34話 譲渡完了。
査定には誰も懸念がないようで、流石はフロレンス様と思ったアンナだが、少しの不満があるレベッカにも安心して貰いたかったので、伝える事にする。
「レベッカおねーちゃん。安心してください。病院に寄贈する御使のおくるみは、別に唯一品ではありませんよ」
「へ?」
「もう一つ、家にあります。マリアのです」
「マ?」
「はい。マです。実際に、先程までのお話に出てたノルズというお方かは判りませんが、マリアのお爺様も、ノルズというお名前でした。御使のおくるみは、二つ作成されました。お爺様からマリア達への贈り物です。その内の一つを、私が譲られただけです」
「あら。凄いわね。職人ノルズって、まだご健在なのかしら?」
「いいえ。私が産まれる以前に、亡くなったと聞いております」
「そうか。それは残念だ……」
リーナへの答えだが、ノエミが肩を落とす。先程まで、名も知らなかった男であるが、職人を志す者として、どうやら興味が沸いたらしい。
畑は違うが、何か得られるものがあるのではないかと思ったようだ。
「ほーほー。ねね。アンナちゃん。ノルズに関して、なんか聞いてる事とかある?」
「いいえ。あまり知りません。ただ、相当偏屈な職人さんだったそうですよ。ノルズの娘さん、血縁上では私の祖母にあたる方は、そのせいかまでは判りませんが、若くして家を出たそうです。彼女は生きる為に、冒険者となったと聞いていますが、マリア達を産んで、程なくして身罷ったそうです。マリア達は、父親が誰だかも知らないと言っていました。もしかしたら、マザー・ドゥーラなら知ってるかもしれませんね。産まれたばかりのマリア達は、その頃旅する修道女と呼ばれていたシスター・ドロテアに引き取られ、娘として育てられました」
「達? さっきから妙に引っ掛かるのだけど、マリアお姉様達って、どういう事?」
しまった。と、アンナは思った。
レベッカやレーナの質問に対して普通に応えたのだが、その言葉の中にある不自然な要素を、耳聡く聞き咎めたのはリーナであった。
それらは失言だった。少しだけ考えると、眉間に皺が寄るのがわかった。
ここは州立カターニア総合病院。
後援の筆頭に名を連ねるのは、前シシリア州領主である、ヨアキム=オリヴェートリオ元辺境伯。つまりは、あの男の縄張りだ。
御使のおくるみは母の、あの男にとっては最愛の遺品である。迂闊にその名を口に出そうものなら、その残り香を嗅ぎつけて、どのような暴挙に出るかも判らない。
「マリア達は、双子だったんです」
故に、絞り出すようにした一言で終わらす事しか、思いつかなかった。
ほんの三十年近く昔の事であるが、魔王統治時代が終焉して数年の間、大陸は混沌としていた。
土地は荒れ、飢饉が頻繁に発生し、人類種や、魔王軍残党の怪物達などが相争っていたのだ。
それはここ、ビタロサ王国シシリア島においても決して例外ではない。
「ああ。そう。ごめんなさいね」
気まずげなリーナの謝罪へ首を横に振る。
その頃の人類種は、生存の為に懸命な努力を重ねたが、また多くの愚行を犯している。
その一つに、多胎出産での間引きがあった。決してそのような愚行を繰り返してはならないという戒めとして、学園でも早くから習う事である。
多胎出産となる妊婦は統計上、年間で大凡一千人に対し、三人程度の割合だ。多くはないが、決して少ない訳でもない。
子供一人を育てるのは、大変な事である。
現在でもそうなのだから、資源が不十分な時代に生きた人類種ならば尚更だ。双子や、それ以上の多胎出産は、その苦労が人数によって乗算されるのだから、それだけでも難しい。
ならば、どう解決するか。
人類種は古代より、安易な方法を取る事があった。
それが、間引きである。大罪である殺し、しかも我が子を殺すのだ。
出生の届出の前に、双子の片割れを間引く事によって、行政による処分は免れる事が出来る。
一人を育てる事により、贖罪となるという名目で、子殺しという罪を背負った愚かな人々は、決して少なくはなかった。
マリアとルクレツィア姉妹はそうではないのだが、それは口に出さない。
だが、リーナ達はマリアの年齢を知っている。そこに双子という事実を加えれば、深い詮索はされないだろうという、品性への信頼があった。狡いやり方だが、この話題から離れるには、アンナにはそれしか思いつく事が出来なかった。
罪悪感が、胸を締め付けていく。
「それで、アンナちゃん。この契約で問題がないのなら、ちゃっちゃと締結しちゃいましょうか。フロレンス婦長なんて、この契約書を仕上げてからずっと、恋文を待つ乙女みたいなお顔をしてたんですよ? それに、もうそろそろ、キリュー氏への説明も終わるでしょうし」
「はい。お世話になりました。レーナお姉様」
「幼女のお世話はご褒美ですのでー」
「ぶっとばすわよ」
「待たせるのも申し訳ない。さっさとキリュー氏と落ち合うか」
「早く、赤ちゃんに会いに行こうよー」
「うふふ。期待しちゃって良いですよ。とっても可愛い、将来有望な赤ちゃんですから!」
やはりレーナお姉様は大人の女性だなと、アンナは思う。
重くなりかけた空気を、軽口一つで変えてしまう。
その上、自分達が動く為の指針を示すだけでなく、幸せな予感さえ運んでくれるのだから、抜け目がない。
アンナが契約印を刻むと、四名の淑女はそれぞれに美しい礼をする。
かくして姦しく、四人娘は州立カターニア総合病院医院長の代理人、事務局長の肩書を有する上級冒険者、レーナ・リディア・ナタリア・リーナ=シュペーの前より辞するのであった。
そしてその後のアンナ達は、キリュー夫妻、いや一家と合流し、赤ちゃんの可愛さ、凄さに、ただただ圧倒されていた。
メグミと名付けられたこの女の子、大層なお転婆で、急に泣き出したかと思うと急に眠りだし、大層四人娘を振り回したのだ。
流石に母親は馴れたもので、四人の娘は感心ひとしきりであった。
なお、メグミの名前はヤボンの言葉でアンナの名前と同じ意味を持つのだという事をヤヨイにより伝えられている。
アンナはおおいに恥ずかしがったが、顔は満更でもなさそうだった。
その名の意味は、『恩恵』。
その晩のアンナの日記には、こう残されている。
『ヤヨイさんとマサトさんの赤ちゃん、メグミちゃんは、すっごい、すっごく可愛かったです。』
語彙力が消失する程に興奮していた様子である。
こんな、なんて事のない一日では、赤ちゃんの可愛さには勝てないという事実が、明らかになっただけであった。
読まれたい。感想も欲しい。好き勝手に書いた物語だから、読ませる力が足りないな。改善点とか指摘くだされらば、嬉しいです。




