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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
間章 一方その頃。
38/74

間話3 カロリバの過去とレーナ。



「戻ったぞよ。千言の魔女殿。今日は誠に良き日じゃ。先程、ガブちゃんの顕現があったのう。偶然とはいえ、嬉しい事じゃて」


 が、物思ったり、黄昏たりなどしていれば、否応なしに時は進む。時の流れは、彼女にとっても平等なのだ。

 ウダウダと呆けている間に、約束通りにカロリバが戻ってきていた。相変わらず蜃気楼を纏ったままだが怪我も疲れもないようだった。


「あ。お帰りー。思ったより早かったね。無事で何よりだよ。揉めなくて済んだんだ?」

「うむ。話している最中に、新たな契約が締結されましたとの啓示が降ってきての。その後は実にあっさりとしたもので、少し寂しさを感じたわい。今日の給金は、明日、千言の魔女殿の元に届けられるそうじゃよ」

 カロリバの言葉に、え? と思ったのだが、その前に正すべき事柄がレーナにはあった。


「はい。じゃ、カロリバちゃんも、契約の締結を確認したんだ。だったら、私への呼び方は、そんな他人行儀なものじゃ、いけないよね?」

「そうじゃな。じゃが、どういう風に呼ばれたいのかの?」

「うーん。おねーたまか、ねーねーなんかが理想だけど、好きに呼んで貰うのが一番かな」

「では、レーナお嬢様とお呼びするとしますかの。流石に女中には、その様な呼び方、不敬でしかありませんからのう」

「えー。もっと気安くて良いのにー」

「そうもいきませんて。では……」


 そう言って跪き、蜃気楼を解くカロリバ。先程にも見た、ヤボンでの最敬礼であった。


「影潜りのカロリバ。今、この場、この時を以て、千言の魔女、レーナ・リディア・ナタリア・リーナ=シュペーお嬢様に幻想灯火を預け、全霊を以て忠義を捧げる事を誓います」

