表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
57/74

52話 指揮と士気。


 一話からも改稿しながら書き溜めを改稿しつつの投稿。

 もっとじっくりやった方が良いのかな。


 アンナは駆けながら己の迂闊さを呪った。

 最初に狂化を用いた時に冷静であれば気付けた筈だ。そして、考えが及んでいた筈である。

 怪我や体調不良を訴えて、なおかつ重篤な状態であるのは、何も一人だけではないと。


 この暑さの上、祭典開催は三日目だ。

 多くは無茶をして、夜通し活動しているものだとも聞いていた。ならば最終日である今日、限界に達し、倒れる者がどれだけいても不思議ではない。

 アンナはペンを借りた時に探知を発動させていた。

 把握した怪我人が居ると思わしき地点は五十六。

 幾つかは既に救急隊が到着している様だった。

 把握した状況から、重篤かつ有効な応急処置が行われていないであろう場所を絞ったのが丸を付けた九箇所である。


 辿り着いたのは彼女自身がバツ印を付けた場所。探知により予測していた事なのだが、その光景の凄惨さに思わず竦んだ。

 老人が咆哮を上げながらのたうちまわっている。

 無闇矢鱈に暴れ回るものだから、全身に大小の傷を負っていて、周囲には大量の血痕があった。

 この区画の床は目の荒い石畳で、そこでのたうちまわるのだから皮膚は削られ、また傷を負い、更に激しくのたうちまわる。

 ついでに失禁までしているようで、まさに発狂状態にあった。

 周りの人達も傷ましいという表情をしているが、手は出さない。

 巻き込まれて怪我などしてしまえば馬鹿らしいし、相手は老人だ。力加減を誤って怪我などさせてしまえば手枷を嵌められかねない。そういった事情は判る。

 常識的な判断として遠巻きに見守り、救急隊の到着を待つのが得策だった。そう考えても仕方がない。

 けれども——。


「通してください。治療します」


 アンナの声に眉を顰める男達。

 ここは成人指定でこそないが、少し大人向けの物品が置かれている区画であった。

 ほぼ全ての者が年嵩の男性であり、女っ気はない。

 彼等は驚き、同時に心配した。漸く救急隊の到着かと思えば、現れたのは幼女である。

 ちょっと他に見ないような、美しく気品ある美幼女であるが、小柄な幼女である。頼りになると思える程、男達も間抜けではなかった。


 老人を助けていない後ろめたさも手伝ってか、口々に危ないぞ。やめておけ。素人が手を出すもんじゃない。やら、ばっちいぞ。などの言葉を漏らす。

 その言葉はアンナの身を心配しての優しさなのだろうが、彼女は悲しくなった。

 そして、怒ってもいた。

 彼等は何もしていない。

 会場には応急処置の為に、組み立て式の担架が収納されている。だけでなく、治療用の術具や薬なども簡易なものだが用意されていた。

 それは会場案内用のパンフレットにも書かれている事で、手を出しかねてはいても、迅速な処置の為には用意しておくべきものである。

 彼等はその用意すらなく、ただ愚痴愚痴と泣き言を述べていただけだ。


 ——それは怠慢で。


 他の場所では拙いながらも、それぞれに考えて動く者達がいるのに。


 ——卑怯な振る舞いだ。


 こんな情けない人達の元へ大切なお姉様達を送る訳にはいかなかった。

 彼女たちには、綺麗で素敵なモノを見ていて貰いたい。ただの我儘だが、それがアンナが率先してこの場所へ赴いた理由の一つでもあった。


 それに、アンナ・マリア・ルクレツィア・ドロテア=オリヴェートリオ・シシリア辺境伯としても、州民の腐った性根を叩き直さねばならない。

 何故なら救急隊を呼びに行った者すらいない様子である。彼等が面倒事を嫌ったのは見え透いていた。

 力を尽くさない。それは全てへの裏切りだ。十名もの男衆達の軟弱を、赦す訳にはいかない。


「うるさいです。貴方達。ちっぽけな目先の欲の為に人道を忘れて。それでも、愛情深く誇り高いシシリアの男ですか。情けない。目の前に困っている人がいて、直接助けようとしないまでならまだしも、何故、最善を尽くそうとすらしないのです。この慮外者ども!」


 幼女から発せられた怒気の溢れた罵声に男どもは流石に鼻白む。僅かに気後れしているようだった。


「安心しなさい。貴方達は急な事に、驚き竦んでしまっていただけです。貴方達は皆、愛情深く誇り高い、シシリアの男です。私には貴方達の力が必要なのです。ご協力願えますわね。素敵なシニョーリ」


 蕩けるように微笑んで、淑女の礼。

 何故だか男達の顔は紅潮し、歓声が上がった。どの顔にも覇気と勇気が漲っている。


「皆さん、良いお顔です。私、カターニアに住まうアンナ・マリア……いえ。今は名乗りなぞ、不要でしょう。この私が命じます。そこの貴方は救急隊に連絡を。そちらの貴方がお持ちなのは、保冷箱の術具ですわね。タオルは持っていらして? そう。良いですわ。それにお水を入れてタオルと共に温めておきなさい。そちらのお二方には担架を組み立てて頂きます。そこの貴方達御三方は、救急箱から使えるものを種類別に取り出してください。気付け薬、傷薬、強壮薬で、それぞれ対応する医薬品を別々にお持ちくださいませ。そして、そちらのローブの御三方、とても素敵なお召し物ですわね。大変申し訳ありませんが、お譲り頂けませんでしょうか。……いいえ、いいえ。今すぐにではありません。私がご老人を安静にして癒します。その後、服を脱がせ身体を洗いますので、終わったら着させてあげてくださいませ」


