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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
4章 日常と学びに。
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47話 できちゃった。


 姦しく騒ぐ少女達が、少し静かになる。

 再起動のかかったリーナが、ミリアムからの交信が来たと伝えた為だ。

 王都では交信が使えない。ミリアムが交信を使えているのは神聖障壁の範囲外にいる事を意味していた。

 つまりは、安全を担保されない場所にいるという事だ。喜びに不安の混じった歓声を、少女達は一様にあげた。


「みんな! ミリアムが王都から出たわ! 久しぶり。アンナちゃんもいるのね。って言ってるわよ」

「はーい!」


 意気揚々として返事をするが、それはミリアムには伝わらない。

 代わりに返ってきたのは、アンナなら、元気いっぱいにレベッカにお神輿されてるわよというリーナの言葉であった。


「うーん。繋がってる事はわかるんだけど、何でだろ。やっぱり言葉がごちゃごちゃしちゃってて、わからないよ。リーナ、アタシの言葉、ミリアムには伝わってるって?」

「ミリアムもダメだって。あっちも色んな言葉が混じったみたいにしか、聞こえないそうよ」


 アンナを椅子に座らせたレベッカは、ピエーんと鳴いた。


「そこまで行けば、もう少しの筈なんだがな。後は余計な思念を削ぎ落とすだけなんだが」

「その感覚が、わからないのよー」


 またもピエーんと鳴くレベッカだ。

 早くに萌芽したにも関わらず、彼女の交信はこの段階で躓いている。

 理論上はノエミの言う通りなのだとされているのだが、レベッカにはそれが出来ないでいた。

 削ぎ落とす、あるいは切り捨てるといった感覚、判断は意識、無意識に関わらず日常的なものである。

 その方法を理論的に説明するのは難しく、改めて身に付けさせるのは更に困難だった。


「でも、聞こえてはいるんでしょ? レベッカは、精進あるのみね。アンナもちょっと寂しいかもしれないけど、ちゃんと伝わるように話してあげるから、良い子にしてるのよ」


 アンナはもう一度、良い返事をした。

 リーナは優しいし、交信はマリアにまだ禁じられている。約束は破りたくないし、素敵なリーナお姉様達のお話は上手である。

 声が聞こえず、届かないのは確かに寂しいが、不満はなかった。


「それで、夜会の後に因縁をつけられるようになったという話だが、状況に改善の兆しはあるのか?」

「ないようね。まぁ、ミリアムは美人だしね。そりゃ嫉妬もされるわよ。それが高位貴族どころか王族だって持っていないような素敵なドレスを纏っていたのなら、尚更でしょうね」

「うんうん。ミリアムがモテモテで、アタシも鼻が高いよ」

「すっごい、すっごく綺麗でしたー」

「確かに、ドレスも素敵よね。でも、それは素体の良さを引き立てる為に作られたから。そうでしょ? ノエミちゃん。……あはは。ミリアムちゃん、照れないでよ。本当、綺麗だよ」


 本来。交信は声を出す必要がない。リーナやノエミが態々声を出しているのは交信を使えないアンナや、雑音となってしまうレベッカに配慮しての事である。

 四人にとっては慣れた事で、まるでその場にミリアムがいるかのように会話が進む。

 それに即座に対応するクーナも大したものだ。

 周囲の状況を察し、適応する。やり手の冒険者らしい順応性であった。

 最初は写真の感想やお礼、互いの近況報告で盛り上がる。

 途中でケーキと飲み物のおかわりが出された。チーズケーキであった。

 飲み物はそれぞれ希望のものである。長くなりそうだな。と察したダイダロによるサービスだった。

 他に客はない。彼も暇である。娘の友人達だ。物惜しみする彼ではなかった。


「うーん。それにしても、変だよね。綺麗なミリアムが男達にモテモテになるのはわかるよ? でも、どうして女の子達には嫌われるのよ。ミリアムだって、その子達の気に障るような事をした心当たりはないんでしょ?」

「馬鹿ね。レベッカ。絵物語でもあるじゃない。きっと彼女達は悪役令嬢よ。きっと主より、平民をいじめる役割を与えられたのね。でも、安心しなさい。主の愛は広大無辺よ。彼女達にも救いはあるの。綺麗なお姉様であられる主は、ハッピーエンド推しなのよ」


