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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
3章 そんな、日常と。
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30話 ノルド3 考察。



「様々な組織に利益があったのは判ります。ですが、ノルド社には、何の見返りもありませんね。というよりも、ここまで王都、いえ、学園都市の様々に食い込んでおいて、最も商機となる盤面で、ノルド社が、いいえ。アントニオ翁が、みすみす手をこまねくものなのでしょうか? 今までお聴きしたお話からは、とてもそうは思えません。その時期、翁はご病気か何かだったのですか?」

「ないわ。アントニオ翁のご自慢は、これまでに一度たりとも病になどかかった事がない。なのよ。ご高齢にも関わらず今でもお元気で、矍鑠としたものだわ」

 そう。ノルド社だ。それをアンナが疑問として口にすれば、やはり答えたのはリーナであった。

 アンナはようやくノエミからの拘束を解かれ、椅子に座らされていた。

 アンナの疑問に答えるように、リーナは話を続けていく。

「そう。この一連の流れの中で、割を喰った組織があるとすれば、それはノルド社よ。委員会との平行線の交渉で、関係が冷えたものとなったのも、痛手だったわ。術導線が行き渡れば、競合他社の製品だって使えるし、消費者にしても、価格帯を省みれば、無理をしてまでノルド社のブランドに拘る必要性はなかったのよ。アンナの期待を裏切って悪いけど、ここでノルドが強い存在感を示す事は、いかなアントニオ翁とはいえ、簡単な事ではなかったわ」

 アンナはアントニオ翁を万能の超人として想像していて、疑問を挟んでしまった。が、良く考えてみれば、様々な手を打ったものの、有効ではなかったという可能性もある。結果として割を食ったのだとすれば、仕方がない事なのだが。

「そこで、ノルド社、いや、アントニオ翁は将来への布石、そして起死回生の一手を打ったのさ。これまでの話から、想像がつくだろう?」

 リーナの言葉に続けて、芝居がかった口調でノエミが補足する。

 成程。と頷けた。ノルドは無理に利権に絡もうとはせず、視点と立場を変えたのだ。と察すれば、思い当たる事がある。

「それが、職人の派遣と、学生に向けた、受注生産での工賃無償化ですね」

「その通りでございます。お嬢様」

 立ち上がり、芝居気たっぷりに正解を伝えるノエミであった。

 この仕草、近頃人気のクイズ番組司会者の物真似なのだが、残念な事にアンナは知らない。一家揃って、家で放送を見る習慣がない為だ。アンナ達の家にある放送端末は、最近では物置から出されているが、活躍の機会は限られたものだった。

「ノルドは、最初に運営委員会へ謝罪をしたわ。あまりお力になれず、申し訳ない。とね」

 蜜月こそ終わったものの、関係が悪化した訳ではないのだ。委員会としても、ノルドに下手に出られては無下には出来ない。

 力ある企業だし、委員会の中にもノルド社製品の愛好家は多かった。

 アンナはレベッカに高い高いをされている。どうやら限界だったらしい。レベッカは満面の笑みを浮かべ、アンナは虚無顔だった。

「そこで持ち出したのが、工賃無償化の話よ。委員会は二つ返事で頷いて、すぐに冒険者組合を交えての三者会議が始まったわ」

 これには少し絡繰があってね。とリーナが説明を続ければ、アンナはしっかりと頷く。

 虚無顔のままだが、ちゃんと聞いているようだ。実はこの娘、高い高いが苦手である。というよりも、脇腹が弱いので、そこに触られる高い高いが苦手なのだ。虚無顔は、笑い出さない為のものだった。

「ノルドには、委員会の動向が筒抜けだったわ。熱心な愛好家がいるのだから当然ね。当時新たに制定された指導要領に含まれる実習という科目は、冒険者として依頼を達成する事で考課対象となったの」

 必修科目ではないが、人気となる事は目に見えていた。考課への加点となり、実際に実入りがあるのだから当然だろう。

 しかも実習には、その道の専門家である冒険者が派遣される。それも、中級以上のだ。これは安全面へ配慮したことでもあるが、経験の浅い学生達への、生きた教材という意味もある。

 依頼自体が学生の請け負いの為、報酬こそ入らないが、依頼の成否に関わらず、死者さえ出さなければ組合より給金が支払われる。冒険者にとっても、悪くない仕事であった。いうなれば、組合による新人への指導依頼の亜種である。

