邪神様は学園に馴染みたい
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──邪神様は学園に馴染みたい
私はこの学園の2年生に編入することになっている。
病弱だった私は去年から休んでおり、自宅学習をして過ごしており、今年から晴れて本来入学時に一緒になるはずだった学友と学びの場を共にするのだ。
ということになっている。カバーストーリーってやつです。
私が編入されるのは2年A組。
A組は凄いお金持ちや高位の貴族の子が在籍するクラスであり、特別といえるクラスだった。そこに超絶お金持ちな上に貴族である私が在籍するのは当然のこと。
……なのだが、不安である。
だって、私の心は小市民で一般人なのです。それがいきなり特権階級であることが当たり前のように過ごしてきた、そんな子供たちが在籍するクラスに放り込まれるというわけで……。ああ。不安しかない。
しかし、ここまで来たのに回れ右して帰るわけにはいかない。
覚悟を決めるのです。私こそが邪神だぞ!
「緊張していますか、イリス嬢?」
そう優しく声をかけてくれるのは担任の先生で、凛とした白髪の老紳士だ。名前をエーミール・フォン・リーベンフェルトという。
「大丈夫です。行きましょう、エーミール先生」
「では」
私はエーミール先生とともに教室に入った。
ざわっと私が教室に入ったと同時にざわめくのが分かった。クラスメイトの無数の視線が私の方に向けられており、緊張で胸が高鳴る。
教室は大学の講義室のような構造で、いわゆる階段教室だ。クラスメイトの数はそこまで多くはなく、10名から15名程度。
「諸君。今日は君たちに新しい学友ができることを知らせよう。こちらはイリス・ツー・ラウエンシュタイン嬢だ。今期からこのクラスに編入することになった」
そして、自己紹介するようにとエーミール先生から視線で促される。
「初めまして。ご紹介にありましたイリス・ツー・ラウエンシュタインです。この学園に通って、皆さんと学びの場に参加する今日を楽しみにしていました。皆さん、どうかよろしくお願いします」
笑顔、笑顔。しっかり笑顔を心掛ける。超美少女の笑顔があれば、人生はきっと上手くいくのだ。知らんけど。
「か、可愛い……」
「お人形さんみたい……」
「今日からあの子が一緒に……」
ふふふ。第一印象はかなりいいのではないでしょうか?
「では、イリス嬢。好きな席に座りたまえ」
「はい」
後ろの席はさぼりやすいけど、先生にやる気を疑われてしまう諸刃の剣。ここは真ん中ぐらいにしておこう。
お。真ん中のいい感じの席に、話しかけやすそうな子がいる。私よりもちょっと小柄で、もさもさっとした長い黒髪が印象的で、丸いフレームの眼鏡をかけた子だ。私の方を見るとへにゃっとした笑みを浮かべてくれた。
陰キャ過ぎず、陽キャ過ぎず、ちょうどいい感じの友人候補。
「失礼しますね」
「どうぞ、どうぞ」
私が彼女の隣に座ると、彼女は歓迎してくれた。それから私は周囲を見渡す。
そこで突き刺さるような視線を感じた。何かと思ってその方向を見ると……。
「げっ」
視線の主はあの金髪ポニテの女顔。フェリクスだ。
滅茶苦茶こっちを睨んでいる。何で~? 怖いよ~!