 滅茶苦茶な論理であった。

 確かに物語の類型でそういうモノもあるのだが、現実の話である。

 主が人類種に細かな役割を与えるなどという教えはない。リーナが状況から妄想して、適当を言っているのは丸分かりであった。

 彼女は熱心な唯一神教徒だが、異端でもある。

 自分の妄想の為ならば、主に多少の泥を被せることを厭わない。その後、綺麗綺麗にしてあげるつもりなのだ。

 自らが汚辱に塗れる事など、構いはしない。彼女の妄想上、主は綺麗なお姉様であるのでそれはご褒美でしかなかった。


「時たま判らなくなるけど、リーナちゃんって、本当に熱心な一神教徒なの?」

「僭越ながら、ウチは主を敬愛しているわ」

「主が、他のみんなが言うように、おっさんでも?」

「ありえないわ。証拠は、御使を見れば充分よ。ま。仮にそうだとしたら、全力で顎を撃ち抜くわね」


 仕方なくクーナはそれ以上触れる事をやめる。

 狂信者には触れないようにするのが一番だ。冒険者としての経験の賜物だった。


「ふむ。お前達にはあまりない感覚なのかもしれんが、女の嫉妬は凄いぞ。実際、それに巻き込まれると大変な事になる。クーナさんだって、多少の心当たりくらいはあるだろう?」

「まー、そりゃね。痴情のもつれで崩壊するパーティなんて珍しくもないし」

「へぇ。……なんという事でしょう。ミリアムが詳しくって言ってるわ! クーナお姉様、その辺のお話をもうちょっと詳しく」


 バレバレの嘘である。

 ミリアムが聞きたいのならば、クーナと交信すれば良い。態々リーナ経由で要請する意味はないのだ。

 リーナは時たまミリアムとの交信を出汁にして、アンナからちょっと恥ずかしい秘密なんかを聴き出すという悪事を働いていた。

 自分で聞き出すには淑女として恥ずかしかったのである。

 アンナも素直に信じるのだから、大変チョロかった。だが、つい反射的にやってしまったこの悪癖、今回は仕掛けた相手が悪い。

 言ったリーナが、しまった。というような顔をしている。


「ねぇ。リーナちゃんさ。そんな手口は、あんまり感心できないかな」


 その相手は冒険者である。

 若く美しい身空で海千山千の世界へ飛び出した女性であった。そういった者がアンナのようにチョロインな訳がなく、少ない情報からでも我を失う事はない。


「あら。嫌ね。クーナお姉様。ちょっとドロドロとしたお話を聞きたいんじゃないの。主にミリアムが」


 だが、いけしゃあしゃあと答えるのだ。


「そう言ってるようには、全然聞こえなかったけど?」

「そうですか? ……あぁ。クーナお姉様は付き合いが薄いから知らないのかもしれませんれけど、ミリアムは大概に好奇心旺盛ですよ。聞こえませんでしたか? え? 何それって」


 確かにミリアムがそう言っていたのだが、詳しくなどとは言っていない。詳しく知りたいのは、リーナであった。


「ま、いっか。程々にね。知りたい事があるのなら、正直に聴きなさい。でも、少しは参考になるのかもね。必要になったら話してあげるよ。それで、ミリアムちゃん。夜会で踊りなんかのお誘いを頂いたのは、どういった子達なの?」


