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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
間章 一方その頃。
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間話2 レーナとガブリエラ。


 そして、カロリバちゃん、カロリバちゃん。などと名を呼びながらも妄想に耽っていると、手に持った蝋燭と、床に落ちた契約書が淡く輝いている。

 一瞬レーナは不思議に思い、まさか。という考えに至って慌てふためいた。


「えっ!? まっ!?」


 契約書を見れば、双方の刻印がされ、締結されている。内容に改竄はないようだが、油断は出来ない。

 記された文言を何度も何度も改め、極端な意訳や拡大解釈の余地がないのか確認する。

 何度も眺め透かして見たレーナだが、どうやら大丈夫そうだと安堵の吐息を漏らし、胸を撫で下ろした。

 流石は先人達の知恵の結晶だ。付けいる隙を与えない。


「ちょっと。御使さん。余計な真似とか、しないでくれるかなー? 君達には、人間の感情の機微なんて、わかんないんだからさ」


 天に唾するような顔で独り言つ。

 知識と力持つ者からすれば、当然の反応だった。古代から、御使や天、神などという超越者は碌な事をせず、余計な事ばかりする。

 それも、善意でだから性質が悪い。レーナは彼等をまったく信用していなかった。


「今回は変な事してないから許すけど、君達みたいなおせっかいがいると、私達の営みって、簡単に壊れちゃうんだよね。本当に、勘弁してくれないかな」


 随分な物言いであるが、力持つ人類種の言い分としては妥当だろう。

 古来、超越種に運命を狂わされた者は数多い。唯一神教だって、その力を背景に隆盛したと言っても過言ではない。

 それでも、安易に、そして気まぐれに力を行使し与える超越種の存在は、天災のように講じ難い物だった。

 それを良く思わない人類種は、どの時代においても、一定数はいるものだ。


 ——ごめんなさい。ですが、あの子を想えば、この機会、数少ない救いの糸でした。


 不満をだらだら垂らしていたレーナの脳内に、厳かで慈悲深い、甘く優しい少女の声音が荘厳な管楽器の音と共に響いた。

 そしてレーナの眼前に、術力とも神聖力とも魔力とも呼ばれる強い力の渦が光を湛えて吹き荒ぶ。

 その現象をレーナは知っている。世界の理を司りし超越種、御使の顕現であった。


「ふぉー! ガブリエラちゃん! 好き! 好き! 大好き! ちょー愛してる!」


 狂乱して叫ぶレーナの前に顕れたのは、白く秀麗な顔に、海を思わす蒼い髪。艶のある肌に清き衣を纏う。白百合の花を片手に携え、白く美しき翼拡げる麗しき幼女。

 髪色よりもなお深い色を湛えた瞳は慈愛に溢れ、この世のものとは思えない母性が溢れている。

 甘く青い果実の香りを漂わせ、あどけない唇が永遠の神秘を想起させた。


「れいなちゃん。お久しぶりですね。差し出がましい事かとは思いましたが、少しだけ、介入させて頂きました」

「ガブリエラちゃんなら、文句ないよ!」


 神意の啓示者。受胎告知を齎す者。そして救いのラッパを吹く幼女。

 主に最も近しき五人の御使が一人、ガブリエラの顕現であった。

 尤も、レーナにとっては、自分の元に美幼女が訪れるという、ご褒美でしかないのだが。


「ありがとうございます。不躾な介入、謝罪致します。ですが、どうしてもお礼が言いたく、参りました」

「お礼?」

「はい。あの子は、とても孤独で不幸な子供です。主の愛さえも受け入れてくれませんでした。そんなあの子に、希望を見せてくれたのです。お礼の一つも、言いたくなるではありませんか。ありがとう。れいなちゃん」


