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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
4章 日常と学びに。
43/74

38話 溢れ話 マルテ1


 このマルテ。

 元はノエミの祖母の推定祖父。つまりは彼女の高祖父にあたるとされるマリオが弟と共に興したとされる皮革店であった。

 屋号はその姓から取られている。


 マリオは優れた皮革職人でありながら旅好きで、好奇心旺盛な性格でもあった。

 そんな彼が旅先で集めた素材や皮革を用いて創り出した豪華な鞄や靴、外套などの製品を商品として売り出そうとしたのが弟のマルティノだ。


 この時代の職人らしく、マリオは偏屈な男で製作までは非常な情熱を注ぐのだが、造り上げた後は一切の興味を示さなかった。

 稼業である紡績業に興味を示さず、また学園にも通わずに勝手に皮革職人に弟子入りするなど行動、性格的には大概な人物であったそうである。

 所謂ところの変人であった。これに堪らないのは、家族である事は言うまでもない。

 マルテ家はビタロサ第二の都市とされる大都市ミラーノで副業として紡績業を営む、それなりに裕福な男爵であった。

 だが早くに父を亡くし、跡を継いだこの放蕩当主の道楽でたちまちのうちに困窮した。

 なにしろ我慢をしない男であった。

 気の向くまま欲求に従って素材を漁り、かと思えば他に構わず製作に熱中する。

 そして完成したらまた旅へ。

 兄弟の母親が健在で、なんとか紡績業を切り盛りしていた間はどうとでもなったが、彼女がポックリ逝ってしまうともういけない。


 少し歳の離れたマルティノはまだ学園生で、稼業まで手は回らない。

 そして紡績業は実質的に従業員達に乗っ取られてしまう。

 名目上はマルテ家の所有企業のままだが、無役の彼等は利益を享受する権利を持たず、僅かな名目金が支給されるだけである。

 これと雀の涙程の爵位年金だけで生活出来る筈もなく、マルティノは細々と家財を質に入れる事により兄との生計を立てていた。絵に描いたような愚兄賢弟の構図であった。

 実際は判らないのだが、マルティノは善良かつ孝行な男で、加えて兄を大変尊敬していて不満などなかったのだとされている。ビタロサの男衆は、身内に非常に甘いのだ。

 だがしかし、そんな生活ではやがて破綻が来る。

 質へ入れる為のめぼしい家財が無くなった時、マルティノは兄の製作物に手を付けても良いかと願い出た。

 マリオに否はない。それらに執着はなかったし、彼とて弟の苦労は知っている。当然、家族としての愛情だってあった。

 金がない事も判っていて、その為にマリオは冒険者稼業にも手を染めていた。

 依頼のついでに素材を調達する為だ。

 製作時間が削られる事には難があるが、依頼という形式で素材の特徴や情報は手に入るし、途中の取得物の所有権も手に入る。

 その上、報酬として現金まで貰えるのだ。弟が金策に苦しむ姿を兄としては放っておくことは出来なかった。

 尤も、弟の金策の必要性はマリオの制作道楽のせいでもあるので、碌なものではないが。


 幼い頃から力仕事に精出し武芸に励み、長じては旅慣れたマリオにとって大型の異界もなく、治安の安定した大都市ミラーノでの冒険者稼業など容易い仕事である。

 たちまちのうちに実績を上げ、中堅どころとなっていた。報酬は全て弟に渡している。

 だが、一向に生活が楽になった様子がない。

 弟から製作物の処分を相談された時、彼はなんの気無しにその疑問を弟に尋ねた。

 そして彼はショックを受ける。

 弟の話によれば、標準的な税制では保有資産に直接掛かる税があるという。

 それは決して軽いものでなく、保有する資産価値に応じて徴収される。そしてマリオの手によって日々増大していく資産に応じて、マルテ家の支払うべき納税額は算定されていた。