 釘を差し、深く追求する事なく話を進める。どうせミリアムを出汁にして、アンナから言葉を引き出しているのだろうとクーナには察せられた。

 彼女の見るところ、アンナは自分からペラペラと話し出すような娘ではない。切っ掛けを与えなければ、色々聞き出すのは難しかった。

 やり口は褒められたものではないが、リーナなりの愛情表現なのだろうと思っている。

 ノエミがミリアムの交信を受けて、幾つかの家名や屋号を口に出す。

 中にはアンナも知っている名もある様で、彼女はレベッカと一緒に名前が出た家名の特徴当てゲームに興じている。レベッカはそんな知識までもが豊富であった。


「やっぱり、高位貴族のご子息が多いね。王都だから、まぁ、仕方ないか」

「物語なら、そんな彼等の婚約者の嫉妬とか、その息がかかった取り巻きなんかの嫌がらせなんかが王道なのだけど」


 リーナの言う通り、創作の世界ならば、それが王道だ。だが、現実はいささか異なる。

 安易な嫌がらせなど品格を落とすだけのものだし、高位貴族程、そういった行為を卑しむ。

 第一、ミリアムがいかに美人とはいえ、大半の男性は夜会でのダンスを誘っただけだ。夜会での誘いは礼儀作法上必須でもあるので、それだけでは男女共にミリアムへ執着や嫉妬などする理由にならない。

 纏ったドレスはノエミ渾身の力作だが、こちらも問題とはならないだろう。

 かつては、下位の者が身分の高い者よりも華美な装いをする事は不敬である。とされた時期もある。

 だが、その価値観は既にエバンス・ドレスの出現によって崩れ去っている。

 大体、夜会には厳格なドレスコードが設けられていて、問題があるようならば着替えさせられた。装いを不敬とするのは理由にならない。


「ちょっと考えにくいですよね。私も直接知る訳ではありませんが、皆様、しっかりとした教育を受けられているのでしょう? そんな方々が何の理もなく突然に、ミリアムおねーちゃんに敵意を持つだなんて、理由がありません」


 うーん。と考え込むアンナであった。

 彼女は理術を使うので因果に拘りがちだ。

 マリア達に愛されて育ったアンナには、最初に『好き』がある。

 理由があれば警戒し、嫌悪感や敵意を抱くこともあるが、それは、このような不利益があるから苦手だ。避けたい。というような論理的なものだ。

 そんな彼女の価値観からは、こういった問題の本質は見えにくい。


「いいえ。アンナ。それは浅はかな思い違いよ。理由がないなんて事はないの。美しさへの嫉妬って、古来から伝わる普遍的なモノなのよ。アンタも神話や民話を読むでしょ? そんなお話に出て来る女神様でさえあるのだから、ウチ達人類種にも当然あるわ。それを直接的な災厄に変えない為にあるのが、社会であり、教養なのよ。……まぁ、だからこそ、余計に不思議なのよね」


