表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
3章 そんな、日常と。
30/74

29話 ノルド2 教育。


 環境や教育に対しての知見が豊富であるとは言えないアンナだが、大人は色々考えていて、凄いのだな。と感心している。だが、とても自然の流れで作られた方針とは思えず、漏らした感想が、その流れには強い意志が働いたのではないかという疑問であった。

「うん。そうだね。この方針、文部科学省、学府運営委員会、冒険者組合、教会、ノルド社という五大組織が結託して為されたんだって。アタシも、こないだの放送を見るまでは、知らなかったんだけどね」

 その番組での説明によれば、最初にノルド社へ話を持ち掛けたのは、学生達の不満に窮した委員会らしい。

 住居である寮舎こそ用意してあるものの、その環境は、お世辞にも良い物ではなかった。土地柄的に水回りこそ整備されているものの、術導線が通っていない為に、殆どの一般的な術具が使えない。従って、明かりを灯すのは石油ランプで、煮炊きの火起こしは火花式発火法が用いられる。室温の調整さえも満足に出来なかった。おまけに通信環境も存在していないとなれば、環境は監獄と大差がない。著しく自尊心を傷つけられた良家の子女が、不満に思わぬはずもなかった。

「今でこそ考えられない事だけど、当時の技術では、王都では、住宅にまで術力を引くのが難しかったんだって。発術機も今よりもずっと大型で、出力も、そこまで高い物ではなかったそうよ。お値段もとっても、高かったらしいし」

 術力とは、術式に用いられる力の通称を言う。現在でも解明された事は多くはないが、過去には架空元素とされていたものであった。定義上、自然状態では他の素粒子と反応や干渉することがなく、光子と似て、質量も無いものとされている。思念に反応して特異な働きをする素粒子に変化するとされており、その集合としての原子や元素、そしてその力そのものもまた、術力と呼ばれた。学会では紛らわしいので定義し直そうとの動きがあるのだが、レベッカが会話で言ったのは、その力の事である。彼女達はごく普通の女学生なので、学術的な妥当性や学者達の思惑など、知った事ではなかった。

「ちょっと。レベッカ。貴女だって一神教徒なんだから、物理学の授業じゃあるまいし、ちゃんと主の恵みか神聖力、それが嫌なら女子力って呼びなさいよね」

 だが、それを看過出来ぬ者もいる。というか、しっかりとここにいた。熱心な唯一神教信徒であるリーナであった。

 術力と神聖力は同じ力を指している。というよりも、その力には、理力、神力、妖力、仙力などなど、数えきれない程の呼び名があった。元は、魔導物理学博士である魔術師、ジョセフ・ジョン=トマソン氏が発見した魔素粒子に敬意を払い、魔力と呼ばれていた力が、現在の術力であった。

「ごめん、ごめん。とにかくさ。その神聖力、いいえ、主の恵み。寧ろ女子力? よね? 尊いそれが引かれていない生活なんか、今は無理だよね」

 だが、これはとてもデリケートな問題で、国や宗派、流派や派閥の争いの火種であった。キツネかタヌキかや、キノコかタケノコかという争い以上に、人類種間に分断を齎す程だった。

 それは、あの小麦粉からなる生地に餡を入れ、鉄板によって焼成した菓子の名に纏わる争いと、同じ地獄でさえあった。

 誰もが親しんだ名で呼びたがったし、それ以外の名で呼ばれる事に抵抗があったのだ。

「まったく。気をつけてよね」

 その争いを収める為に、国家連盟と各学会は共同の通称として、公文書や学術文書には、術力の名を用いると共同声明を出した。

 これはその名がそれまでに使用された事実がなかったからで、争いに疲弊していた当初は歓迎されたものの、現在では自称を公称派、他称では通称派と呼ばれる派閥を産み、新たな火種として燻っている。

「まぁ。女子力のない、尊みのない生活なんて、考えられないのはわかるわ。つまらないもの。昔の学生の苦労が偲ばれるわね」

 主は綺麗なお姉様であると標榜する、異端中の異端であり過激派でもあるリーナは、その力の事を女子力と呼ぶ。その派閥は、彼女を含む数名の文通仲間によって構成されていた。数は極少数だが活動的で、小説や論文、絵画や絵物語などを積極的に発表している。その割に、あまり同志は増えていないが。

 ちなみに、残姉ことレーナは、ごく一般的な唯一神教徒として、神聖力と呼んでいた。

「でも、仕方ないと思いますよ。王都に貼られている神聖障壁は、術式の発動を阻害する結界ですから、術式と離れて過ごす事は、学生達も覚悟の上だった筈です」

 争いの火種を察知したアンナが、話の軌道修正の為に言葉を挟む。このままでは、あの痛ましい戦争が勃発しかねない。マリアはタケノコ派で、サルバトーレはキノコ派だ。両親であり、信頼する大人である二人が感情を剥き出しにして合い争う様はアンナにはとても悲しい事だった。アンナ自身は生粋のスギノコ派で、既に開戦前にご本尊が滅亡しているので、中立を気取っている。虚無感と寂寥感が多めの、凪いだ心持ちであるが。ノエミが、ヨシヨシと頭を撫ででくる。彼女もまた、スギノコ派であった。

