40話 服とかのアレコレ。
名実共にファッション界を牽引する存在であるマルテ総帥、ミウチャこそがノエミの祖母であった。
「いやー。私みたいながさつな女には身に余る光栄よね。でも、いいの? 私なんかで」
「良いと思うぞ。それに、クーナさんに目を付けたのは母だ。あの女は身勝手だが自分の感性には絶対の自信を持っている。途中で投げ出したりはしないさ」
「こら! あの女とか言わないの。ルツさんは母さんでしょ」
「私の服を何癖付けて着ない母なんて、あの女で充分だ」
クーナの常識的な嗜めに、ムスリとして放言するノエミであった。
彼女は幼い頃より母親によって、様々な衣装の着せ替え人形にされていた。
お礼にとばかりに幼いノエミも手造りの服を造り、母に着るように迫った。
「そりゃ、あんな服。あんまりにも痛々しくて、良い大人じゃ着れないでしょうよ……」
だがそれはあまりにも可愛らくフリフリと飾られ、露出の高い服装だった。
幼いノエミはヴァルキリーから続く魔法少女物のアニメに傾倒しており、そういった服装こそが世界で一番可愛いのだと思い込んでいた。
「いや。あれは凄かった。あんなに狼狽えたママ、アタシ初めて見たもん」
「うちのお母様もね。『御使』が発禁処分とされた時だって、あんな顔しなかったわよ」
それは七年程以前、ノエミが七つの誕生日のお祝いを終えた後の事である。
その日。ノエミの幼馴染で親友でもあるリーナとレベッカを呼んでの祝宴が設けられた。
小さなパーティで、出席者は彼女達と保護者である母親達だけであった。
それが引けた後、彼女は普段からのお返しにと母へプレゼントをしたのだ。
どこで覚えたのか彼女は、お誕生日は自身の周りの人々へ感謝を伝える日でもあると考えるようになっていた。
プレゼントは手製の服一揃いである。
この頃には既に目分量で採寸が取れたノエミは何日もかけて準備し手縫いして、衣装を創り上げていた。
それもフリフリに飾られた露出度の高い、可愛らしい魔法少女服を。
彼女にとっては精一杯の日頃の感謝の気持ちの現れである。ただ母に着て欲しかった。無邪気に喜んで欲しかっただけなのに。
しかし母は着替えを渋った。ノエミの想いを拒んだのだ。
これに不満を持ったノエミは駄々を捏ね、身も蓋も無い程に嘆き悲しんだ。
幼い彼女にとって天地がひっくり返る程の衝撃で、悲しい事件であった。
これに反応したのが母親と共に帰宅中のリーナとレベッカである。
彼女達はとても優秀で、この頃にはもう既に交信術式が萌芽していた。声を聞き取れる程の精度がなくとも、強い感情に呼応するだけの強度があった。
ノエミの悲しみを察知したリーナはお母様へ、ノエミが泣いている。大変だ。と必死に訴える。
レベッカも同様に、ママへ戻ろうと頼み込んだ。
これに母親達は頷いた。ノエミの母であるルツとの交信が、不通になっていた為だ。
マルテ家は使用人を置いていない為、この日のように主人が不在の場合、母娘二人きりとなる。
この頃。シシリアでは押し込み強盗などの凶悪犯罪が増えてきているとの噂があった。
これは領主が夫人の不調により、その療養にかまけて統治を怠っている。というこれまた噂話からの連想による、根も葉もないものであった。
だが島民心理には不安と危機意識を与えた。噂を伝え聞いていた母親達もよもやと思い、様子を見に行く事に異論はなかった。
果たして二人の婦人はそれぞれの娘を抱き上げてノエミの家へと戻る。
状況によっては一刻を争う。急ぐ必要があった。
途中で娘達が、交信が切れたと叫んだのだから尚更だった。
辿り着き、呼び鈴を鳴らしても返事がない。
顔色を青褪めさせた婦人達は衝動的に鍵が開いたままのマルテ邸に飛び込んで、友人親子の安否を問う声を口々に叫びながら先程まで居たパーティルームの扉を開いた。
そこでは、あんまりな光景が広がっていた。
妙齢の女性がはしゃぐ娘を前にして甘ったるい声音で唄い、媚び媚びな振り付けで踊っている。フリフリに飾られた露出度の高い、可愛らしい魔法少女服を纏って。
丈の短いトップスは淡い桃色を基調に白と赤。二色のフリルで飾られている。背中には小さな白い翼が有り、首元にはアクセントとして鈴を付けた蒼のリボンタイ。