 その疑問に、少々舌足らずだが丁寧に、けれど厳かに応えるガブリエラ。

 彼女は、とても人類種に対して慈悲深い御使だ。こういった物腰はそれ程に珍しい物ではない。

 だが、態々そんな事の為に御使が顕現するなどあり得ない。そこに気付かぬレーナではなかった。


「ふーん。でも、それって、わざわざガブちゃんが顕現してまで言う事? 下心とか、あったりする? もしそうなら、御使とは思えないくらいの悪だよねー」


 そう指摘すると、ガブリエラはワタワタと手足を忙しなく動かして、涙目でレーナを見上げた。

 その表情はリーナのおねだりと似ていて、とてもソソる。そして、一言。


「れいなちゃんとお話ししたくて、メタトロンに替わって貰ったと言ったら、怒りますか?」


 ズキューン。という幻想の銃声と共に胸を撃ち抜かれたレーナは、両手両膝を床に着けて喘ぐ。

 流石に、それは反則だろうと彼女は思った。そんな事を言われれば、全てを許すしかないではないか。

 許しを請うように美幼女が、自分を見つめている。


「もしかして、私に逢いたくてとか」

「い、いえ。そんな不純な動機ではありません! カロリバちゃんへの福音の報せと、今日来ていた人の子、あの、アンナちゃんという愛し子の事についても、話したかったのです」

「ほわぃ? なんで、アンナちゃん?」


 しかも不純な動機ときた。

 これは脈ありか? などとレーナは思うが、そんな事はない。

 御使は職務に厳しく、それを侵す者には非情である。メタトロンとガブリエラの権能は重なる事もあり、たまたまどちらが行っても問題ないであろう事案が今だからと考えるのが、レーナとしては精神安定上、得策だった。


「れいなちゃんには、あの子を見守って、導いてあげて欲しいのです。何も、特別な事をする必要はありません。それは、あの子も望まないでしょうしね。ただ頼られた時、取り繕いや、おためごかしなどなく、貴女が思うがままの答えをあの子に伝えてあげて欲しいのです」


 簡単な事である。言われなくとも、きっとそうする。だが、態々御使が釘を刺しに来たという事は、そうでない可能性があるという事だ。


「ガブリエラには、私が、そういう性質に見えるのね」

「そ、そんな事ありませんよ! れいなちゃんはとっても賢くて優しい子ですし! でも、人の子には時には優しい嘘だって……」


 ガブリエラは、主の人とも呼ばれる御使だ。他の御使と違って、とても人類種に近い感性を持っている。

 だからこそ、酷く申し訳なさそうに言葉を濁すのだ。そうでなくとも、見た目が理想的な幼女である。

 ロリーヤコンプレックス、略してロリコンと世間で呼ばれるレーナが、抗える筈もなかった。


「まぁ、それは大丈夫だと思ってよ。で、契約に介入したのは、やっぱりアイツ?」

「ええ。メタトロンですよ。あの子だって、皆の幸せを願っているのです。助けになりたいっていう気持ちは、汲んであげて欲しいのです」

「いや。それが、迷惑過ぎるんだけど……」


 メタトロンは主と人との間を繋ぐ、契約の御使である。主の代理人、玉座に侍る者、小さな主など様々な異称を持ち、諸説あるが、七十二の異名を持つとされている。


「ちょっと真面目過ぎて、融通が効かないだけなのです。そんな風に言われたら、あの子、泣いちゃいますよ」

「そのせいで、どれだけの人が苦労したか。そりゃ、自業自得だけどさ。アイツがしっかりと突っぱねていれば防げた悲劇は、数えられないくらいあるよ」


 契約である。しかも、主と人との間のものだ。

 その強制力は絶対的なものであった。それを望まないでいられる者など、そうはいない。

 彼等が請い願い、メタトロンが認める事によって成立した契約は、幾つもあった。


「あの子も反省してますから……」


 反省して済むことじゃないでしょ。と、喉から出掛かったレーナだが、苦虫を噛み潰したような顔をして呑み込んだ。

 ガブリエラはメタトロンではないし、現在進行形の多くの悲劇は契約を背景としているとはいえ、所詮は人の業に因るものだ。八つ当たりなどみっともない。

 契約や御使の性質については言いたい事が色々とあるレーナだが、やむなく矛を収めるのであった。


「で、ガブちゃん。そんだけ?」

「はい。それだけですよ。あ。ちょっとは御使らしい事もしますね。レーナちゃん、祈りの姿勢を取ってください」

「祈らなくても、いーんだ」

「祈りなんて、心の底から望んだ時だけで良いです。本当は、そんな状況に陥らないのが一番ですけど、ままなりませんね」


 残念そうに言うガブリエラに、そうだね。などと頷きながらレーナは真面目な顔をすると、跪いて祈りの姿勢を取った。

 ガブリエラが彼女の頭へ手を翳す。ちっちゃくて可愛いお手手である。レーナは、どや! お前たち、御使と麗若き乙女、実に絵になる光景だろう! 尊みを知りやがれ! と、胸の内で快哉を叫んだ。