 造られては死蔵されていくマリオによる製作物は当然ながら保有資産として計上され続ける。

 マルティノの涙ぐましい努力により、販売品ではないので製造原価分の価値として申告する事が認められていたが、この頃にはいよいよ限界だった。

 マルテの屋敷に使用人は既にない。空き部屋の多くはマリオの作品によって埋まっていた。

 それを知ったマリオは弟へ、自分の作品など捨てるなり売るなり、好きにすれば良い。と伝えた。

 この頃にはなんとか学園を卒業したマルティノは心労と貧困によりとても痩せ衰えて、見るも哀れな青年だった。兄は筋骨隆々で、生気に溢れている。


 この二人。普段口にするものは同じだが、実際の食生活は異なる。

 兄の方は依頼の出先で出会った野草や木の実。野生生物から果ては怪物までも平気で喰らう。

 火を通して調理する事もあれば、そのまま齧り付く事もあった。

 弟にはそんな真似は出来ない。せっかく兄が持って帰った野鳥の肉さえ、臭味によって食べられない。

 野草や木の実なども飲み込めず、怪物の肉など論外だ。見ただけで吐き出してしまう。

 兄はそれらを実に美味そうに食べるので、弟の兄への敬意は天井知らずに跳ね上がる。

 弟が虚弱な訳ではない。

 実際に兄が食べているものは都会の人間にはとても口に入れられたものではなかった。

 食用に調整された食材に慣れた都会人では、最悪、食中毒を起こすだろう。単純に兄が無神経で丈夫なだけである。

 それはさておき。弟は売りに出します。兄貴の腕を世間に刻んでやりますと誓った。

 マリオは弟に、俺は作品の完成度には結構な自信がある。精々高く売って来い。その金で、お前は美味いものを食って、精を付けるのだ。欲しいものがあれば、好きに買え。俺の作品を売って作った金は、全てお前のものだ。などと言って焚き付けた。


 この言葉に勇奮せぬマルティノではない。彼は兄の制作技術を尊敬していたし、何より兄が大好きだった。兄は自分などいなくとも生きていけるが、自分は兄がいなければ生きていけないだろうなどと思い込んでいる。

 ちなみに世間ではまったく逆の評価であったが、それは彼の気分とは関係ない。

 それに、マルティノは賢い男であった。

 兄が作品を売る事を許してくれた時には、既に勝算があったのだ。必ず、高値で売れると。

 それは何も、ただの身内贔屓によるものではない。

 中級冒険者として依頼を熟すマリオは、それなりの有名人となっていた。

 下位とはいえ貴族らしい端正な顔立ちで、黒髪紅目の珍しさ。

 背丈は平均程度だが、身体は逞しく引き締まっている。そして求道者のような真摯さと野生味を併せ持つ若い男だ。目に付かぬ筈はない。

 実際に彼が冒険者登録をした頃には、先輩冒険者の一部や破落戸には絡まれた。冒険者達は彼が身形に構わず平服で、丸腰であったからこその忠告でなのであるが。

 マリオは彼等を軽くあしらった。

 彼は皮革職人であるが、付与師でもある。

 小石一つ。木の枝一つでも一瞬で術具に変えることさえ可能な術師であった。

 性質が悪い事にこの男、幼少期より術式の扱いが巧みで、騎士や術師としても将来を嘱望されていた。

 付与師の付与可能術式は術者の力量に左右される。

 作品の完成度を上げる為に、彼が術式の修練を積まぬ筈がない。結果としてかなり腕が立つ冒険者となっていたのだ。

 そして独り。気の向くままに依頼を熟し続ければ、ちょっとは名の知られた存在になっている。

 しかも金を持たない彼が身に付けるのは、自作の装備であった。執着はないものの、敢えて忌避する理由もない。依頼には自らの作品を身に付けて赴いた。

 武器だけは弟が質種として流れる前に買い戻した父祖伝来の長剣だが、防具は当然、全身が革製品で固められている。

 収納術式が不得手であったらしい彼は、術式展開の代わりに大きな鞄を背負った。

 この格好が、話題となっていた。

 分厚い外套は収納用ポケットの多いロングコートである。

 瀟洒なシルエットで腰の辺りにベルトが付いていて絞る事も出来た。

 マリオ曰くり騎兵隊の外套を都会的にリデザインしたらしい。

 履くロングブーツは無骨ながらも洗練されており、硬く鞣した皮で覆われているので耐久性も高い。

 既にこの頃にはブーツのデザインは完成されていて、同型ならば皮質で優劣がつく。

 マリオは本職だ。当たり前のように最高級のブーツとして仕上げている。

 そして背負う鞄も豪勢な造りであり、大きく頑丈なものであった。小物の多くも革揃えであり、全体としての調和があった。

 彼のファッションに最初に目を付けたのは意外な事に、良家のご令嬢達であった。

 というのも、この頃の上流階級の女性達には乗馬が大流行していたからである。

 旧くから馬は家畜化し、人類種と親しい動物の一つであった。

 耕作や荷運び、早駆けに使う労働家畜として。また、有事あらば軍馬としても。

 気性が大人しく群れを好み、それなりの粗食にも耐える。自由に野を駆けさせても帰ってくるし、とても優しい瞳をしている。馬は家畜であると共に、人類種とは親しい友人でもあった。