胸元には可愛らしい筈の、デフォルメされた黒猫の顔が描かれている。
だがこの猫。豊かな胸部によって、パツンパツンに拡がってしまっていた。
その下部には何もない。従って、溢れた下乳が露わであった。当然ながらお臍までもが露わとなっている。
ソファの上には先程まで着ていたであろう衣服が畳まれていた。
その上に、乳抑え用の白い下着が乗っている。どうやら外しているようだ。布面積がトップスよりも広いので、仕方のない事であった。
靴とスカート。そしてガーターベルトも上着と同色だ。飾りも同じデザインと配色であった。
シンプルなのはピッタリとした膝までの白いニーハイソックスだけである。
薄桃色のハイヒール。飾りの黒猫は小さいが、全身像が描かれている。拡がってしまった顔付きからは想像も付かないのだが、普通の猫のスタイルだった。デブ猫ではない。
スカートにはベルトを模した蒼いリボン。
真ん中、お臍の下辺りには逆三角形の切れ込みが入っていた。
下部辺りからチラチラと白いものが見える。どうやらこちらの下着は着用したままであるようで、短いスカートのお尻から覗く、白いものも同じであるようだった。
何故だかそのお尻。上部には黒い尻尾が生えていて、女性——つまりはノエミの母ルツである。
彼女がお尻を振る度に揺れている。
右腰の辺りには黒猫顔のポーチがぶら下がっており、こちらも綺麗なお髭を揺らしていた。
揺れているのは、何もそれらだけではない。
豊かな胸部だけでなく、長い髪が揺れていた。二つに別けて結われた、俗にツインテールと呼ばれる髪型である。そのそれぞれの尻尾が陽気に揺れている。
そして頭部には何故だか侍女が被るホワイトブリム。そして黒い猫耳が生えていた。
——うわキツ。
それが婦人達の共通した認識であった。
だがそこで思考を終わらせないのが大人である。
二人はどうしてこうなったのか考察した結果。
——わけがわからないよ。
やはり共通して、そう結論付けたのであった。
大人にだって、判断のつかない事や、理解りたくもない事は沢山あるのだ。仕方がなかった。
だがしかし。無情にも娘達による聖御使†猫姫【ほーりーえんじぇるみゃーこ】ちゃんだ! という叫び声で理解らされてしまう。
ヴァルキリー、溺愛シリーズに続く、今期の魔法少女アニメーションのタイトルにして、主人公の名前であった。
妙齢の婦人達には、わかりたくもない事だった。
一曲歌い終わったルツがにゃんと締めると、招かれざる客人の存在に気付いた。
片手片足を上げている。
右手は猫の手で手招きをするように。左手は投げキッスの姿勢であった。
彼女は両手片足を下ろすと、油の切れた機械の様なぎこちない動きで振り返る。
ルツ・ミウチャ=マルテ、マーキュリィ・レア・カテリーナ・ベネディクト=ヴィッティ、ナタリア・ラヤ・パウロ=シュペー。三婦人の視線が結ばれた。
ノエミの母ルツの口からは、声にならない悲鳴があがった。
「あれ以来、母は私の服を着てくれなくなってな。思えば、あれが、最初で最後だったな」
とても残念そうに語るノエミであった。
アレ以来。彼女は母親に服を着させるのならば、相手の似合うものにしなさい。と、言い含められている。そうでないモノは着ないとも。
「よく似合ってたのにね。ルツさんあの後、髪ばっさり切っちゃってさ。もったいないよね」
「うむ。後で聞いた話では、相当恥ずかしかったらしい。似合うと思ったから贈ったんだけどな。私には色々着せる癖に、自分は拒否だ。強情な女だよ。まったく、ままならないな」
「こら。ちゃんと呼びなさい。……で、どんな服装だったの?」
「それはねー」
やはり呼び方が気になるようで、嗜めるクーナである。
とはいえ、今までの会話からではどのような服装を恥ずかしがったのか今一見えてこない。なので詳細を求めると、レベッカが説明を請け負った。
「んー? その格好に恥ずかしい要素ある? 確かに胸のサイズが合わないのは困るけど、そこまで気にする程の事でもないよね?」
「だろう? 母は下着やお臍が見えるのが、はしたないとか言っていたな。人は歳を重ねると頑固になると言うが、そういった事かもしれないな」