「ねえねえ。あたしはフリーダ。フリーダ・フォン・ヴァルトグリューン。これからよろしくね、イリスさん」
「ええ。よろしくお願いします」
やはり私の勘は正しかった。隣の席の眼鏡っ子は人懐こく挨拶してくれた。
その後でエーミール先生から朝のショートホームルームでいろいろと学園生活関係の通知が行われ、それから休み時間が訪れた。
さて、好機の視線こそ向けられているものの、小学校の転入生ようなものと違っていきなり囲まれて質問塗れにはされていない。
「イリスさん、イリスさん。よければ学園を案内しようか?」
「ええ。お願いします」
今日は新学期の始まりということで授業は特にない。せいぜい春休みの課題をそれぞれの先生に提出にいくくらいで、私には関係のないものだ。
なので、このあとの予定は特になく、私はフリーダさんの親切な申し出に乗ることにした。
「まずはこの第1校舎だけど、ここは1年生から3年生のホームルームが行われる他に、文系の授業が行われる場所だよ。古典文学とか外国語、社会科の授業はこの第1校舎と覚えておいてね」
「はい。しかし、広いですね……」
第1校舎だけで既に私が前世で通っていた高校全体ぐらいのサイズがある。
「第1校舎は古いから、作りが複雑なんだ。迷子にならないように気を付けて」
「気を付けます。なるべく早くどの教室がどこにあるか覚えないとですね」
ううむ。広いうえに複雑な作り。冗談抜きで本当に迷子になるかもしれない。
そんな第1校舎を出て渡り廊下を渡ると、また新しい校舎が見えた。
「第2校舎は理系の授業が行われる場所だよ。数学とか物理、化学、生物とか。あたしは理系の授業は苦手。イリスさんは?」
「私は、その、文系も理系も満遍なく苦手です……」
「あはは。1年間休んでたなら仕方ないよ。もう体は大丈夫なの?」
「今も激しい運動は医師に禁止されています」
うっかり制服から体操着に着替えたときに触手が見えては大変なので、そのように両親から学園に通知されているはずだ。
「なんだか本当に深窓の令嬢って感じだよね、イリスさん。あ、悪い意味じゃないよ。いい意味でちゃんとお嬢様をしているって意味。あたしみたいなどこにでもいる女の子とは違うっていうか」
「そんな。フリーダさんも素敵なお嬢さんです」
「ありがとう、イリスさん」
「私のことはイリスでいいですよ」
「では、あたしのこともフリーダで!」
初日からこんなに親しくできる友人ができるなんて、私は恵まれすぎてますね。これが超美少女パワーなのでしょう。わはは。
「そうそう! この第2校舎には生徒会も入っているんだよ。イリスは生徒会に興味ある?」
「生徒会、ですか……」
生徒会。
攻略対象である生徒会長のクラウスがいる組織であり、主人公の選ぶルート次第では、主人公も生徒会入りする。
つまり危険地帯だ。
「いえ。やはりそういう場所には私のような人間は相応しくないかと」
地雷原でダンスをする趣味はありませんので、生徒会には近寄らないでおこう。
「それに生徒会はもう既にメンバーが揃っているのでは?」
「それがね。書記だった人が病気になって学園を休学してるんだ。何か心を病んだとかで……。イリスは知らないかもしれないけど、2日前に大勢が健康を理由に休学したり、退学したりしてるんだよ」
んん? 2日前?
4月2日。
……私がイリスになった日で、カルトの集団自殺が起きた日では……?
「た、た、た、大変ですね、それは」
「そうなんだよ。あたしの友達も酷い悪夢を見たとかで、一度実家に帰ってたり……」
そこではっとフリーダが私の後ろに視線を向けた。
「どうしました、フェリクス様?」
え? と思って振り返れば、フェリクスが私の後ろから近付いていた。
「イリス嬢」
「何でしょう?」
相変わらず言葉数少なく睨んでくるのやめておくれよ~。
「お前、学生たちが休学したことについて何か知っているか」
疑問形ではなく、ほとんど確定した事項のようにフェリクスはそう言葉を放った。
「いえ。私も今そのようなことが起きていたことを知ったところです」
嘘は言ってない。原因に心当たりがあることを黙ってるだけだ。
「本当に、か?」
「ええ。失礼ながら、何を疑っていらっしゃるのですか?」
笑顔、笑顔。超美少女スマイルがあれば人生は上手くいく。
しかし、フェリクスは納得しない様子でじいいっと私の方を見てくる。
この人、私より頭ふたつは大きいから威圧感が凄いんだよ~。怖いよ~。
「お前、タイプライターの使い方は分かるか?」
「へ?」
次の質問はよく分からないものだった。タイプライターっていきなり何です?
「字は綺麗な方か? 記憶力は悪くないか?」
「え、ええ。字は綺麗だと思いますし、記憶力もそこそこかと……」
「そうか」
そして、フェリクスは顎に手を置いて私の方をしげしげと眺める。
「お前、生徒会に入れ」
彼は私にそう言い放った。
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