「そうね。環境を知っていてもなお、勉学に魅力があったからこそ、王都は学園都市として隆盛を誇っているわ。それに、神聖障壁のおかげで術式の暴走事故の心配は殆どないし、治安が行き届いてもいる。住むには悪くない条件ね。ただし、お金の事を考えないならだけど」

 古代ロウム技術の結晶であり、過去には、あの救世主までもが手を加えたとされる神聖障壁である。

 その権能は強力な術式阻害で、世界へ干渉する類の術式の殆どが機能しなかった。その為、王都へ行ったミリアムとの主な通信手段は文通だ。とはいえ、術式阻害とて万能ではなく、外的要因を介さずに、自身にのみ作用する強化などの術式は、それ程迄に阻害されることがない。

「術式が使えない環境では、生活の質が著しく低下するのは、わかるよね?」

「そういえば、昔の学府物の絵物語には、煮炊きの為に木を擦り合わせて発火させる描写がありましたね。お湯を沸かすのが、とても大変そうでした」

「そこまでするのは、余程の苦学生だけどね。それに、術式や術具だって、まるっきり使えない訳じゃなかったのよ」

 学術的定義によれば、神聖障壁内もまた、異界の一種であるという。カターニア総合病院の新生児室同様に、人類種の手により造られた異界であり、術式阻害は、その異界常識に因るものとされている。そして、規模に関わらず異界常識同士は干渉し合わないという法則があった。

 となれば、人類種にとっては最も身近な異界は自身の肉体だ。その内部にのみ作用する術式は阻害されない。そして、体内の術力を直接注ぐ事によって発動する、異界仕様の術具もだ。

「流石に、大量の術力……女子力を使用する術具は無理だけどね。ちゃんとした異界仕様の術具を揃えれば、当時の王都でも生活の質をそこまで落とす事なく過ごせた筈よ。実際、王都に住む王族や貴族、富裕層なんかは不自由してないしね。とは言っても、そんな物が揃えられる学生なんて、ほんの一握りだったの」

 そこで委員会は、術具として単体で機能する製品を、当時としては最も多く販売していたノルド社に、試供品として、無償での製品提供を依頼する。既に共有施設の内装や備品の調達を請け負っていたノルド社であるが、流石にこれには難色を示した。

「とはいえ、ノルドも高級ブランドよ。おいそれと、その価値を下げるような真似は出来る筈もないわ。公共事業ということで、未来への投資として請け負っていたのだけれど、目に見える利益を産まないこの案件には、反対者も少なくはなかったの」

 ブランディングにより現在の地位を築いたノルド社には、製品の無償提供など、諸刃の剣でしかない。例え品質に自信があったとしても、消費者にありふれた品だと認識されてしまえば、その価値は下落する事は目に見えている。

「実際は、痛し痒しといった所よね。ノルドは商品価格を、景気や、物価変動による影響以外では上下する事をしなかったの。これは、商品価値、いいえ、職人の価値を軽くさせない為の措置だと標榜しているわ。まぁ、だからこそアントニオ翁の新古品という商法が、衝撃的で画期的だったんだけどね」

 これ以上の予算を割きたくない委員会と、経営計画と理念により、その無茶な要望を受ける事は避けたいノルド社、両者の交渉は平行線を辿り、時間だけが空費された。当然ながら、その間に学生の生活向上はされていない。

「そこに介入したのが、教会と、冒険者組合ね。両者は協力して、術導線の普及を進めていたの」

 術導線とは、強力な出力を有す発術機を備えた、一般に発術所と呼ばれる施設から、各所へ術力を送る導体である。錬金術組合の秘宝、賢者の石を加工して造られた線を通す事により、術力をあまり減衰する事なく、任意の場所へ運ぶ事が可能となっていた。

「教会と冒険者組合は、ビタロサ王にロウム近郊での発術所建設を願い出ていたのだけど、なかなか許可が降りていなかったわ。王政府も発術所と術導線の有用性は認めていたのだけど、議会が、反対の立場を取ったのよ」

 これには、いくつかの理由があります。と、レーナが引き継いだ。レベッカが言葉を探しあぐねていたのを察したようで、こういった少し生臭い話は大人の役目だろうと、買って出たのだ。奇矯な言動を別にすれば、意外にしっかりとした大人であった。

「まず建前として反対派は、発術所の安全性を持ち出しました」

 発術所は大量の術力を産み出す施設だ。万が一にでも暴走してしまっては、その被害は知れない。そんな物を、王の座す首都近郊に建設するなど、恐れ多い事だというのが彼等の主張であった。