 嗜めるリーナも、うーん。と考え込む。

 彼女は狂犬などと呼ばれているが、教養深い。

 人類種は利害関係から感情を抑制する必要がある事を知っているし、それを助けるのが、先人の知恵たる教養だと考えている。

 教育とは聖賢への道であると信じる彼女にとって、それなりの教育を受けた者が短絡的な感情で動く事など、不可思議以外の何物でもなかった。


「そうだぞ。アンナちゃん。夢を壊してしまうのは心苦しいが、これを見てくれ」

「ひゃん」


 そう言ってノエミは立ち上がるとレベッカの背後に回り、その豊満な胸部の肉を鷲掴む。そしてユサユサと揺らした。

 突然の事にレベッカが可愛らしい悲鳴をあげるが、ノエミは構わずに、他人様のご立派なお胸を揺らし続けた。


「ほら。アンナちゃん。リーナの顔を見ろ。これが、嫉妬による明確な敵意の顔だ」


 言われてアンナがリーナを見ると、物凄い顔をしていた。

 コカトリスやバジリスクのように視線で人が殺せるのならば、大量虐殺も可能な程の視線であった。

 注がれているのは、大きく揺れる胸である。大地震であった。

 震度で言えば、五程度はありそうだ。具体的に言うならば、感想で、揺れている! でかいぞ! と叫びがあがりそうな程である。

 無意識だろうか。リーナは自身の胸に手を当てていた。

 彼女が胸を揺らしたところで、震度では二程度しかないだろう。感想で言うならば、揺れたか? ああ。そんな気もするな。と言われる程度であった。


「ちょっとノエミー。いきなりおっぱい揉まないでよ。ビックリすんじゃん」

「悪いなレベッカ。良い乳があったものだから、つい、な。アンナちゃんに、嫉妬の怖さを理解らせる為にやった事だ。私は反省も、後悔もしていない」

「自分のおっぱいでやればいーじゃん。サイズは同じくらいでしょ」

「やだよ。恥ずかしいし」

「なによー。アタシを辱めたかったの」

「いや。そんな事はないぞ。だが、自分で乳を揺らして見せるなど、ただの痴女じゃないか。私にだって、羞恥心の一つくらいはあるのさ」

「じゃー、仕方ないのかなー? でも、これからは先に教えてよね」

「善処しよう」


 再び椅子に座ったノエミはアンナへ、解って貰えたかな? 嫉妬というものを。などと、優しく笑い掛けてくる。が、リーナには思い切り睨まれていた。アンナは頷くしかなかった。


「このように、貧富の差。持つ者と持たざる者による感情的な断裂は、大きな社会問題を引き起こす事もあるのだ。その辺りは、私などよりも余程詳しい者が、ここにはいるな」


 視線を向ける先はクーナであった。こんな流れで話を振られるなど、いい迷惑でしかない。


「ノエミお姉さん。クーナお姉様も困ってらっしゃいますけど……」


 リーナの視線は無視する事にして、ノエミを嗜める。だが、彼女はどこ吹く風だ。

 アンナはなんとなく思うのだ。因縁をつけられたのがミリアムでなく、ノエミであったなのならば、残念ながら当然として、一言で終わっていたのではないかと。


「確かにこの中じゃ、私が一番そういう問題には詳しいだろうけどさ。でも、社会問題の話となると、ちょっと違うんじゃないかな」

「確かにな。金言、感謝します」

「いーよ。でも、せっかくだからアンナちゃんには教えておこっか。ノエミちゃんみたいに何の悪意もなく迷惑を振り撒く人もいるけど、それは愉快犯として、適正に対処すれば問題ないわ。いちいち相手しても疲れるだけだしね。でもね、普通の、善良で、平凡な人達であっても、場合によっては善意や正義から、とんでもない迷惑を振り撒く事があるのよ。それは迷惑を被った側から見れば、敵意を持つ確固とした理由になるのはわかるよね? ちょっとお説教臭いし、結果論でしかないけど、理由がないから、敵意を持たないだろうという考えは、理由があるならば、敵意を持っても仕方がないとしてしまうのと紙一重なのよ。それで解決出来る事は少ないわ。私の両親の国みたいにね。アンナちゃんは賢くて優しい子だからさ、理屈とか道理とかで考えて、多分、自分で選んで決められる子なんだと思うんだ。でも、それで傷付かない訳じゃないとも思うの。誰だってそうだからね。だからさ、もしも自分が傷付きそうになったら、逃げちゃってもいいんだよ。私の両親みたいにね。ごめんね。お説教臭くなっちゃって」

「ありがとうございます。クーナお姉様。金言、感謝します」


 立ち上がり、淑女の礼を一つする。

 クーナの言葉には、それだけの重味があった。

 優しい言葉で、優しい人だ。自分の回りには、優しい人が多くて嬉しくなる。でもだからこそ、失う事が怖い。理不尽を知っているからこそ余計にだ。ごめんなさいと心の中で詫びる。例え傷付こうとも、逃げるつもりはないのだから。


