55話 そして巻き込まれる。
「もう。どこへ行ってたのよ。来なさい。こっちよ。準備は……。大丈夫みたいね。貴女達にも大きなチャンスなんだから、頑張ってね。応援してるわよ。未来の人気偶像【トップアイドル】さん」
そして菩薩活性の呼吸を練習しながら、オーガスレイヤーブレイドの行列へ戻ろうとテクテクと歩いていたアンナだが、何故だか祭典運営スタッフの女性に捕まってしまっていた。
人がいっぱいで、景色が見えなかった為にアンナは迷っていた。
狂化を発動させていれば問題ないが、今はしていない。祭典会場は安全の為、術式の行使が禁止されている。
術式は使いようによっては危険な武器となるので必要な措置だった。
アンナもそれを承知していたので狂化を使わずに歩いていたのだ。良識ある街娘としては当然の行いだった。
会場は混雑している。残念な事に、アンナの素の身体能力は、大変なクソ雑魚ナメクジである。
ちょっと押されればよろめいて、人混みに入れば抜け出す術はない。
小柄なので進路も碌に取れなくて、右往左往している間に迷子となってしまっていた。
だから困ってしまって、たまたま見掛けた運営スタッフの女性へ声を掛けたのだ。
そうしたら手を握られて、この楽屋へと連れて来られている。しかも運営スタッフのお姉さんは応援してくれているらしい。アンナも困惑していて、ガクガクと頷くしかなかった。
「あっ! 綺麗なお姉さん達!」
だが、アンナは見知った顔がある事を知り、声を上げる。勇気と元気の為である。
楽屋へは、多くの人が詰めていた。様々な人がいるが、多くはアンナよりも少し年上のお姉さん達であった。
アンナは人混みや集団が苦手である。
その心細さによりつい声を上げてしまったのだが、これは良く無い。
アンナはミリアムの肩車により一方的に彼女達を知っているに過ぎない。彼女達がアンナを知る筈もないので、この行動は悪手でしかなかった。
証拠にアンナは五人組の彼女達のみならず、楽屋内の他のお姉さん達にまで大層胡乱な視線を向けられていた。
「ご、ごめんなさい! 私、皆様を見てて、凄くキラキラとしいて綺麗で、素敵で! カッコイイなって思って! それで、つい……」
それにはすぐに思い至って謝罪する。アンナは思い切り縮こまってしまっていた。
然程広くない楽屋には五名の他に十五名のお姉さん達や、 運営スタッフなどもいる。
合わせれば三十名以上の大所帯であった。
その中に居て平気な程、彼女は図太い神経を持ち合わせていない。
「ふぅん……。ちょっとガキ過ぎるけど、なかなか悪くないんじゃない? でも、こんな子居たっけ?」
「地元枠の子じゃないの? 時々いるっしょ」
だが、そんな中で一番に反応してくれたのが五人組の内二人であった。
一人はリーナのように淑女然としたお姉さんで、クールな感じはノエミにも似ている。
もう一人はノエミみたいに奔放な印象を受けるお姉さんだ。陽気であけすけな物言いはレベッカにも似ている。
どちらも美人である事に違いないのだが、少し疲れがあるようで、疲労を化粧で誤魔化しているようだった。
「あらあら〜。本当に、可愛らしい子よね〜。ねぇねぇ貴女〜。次の舞台ではお姉さん達と一緒に歌って踊りましょうね〜」
続いてやってきたのは、おっとりとした感じの綺麗なお姉さんだ。子供の扱いには慣れているようで、態々しゃがみこんでアンナに視線を合わせてくれている。
レベッカのような穏やかな雰囲気に、ミリアムに伍する肢体を備えていた。物凄いお胸であった。
「斯様な幼子まで楽しみにしていようとは、誠に偶像活動とは面白きものですね」
続いて現れた美女であるが、こちらもミリアム並にバルンバルンであった。お尻も凄く大きい。
ちょっと神秘的な感じの女性で、高貴な印象を受けた。彼女もしゃがみ込んで話してくれている。
