邪神様、悩む
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──邪神様、悩む
「聞いて、聞いて、イリス!」
夜になって部屋に戻るとフリーダが満面の笑みで話しかけてきた。
「どうしました?」
「あのね。アルブレヒト様と正式にお付き合いすることになったの!」
「おおー! よかったではないですか、フリーダ! 思いが通じましたね!」
イエーイ! と言うようにフリーダが言うのに私も大喜びです。
「明日の帰りの列車はあたしはアルブレヒト様と一緒に座るから、エミリアはレオンハルト殿下と、イリスはフェリクス様と座るといいよ」
「それはいいですね。行きとは違う席順にするのも楽しそうです」
フリーダの申し出にエミリアさんは喜んでいるが、私と言えば困惑顔。
「どうしたの、イリス? フェリクス様と何かあった?」
「あったといえばあったのですが……」
「聞かせてよ。あたしたちも力になるよ」
そうですね。友達には相談しておきましょう。困ったときの友人です。
「あのですね。大げさにしないでほしいのですが、フェリクス様に告白されました」
「ええ!? やっぱり!?」
「やっぱりって何ですか」
フリーダとエミリアさんが声をそろえて言うのに私はそう突っ込む。
「だって、フェリクス様は明らかにイリスのことが好きそうだったし。いつもイリスのこと気にしてたじゃん。あれで好きでも何でもなかったら、そっちの方がぴっくりだよ」
「ですね。フェリクス様のイリスさんへの好意はみんなが知ってるところかと」
ええー? そうだったのかい?
それじゃあ、まるで私がクソボケみたいじゃないか~。好意を無下にし続けた酷い女みたいじゃないか~。やめておくれよ~。
「で、受けたの、告白?」
「とりあえず考えさせてもらうことにしました」
「受ける気はないの?」
「だから、それを考えるんですって」
フリーダたちが怪訝そうな顔で問いを重ねるのに私はそう返す。
「よし。では、イリスのためにあたしたちが恋愛アドバイスをしてあげよう!」
「よろしくお願いします」
何だかんだでフリーダもエミリアさんも既に恋人がいる身です。私に適切なアドバイスを下さることでしょう。
「まずフェリクス様は優良物件です。浮気の前科はないし、家柄よし、成績よし、性格よしの優良物件です。うちの学園の女の子なら、みんな喉から手が出るほどほしい彼氏になると思うよ」
「だから、心配なのです。私などがそんな方に釣り合っているのか、と……」
「告白されたんでしょ? そういうのは本人同士で気が合えば問題ないと思うよ」
「そういうものなのですか?」
「今は別に中世と違って婚姻で政治をする時代じゃないんだよ。よっぽど身分差や年齢差がないかぎり、そこら辺は自由にやっていいと思う。私だってアルブレヒト様と完全に釣り合いが取れてるとは思ってないし。けどね」
「けど?」
「釣り合いが取れるように頑張るだけ。アルブレヒト様の隣に立って恥ずかしくない自分になろうって頑張れることができる。挑戦したいことができて、人生の目的ができる。それっていいことだとあたしは思うんだ」
「……なるほど……。そう言う考えもできますね……」
「しかも、ひとりで頑張るんじゃなくて、一緒に頑張れるのが恋人のいいところ。イリスだってフェリクス様よりいいところはあるし、フェリクス様だって頑張らないといけないはずだよ。だから一緒に頑張るの」
「フリーダもアルブレヒト様と?」
「もちろん! あたしたちは文学を通じて知り合ったから、当然恋人であると同時にお互いに文学を頑張る仲間でもあるよ」
「そういうのは……いいですね」
恋人ではなく、ともに同じ目標を目指す仲間ができると考えるといいことかもしれないと心が揺らぎ始めた。前世の私にそう言う友人はいませんでしたので……ぐすっ……。
「私もレオンハルト殿下と付き合い始めてからいろいろなことを始めましたよ。殿下は私に物事を始めるきっかけを作ってくださるので。だから、毎日がとても楽しく過ごせています。相変わらずちょっと過保護にされてる感はあるのですが……」
エミリアさんもそのように述べる。
レオンハルト殿下が過保護なのは私の洗脳のせいです。ごめんなさい。
「いろいろと恋人ができると楽しいようですが、それでも一応考えさせてください。まだ決断を下すには早いと思いますので」
「考えてからでもいいと思うけど、青春は短いから迅速な行動を、だよ」
「はい」
フリーダにそう言われて私は頷く。
「じゃあ、今日はもう寝ようか!」
「はい」
私たちは今日はもう寝ることに。寝室は別々なので、うっかり触手が出てくるところ見られることもなく、安心して眠れます。
* * * *
そして、翌朝。
「……おはようございます、フェリクス様……」
「……ああ。おはよう、イリス嬢」
何だか私とフェリクスの間に凄く気まずい空気が流れている。
「き、昨日はいろいろとありがとうございましたですます」
「変な口調になってるぞ、イリス嬢。普通にしてくれ」
そうは言われましても。邪神様は前世を含めて告白されたのなんて初めてなのです。男子から告白されたのも当然初めてなのです。そうなのです。
「朝食が終わったらアンケートを書いてくださいね!」
「ああ。もちろんだ、フリーダ嬢」
私たちがただでここに泊れたのはアンケートに協力するからである。あとでちゃんといろいろな項目のあるアンケートに頑張って記入しなければ。
朝食はシンプルなものでしたが、コーヒーが美味しかったです。前世では安いコーヒーばかり飲んでいたので、ちゃんとしたところで出るお高いコーヒーってこんな味なんだ~と感動してしまった。
朝食のあとでアンケート用紙が配られ、それに記入。そうすれば残りは帰るだけ。
で、その帰りの列車が鬼門なのです。
何故ならば私とフェリクスが隣合って座ることになるからです。
ただでさえ気まずい状態なのに列車の旅で数時間も隣り合うとか正気ですか~。こんなの絶対に耐えられないよ~。助けて~。
「お、お願いします」
「ああ」
まるで将棋の対局を求めるように頭を下げる私にフェリクスが頷く。
「では」
私は列車の席の窓際に座った。フェリクスは通路側に座る。
「…………」
「…………」
き、気まずい。沈黙が支配している。
フリーダやエミリアさんを見れば、アルブレヒトやレオンハルトと談話しており、とても楽しそうだ。あれを邪魔するわけにいかない以上、ここは私が何としても耐えなければならない!
「私たちも、お話、しませんか?」
「ああ。そうだな。イリス嬢は趣味はあるか?」
私がためらいがちに提案するのにフェリクスがそう尋ねてくる。
「趣味はいろいろと。読書は好きですよ。最近ではちゃんと内容を覚えていられるようになったので、物語に仕組んであった伏線も見つけられて、楽しんでいます」
「前に渡した本は読んでくれたか?」
「もちろんです。とても面白かったですよ。少年がアギロと旅に出る準備をするところなんかは私もやってみたくてわくわくしたり、旅に出てからは一番好きな場面はドラゴンのいるという伝説の洞窟を探検するところでした」
「ああ。旅の準備をするところは私も好きだった。地図やコンパスを準備していく様子や食べ物を詰め込むのは、私もやってみたかった。自分ならどんな食べ物を持っていくだろうかと思い描いたこともあったな……」
「旅に出る準備をするというのは、それだけでワクワクしますものね」
「そうだな。これから起きることを想像するのは楽しいものだ」
私たちはとりあえず本の話で盛り上がった。
気まずい沈黙は払拭できたものの、これから会うたびに気まずい空気が発生するのでは、本当に困るよ~。誰か助けておくれよ~。
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