「私は愉快なお姉さんを自認しているが、愉快犯などになったつもりはないんだけどな」

「いや。どう見ても愉快犯以外にないでしょ」


 さも心外そうに言うノエミに突っ込むのはレベッカであった。明るい彼女達の声は、ちょっとだけ感傷的になりかけたアンナの気持ちを盛り上げてくれる。

 視線を巡らせれば、リーナの機嫌は既に治っているようだった。チーズケーキと紅茶を楽しんでいて、目が合った。


「アンナ。お顔が緩んでいるわよ。クーナお姉様に素敵なお言葉を頂いて、嬉しいのはわかるけどね」

「「えへへ……」」


 リーナの指摘に、アンナとクーナは、揃って照れ笑いを浮かべた。残る三人も笑う。


「んでさ。なんでもミリアムが言うには、絡んで来る子達の中には、ミリアムの事をライバルキャラなんて呼ぶ子もいるんだっていうんだよねー。意味判る? ……あれ?」


 そしてひとしきり笑い合った後、レベッカがミリアムからの新情報を口にする。

 だが、すぐに疑問符を口にすると、え? あ? あれれ? などと言いながら、首を傾げ始めた。

 皆が心配し、どうかしたのかと言おうとして、ピタリと止まった。


「あれ?」


 なんとなくであるが、頭の中というか、胸の奥というか、心の底とかいう曖昧な場所へ、穏やかにそっと寄り添うような気配を感じた。

 それはアンナもよく知る気配。目の前にいる、レベッカとよく似たものだった。

 不思議に思い、周囲を見渡せば、皆驚きと喜びに溢れたような表情だった。レベッカを見れば、喜びの中に、少し申し訳ないといった表情だ。


「届かなかったよね。ごめんね。アンナちゃん。一人だけ、仲間外れにしちゃって」

「いいえ、いいえ! 言葉ではありませんが、レベッカおねーちゃんの優しい気持ち、アンナに寄り添ってくれる、穏やかなお日様のような感じ、確かに伝わりましたよ! でも、レベッカおねーちゃんのお口から聴かせて下さい。もしかして……」

「うん。交信(コンタクト)使えるようになったっぽいよー」


 アンナはガタリと音を立てて椅子から降り、ぴょんぴょん跳ねながら万歳する。キャッキャと喜びながらだ。

 同じく席を立ったレベッカがヒョイとアンナを持ち上げると、肩車をしてくれた。

 わーいと喜ぶアンナの声に、レベッカの頬も緩む。

 自分の成功を、まるで我が事のように喜ばれて、嬉しくない筈がない。それが妹のように可愛がっている子ならば尚更だ。

 やがて落ち着きを取り戻し、再び席に着いた。

 一旦、ミリアムのお悩み相談は置いておく事となる。当の本人であるミリアムが殊の外喜んでいて、自分の悩みなどよりも、レベッカに話し掛けまくる為だった。

 彼女も仲良し四人組のうち、一人だけ交信で繋がれない事を寂しく思っていたのだろう。

 リーナはどちらかといえば過激派だし、ノエミは前衛的である。派手な見た目に反して、穏やかで常識的なレベッカは癒しであった。


「うん。なんでかさー。削ぎ落とすとか、切り捨てる感覚ってのは、あんまりわかんなかったんだけどねー。釣り上げるとか、掬い上げるって言うのかな? いっぱいいるお魚の中から、一匹を選んで捕まえるって感じの感覚? そんな感じかも。でも、上手くいったからこう言ってるだけで、さっきは無意識だったし。ぶっちゃけわからんしー」


 次々にされる、どうして突然、交信が使えるようになったのかという質問に答えるレベッカだが、特別にはっきりとした切っ掛けはないようだった。

 これは割とある事で、術式使いにとっては珍しい話ではなかった。

 一般的にはごく曖昧に、閃いただの、噛み合っただの、覚醒しただのといった言葉で表現されるが、それを正確な工程で表した記録はない。

 理術における納得の段階において、理論構築が完璧であっても即行使出来る訳ではないし、逆に行使可能な状態ならば、理論に多少の粗があっても問題ない事さえあるのだ。


「中々面白いですよね。一般的に最適だと信じられている方法では上手くいかず、別の方法だと成功するのですから。状況により理論構築は変わりますが、場合によっては最適なモノが最善とはならないかもしれませんね」

「うーん。でも、今使えてる術式を大幅に弄るのは感心しないかも? 使えないものに挑戦する時なら、色々試してみるのが良いかもだけどねー。術式も学問と同じで、多くの場合に上手く使えるよう最適化されたものだからさ。あんまり変に弄っちゃうと、扱えなくなっちゃうかもしれんしねー」


 レベッカに釘を刺されるアンナであった。


「わかってますよ。でも、浪漫を感じませんか? 適性外とか言われて使えないとされる術式でも、考え方、やり方一つで使える可能性があるならばって考えたら、楽しくありません? 術式が苦手な子だって、使える可能性が産まれるんですもの。すっごく、すっごい浪漫ですよ」

「そうは言うがなアンナちゃん。多分だが、これは別に新発見ではないぞ。昔から、個別指導の有用性を指摘する声は多い。だが、それが標準化されていないのには、何かしらの理由がある筈だ」