クーナはどれほど破廉恥な服装であるのかとある意味期待したのだが、聞けばなんて事ないようだった。
彼女は下着など着けない。それが見られる羞恥心など想像もつかなかった。
彼女の着る服は下着よりも厚く、しかし同様に体型を補正するので、態々下着を着ける必要がない。
「あら。アンタ達って結構お子ちゃまね。まぁでも。アンタ達みたいな下着着けない属にはわからない領域の話かもしれないけどね」
何故か勝ち誇った顔で語り始めるリーナである。
下着をちゃんとつける属である彼女は、普段は異端扱いであった。アンナもマリアに言われて、最近下着を着けるようになったので、訳知り顔で頷いておいた。
彼女は自信満々のリーナへの信頼が、一同の中でも最も篤かった。今は知らないけれど、リーナお姉様ならばちゃんと説明してくれるだろうと。
「本来、下着は衆目に晒さないものなのよ。どんな物語であっても、自分から下着を見せるのは愛しい人との閨の中でだけって大昔から決まっているものなの。わかって?」
アンナはコテリと首を傾げる。まず、閨は知らない単語であった。
「閨はベッドとか寝具の事ね。文学的表現においてはお互いの愛情を確かめ合う時、ベッドや寝具は閨という言葉に置き換えるの」
補足に成程と頷くアンナであった。今度マリアと寝る時には文学的な、閨という言葉で誘おうと思った。勉強を褒めてくれるだろうと期待してのものである。それはさておき、彼女にはもう一つの疑問があった。
「リーナお姉様に読ませて頂いた絵物語の中には、たまに下着を晒す場面が出ますよね。結構大きな絵で。それはよろしいのですか?」
「フフン。バカねアンナ。あれは読者サービスなのよ。残姉によれば、ラキスケとかヒロピンとかいう概念らしいわ。本来晒される筈もない下着を不可抗力によって晒す場面をあえて創る事により、読者の関心を惹く手法ね。その流れが自然であればある程、素晴らしいの。文学的ではないけれど、作家達の技巧表現の一種ね。これが上手な作家は、物語も上手よ。間違いないわ」
概念らしいわ。以下の言葉は、ただのリーナによる感想である。
それを、あたかも世間の常識であるかのように語る辺り、この女も大概に思い込みが激しい。
熱心な一神教徒、それも異端であるのだから仕方のない事かもしれないが。
「リーナ……」
「リーナ、お前……」
「リーナちゃん。貴女……」
アンナちゃんに、なんてモノ読ませてるのよ。と三人からは続けられたのだが、リーナはどこ吹く風だ。
「健全よ」
と、斬り捨てた。
リーナは良識ある淑女である。低年齢のアンナに年齢指定物など読ませるような真似はしない。
単に近頃の絵物語の風潮がそういった表現に寄っているだけであった。
彼女はそれを表現への挑戦だと受け止めたが、識者によれば安易で低俗な部数稼ぎの手法であるとされていた。
それを詳しく語る必要はないだろう。
例えそういった思惑が含まれるにせよ、読書愛好家の誇りに賭けて薦めるのは面白い本である。
リーナの瞳や心には、一点の曇りもないのであった。
「なるほどなー。私は下着を着ける習慣がないから共感は出来ないけど、そういう恥ずかしさもあるんだね」
クーナは頷いた。納得がいったようだった。
だが、リーナの語りはまだ続く。
「あとは、やっぱり露出よね。特にお腹の。マリアお姉様もそうだけど、ウチ達のお母様達には、幾つかの共通点があるわ」
「大人とかです?」
「惜しいけど、外れね。勿論年齢による文化もあるけれど、彼女達は子供を産んでいるの」
おおっと。どよめきが湧いた。当たり前のこと過ぎて忘れていたが、確かにそうである。
「個人差があるとはいえ、子供を産んだ女性のお腹には妊娠線が入る事が多いわ。それは皺や傷のようで、衆目に晒すには抵抗があるのでしょうね」
傷跡を残すのは反社会勢力の習慣だ。
消す事が出来ないのならば隠すべきものである。
だが、残ってしまった妊娠線は子供を宿した証であり、母親としての勲章だった。
消す事など思いもしない。そういった相反する感覚によって、臍出しは若い娘にのみ許される服装とされているのだろうと、リーナは語る。