 だが、ある時期より厭戦の風潮による平穏や様々な分野での技術革新によって、彼等の役目は淘汰されていった。

 耕作に用いるにも大型の耕作用術具を使用するようになり、荷運びや早駆けでも専用術具ならば性能的な優劣は少ない。

 軍馬よりも、稼働状況が視覚化される戦車は強力で、生物でないので気兼ねなく破棄も出来る。

 何より術具ならば完成が早かった。生物である馬では、一応の完成まででさえ数年を要するのだ。


 そして人類種は増え過ぎていた。価値観は既に変化している。

 厳しい山林を切り拓き耕地を広げ、のどかな平原の上に街を興した。

 馬を生育する為の広い土地は希少なものとなり、馬を育てる人員を術具組み立てへと回せば、遥かに生産性が高くなる。労働力としての馬は、相対的に価値を下落させていた。

 それを憐れんだのが一部の老婦人たちである。

 馬は、彼女達が幼い頃からの親しい友人であった。

 例え労働力として代用が利くものとなろうが、友人の替えは利かない。

 彼女達は愛玩動物として救済の為に馬を所有する。

 騎兵隊の生業であった馬術は淑女の嗜みとなっていた。この時期こそが、マリオが冒険者として活躍していた頃である。

 また、これにより副次的な娯楽が産まれる事となる。スポーツとしての、競馬の発展であった。

 当初は軍馬としての優劣を測る競技であった競馬だが、この頃となると公営博打として人気を集める事になった。

 これは当時のブリテン国女王陛下が無類の馬好みであることから始まったのだと云われているが、それはまた別の話。

 ともあれ、いつの時代でも人気者の写真や絵姿などは出回り易いものである。

 この時代は教育改革時代よりも前であり、冒険者など破落戸以外の何者でもなかったが、それでもマリオの人気は高かった。

 なにせ、まず最初に美形である。そして黒髪紅目のマルテ姓だ。本職は皮革職人で、素性もはっきりしている。下品な口を利かず、腕が立つ癖に誰に対しても公平に接し、物惜しみをしない。その上で特徴的な服装をしている。

 冒険者といえども、これで人気が出ないわけがない。

 ミラーノは芸術の都とまで言われる街だ。こんな美味しい素材を放っておくような真似はしないのだ。

 そして巡り巡って令嬢達が彼のファッションを目にすれば、目敏い彼女達が目を付けぬ筈もない。

 外套とブーツは女性物に仕立て直し、ドレスと合わせれば凛々しさと可憐さを両立させ、さぞ映えるだろう。

 そして豪華で大きく、丈夫な鞄。背負えるようにも、手に持てるようにも出来ている。

 この頃の収納術式は洗練されておらず、高難度、高消費の術式だ。鞄で代用出来るのならば、そちらを選ぶ者は少なくない。

 マルティノはそんなご令嬢達の中でも最も有力で、兄の作品にご執心な女性に心当たりがあった。

 さる悪名高き金貸し公爵のご令嬢である。彼女はマルティノの同級生であった。

 どこから聞きつけたのか、公爵令嬢は巷で噂の騎兵の君がマルティノの兄である事を知っていた。

 そこで彼女はマルティノに尋ねる。

 彼の装備の出所を。兄の自作品であると答えれば、驚く淑女。

 彼女が職人であるのかと再び尋ねれば、弟はそうだと言う。ならば、製作依頼はかけられるのかと問われても、弟には判らない。何故と問われても、兄貴は創りたい物を造るだけだと言うだけだった。

 気落ちする公爵令嬢をさしもの弟も憐れに思ったようで、そんなに欲しい作品があるのかと尋ねれば、欲しい物はあるが、それだけではないのだと返ってくる。そうなれば弟は不審がり、理由をますます知りたくなった。

