冷たいモノとなった。

 彼女が十二を迎える年となった事により、その頃には話題性から祭典舞台は世界各国で生中継される事となった。

 度し難い変態どもはあろう事か、そんなリーナの態度こそをありがたがった。

 理性を失った厄介信者共に襲われかけた事も一度や二度ではない。

 あっけなく返り討ちにするものの、多感な時期の少女には欲望にギラつく視線は恐ろしく、益々ロリコン共へ注ぐ視線は冷たくなった。

 それでもっとと悦ばれるのだから、手の施しようがない。

 成人指定ではメスガキものが大流行していた事も拍車をかけていた。故にリーナは、変態達への警戒感が強かった。


「——という訳で、拙者共めらも、女神様がどちらへ行かれたのか把握してはござらん。しかし姉君達の所へもお戻りになってないとすれば心配でありますな」


 解説といえばライトニングの出番である。

 鬱陶しくなって距離を置いてしまったリーナを放っておいてミリアムとレベッカは情報収集をしていた。

 そこで掻い摘んで経緯を語ってくれたのが彼である。博識な上、語り口も上手いので二人とノエミは大満足だ。無邪気に喜んでいる。まったくその後の足取りには役立たない情報であるのだが。


「まったく……。何やってるのよあの子は」


 変態に目を付けられて良い事などないと深く思っているリーナだけが、呆れていた。


「ふむ。しかし、妙だな。女神様は確かにあの通路へ向かった事は間違いない。であれば、貴女方と行き違いになる事もない筈だが……」


 ムンライの発した疑問は、尤もなものだった。

 振り出しに戻ってしまい、考え込んでしまう十一名の男達と四名の乙女達。

 そうしていると場内に放送が響き渡った。今回の祭典の目玉、ヌオヴァ・ジェネラッツェオーネの舞台再開の報せであった。


「うわー。もう舞台始まっちゃうんだ。リーナ、ごめんね。残念だけど、オーガスレイヤーズブレイドは諦めよう」

「判っているわ。それよりも今はアンナよ。本当に、どこに居るのよあの子はっ!」


 申し訳なさげに言うレベッカと、苛立つリーナである。会場プログラムによると、この再演から祭典は終盤に差し掛かる。

 舞台時間は長めに取られているが、暗黙の了解として販売者側はこのタイミングで販売を終了する。

 皆でフィナーレへと参加する為だ。この先は参加者一同が揃って心を一つにする時間であった。

 慰労や感謝、反省や希望といった物を胸に、過去と今、そして未来を繋げる儀式でもあった。

 各国へ放送中継は繋がっているし、会場内にも参加を促すようにそこかしこで大型の画面で写しだされている。


 そうして宴は始まった。


 軽快な旋律が流れ出し、次々とアイドル達が舞台へ上がって行く。今開催では主役の座こそ譲ったものの、彼女達とてここまで来た一流のアイドル達だ。所作一つだけでも目を惹かせる実力派揃いであった。

 画面が否が応にも視界に入る。

 そうなるように計算尽くされたのが舞台演出だ。それはここ、十五名の男女が屯する『魔法癒し少女ガブちゃん』ブースでも同じであった。


「あ」


 紳士の誰かが声を漏らした。

 次々と舞台を駆けるアイドル達の最後尾に小柄な影がある。

 俯いているので影になっていて顔までは見えないが衣装は目立つ。

 白と蒼を基調とした、お腹の開いた癒し魔法少女ガブちゃん衣装。男達がさっきまで拝んでいたものだ。


「え?」


 乙女達の誰かが声を漏らす。

 放送画面には演出として、登場の際には二画面で表示され、アイドル達の顔が映し出される仕組みとなっている。

 放送の為に考えられた演出技術で、洗練されたものだった。

 そして十六番目に映されたのは少女達のよく見知った幼女の顔であった。

 何故だか、とても決意に溢れた表情をしている。

 まったく訳が判らなかった。

 そして幼女が駆け出した。歩幅は小さいし、足も遅い。

 だが奏者達は専門家達である。演奏を調整し、観客達に違和感を抱かせる事はなかった。

 そしてやがて舞台中央まで辿り着くと幼女は、実に盛大にすっ転んだのであった。


「えーっ!?」


 大きなどよめきが湧き上がる。そして大画面に映し出されたのは、必死で起きあがろうともがく、涙目のアンナの顔であった。


「何やってんのよ! あのおバカっ!」


 会場の外れにある寂れたブースの中で、リーナの罵声が響き渡った。

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