 アンナは早口で言いながら、それぞれに向けて指を差し、目的に向けて指を差す。

 この指を差すという行為、社会的には大変失礼な行為なのだが、軍では違う。

 命令には階級に応じて指揮棒や剣などの長物で、君はアレと指し示す。指での指示は総大将にのみ許される方法であった。

 そして男達は大人であった。それも、恐らくはマリア達よりも年上の。

 この年代の男性、正確には二十六才以上の男性には兵役が科されていた。

 彼等は皆、従軍経験者である。州軍の正式な解体が五年前であったからだ。

 それまでは二十を迎えて後の一年間、男性は必ず州軍へ編成された。

 勿論、そのまま残る者もいれば退役する者もいる。なお、兵役を逃れた生者はシシリアでは公式に存在していない。


 だから彼等はまだ動かない。下知を待つ。

 命令の為に動き出すのは、号令が掛けられた後である。骨身に染み付いた習性は、何年経とうとも抜けないものなのだ。

 彼等は揃って若く、愛情と誇りに燃えていた頃、即ち青春を思い出す。


「皆様、素敵なお顔です。流石は愛情深く誇り高い、シシリアの男達。それでは、作戦を開始します。シニョーリ、アヴァンツァータ!」

「シィ シニョーラ!」


 小さき軍隊は一斉に動き出す。男達がキビキビと働き出せば、戦況は刻一刻と変化する。そしてアンナも狂化(バーサーク)の強度を高めた。

 そこからは簡単だった。

 普通は狂乱し、暴れる者を抑え込む事は達人であっても難しい。だが、アンナには安息があった。

 一時的にではあるが、彼女の安息は狂奔する霊獣さえも落ち着かせる。

 そこまでの強度の安息は過去確認された事がないのだが、それは彼女の認識外の事である。

 安息には接触が必須であるものの、逆に言えば接触さえしてしまえば、安らぎを与える事は決して難しい事ではない。

 宣言通りにアンナは動く。

 飛び散る様々な体液によって汚れるが、気にしてはいられない。苦しみに比べれば、汚れなんて、なんて事はない。

 老人の懐に入り込み拘束すると、額に手をあてて、安息(レスト)。老人は大人しくなった。


 そしてすぐさま治癒(キュア)へと入る。

 老人の怪我に、直ちに致命傷となるようなものはない。

 一番大きなものが腰骨の骨折だ。この痛みの為に暴れ狂っていたのである。

 だが、油断は許されない。怪我の数は多いし、様々な箇所が折れていたり割れていたりする。そして何より、血を流し過ぎていた。

 人類種の多くは老齢になると、生命力が落ち込んだ。自然の摂理であった。

 そして、肉体において心臓を通し、生命力を全身に運ぶ役割を果すのが血管であり、流れる血液であった。

 治癒、治療、回復技術が発達した現代においては、この生命力が存在を維持する基準を下回った時を最期、あるいは死、そして寿命というと定義されている。

 生命力は魂、あるいは存在を構成する力という名のナニかを代償として出力され続けるものであり、その力の余剰こそが体内術力とされている。


 秘術とされる【魂を重ねての強制進化】は他者の魂や生命力を取り込む事による、他者衰弱自己強化術式だった。


 そのナニか、あるいは魂の能力が落ちるからこそ、老いや寿命が存在するのだ。と信じられている。術式を扱う者には一般的な認識であった。

 その常識に囚われたままのアンナである。

 術式発動中ならばまだ良いが、強い治癒は術式が停止した後ですら徐々に生命力を削って行く事を知っていた。

 だからこそ、可哀想だが老人を完治などさせられない。

 出血を防ぎ傷を埋め、痛みだけを和らげる。

 このような半端な治癒では暫くは絶対安静となる。その間に衰えた身体機能などを回復させられる術式は現在人類種には行使出来ていない。

 アンナの知識にある限り、それが可能なのは受胎告知の御使ガブリエラのみであった。


「ガブちゃん……」


 アンナが最低限の治癒を掛け終わると老人は意識を取り戻したようで、そう口を開いた。

 アンナとて聴いた事がある。

 ガブちゃんこと救いのラッパを吹く御使ガブリエラはご老人達に大変な人気なのだという。

 彼女は幼い少女の姿をしているらしく、同じく子供のアンナを見てそう思ってしまっても仕方がない。

 安息の効果もあるのだろうが、老人の表情は穏やかだった。

 幸せな夢ならば、それでいい。

 僅かにでも生きる意欲が湧くのなら、それが一番だった。

 アンナは老人の瞳を優しく閉ざし、耳元で「頑張りましたね。もう大丈夫ですよ。健やかな目覚めを期待します。強いお人」と囁いた。

 老人は穏やかに微笑んだままに眠りについた。


 ここまでは順調だった。だが、この先はアンナに対する強烈な試練となる。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