「レーナ・リディア・ナタリア・リーナ=シュペー。今、この場、この時を以て、影潜りのカロリバの運命を預かり、主人として恥じぬ者となる事を誓います。そうあれかし」

「「そうあれかし」」


 誓いの言葉の後、二人が唱和する。カロリバの誓いの言葉はヤボン式のものだった。

 それに合わせて誓いを返したのは、レーナの機転である。

 そうあれかしは、そうありますように、そうであるように努めます。などの意味が複合された、美しい言葉であった。約束事の結びとして、唱和される事が好まれる。

 この言葉。何も、唯一神教徒だけのものではないのだ。

 余韻として、ささやかな沈黙。ここに契約は成った。

 実際は御使の介入によって既に結ばれていたものだが、気持ちの区切りとしての儀礼は重要だった。

 そうところに思い至れないから、メタトロンという御使は……と、グダグダ不満が漏れそうになるが、今はそんな事に拘う場合ではない。

 このような場合に、次に告げる最も相応しい言葉をレーナは知っていた。

 だが、少し顔がニヤけかけている。

 愉しみにして、散々焦らされたのだ。仕方がない。

 それが治るまでは、その言葉は発しにくい。レーナは全霊をかけて、キメ顔を作った。


「くるしゅうない。面をあげぇーい」


 そして、いつか見た光景のように、重々しく、厳かに告げる。

 絶妙に節を付けているのだが、声質が若い女のものである以上、あまり貫禄はない。

 内心ではちょっと滑ったかも。と、思いつつもレーナのキメ顔は維持されている。この女、大概に面の皮は厚かった。

 そして、そろそろと、灰色の髪を微かに揺らしながらも上がってゆく、カロリバの頭。

 その顔を見る事が、レーナが夢見るロリハーレムの開幕を告げる狼煙であった。

 そして——。

「へ?」

 レーナが見たのは、可愛らしい、愛嬌のある穏やかな顔だった。

 優しげに目を細め、顔一面を皺くちゃにし、福々しく微笑むのは、とても素敵な老婆のお顔。

 所謂ところの、おばあちゃんのご尊顔であった。


「へぇーーーーーーーーーーーーーー!?」

「レーナお嬢様。人の顔を見て素っ頓狂な悲鳴をあげるなど、はしたない振る舞いですぞ」


 声が聞こえる。変わらず可愛らしい。

 だが、その僅かな舌足らずは、未成熟故のものではない。声帯が衰えて声が細くなり、何本か歯が抜けている為のものだ。

 そして見る。手足が細く小柄なのも、成長を迎える前の未熟によるものではない。加齢により萎びて、小柄になって痩せているだけだ。


「え? え? え? ……呪いとか、掛かってます?」


 敬語であった。育ちの良い娘である。問題児であるものの、敬老精神はしっかり持ち合わせている。


「そんな記憶はないのう。よしんばあったとしても、ガブちゃんが降臨したじゃろ? 儂らみたいなロートルに掛かったちんけな呪いなぞ、ちちんぷいぷいじゃ」

「ですよねー」


 ガブちゃんことガブリエラは、お年寄り達に大変な人気があった。顕現すれば大盛り上がりである。

 それは彼女の顕現により、解呪と快癒、そして生命力増強促進というご利益がある。からだけではない。

 人類種達を健気に応援しようと、必死にラッパを吹き鳴らす彼女の幻想を見て、世のお年寄り達は、ほっこりとするのだ。

 運良く、たまたま出会い、お煎餅やお団子を与えれば必死で頬張るし、ちょっとした困り事に、頑張ってお手伝いして解決しようとする姿は、可愛い娘や孫娘を思わせた。

 愛らしくも気高い彼女は、紛う事なき偶像だった。

 ちなみにガブリエラ。顕現の常習犯である。割合としては、二月に一度程度は顕現する。

 その度に人類種全体が湧く事までが、既に規定事項となっている。


「ちょっと。カロリバちゃんまで、ガブちゃんのファンだって言わないでよね。あの子、マジであざといんだから」


 まるで、その魅力に動じなかったかの物言いだが、実は違う。

 ガブちゃんファンクラブを二年ほど前に組織したのは、何を隠そうレーナであった。

 可憐で健気なガブちゃんに絆されて、彼女の応援団長となったのも、隠れもない事実である。

 少なくともレーナは、ガブリエラに傾倒している。

 主に、性的な意味で。


「ほんに、可愛らしい子じゃしのう。お嬢様はあざとい言いなさるが、ありゃ、天然物じゃて。あの子のおかげで病院やお役所も、大層助かっておるそうじゃしのう」

「ぐ……」


 顕現に伴う副産物としてのご利益だが、洗礼程に強力な効果はないにしても、かなりのものである。

 人類種や怪物の術式による呪いならば大抵のものは解呪されるし、自然治癒が可能なものならば、怪我や病もまず癒える。身体機能向上や、生命力増強の効果もあった。

 医療技術の高度化によって平均寿命が伸びた現代の人類種。そして行政は、老化による不調及び、それに伴う医療費の高騰に頭を悩ませていた。健康を維持するにはお金がかかるのだ。

 そんな悩みを根底から覆してしまうのが、ガブリエラの顕現だった。これは予兆なき天災のようなもので、予め予想する事は難しい。

 尤も、このせいで人類種全体としての死亡率が更に下がり、平均寿命も伸びているのだから、お金の問題は如何ともし難いのだが。


「でも、あの子が顕現すると、発術所が止まります! その経済的損失を考えれば、良い事ばかりではありません!」


 ガブリエラ程高位の御使が顕現するには、それなりの代償が必要だ。

 それは、どこにでもあるが、どこにもない力。学会により術力と定義されたモノである。


「まぁそうじゃが、止まるといっても、せいぜいがシシリア全土の発術所くらいじゃしのう。場所によっては関係ないじゃろ。寧ろご利益を省みれば、安いものじゃと思わんか?」