この二人には疲労の色は見えない。どうやら全員が疲れ果てている訳ではないようで、少しだけアンナは安心した。
「うわぁ。なにこの子、かっわいいー。舞台【ステージ】一緒に、頑張ろうねっ!」
「は、はい!」
そして最後に寄ってきたのが凄く笑顔の素敵な可愛いお姉さんであった。
皆美人さん揃いであるのだが、この人からはそれ以上に強い輝きが感じられるような気がした。
溢れる直向きさというか、見ているだけで元気が沸いてくるような、そんなお姉さんだ。
つい勢いに圧倒されて、訳が判らないままに返事をしてしまったアンナだが、舞台? と疑問が残った。代わりに胡乱な視線は霧散している。
五人に声を掛けられた事により、楽屋内で受け入れられたようだった。
「ねね。貴女、地元枠の子でしょ? やっぱり今年の祭典には、リーナちゃんは来てないの? 引退しちゃったし」
「リーナお姉様ですか? 事故渋滞で少し遅くなってしまいましたが、本日一緒に参りましたよ。今は会場で怪我人が出てしまっているので、介助に向かっております」
「えっ!? 嘘っ!? 貴女って、リーナちゃんの妹さん!? それに、事故? 怪我人?」
「成程、流石は海の巫女。その慈悲は大海のように、遍く届けるものなのですね。お逢いできないのは残念ですが、その妹御にお逢い出来た奇縁に感謝いたします。どうぞよしなに」
勘違いする素敵な笑顔のお姉さんに訂正しようとしたアンナだが、高貴な美人さんに手を握られて、発言を逃してしまう。更に追い討ちをかけるように、頭を柔らかいもので包まれた。
「あら、あら〜。こんなに可愛らしい妹ちゃん達が二人もいるなんて、レーナちゃんってば、なんて羨ましいの〜。あら。そういえば、お名前を聞いてなかったわね〜。貴女のお名前、教えて貰えるかしらぁ〜?」
「アンナと申します」
「私はペトラよぉ〜」
「知ってるでしょうに」
どたぷんとアンナの頭を包んだのはおっとり綺麗なお姉さんの、もの凄いお胸であった。背中から抱き竦められている。前からではないので、会話に支障がない。
だが、明るく可愛い感じのお姉さんは勘違いしていた。アンナは彼女達を名前までは知らなかった。
先程、舞台を見ていただけだ。それを謝罪しようと思った矢先に。
「ふぅん。ま、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だよね。忘れてたけど。アンタ、アンナって言うんだ。私はリィンだよ。頑張んなよ」
「それもそっか。アタシはマイアって言うんだ。よろしくね。アンナちゃん」
クール美人なお姉さん、リィンさんというらしい。ぶっきらぼうな物言いだが、応援してくれているらしかった。嬉しかったので、大きくハイと返事をしておいた。マイアが賑やかしの拍手をくれている。
「妾はネーヴェと申します。よしなに」
「えへへ。私はアプリーレだよ。頑張ろうね」
手を離したネーヴェに変わり、アプリーレに手を繋がれる。熱い手であった。
ちょっと驚いて彼女の顔を見上げて見れば、舞台前の興奮によるものか、僅かに紅潮している。すぐに手を離されたが、その熱はアンナにも伝わった。
これでアンナは結構聡い方である。困惑が抜けて、ある程度の状況判断は進んでいた。
ここは舞台の楽屋で、彼女達、偶像集団【アイドルグループ】は、今は休憩中であるらしい。
メインはこの五名であるが、他のお姉さん達も偶像【アイドル】であり、祭典を盛り上げる為に呼ばれているようだった。今をときめく五人組の舞台【ステージ】である。
当然放送には乗るし、映像記録媒体でも販売される。バックダンサーとはいえ、そこに並ぶ事は大きなチャンスであった。
加えて、素晴らしい実績でもある。あの運営スタッフの女性はそう言う意味で応援してくれているのであろう。流れは判った。