これはあくまでも、お腹を晒す事についてなのだが。とまで付け加えて。まったくの彼女による妄想なのだが。
「他の部位については私の仮説なので、まるっきり信じる必要はないんだけど、聴く?」
いつもの事であるがリーナの語りは上手い。
惹き込まれるようにして、四人娘はそれぞれの言葉で頷いた。
「まずは年齢による文化の違いからのものだけど、勿論例外はあるにしても、結論から言えば慣れと順応性によるものね。これは一定の年齢層で分けられるのよ。そのラインが、だいたい二十五歳前後かしらね」
彼女が言うには、それより上だと肌の露出に抵抗を持つ女性の割合が跳ね上がるらしい。
それよりの年長はマリアやそれぞれの母親達が該当する。
「ああ。そういう事か。段々読めてきたぞ」
「あら。流石ノエミね。貴女が説明する?」
「いや。譲るよ。私のは仮説にも届かない曖昧なものさ。だが、そうだな。伝統的な婦人服の露出は少ない。というよりも、肌を晒すファッション自体が比較的最近のものだ。これには心理的、技術的な特異点があったのだと、リーナはそう言いたいんじゃないか?」
「正解よ。そして、その特異点こそが……」
「レーナさん達の」
「残姉達の」
「「アニメーションね」」
ハモる二人であった。レベッカとクーナは成程などと頷いているが、アンナにはいまいちピンとこない。
ヴァルキリーのアニメーションはノエミに押し付けられて視聴した。
彼女の絶賛通りに描画がとても秀麗で、大変面白かった。戦闘描写が現実的過ぎて少し怖いくらいであったが、それだけ力作だったという事だろう。
だが、それとファッションの変遷がどう繋がるのだろうか。それが腑に落ちない。
「ちょっと二人ともー。アンナちゃん、考え込んじゃってるじゃん。ちゃんと前提から説明しなくちゃダメじゃない」
「ああ。そうだな。……ごめんね。アンナちゃん。ヴァルキリーは視聴しただろう? 彼女達の服装や戦装束。貴女から見て、どうだったかしら?」
「綺麗で可愛かったですよ。ノエミおねーさんが憧れたのも頷けました」
「それだけ? 他に何処か、変だなって所とか、なかった?」
「変な所ですか? 確かに戦装束なんかは派手過ぎて、普段着にするには少し変ですけど、設定や舞台を考えれば当然ですし、素敵でした。あ、もしかして、戦乱の中で皆んな綺麗な服なのがどうとか言いたいのなら、それは不粋だと思います!」
「うんうん。そうじゃないから、安心してね。アンナちゃんも服装に、悪い意味で思う所がないって事が、特異点の齎した結果よ。ちょっとだけ待っててね」
そう言ってスケッチブックを取り出して、サラサラとラフ画を描き始めるノエミであった。
彼女は普段から思い付いたアイデアを残す為に、収納術式によって常備している。
「まったく。ノエミは回りくどいわね。あと、なんでアンタはアンナにだけ、そんな気持ち悪い口調になるのよ」
「五月蝿いぞリーナ。お前の言葉遣いと、大して変わりはないだろう。気持ち悪いなどとは、心外だ。お前らと違って、私はただ、一般常識を弁えているだけに過ぎん」
「だから、そういうところよ」
普段はぶっきらぼうな男言葉を使うノエミだが、アンナにだけ話し掛ける時には優しく柔らかい女性らしい口調になる。というよりも、相手によって言葉遣いを変えるのは一般常識である。
リーナやレベッカのように、誰にでも同じ口調で話す方が稀であった。
「ま、こんなところか。ご覧、アンナちゃん。向かって右側が当時の夏の一般的な装いで、左側が劇中や現代の、一般的な服装よ」
そのカンバスには二つずつ、平服と夜会用のドレスが描かれていた。その布面積の広さには大きな違いがあった。
「こうして見ると、結構変わっていますね」
まず右側。当時のものと言われた平服だが、肘までの半袖ブラウスのボタンは全て留められている。
裾は、膝下丈のスカートの中に仕舞い込まれていて、お臍の高さでふうわりとベルトで留められていた。靴の踵は高くなく、長めのソックスを履いている。
首から上を除けば、露出しているのは肘から下と、僅かな膝下くらいのものである。
「でしょう? 少しは夏の暑さのせいもあるけれど、同じ名前の服装でも、今はこうよね」