「うぐぅ……。それは、まぁ、そうなんですけれどもね……」


 超越者である御使達は、顕現する場所の周囲から術力を奪う。

 顕現個体にもよるし、人口密度や広さ、術具の消費効率などにより異なるが、大凡としてその量は、一州を賄う術力量程度であると推定されている。

 発術所の出力はまちまちであるので、正確に割り出す事は困難だった。

 顕現はそう長い時間でもないので、大抵の企業や家庭などは、自前の術式や発術機に切り替える事によって、突然の術力枯渇に対応していた。

 永い御使などの超越種と人との関わりの中で培った、生活の知恵であった。


 推定全世界に及ぶ超越者たる御使の福音が、一州の短時間の術力消費量のみで賄えるのなら、非常に安いものでよあった。


「呪いの線は、無し。と……。でも、諦めるのはまだ早いわよレーナ。諦めたら、そこで試合終了よ」


 自身を鼓舞するレーナであった。

 彼女は往生際が悪いのだ。褒め言葉にすれば、不屈の心の持ち主ともいう。


「擬態とか? ほら、皮被りとかって、ありますよね?」

「自前の皮じゃのう。とはいえ、人を化け物みたいに言うのも考え物じゃて。言葉遣い、というよりも、性格の方から改めて貰わんといかんかの。これじゃ、嫁の貰い手もないぞえ」

「待ってレーナ。まだ慌てるような時間じゃないわ。クールに、クールに、研ぎ澄ますのよ。びーくーる」


 落ち着きを取り戻そうと、必死になって頭を冷まそうとするレーナであった。必死になればなる程熱くなるのだから、本末転倒である。


「呪いでも、擬態でもないのでしたら、カロリバちゃん、いえ、カロリバおばあちゃん? お歳は、お幾つなのですか?」

「すまんのう。七十を超えてからは、数えてないんじゃ。婆さんとはいえ、みだりに婦女の年齢を尋ねるのも、悪い癖じゃて」

「ふ……。待ちなさいレーナ。落ち着いて。想定内でしょ。ロリ婆の実年齢は、高いものよ。じゃなきゃ、婆じゃないもの」

「まぁ、婆じゃが。独り言の多さは、寂しさからくるものだと聞いておる。儂がしっかりついてやらんと、行き遅れるかもしれんな」


 相変わらずカロリバは福々しく笑う老婆だが、レーナの肌はチリチリとした感覚を覚えていた。

 この空気、感覚には覚えがある。母親に折檻される時の前兆と、よく似ている。


「あ。そだそだ。ご家族! 例えば、ご両親の事とかお聞きしたいな! 言い難い話なら、あえては聞かないけどね!」


 ここでレーナは、起死回生の策を閃く。

 家族の話は長くなるのが年寄りの相場だ。話して問題ないのなら、遠慮なく話すだろうし、辛い思い出があるのならば、回想モードに入る筈である。

 その間に、を見つければワンチャンあると期待している。要するに、時間稼ぎであった。起死回生でもなんでもない。


「儂の両親も草でのう。代々草達が隠れ住む郷で暮らしておりました。その郷も、今では、のうなってしまいましたがのう……」


 少し哀愁を漂わすのはカロリバだ。

 レーナは食い付いたと思い、長い回想モードに入る事を期待した。それと悟らせる事なく、その隙に、逆転の芽を掴まないとならない。


「郷が……。ご両親はその時に? それでは大層、ご苦労なさったのでしょうね」


 思い出へ思考誘導するような言葉を紡ぐ。

 同調や共感は、社会人として必須の技能である。

 それを上手に利用出来なければ、出世は難しい。

 大病院にて事務局長まで成り上がった女である事が、レーナ自身に自信を与えている。

 つもりであるが、レーナの事務局長就任は最初からの事であり、別に能力により成り上がったりはしていない。

 出世もしていなければ、彼女の同調、共感能力など、誰も問題にしていなかった。

 ちなみに、それらの技能評価は著しく低いのだが、彼女はそれを知らない。


「郷は、今では水の底ですじゃ。両親は最後まで抵抗して……」


 しんみりと語るカロリバに、つい鼻奥がツンとしてしまうレーナであった。

 技能評価こそ低いが、根は優しい娘である。他人の悲劇に共感し、共に嘆く繊細さを持ち合わせている。


「行政府からたんまり補償金をせしめて、悠々自適の生活を送りましたな。土地や債券を買い漁り、売り捌き、上手に金を蓄えましてなぁ。草などやめて、そらもう、二人共でっぷりと肥太りまして、無惨なものですじゃ」

