邪神様とホテル
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──邪神様とホテル
フリーダの実家が経営するホテルというのは立派なものだった。
「おおー! これですか!」
夏の日差しを浴びて光り輝く白い外壁と大きな窓。それは地中海風の建物で、帝都ではあまり見かけない建築様式だった。なんだか異国に来たな~という雰囲気にさせてくれて、わくわくします。
「入って、入って。一応、リニューアルオープン前のサービスのチェックがお仕事だから、それも忘れないようにね。事前に言っていたようにあとでアンケートを記入してもらうけどいい?」
「はい。任せてください」
フリーダの説明に私たちはしっかりと頷く。
「それではチェックインしてから各自部屋に入ろう。部屋は女性陣、男性陣ともに一番豪華なインペリアルスイートだよ!」
「わあ」
こういうお高いホテルのさらにお高い部屋に泊るなんて前世を含めても初めてです。すっごくワクワクしてしまいます。
私たちはチェックインを済ませて、最上階までエレベーターで昇る。一応エレベーターはあるんですよ。自動ドアじゃなくて手動でドアを閉めるタイプですが。
そして、私たちはインペリアルスイートに到着。
「広いお部屋ですね……」
「リニューアルで改装した点のひとつなんだ。どう?」
「素晴らしいです」
部屋はとても広く、ベッドルーム、リビング、ダイニング、そしてキッチンまであった。もちろんお風呂も広々としている。
部屋は埃ひとつなく綺麗に清掃されており、手洗い場やお風呂周りのアメニティも充実している。どこをとっても立派な一流ホテルであった。
「ここら辺の観光地となるとどこになるのでしょうか?」
「うーん。海、かな。この時期なら泳げるし。水着は持ってきた?」
「いえ。その、私はまだ運動はちょっと……」
「あ。ごめんね、イリス。何か別のことを考えよう」
うっかり水着など着た日にはどこから触手が『こんにちは』するのか分かったものではないのです。しかし、せっかくの海なのに泳げないも勿体ないし、何よりフリーダたちが楽しめない。
「私は日光浴でもしますので、私に構わず泳がれてください」
「けど……」
「いいんです、いいんです。可愛い女の子の水着姿でも見られれば」
フリーダもエミリアさんも美少女である。そんな美少女の水着が見れるならば、文句はないというもの。
「もー。イリスってばおじさんみたいなこと言っちゃって。けど、それならあとでみんなで海に行こうね」
「はい」
私たちは部屋に腰を落ち着けてから、男性陣を誘って海に行くことに。
このホテルからも砂浜は見えており、砂浜には既に優雅に日光浴を楽しむ大人や波辺ではしゃぐ子供たちがいるのが見えた。楽しそうだ。
泳げないのは残念だが、前世でも特に泳げたわけじゃないしいいです。いいです。
「それでは行こう、イリス、エミリア!」
フリーダが張り切ってそう言い、私たちは男性陣を誘いに行く。
「アルブレヒト様、レオンハルト殿下、フェリクス様」
ドアをノックしフリーダはそう呼び掛けると扉が開いた。
「ああ。フリーダ嬢、どうしました?」
ドアを開けて出てきたのはアルブレヒトだ。
「これから海に行くんですけど、一緒にどうですか?」
「もちろんです。少し待ってください」
アルブレヒトはそう応じ、2、3分で男性陣が出てきた。フェリクスはそうでもないが、レオンハルトは明らかに上機嫌です。何故に?
「私は昔から海が好きでね。何故ならばご婦人方の水着が素晴らしいからだ!」
「レオンハルト殿下……」
「もちろん今の私が興味があるのは、エミリア嬢、君の水着だけだ!」
前は海に来るなり女性の水着に手当たり次第に鼻の下を伸ばしてたのですか……。これが帝国の第二皇子だったというのは本当に驚きである。
「イリス嬢。お前は泳げるのか?」
と、ここでフェリクスがそう疑問を呈してくる。
「私は泳げませんので、日光浴だけでもと」
「……そうか……」
フェリクスが何か暗い。もしかして水着が見たかったのですか? いや、レオンハルトならともかくフェリクスにそれはないな。
「更衣室はあるのでしょうか?」
「うん。外にあるよ。ちゃんとしたところだから安心して」
エミリアさんがそう心配するのにフリーダがそう答えた。
さて、それでは砂浜にゴーです!