「ですが、それは建前です。推進派の提出した技術仕様書と安全計画を見れば、その心配は杞憂であると、議会も理解していました」

 では、何故反対するのかといえば単純に、術導線が通ってしまえば、彼等が保有する資産価値が暴落するからだ。議員達の多くは、王都に住まう貴族である。術式や術具の使用が困難な王都において、先祖代々受け継がれてきた発術機の存在は強い意味を持つ。それがあるからこそ、気兼ねなく術具が使え、権力を振るえるのだと、彼等は知っていた。家によっては、家宝としている場合もあった。第一に、多くの貴族にとって、発術機自体が代々の王により下賜された恩賞である。その価値が減されるなど、誇りが許さなかった。それは単純な忠誠心によるものだけではない。実利なき栄誉など、虚しいだけだと、彼等はよく知っていた。

「議会を抱き込む為には、教会と冒険者組合は運営委員会、引いては学生を取り込む必要がありました。彼等の親や保護者には、貴族が多いですからね。そうでなくても、発術所建設には時間がかかります。発術所が建っても、術導線は有線ですから、設置するには地権者の許可が必要となりますので、学生達に誼を通じておくのは悪い事ではありません。その頃には、貴族の子女である学生に、代替わりしている場合もあるのですから」

 一見では、迂遠で有効性に乏しく見えるが、それは浅慮というものだ。その理由は、王都の気風にあった。

「ビタロサの、ロウムに住まう王族を始めとする貴族の方々には、少々、というか、かなり実力主義の傾向がありまして。……ええ、その、何と言いますか、少々、直情的といいますか、……そのー」

「はっきりと言いなさいよ。王家や貴族はインテリ脳筋蛮族の集まりだって」

「リーナちゃん! いくらなんでもそんな呼び方、失礼ですよ! おねーちゃん、悲しい」

「残姉が名付けたんじゃない。……あ。インテリってのは知的って意味ね。残姉の造語だけど、語呂は良いし、なかなか上手いわよね」

「インテリ脳筋蛮族ねぇ。丁度ピッタリ当て嵌まる出版社のご令嬢が、目の前に居る気がするのだけど」

 言ったノエミが、リーナに、「あ゛!?」と睨まれる。間に挟まっているアンナの身体が、少しだけビクンと跳ねた。レーナは見えていない振りをして、コホンと咳払い一つをすると、説明を続けた。

「一部の規格外を除けば、術式が使用できない学術都市ロウムで最も賞賛される実力とは、知恵と武力です。それを磨く事こそ至上とする気風が、王都にはあるんです」

「尚武の気風ですね。学園都市らしく、まこと健全で素晴らしい……ほほふぁほ」

 もちもちねぇ。などと呟くリーナに頬を摘まれた為、事かと。とは言えなかったアンナであった。ノエミに抱っこされている為、両手が拘束されている。レーナに視線で助けを求めるが、思い切り目を逸らされた。

「ふぇふぇにゅ」

「なに言ってんのよ。おばか」

 解せぬとも、言えないアンナであった。リーナの機嫌が大層よろしいようなので、まぁ良いかと彼女は諦める。ノエミの機嫌は言わずもがなだ。レベッカもウズウズしているが、動きはない。どうやら自制心を働かせているらしい。

「そんな気風ですからねぇ。未熟な学生なんで、当たり前といえばそうなのですけど、百戦錬磨の教会や冒険者組合には、コロリと乗せられちゃいましてね」

 教会は正攻法で理を説き、有用性と利便性を強調する。賢い学生達だ。納得するしかない。見返りを求めない教会の姿勢に、若く青臭い学生達は敬服するしかなかった。

 冒険者組合は、自ら立つ権力基盤の価値が減衰するのではないかという、思慮深い学生達の危惧や不安を笑って吹き飛ばし、なら、その権力に相応しいと証明する手段があると、組合に勧誘する始末であった。学生達も面白いと心躍らせるのだから、同じ穴の狢なのだが。

「そんなんだから、学生運動により議会は、承認へと押し切られる事となったわ。その後は、発術所の建設と術導線の設置は急ピッチで進んだの。時間が掛かると思われていた発術所の建設も、国や、冒険者登録をして労働契約を結んだ学生達の協力もあってか、僅か一年で本稼働を迎えたの」

 随分と展開が早い事だが、理由はある。

 発術所は王都の近郊、つまりは神聖障壁の外に建った。そこならば、術式は使いたい放題だ。普段の学生生活では披露する事のない術式に、得意の者達は奮い立つ。報酬は充分で、栄誉まで付いてくるとなれば、自重など必要ないのだ。それは、教師や教授、講師など、市井の他の大人達も同様だった。反対派であった議会の者達まで、意気揚々として協力していた。

 言い終えたレベッカがノエミに何事か耳打ちする。なぜだかリーナも頷いた。

「王都の大人達は威厳を見せ、学生達は自信を深めたわ。文部科学省と運営委員会は学府外活動の有用性を認識し、教育要領の再検討に入るの。そして冒険者組合は、学生の冒険者登録への忌避感を払拭したわね。教会が、王都の生活向上に役立てたと喜んだのは、いつもの事よ」

 説明をリーナが引き継いだらしい。そう聞けば、誰も損をしておらず、利益ばかりがあるようにも聞こえるが、そんな都合の良い話はあるだろうか。それに、利益を享受した中に、名前が出ていない組織がある。

 そう。それは——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