 マルティノは今は痩せ細っているものの、声が優しく穏やかな物腰をしている。兄と同じく黒髪紅目で、やはり美少年だ。そして頭の回転も早く、世情によく通じていた。

 まず、この少女。公爵令嬢でこそあるものの、公爵家の正式な子女六男八女のうちの七女であり、妾腹でもあった。

 公爵の悪名の一部はこの好色さにあり、王家から降嫁した正妻との間に長男が産まれるとすぐに妾漁りに精出し始めた。

 これらの十四名の子全て、腹が違う。公爵家は旧王家の傍流として血を繋ぐ為に倫理的、教義的にはともかくとして、法的には妾が認められている。

 そして副業の金貸しだ。

 金を貸付けて、返済させると共に利息を貰う商売である。

 この商売、治安と経済が安定していると大変ボロい商売であった。

 しっかりとした資産査定は前提だが、公爵家の権威と武力を以てすれば、貸付金の回収など容易い。

 現金で回収出来なくとも、なんらかの資産を回収出来れば傷も浅い。

 資産が思わぬ価値を持ち、利益が多く出る事もあった。競合は冒険者組合しかない。

 教会と近い関係にある組合は倫理観が高く、救済と支援の為に無利息一定額での貸付けしか行わないので、客層が被る事もなかった。

 公爵の商売の主な顧客は、貴族や富豪などという、見栄や金儲けの為の借り入れを望む欲深い者達だった。

 だが、時折主とする顧客以外にも金を貸す事があった。漁色の為である。

 やり口は単純で、目当ての女の親戚縁者に贅沢を覚えさせ、分不相応な出費をさせる事によって金を貸し、その形として貰うのだ。現代ではこういった手法は法的に禁止されている。

 現金、または金融資産として返済可能な額以上を、貸し付ける事は出来ない。

 七女の母親も、そうして公爵の妾とされた少女であった。その時母親は学園生。十五の成人を迎える年だった。そして四つとなる末の妹の母親も、マルティノと同じく、七女にとっては同級生でもあった。

 これらは醜聞でこそあるものの、違法性はないので世情をよく知るマルティノも知っている事だ。

 しかも公爵はビタロサの男らしく身内に甘い。

 大富豪でもある。子供や妾に不自由させたり、暴虐を振るうこともなかった。

 どちらかといえば子煩悩であるが、倫理観もあり、それに反する場合は強く叱る事が出来た。その辺りだけは割と理想的な父親だった。

 それに加えて正妻の存在だ。

 彼女は先王の末の妹、歳こそ下だが、現王の叔母にあたる人である。この女性が王家の女らしく、とんでもない女傑であった。

 腹を痛めて産んだ我が子を養育しながら、次々と迎えられる妾やその子を慰め励まし、立派に養育していく。

 妾とされた少女達の多くは年端もいかぬ娘達であり、行き遅れの年増と囁かれて仕方なく嫁いできた正妻にとっては妹とも、娘とも呼べる年頃だったのだ。

 情を移し、また公爵家の庇護を離れても生きていけるように育てない理由はなかった。

 また、正式な妾や子として認められなかった者達への謝罪と賠償を行っていたのも正妻である。

 これは彼女が自前の領地と競馬場、幾つかの事業を成功させていたからこそ、出来た事でもあった。

 なお、子供達に対して最も影響力が強いのが正妻だろう。何せ産みの母親が心酔している。彼女達も教育されて、立派な女性となっていた。

 それでいて、別け隔てなく愛情を注ぎ、叱る。それを見る多感な子供達が愛し、敬まわぬ筈がない。

 現にこの七女だって傍目には、愛されて、存分に手間と金を掛けて教育された育ちの良いご令嬢にしか見えない。

 学園にいた頃と変わらず、正義感が強く心優しい、しっかり者の責任感のある女性。というのが、マルティノを含む世間一般からの評価である。

 その評価は先の王妹である正妻の評価とも重なるものだった。

 公爵家の十四子女は変態金貸し公爵の子とは思えぬほどに素晴らしい人物達に育っていた。

 長男はとうの昔に成人済みで、王都で官僚をしている。未来の宰相と期待されてもいた。

 長姉は教職につき、勉学の楽しさを伝えたいと情熱に燃えている。他の子供達もそれぞれに、個性を生かして立派に自分の道を生きている。そういう意味では公爵の所業による結果は大成功であった。