* * * *
真っ白な砂浜に青い海。そして、輝く太陽!
「潮風って何だが気持ちが昂りますよね」
「そうだね。帝都には海はないし、異国に来たって感じがするよ」
私が砂浜にシートを布いて座るのにフリーダがそう答えた。
フリーダは藍色のワンピースの水着で、露出は少ないが可愛らしいよきものです。よきです、よきです。
「男性陣は先に泳ぎに行ったみたいですね。やはり彼らも海を前にテンションが上がっているのでしょうか?」
「単に子供なだけだと思うよ」
割と厳しい意見のフリーダです。
男性陣は先に海に飛び込んでいたが、女性陣が着替えてやってくると砂浜に戻ってきた。レオンハルトは真っ先にエミリアさんの方に走ってくる。
「エミリア嬢! なんと素敵な水着なんだ! 素晴らしいよ! ああ、君のこの姿を私だけが見えるようにできればいいのに……!」
「大袈裟ですよ、殿下」
「大袈裟ではないよ、決して! 君は本当に素晴らしい! まるで水の精霊ウンディーネのように!」
「あはは……」
レオンハルトの脳をこねこねした身としては、エミリアさんがレオンハルトに愛想をつかさないのを祈るのみだ。こねこねし直す必要が出てしまうので。
「フリーダ嬢。素敵ですよ」
「ありがとうございます、アルブレヒト様」
「少し歩きませんか? 何か今度の作品に取り入れられるものがあるかもしれません」
「ええ。もちろんです」
アルブレヒトはそう言ってフリーダを誘って砂浜を歩いていった。
「イリス嬢」
「はい」
今度はフェリクスが私の方を見てくる。が、残念でしたね。私は水着じゃないです。
「その格好は暑くないのか?」
「大丈夫ですよ」
「そうか」
私はいつものように露出の少ない服と手袋にタイツだ。海に何しに来たと言われても文句は言えない格好ですし、フェリクスが指摘するように暑苦しく見えてしまう格好であることは否定できない。
「私たちも少し砂浜を歩かないか?」
「え、ええ」
誘われるとは思っていたのかったので、ちょっとびっくりです。
だからと言っても、特にフェリクスの方から話題を振ってくるでもなく、本当に砂浜をただ歩くのみです。ち、沈黙が気まずいよ~。
「フェリクス様は海はお好きですか?」
仕方ないので私から話を振る。
「ああ。昔、海の傍に住んでいた」
「この辺りですか?」
「いや。北だ。北の海はここよりも冷たいが、景色は似ているな……」
そう言って遠い目をしてフェリクスが海と砂浜を眺めた。
「一度フェリクス様が見た北の海も見てみたいです」
「きっとがっかりすると思うぞ。ここのようにリゾートが盛んなわけでもなく、漁村がいくつかと無駄に大きな軍港があるくらいだからな」
私の言葉にフェリクスはそういって苦笑した。
「しかし、フェリクス様にとっては思い出の場所なのでしょう?」
「そうだな。昔の大事な思い出だ。そのことにお前が興味を持ってくれるのは、その、素直に嬉しく思えるよ」
フェリクスは立ち止まり、海の方をじいっと見る。
「父──実の父は海があまり好きではなかった。彼は海を恐れていたのかもしれない。海には人間の知ることのない何かがいて、ときどきその海からはこの世のものとは思えないものが流れつく。私も何度が奇妙なものを見たことがある」
グロテスクな深海魚や異国の船の残骸、それから手を出してはいけない財宝や、遥か太平洋の島々で崇拝されるような異端の神の話。
そうフェリクスがそう語るのを私は静かに聞く。
「奇妙なものの中には邪悪なものもあった。異端の信仰をうかがわせるものだ。私がそういうものを感じるようになったのは、やはり海の傍で育ったからだろう。邪悪なものを避けなければならないということで生じた生存本能なのかもしれない」
「今も何か感じられますか?」
私は疑問に思ってそう尋ねた。
「いいや。何も感じない、イリス嬢」
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