「そういえば、そうですね。でも、良い方法があるのならば、そちらの方か良いですよね。それでも、難しかったり、敢えてしないのなら、他にも何か理由がある筈で……」

「結論から言えば、効率の問題ね。具体的には時間とお金。いつだったか話してた、教育指導要領の話は覚えてるかしら?」


 ノルドの話をしていた時に出てきた話題である。現代まで続く教育には、元々は万能の天才を生み出す為の意図があるのだとされていた。


「万能の天才を作り上げるなら、なおの事、欠点克服を重要視するものではありませんか?」

「正直な話、学問なんてもの、極めようと思ったら時間なんていくらあっても足りないわ。術式だって同じよね」

「それで時間ですか」


 そういう事だとリーナが説明してくれる。

 実際に、もしも一人の教育を任された場合を想像してみなさいと言われれば、腑に落ちた。

 相手の性質、思考、嗜好を把握し、学習能力に対して相応しい教育を施していくなど、時間が掛かり過ぎる。社会では覚えるべき事も数多い。

 学問だけでは生活出来ないので、日々の糧を得るための時間も必要だった。

 他にも、睡眠や休息だって適切に取らねば壊れてしまう。どう考えても、時間が足りなかった。


「お金も、似たようなものよね」


 現代の一般的な形態とは逆に、もしも一人の学生に一人ないしは複数の教師が付く場合、その教師達の給金などはどこが負担するのか。となれば、教育機関であろう。

 そうなると、学費を上げるしかない。しかも、学生一人から徴収する金額が、最低でも教師一人分の給金を超えていなければ話にならない。

 しかし、それ程までの多額の金銭を払ってまでも学問を志す者など殆どないだろう。

 大抵の者は社会に出て金銭を稼ぐ為に学問を積むのだ。それが逆になってしまえば、学問自体が廃れる。


「だから、効率の問題なのよ。拾い上げるよりも、篩い落とす方が遥かに簡単だから」

「そう言われれば、理解は出来ます。ですが、現実って厳しいというか、世知辛いというか、ちょっと残念ですね」

「って言ってもさ。アタシ達は恵まれてるかんね。自分でしっかり目標を立てて、時間を作って、考えて。行き詰まった所で頼ってみれば、返してくれる人がいる。簡単に、先人が積み上げてきたモノにだって触れられる。そりゃ時間は有限だけどさ。学ぶ側がもっと積極的になれば、学問を進める事は難しい事じゃないよ。そりゃ、何も残らないかもしれない。だけど、もしも、自分が学んだモノを糧にして、未来のどこかの誰かが新しい発見、面白い理論を構築してくれるなら、それはとても浪漫に溢れていて、素敵なお話だって思えないかな?」


 ちょっと残念そうにしたアンナへ、レベッカが語ってくれる。アンナは、それはとても素敵で浪漫に溢れてますね。と、瞳を輝かせた。


「なんか、語っちった。ちょい恥ずかしいかもー」


 などと言うが、恥ずかしい事なんて何にもない。

 学問なんざ道楽だ。などと言う者もいるのだが、その道楽が、巡り巡って暮らしの役に立っている。見える場所、見えない場所、様々な所で。

 学問は、確かに直接的に何かを産み出すものではない。余裕のある者の道楽と言われてしまえば、否定は出来ない。

 だがそれは、使い方次第では、とても素敵な道具となる。そう信じているアンナにとっては、レベッカに貰った言葉は、とても嬉しいものだった。


「えへへ。レベッカおねーちゃん、大好きー」


 顔を綻ばせて、宣うアンナであった。レベッカは恥ずかしそうに頬を掻き、リーナは肩を竦めている。ノエミはハンカチを噛んでいた。ここにはいないミリアムだって、一緒にいるクーナのように、穏やかに微笑んでいる筈だ。


 実際は、何も劇的な事など起こらない、ただの日常の中の一つの場面である。

 だからこそ、少女達は祈るのだろう。

 この穏やかで幸せな時間が、末長く続きますようにと。父と子と、精霊の御名において。そうあれかしと。


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