だが、アンナは思った。どうしてこうなったと。
把握と納得は別物なのだ。
「皆さーん! 間も無く本番、再開します!」
スタッフによる呼びかけに、楽屋内の空気が変わった。
身嗜みを整えて、音を集めて拡散させる術具を着けられて、テキパキと整列する。それぞれの、舞台へ登る準備が整っていく。
その流れにアンナ一人が逆らえる筈もなかった。
「頑張ろうね。アンナちゃん。ファイトだよ」
アプリーレに手を繋がれて、列の最後尾に並ばされたアンナであった。
その掌は燃えるように熱い。伝わる熱が彼女の強さであった。
アプリーレは面倒見が良いし、自然体だ。
とても魅力的な女性で、自然なままに他者を元気付けられる。そんな笑顔が羨ましい。自分のそれは造ったものである。
「はい。頑張ります。あの、そのですね……」
言い淀む。この場に相応しくない、とても変な事を言おうとしている自覚があった。
「アプリーレお姉様の素敵な笑顔が、私は好きです。でも、そのせいで、お姉様が苦しまれるのは違うと思います。だから、お姉様は頑張らなくても良いです。自然に、望むままに思うがままに笑っていて欲しいのです。ごめんなさい。舞台の前なのに……」
だが、言葉にせずにはいられない。耳元に唇を当て囁いた。
笑顔を造る事に慣れたアンナには判る。
本番開始を告げられてからのアプリーレの笑顔は造られたものだった。
表面的には素晴らしい、輝かんばかりの笑顔だ。
精巧なそれは、形においては寸分の狂いもなく像られている。
だが、無理をして創ったものだ。そう感じたからこそ、アンナは言葉として告げるのだった。
「アハ。アンナちゃんみたいな小さな子にも、見破られちゃう?」
「見ていただけなら、判りませんでした。今は、手を繋いでいて頂けているので……」
「ごめんね。心配かけちゃったかな? でも、秘密にしておいて貰えると嬉しいかな」
「でもっ!」
「私ね。胸の中に、ずっと悪い物が巣喰っていたらしくてね。お医者様からは、もう長くないって言われているの。……後悔はないよ? もう夢は叶っちゃってるから。だから、今は夢の続き。いつまでも続くものではないって、知ってるよ。だから最期まで、全力で頑張りたいんだ」
アンナは気付いてしまっていた。
アプリーレの体調は非常に悪い。それも、いつ倒れてもおかしくない程に。
最悪、生命に関わる。見ただけでは何も察する事が出来なかった。それ程に彼女の笑顔は完璧だった。
だが、長く肌に触れていれば判る。
高熱を発していた。そして心配したアンナが密かに菩薩活性を使い続けても、その生命力が満ちる様子はなかった。
「治療は……」
「もう手遅れだって。延命の為のお薬は断ったよ。歌えなくなるし、踊れなくなっちゃったら、もう笑えないもん」
とびきりの笑顔で返される。
それに、彼女の言葉が意味するのは死病であった。
医者が宣告をするのは既に手の施しようがなくなってからである。
彼女は死の側にいた。
だというのに、彼女の言葉にはその自覚があってなお、ステージに立つという覚悟が宿っている。
「皆様は……」
「知らないよ。それに、気付いてない筈だよ」
そうであろう。身近な者が死病に囚われていて、高熱など発しているのならば放っておくはずがない。
例え出来る事がなかろうとも。
「もー。そんな顔、しないで貰えるかな。私が苛めてるみたいじゃん。ほら。笑顔、笑顔」
綺麗な笑顔に逆らえない。
顔の造りはまったく違うものの、その表情はアンナのお母様ルクレツィアが見せたものによく似ていた。
そして、自分と同じように瞳の奥に刻まれた聖痕。
奇しくもアンナのものと同じ場所だった。
既にアプリーレお姉様は秘蹟により救われている。
奇跡には頼れない。ならば、せめてという想いが伝わった。