左側が指差される。
こちらも半袖ブラウスであるが、上二つのボタンが外され、袖丈は二の腕までである。裾も、お腹までの長さであった。裾は均一でなく、鋭角の切れ込みとなっている。スカートは膝上丈で、恥骨の高さでベルト留だ。靴の踵は高い。ソックスも短く、踝丈の長さであった。
肌を晒しているのは二の腕から先で、脚も足首から太腿まで出している。胸元やお腹周りもチラチラと露出していた。
「放送の最初の頃は、子供になんて服装をさせてるのと、大層な苦情が入ったそうよ」
苦笑するリーナであった。
彼女が好むのは昔のような露出が少ないものだが今の流行に理解がない訳ではない。
大体。自宅やアンナ達の家で寛いでいる時には服を脱いで、スリップ姿である。
ドレスのままでは皺になるし、暑いからだ。下着はその下に着けている。
「まぁ。すぐにその声も止んだらしいがな。そしてこっちの夜会用ドレス。当時の一般的なドレスと作中の夜会回でヴァルキリーが着たドレスよ。比べてみて」
そしてドレスであるが、双方ロングスカートである。ただし、右側は脚を隠すように大きく円状に広がっており、踝までの長さであった。
対して左側は身体のラインに合わせるようにスリムになっていて、大きくスリットが入っている。丈も脛辺りまでであった。
「お胸と背中は、おんなじくらいに開いてますけど、並べてみると全然違うものですね」
どちらのドレスも大胆に胸元と背中を露出させていた。
だが右側は肩で着て、二の腕までだが袖が有る。
腹回りでコルセットによって調整するようになっている。
対して左側だが布地は胸元までで、肩はない。コルセットは着けず、下着のようにして背中と腰で調整するらしい。お臍の辺りが大きく開いていた。
「どちらも、ワンピースドレスと呼ばれる種類の物なんだけどね」
どちらも用途は同じである。夜会や式典などに出席する際に纏うものだ。
ノエミは女の戦装束と言うが、あながち間違いではない。権威や財力といった、持てる力の象徴としてドレスを始めとする服や装飾品ほど、判りやすい物はなかった。
なお、ドレスデザインの現在での主流はヴァルキリー風のものである。
今では服の仕立てによる権威の誇示よりも、素体を引き立てる感性こそが重視されている。
「ヴァルキリーの夜会回が放送された後、ルッツにも問い合わせが相次いだそうよ。総合アパレルのマルテと婦人服のルッツはスポンサーとして、製作委員会に噛んでいたそうだから」
「アンタのお婆様も、よく残姉なんかの誘いを受けたものよね。アニメーションなんて前例のないものに投資するなんて、相当な博打よ」
「なんでも、当時のデザイナーの一人にレーナお姉様の同志がいたらしくてな。その方の熱意に絆されたらしい。だが、そう言うのならばシュペー社も大概ではないか?」
「娘の我儘に付き合っただけよ。お父様も残姉には甘いからね。それで、そのデザイナーの方は今は?」
「放送の年に亡くなったそうだ。その頃には大分ご高齢だったそうだしな。確か、九十八の大往生だったか」
「なんで、そんなご高齢のお方と残姉は同志なのよ」
「それを私に聞くか? まぁ、何かしら通じるものがあったのではないかな。賛否両論ある作中の服飾デザインの多くは、彼のものだったそうだし」
ヴァルキリーが社会現象とまでなった背景には、こういった物議を醸す対立軸があった事も挙げられよう。
これまでの常識を崩す夜会ドレスのデザインだが、力の入った作画で大変美しく描画されていた。
この夜会回は最初と最後を除くほぼ全編を通し、ヴィーラがヴァルキリーせと変身した姿で描かれている。その姿は清廉にして妖艶、高潔にして可憐であった。
やはり格式ある夜会にこのような衣装はどうだという層はあるものの、素直な子供などは単純に美しい姿に魅入ったものである。
更に言えば、当初ヴィーラの纏う露出の高い平服に苦言を呈していた女性達までもが、やがて口を噤む事となった。
彼女達はそれなりの立場にあるご婦人方だ。
既婚の者もいれば、独身の者もいる。子持ちの主婦もいれば、職業婦人もいた。
だが、総じて彼女達は暇だった。暇な癖に生活には余裕がたっぷりとあった。