「で、冒険者のアンナにこんな事言うのも何だけど、収集や討伐、調査系の依頼って、副産物が結構出るわよね」

「ええ。ちゃんと依頼さえ達成されれば、依頼中の取得物の所有権は、基本的に冒険者へ帰属しますね。ベテラン冒険者になると、収集依頼なんかは受けた途端に達成するって人も、珍しくありませんよ」

「そうなるわよね。でも、大体の学生には、そこまでする余裕はないわ。余計な品を収納するスペースなんて、ある訳ないもの」

 収納系の術式は便利であるが、展開中は術力を消費し続ける。術具も同様だった。そもそも、収納系や転移系の術式は空間に作用するものの為、王都では阻害される。

「組合では素材の引き取りもしているけれど、二束三文よね。かといって、放置には国からの罰則があるわ。掃除人を雇うという手段もあるけど、費用対効果の面では厳しいわね。そこまでの余裕がある学生なんて、ほんの一握りよ」

「そこで、ノルド社ですか」

「察しが良い子は好きよ」

 リーナがレベッカの膝の上に座らされたアンナの頭を、ワシャワシャと撫でた。レベッカはご満悦である。脇腹こちょこちょ地獄から逃れたアンナも上機嫌であった。ノエミだけがハンカチを噛んでいた。

「ノルド社は工賃を無償としたけど、何もただの慈善事業という訳ではないわ。派遣された職人を通して、素材引き取りを行ったのよ。目利きはその職人ね。入金こそ使われた素材を用いた製品が販売された後になるけど、その買取価格は組合でのものよりも、遥かに高額だったわ」

 ノルドの製品には、こと細かな仕様書が付属される。そこには、どの部品が、どこから入手して、いつの幾らの相場の物なのかまでもが記されていた。その半額が、素材を収めた学生の取り分だった。冒険者組合での引き取りでは相場の一割程度の額となるので、学生にとっても実入りが良かった。その上、ノルド製品が売れる事で、自分の利益となるのだ。好意的な目で見ない筈もなく、実際に質も良い。必要に応じてだけでなく、特別な贈り物や、自分へのご褒美として、ノルド製品のブランド価値は高まった。

「実際には税負担とか在庫取り置きの経費がかかるのだけど、ノルド社としても美味しい話なのよ。素材調達の安定に加え、自前での素材調達戦力の削減と、調達依頼数の抑制に繋がるのだから、企業としては大幅な経費削減になったわ。特に支払いが製品販売後としたのは、阿漕だけど上手いわよね。流石に、アントニオ翁は遣り手だわ」

 この約束となると、普通ならば代金を受け取れぬ心配をしなくてはならないのだが、そこは大企業の信用があった。

「そして、目玉の受注生産なのだけど、これも中々考えられていたのよ」

 この試み、元はノルド社の販売戦略の為の提案なのだが、文部科学省と運営委員会の手が、かなり入っている。

 教育の指針となる指導要領なのだが、その雛形は、古代ロウム帝国時代の教育目録にまで遡る。これは世界帝国とも呼ばれ、文明爛熟した古代ロウム期の教育が、あまりにも完成し過ぎていた為なのだが、現代に再現するには難しい側面もあった。

「文部科学省と運営委員会は、長年、この教育指導要領というものに悩まされてきたらしいのよ。何故なら雛形となった教育目録。アリストテレスやアルキメデスのような万能の人、所謂碩学者を育てる為の教育方針だからね」

 その両者の名は、天才として残る名である。遥か古代の人達であるが、あらゆる学問、技術に精通し、自然科学や思想哲学などの分野でも、今なお強い影響力を有している。彼等が導き出した公式や定理は、学問というものが存在する以上、決して褪せる事はないだろう。

「実際、無理があるでしょう。指導要領に従って、一体何人の人がものになったと思う?」

 問い掛けておきながら、リーナは一つ一つ名前を挙げていく。指折り数えながらであった。

「最後にアントニオ翁と職人ノルズを加えても良いかもしれないわね。ここまで、たった百二名。教育目録から指導要領と連綿と続けた教育の結果、万能の人、碩学者、天才と呼んで差し支えないのは、千年以上かけて、毎年百万人近い修了者を出しながら、たった百二名よ」

 リーナが指折り数えて名を挙げたのは、天才、偉人、賢者などと呼ばれた人物達の名前であった。国籍などに見境ないが、抜け目ない彼女が挙げたのは、ロウムでの教育修了者のみである。大した博識で、アンナはとても感心している。瞳が流石ですわ! お姉様! と語っているので、リーナは満足気に、貧しい胸を逸らしていた。レーナは口を開けてポカンとしている。