「輪り、廻り、転びて生きし者。れいな。主は貴女に望みます。汝が望むまま、思うがままに幸福を求める事を。優しい貴女の幸せが、貴女の愛しい隣人と世界の幸福に繋がりますように。主と御使と、汝自身の心において。そうあれかし」

「父と子と、精霊の御名において。そうあれかし」


 ガブリエラに続いて祈りを捧げたレーナが瞳を開くと、神意の啓示者の姿は既になかった。

 代わりに大気中に満ちるのは、世界の力そのもの。

 人によっては神聖力や術力などと呼ぶものが、真空へ空気が流れ込むようにして、周囲に満ちていった。


「真面目過ぎるのも、考えものよね」


 独り言つレーナである。

 交信で頭の中が五月蝿い。ガブリエラが去る前の行動、所謂、映えを狙った絵になる一幕の演出だが、別に理由なき事ではない。

 太古、主の御心を伝える為に地に降りたった御使達の態度は無機質なもので、大変受けが悪かったという。

 そんな態度では、如何に教えが立派であろうと、享楽的な人類種の受けが狙える筈がない。その溝を埋めたのが、救世主の存在だった。

 救世主の事績は色々とあるのだが、あまり世に知られていないモノも多く、あえて伏せている事もある。

 その隠された知識の中にある偉業こそ、御使達のコミュ力向上であった。

 これを知るのは恐らく、大異界、第一福音大聖堂の深部にまで辿り着いた冒険者達、レーナとその同士達だけだろう。


 大異界、第一福音大聖堂は、一神教の数ある聖地の一つ。救世主が産まれし厩戸内にて展開された異界であった。

 救世主がガルグダの丘に斃れし時より顕現した大異界には救世主による自筆の手記が残されているとされて、宗教的に重要視されてこそいたものの、二千年近くの長きに渡り、未攻略異界であった。


 異界常識こそ特筆すべきものはないが、その深さと危険度によって、人類種の探索は阻まれていた。

 聖地であるというのに立ち入りが自由なのは、その探索難度の高さによるものだ。

 興味本意や信仰の為に潜る冒険者や信徒達などは数多かった。だが、歴史は浪漫の合言葉でレーナ達が到達するまでの長い間。御使達の写身が顕現するとされる深部まで辿り着く者は出なかった。


 彼女達が到達した際には祝福として、御使により贈られたモノの一つが、救世主の手記である。

 望んだので、写本ですが。と、快く贈られた。

 そこに記されていた事柄が、御使達のコミュ力向上日記である。

 内容は、見るも語るも恥ずかしい、身も蓋もないもので、その感想には読んだ誰もが口を閉ざした。

 なお、後に彼等はこの手記を教会へ寄贈している。

 当時の教会に読める者はいないし、例えそういう存在が現れたとしても、語る事はないだろうとの打算があった。

 この功績を偉業として、レーナ達は上級登録されたので、安い支払いでさえあった。

 ともかくとして、ガブリエラを始めとする現在の御使達の性格形成には、救世主の性癖が山盛りにされている。

 当人達は大真面目なのだから、それを指摘して悩ませるのも忍びない。尤も、ガブリエラはレーナ好みの美幼女である為、顕現は大歓迎であるが。


 それでも、日記に変態的性癖全開で節操なく駄文を書き綴り、教典よりも分厚く仕上げた救世主という名の変態の思想がチラつき、疲れてしまう。

 可愛らしいガブリエラも言う通り、世は本当に、ままならないものであった。


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