「えー」

「儂はそんな両親が情けのうて、恥ずかしゅうて、親子の縁を切り、草働きに精を出すようになったのが、十五の頃ですわい」

「それでは、無宿人となったのは自分から?」

「それが、もう傑作なもんで。我らが草の郷、ダム建設の話が登るまでは、誰も、それこそお国にも認知されておらなんだようで、揃って無宿人だったんですわ。立ち退きの話が出てから、こらいかんと、お国が慌てて戸籍を用意されたんですわ。おおらかな時代でしたのう」

「えー」


 そしてカロリバの語るところによると、行政府は立ち退きの引き換えに、様々な補償と併せて登記を行ったそうである。

 ついでに言えば、最後まで抵抗したカロリバの両親は、何も信念や信条があっての事ではないらしい。

 ごねれはごねる程実入りが良いので、限界まで粘ったのだというのだが、これは彼女の主観であるのでレーナとしては判断保留である。どのような結論にしろ、彼女への影響はなかった。


「あんまり欲が深いんで、血の繋がった親とはいえ、呆れ果てましてのう。丁度その頃は、草働きの面白さに取り憑かれていたのも手伝って、家宝の秘伝書や忍道具を、根こそぎ持ち出してやりましたわい」

「えー」


 呵々大笑するカロリバに呆れるレーナであるが、カロリバの話は上手く、なかなかに面白い。

 つい続きが気になってしまう。考えなければいけない事があるのに、続きも聞きたい。

 相反まではしなくとも、異なる思いに彼女は難しい顔をするのであった。

 その表情を察したカロリバ。流石は年の功というものか。心配なされるなお嬢様。などと見栄を切る。

 なかなか様になっていて、レーナは釣られて拍手などしてしまう。


「両親は、揃って百までは生き申したわ。年を数えるのを辞めたのは、それからですわい」


 聞いてもいなければ、別に知りたい情報でもなかった。だが、導かれる計算結果がある。

 昔の成人は十五。地域にもよるが、大体はこの辺りである。そしてカロリバが年を数えるのを辞めたのは、七十過ぎ。単純計算すれば、三十近くの子であるはずだ。

 今はそうではないが、当時としては高齢出産である。十五で子を産むのは珍しい事ではなかったのだから。

 別に必要な情報でなかったが、レーナは閃く。どうでも良い事を。


「カロリバおばあちゃんには、ご兄弟なども、いらっしゃったのですか?」

「おう。儂が産まれた頃には、成人間近の兄様がおってのう。成人し、兄嫁様と祝言をあげると、すぐさま家を出て、一家を立てたらしい」

「それなら、安心でしたね」

「うむ。両親も、いざとなれば兄様に世話になるのだから安心じゃと、儂も思っておった」


 だからこそ、気兼ねなく家や郷を捨てられたのだとカロリバは言う。

 彼女は、両親が高齢となって産まれた子の為、口さがない大人達には恥かき子などと呼ばれ、潔癖な少女時代には大層居心地の悪い思いをしたという。


「年を取って知りましたが、あれは別に悪口などではなく、いつまでも仲の良い両親を祝福する為の呼び方だったそうです。まったく、田舎者は口が悪い」


 苦笑を滲ませる老婆の瞳は優しかった。今はない故郷を懐かしんでいるのだろう。


「カロリバおばあちゃんは、ずっと天涯孤独ってわけじゃなかったんだね。私、ちょっとだけ安心したよ」

「お嬢様は、お優しゅうございますなぁ」

「そんなことはないよぅ」


 和やかに笑い合う二人。なんか久しぶりに褒められた気がするなと、レーナは思った。


「とはいえ、寂しいもので、長生きをすると、旦那はともかく、子や孫にまで、先立たれましてなぁ」


 うんうん。そうだよね。当たり前だよね。と、レーナは納得する。

 彼女の特殊な嗅覚が捉えるのは、子作りの為の行為、儀礼的なものでなく、肉体的なもの。有り体に言えば、性行為の経験の有無である。

 ちなみにこの能力、公表していないし、生涯公表する気もない。

 こんなモノがあると知れたら、鑑定士として生涯を棒に振る事は、間違いなかった。


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