「前置きが長くなっちゃったけど、万能の天才を作ろうとする教育には限界があるわ。勿論、先に挙げた方々のように、そういった人物が出ない訳じゃないのだけれどね」

 長い時をかけて、教育というものは、誰もが受ける権利があるという思想が普及した。ビタロサを始めとする、古代ロウム文明の影響下にある国家では、国民は社会に出る前に、九年間の義務教育期間が設けられてられいる。その役目を果たすのが学園であった。

「学ぶ事が当然となってから、多くの人が気付いたの。あまりにも、時間が足りないって」

 学問には果てがない。知識や技術の習熟だって、時間を要した。そして残酷な事実だが、才能には個人差というものがあり、性向による向き、不向きもあった。だがしかし、指導要領は万能の天才を基準に置いている。

「義務教育期間までの内容なら、問題なかったの。広い分野で知識を得る必要があるけど、それらは基本よ。まったくの無知から一定の理解を得るまでの教育理論は出来上がっているわ」

 所謂、初等教育で学ぶのは、各分野での基礎である。決して疎かには出来ないが故に、身に付かせる為の理論は構築されていた。少なくとも、義務教育期間を修了した者が社会に出ても、問題ないと国が判断する程度には。

「とは言っても、義務教育止まりで社会に出る人って、今はあんまりいないよね。仕方ないか。学歴がないと、国家資格も取れないし」

 レベッカが合いの手を入れる。彼女は錬金術師を志しているので、学府へと進む必要があった。大抵の国家資格の受験条件には、一定以上の学歴が求められる。

「実力主義の、負の側面よね。職業選択の自由は保証されているけど、実際は制限があるわ。まぁ、しっかりとした目的があって学ぶのなら、別に良いのよ」

 問題は、特に明確な目的がないのに、学歴の優位性に目を付けて、取り敢えずは進学するという層が、一定数居るという事だ。これは、生活に余裕のある貴族や富裕層の子女に多い。そして、そういった層は、万能たる碩学を求める教育指導要領との相性が、非常に悪かった。

「高い基準を置いているせいで、中には落ち零れる者がいる。評価基準も相対的なものではなくて、絶対的なものよ」

 この、落ち零れた者達が問題だった。学府の評価基準は総合評価である。特化した才能には加点があるし、努力もまた加点の対象だ。加えて、基本的に負の評価は存在しない。それらを数値化し、和したものを総合評価としていた。それに満たない者は容赦なく落第する。学府の目的は、万能の天才を造る事にあるのだから当然だ。しかし、学歴の優位性による恩恵を目的とする者達はそうではない。そういった存在を目指すでもなく、学問の深淵を覗こうという気概がある訳でもなかった。彼等としては、学歴という箔が付けば充分なのだ。

「無論、学府の基準を満たそうと努力する学生が大半よ。でも、残念な事にそういった人達ばかりではないの。落第生の中には、親や保護者の力を借りて、学府へ異議申し立てをする者がいたわ」

 学府と世間の間には、大きな意識の隔たりがあったという。学府側としては、太古からの理念に従って天才の輩出を目論むが、世間にとっては、見栄えの良い経歴を手に入れる為の手段の一つに過ぎないのだ。

「結果としては、学府側の判断が妥当だと支持されたのだけれど、学府としても自らの理念と、世間、特に、貴族を始めとする特権階級との需要の隔たりを知る事になったわ」

 事実、学府の方針は世間の実需要とかけ離れたものだ。経済成長により、職や技術の専業化、分業化が進んでいる。技術発展によって、高度な専門性が要求される以上、それは効率の問題だった。誰もが、アリストテレスやアントニオ翁達のような、万能の人になれる訳ではないのだ。

 現在となっては、殆どの貴族が農地の開墾をする事も、土木作業の陣頭指揮を取る事もない。術具のような有用な道具を作成する事もなければ、兵役を課されている訳でもなかった。それらは皆、専門家に任せるべき事柄である。ならば彼等が為すべき事は何かというと、政府から予算を引き出す事や、専門家の中から仕事に相応しいと思われる業者を選定する事だ。それらに纏わる雑務なども、当然含まれた。それらには、高度な学問が必要不可欠ではなく、人並みの良識や感性と、義務教育修了程度の教養があれば、充分に賄えるものだった。