両手の指で、唇の端を吊り上げる。とっておきの、笑顔作成術だ。
「遺したいもの、ありますか」
「ありがとね。でも、言ったでしょ。今は夢の続きってね。それでも、幸運には感謝だね。ここの舞台ってさ、私がリーナちゃんを見て、絶対にアイドルになるんだって誓い直した場所なんだもん。その本人とは、まだ同じステージに立ててないんだけどね。それより先に妹さんと同じ舞台に立てるのはすっごく嬉しいよ。ねぇ、アンナちゃんはアイドル、好き?」
「はい。アプリーレお姉様達のように、キラキラとした方々なら、大好きになりました」
「そっかぁ。嬉しいな。私もね、キラキラとしたアイドル達が大好きで、そうなりたいって、憧れてたんだ。夢がまた、叶っちゃったなぁ」
微笑むアプリーレへ、アンナもまたしっかりと微笑んだ。
やがてスタッフがやって来て、アプリーレを連れて行ってしまう。再演の時間は近い。
ここまで来れば、アンナも腹を括るしかない。勿論納得はしていない。でも、望まれた。ならば、精一杯やるしかない。
そして軽快な演奏が奏でられ、アイドル達が次々に舞台へ上がって行く。その最後尾にいたアンナも同じく駆け出した。
そして舞台中央へ辿り着き、盛大にすっ転んだ。
忘れてはいけない。
素のアンナの身体能力はとてもクソ雑魚ナメクジであった。覚悟や想いで解決するような問題ではないのである。
観客からどよめきが沸き起こる。
歓声ではない。困惑したものだ。前奏は既に始まっている。歌唱が始まると同時に、舞台の主役である五人組が次々と現れる段取りであった。
アンナは焦って起きあがろうとするものの、焦りから余計に身体が上手く動かせない。転んだまま、ジタバタとしていた。
しかし救いの女神達が現れる。
歌いながら現れたペトラがアンナの身体を軽々と抱え上げ、目顔で囁きかける。
大丈夫。指示に従ってと。そのまま髪を手櫛で優しく整えながら、歌を止める直前に、アンナの身体は歌を引き継いだネーヴェへと受け渡された。
一度ギュッと抱きしめられて、高く掲げ上げられれば伝わる。
アンナは両手を元気に振って、観客達へ怪我などないと示した。降ろし立たせたアンナの衣装を整え終えて、唇を閉じたネーヴェが離れて行けば伸びやかに唱うリィンが側にやってくる。
リィンが身振り手振りでアンナを叱る。
それを受けたアンナは周囲へ向けて、淑女の礼を一つずつ。五人組へそれぞれに。左右に別れたバックダンサーの戦友達と裏方達へはそれぞれ一つずつ。大勢の観客達に向かっては、最後に丁寧に一つだけ。
リィンはアンナの頭を撫でた後、手を繋ぎ、歌いながらマイアの元へと移動する。
アンナはこの時、菩薩活性を行なった。リィンは僅かに驚いたかのように手に力が籠ったが、それを表情に表す事はない。
歌い終えた彼女の掌が離れると、次には歌い始めたマイアが手を握る。
そのまま二人で舞台上を端から端へ、ゆっくりと片手を振りながら歩んで見せる。
旋律に身を揺らしながら、身体に問題ないことを証明するように。
この間にも菩薩活性を忘れない。
やがて舞台の中央部まで戻ってきてマイアの手が離れると、とびっきりの笑顔をしてしゃがみ込んだアプリーレがいた。顔を見合わせる二人。
アプリーレは、術式大丈夫だよ。最高の舞台にしようね。と囁いて、アンナの手を握って立ち上がる。
四人が横に並んでいる。彼女達は既に観客の方を向いていた。立ち上がったアプリーレも観客達の方へと向き直る。アンナもまた、同じように観客達へと向き合った。
「改めまして、皆さん。私達、ヌオヴァ・ジェネラッツェオーネの舞台に、ようこそ! 今回もまた、最高の舞台を、皆で楽しもう!」
そしてアプリーレが高らかに謳うと観客達は湧き上がり、後に伝説と呼ばれる舞台が幕を開けるのであった。