立場があり、余裕がある女性達の娯楽など然程多くはない。彼女達の最も好む娯楽は夜会であった。
そんな彼女達である。架空の女性であるヴァルキリーの美しさに惹かれた事もあるが、一目で新しいドレスを気に入ってしまった。
何故なら、彼女達が夜会で纏わざるを得ないドレスは窮屈で重かった。
確かに見た目は華麗で煌びやかだが、布は厚く、通気性も良くない。
美しく見せる為にあるコルセットは名の通り締め付けるもので、着けたままの飲食など、とても出来なかった。
加えて下事情などもあり、忍耐や我慢を美徳とする中でも問題が多々あった。
劇中でのヴァルキリーには美食を堪能する場面がある。
コルセットの呪縛などない彼女は実に美味しそうに飲食する。
嚥下する喉から胸や、健康的なお腹が執拗に描写されていた。中座しても短時間であり、劇中とはいえ、彼女はとても幸せそうな表情をしながら食事を摂って楽しんでいたのである。
羨ましくない筈がない。
加えて、夜会での衣装は自らを主張するものだ。
要するに、目立ってなんぼのものである。
この衣装を再現すれば、目立つ事この上ない。
ならば。と考える者は多かった。
流石に恥ずかしく、自分であれほどの露出をする気にはなれなくとも、好意的な視点で見れば開放的かつ健康的で悪くない。
そうすると身勝手なもので、自然と子供が脚やお腹を晒すのは、健康的で悪い事ではないと思うようにもなっていた。
そして、その後のトレンドを決定付ける事件が起こった。
それはロウムの学府で催されたとある夜会での出来事であった。
留学に来ていたビタロサ西側に隣接する大国ガリアの姫君が、その夜会でエバンス・ドレス。
つまりはヴァルキリーのものを模して仕立てられたドレスを纏い、夜会に参加したのだ。
この時彼女は十八歳。
彼女の母であるガリア王妃はビタロサ出身の公爵令嬢であった。
姫君もまた、窮屈なドレスに辟易していた淑女の一人である。
安朝の放送を見てすぐに、遠縁にあたるマルテ家へドレスの仕立てを依頼したのだ。
その情報はミウチャを通してマルテからルッツへ。そして高齢デザイナーへとすぐさま渡った。
それまでまったくの無名であった彼が、間接的にであるものの、初めて指名されたのがこの時だった。
「そのデザイナーさんね。なかなか面白い逸話があるの。最初姫君に呼ばれてウキウキで採寸の為に赴いたのだけど、姫君と会うと露骨に気落ちしてしまったの。当然、周囲の人達は慌てるわよね。流石に姫君は泰然としたものだったようで、どうしたのかと、理由をお尋ねになったんだって。彼が、何て答えたと思う?」
問いながら、ノエミは含み笑いをしている。
リーナとレベッカは答えを知っているようで、ウンザリとしたような顔をしていた。アンナはクーナと、首を傾げあった。
「十八とかいうBBAに、着せる俺の服はねぇ。どうしても着たけりゃ、十年は若返りやがれ。そう仰ったそうよ。齢九十八のお爺様が」
ノエミは吹き出しているが、アンナは呆然としてしまう。
いくらなんでも、初対面の方にそんな言い種は失礼ではないか。ましてや、他国とはいえ相手は王族だ。不敬として処される恐れさえもあった。
吹き出しているノエミを見て、リーナが憮然として口を開いた。
「当然。姫は不敬を戒める為に伝家の宝刀を抜いたわね。左ストレートを一閃。完璧に、顎を捉えたという話だけど、……ねぇ、ノエミ。この話って、本当なの?」
「さぁ。真実は知らないが、事実として記されてはいるな。残念ながら映像記録はないがな」
「ウチもそう聞いてはいるんだけど……。だって、あの黄金の左よ? お年寄りがアレをまともに受けておいて無傷で、俺を倒したければ、幼女を連れて来るんだな。なんて言ってたって話、信じられる?」
レベッカとクーナは首を横に振っている。とても信じられないという顔をしていた。
アンナだって気持ちは同じだ。黄金の左は、ガリアの王妹の二つ名だ。同時に、アンナの知識にもある高名な武芸者だった。
彼女は冒険者登録こそされていないが、その数々の偉業の為、敬意と共に二つ名が与えられている。
伝えられている最初の偉業は、復讐者の鎮圧。