「別に、それが悪いって訳ではないのよ? そういう仕事は必要なんだし、専門家達の手をそんな雑務なんかで煩わせるなんて、非効率的で美しくないもの」

 とはいうものの、リーナの言葉には些かながら棘がある。何か思う所があるようだった。

「リーナちゃん……。まだ、おねーちゃんの為に怒ってくれるんだ! 優しい! 好き! 流石はマイエンジェル! 愛してる!」

「五月蝿いわね。この残姉が」

 レーナが感激して抱きついて来ようとするが、リーナは掌で彼女の顔を鷲掴み、握力で頭蓋を締め上げた。二人には身長差があるものの、手を伸ばした程にはない。顔を掴まれた事務局長は宙吊りとなり、あががと呻き声をあげている。アンナは驚き目を瞠るが、レベッカとノエミは落ち着いたものだ。どうやら問題はないらしい。

「イタタ。リーナちゃんが私の為に怒ってくれるのは嬉しいし、役得だけど、本当に気にしないでもいいからね。私も気にしてないし」

「でしょうねぇ」

 呆れ顔で漏らすのはノエミであった。レベッカも黙って頷いている。彼女達は事情を把握しているらしい。目を白黒とさせているのはアンナ一人だけである。レーナはリーナに、アンナちゃんにも話しちゃって良い? と聞くが、妹の方は、フン。好きにすれば。自分の事でしょと返す。アンナは見事なツンデレだと思ったが、口には出さない。だらしなくニヤけたレーナが再びリーナへ抱きつこうとして、肝臓打ちを喰らったからだ。

「実はこのレーナおねーちゃん、とある名門学府の付属に通っていたのです」

 ドヤ顔を晒すレーナであった。アンナはおーと歓声を挙げて、パチパチと拍手を送った。義務教育期間に通い、学ぶのが学園である。大抵は近場の学園に通うのだが、例外もあった。レベッカのように進学校を受験する者や、その才覚を青田買いされる者達だ。前者は自身の意思によるものだが、後者は全て学園側からの勧誘だった。成長性には個人差があるものの、将来有望な子供を早めに囲い教育を施す事は、各学府の目的にも適うものだった。

「これでレーナさんは、神童と呼ばれた程に幼い頃から優秀だったそうでね。博識かつ数字に明るい上に、術式も達者だったんだよ」

「特に発想が凄くってね。子供の頃から、音声を術力に変換して、その空気振動から音声を再現する仕組みとか、絵画を動かすアニメーションの制作とかにも関わっているのよ。それに創作分野では、結構な有名人なのよね」

 ノエミとレベッカ、二人の美少女に褒めそやされて、にゃはは。とはにかむレーナであった。それは、早熟なだけですって。他の実績だって、優秀な同士達あっての事ですよぉ。私なんて、とてもとてもなどと謙遜するが、アンナも思わず、尊敬の眼差しで見てしまう。

「まぁ。そんなんだから、目敏い奴らが早いうちから囲い込もうと、付属に勧誘したのよ。深く考える事もなく、ウチの両親も名誉な事だと、二つ返事で頷いたわ。それが大間違いだったんだけど」

 レーナとリーナとでは、六つ歳が離れている。レーナが才覚を表し、付属へ勧誘されたのは、リーナが四つ、レーナが十の春であった。丁度、年明け後のアンナと同じ年頃の事だ。

「アンナ。アンタも勧誘あるんじゃないの?」

「ないと思いますよ。私、集団生活苦手ですし。お勉強は、マリアに見て貰っているので」

「ふーん。ま、いいけど」

 リーナはアンナの言葉から、恐らくマリアが断っているのだろうと判じた。賢い子だし、身体能力こそ貧弱だが、術式の扱いは筋が良い。おまけに安息や狂化という希少術式の使い手だ。ミリアムのように、学府が目を付けぬ筈がない。

「でも、そうね。アンタには学園は少し狭いのかもね。冒険者として伸び伸びやる方が、アンナには良いのかもしれないわね」

 リーナの見る所、アンナには、姉であるレーナと同じく、学園という閉じた組織では収まらぬという異質感があった。

 基本的には良い子だと知っているものの、ほんの弾みで、その常識を逸脱しそうな危うさがあるのだ。ただの勘でしかないが、良くも悪くも、そういった存在は騒動を呼ぶ。

 というのも、レーナはそれで苦労してきた事を見ているからだ。なんのかんの言っても、可愛い妹分である。悲しむ顔など見たくはなかった。

 なんだかんだと言って、アンナのお姉様という立場を気に入っているリーナであった。


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