6話 現在のセレーナ。
序章、あるいは一章終了。短め。
やがて、昼前の喧騒で賑わうカターニアの街へと繰り出した、アンナとマリアであった。
アンナは軽装である。純白のブラウスに、羽織るケープは蒼い。ドゥニム地のパタローニも藍色で、使い込まれた濃い茶色のロングブーツを履いている。軽装であるものの、首から下には肌を晒す箇所はない。
付き従うマリアは黒と白。侍女の正装とも呼ばれる、機能的で清楚なエプロンドレスを身に纏っている。ロングスカートが風に揺れるが、こちらもまた、隙のない服装であった。
二人が始めに向かったのは、百貨店である。青物を買うのなら、専門の店舗や、市場でも良かった。だが、大道芸人の宣伝によれば、百貨店では本日、福引をやっているという。聞けば、景品も結構豪勢なものらしい。そう多くの買い物の必要がなかった二人だが、七等の景品に目を留めた。
当たりの一番下の景品に、よく知った冷菓子店のサービス券があったのだ。二人とも世のご婦人方の例に漏れず、甘味を好む。今朝の朝食が塩辛い味付けだった事もあり、買い物は百貨店で済ませようと、意見が一致した。
商家達による、特売や福引などを始めとするサービスを用いた、本日の熾烈な集客争いの結果は。手の届きそうな、絶妙な位置に配された甘味によって、百貨店が覇者となった。この事は、関係者以外誰も、知る由もない。
「ご注文を繰り返します。まずは、サービス券をお使いの、季節の丸ごとシャーベットをお二つ。桃のまるごとシャーベットと、梨のまるごとシャーベットをお一つずつ。お飲み物の方は、アール・ラッシーを甘口と、セイロンティをホットで。以上で、よろしいでしょうか」
はい。と、ええ。二つの返事が重なれば、細かな装飾をあしらった可愛らしいエプロンドレスを纏う、これまた可愛らしい娘が、厨房へ向かって、「注文入りまーす」と、元気に声を掛けた。
氷菓子店、パーラー・セレーナの席に腰掛ける二人。福引の結果、望む成果を勝ち取った者達だ。風格が違う。今日、この日、アンナはついに、禁断とされる二品注文に手を出した。マリアは危険です。と諫めたが、サービス券の分しか頼まないなんて、冷菓子への侮辱です。色んな味を、愉しみたくないのですか? とのアンナの言葉に、押し切られた。マリアは、意外と勢いに流されやすい女であった。
「マリアの侍女服も、彼女のような可愛らしい物に変えたら、いかがですか?」
「お戯れを。ああいった装飾やミニスカートは、若い娘にしか、似合いませんよ。おばさんが着たところで、はしたないだけです」
「マリアはまだまだ若くて綺麗なのに、もったいない」
彼女とは、先程の店員である。マリアのスカートは踝近くまであるロングだが、件の彼女のそれは、極端に短かった。
大胆に太腿を晒すのみならず、下着であるガーターベルトまで晒してしまっている。ソックスを留める必要がある為、穿くのは仕方がないが、せめてスカートは膝丈にはならなかったのか、や、あれでは少し動いただけで、ショーツまで露わになってしまうのではないか。若い娘さんが、人前で、なんと、はしたない。
マリアは、そんな事を考えているのだろうと、アンナは思っていた。まんま、あそこまで際どい物ではないが、丈の短いスカートを履いた時に言われた感想なので、脳内再生は余裕であった。
店員のあの格好は客寄せの為だと、アンナは知っている。数名いる男性客は、それに引っ掛かって来たのだろうと、彼女は睨んでもいた。店内にいる二組五名である彼等の視線は、釘付けだ。
白く眩しい太腿に、日常で、まず晒される事のないだろう下着であるガーターベルトに。ひらひらと揺れるミニスカートと、そこから露わになるかもしれない、その中身に。
実は、過去にはアンナも、その余りの服装に、思わず問い糺してしまった事があった。
涼しい顔で、可愛いは、正義なのだ。と、返されてしまったが。
パーラー・セレーナが、これ程の繁盛店となる前の話だ。初めて、この店を訪れた日の事を思い出す。随分と、忙しい一日だったと、アンナは記憶している。
時間のある時に、キリの良い所まで投稿したいと思います。