 そんな子供達のうち、社会に出たばかりの七女が一体どんな理由があって兄の作品に目を付けたのか。

 マルティノはそれを知れれば、何かを得られる予感がしていた。

 そして辛抱強く穏やかに、令嬢から情報を引き出していく。

 彼女の中でも定まっていないのか、曖昧な言葉も多いが纏めてみれば、どうやら彼女は兄の作品を世に出してみたいらしい。

 それで商売が成り立てば、未来の作品も。彼女が言うに兄の作品には魅力があるのだという。

 丁寧に、満足するまで作り込まれた作品はその道具へ生き様や魂を移したようでいて、心を震わすものがあると言う。

 だからこそ、それを世間に出したいと。

 その為には商売が良いのだと。

 価格を付けるのはその価値を数字によって評価するという方法で、数字には一般性がある。それが合致して取引が成立するならば、作品はある種の普遍性を持つのだというのだ。

 そして弟は令嬢へ手を差し出す。我等は同志だと。

 売り物にするという許可は、既に兄より出されている。値を付け、衆目に晒し、互いに満足する額で買わせるのが役目であると。

 令嬢はその手を取った。マルテ一号店が産声をあげた瞬間だった。

 こうなれば、後はトントン拍子に進む。

 商品の質は良い。財務管理に問題はない。元々想定顧客は上流階級である。強力なコネがあった。

 たちまちのうちにマルテは人気となり、ついには王室御用達となる。これには公爵正妻と長兄の尽力もあるが、華やかでありながら実用性の高いマリオの作品が、王族の価値観に合致したからに他ならない。

 同時に弟と令嬢は職人の育成に努める。これは本流であるマリオの作品の供給が、需要に追いつかなくなる事を見越しての事であった。

 そしてその職人達が自らの力で新しいファッションを創り出す事を期待した。

 マリオは性格に似合わず用意の良い男で、作品の図面や工程などのマニュアルを、大量に用意していた。

 直接教えを授ける事はないが、職人達はそれを読み消化して、腕を上げていった。

 そしてやがて令嬢は、黒髪紅目の娘を産んだ。娘はマリオの戸籍に入っている。だが実際の父親が、どちらであるかは明らかにされていない。

 それからマリオとマルティノの兄弟が亡くなるまで、マルテは黄金期が続いた。

 紡績工場の実権を取り戻し、それによりアパレルへも参入する。娘は王都の学府で経済学を学んでいた。

 その研究室で出会った男と婚姻を結び、やがて黒髪紅目の娘を設けた。やがて父である兄弟が亡くなると、母の助けとなる為に夫を伴い帰郷している。この後の時期こそが、マルテの低迷期であった。


 令嬢と娘による経営は堅実であったが、社会自体に変化があった。継続し続ける技術革新と束の間の平和により、各国では中産階級と呼ばれる者の人口が増えたのと、二度に渡る世界を舞台とした大戦だった。

 相対的に見れば貧困は減ったが、かつての上流階級とされた者達もまた減った。

 これは多くの突出した勇士、英雄が斃れたのと同時に、教育の普及や技術の進歩により、個体としての能力差が縮まった為だと言われている。

 だが、これに困ったのは主に上流階級にターゲットを絞った生産をしていたマルテである。

 マルテは腕の良い職人は、望むのならば独立を支援した。

 彼等は喜び感謝をしたが、マルテと同じ土俵で勝負しようとはせず、中流向けの商売を始めた。

 これは古巣に対する遠慮もあるが、客の奪い合いとなる事を嫌った為だ。同じ力であるならば、先行者が優位となるのは明らかだったからである。この判断が増えていく需要に噛み合った。

 戦争による技術革新と競争による進化により、中流向けのブランドは洗練されてゆく。

 安値で質の良い新素材の開発や、自動化によるコストダウンを繰り返し、高品質で安値という流行を生み出した。

 対してマルテは変化が出来ず、一定の需要こそあるものの、燻ってしまっていた。

 これはマルテに残った職人達が旧来の手法に固執して変化を嫌ったせいだと指摘される事もあるのだが、そんな単純な話ではない。

 確かにマルテは皮素材にこだわったのだが、製法などは向上していた。他の進化が早すぎて、置いていかれてしまっただけなのだ。

 そして一家は、悲劇に見舞われる。

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