邪神様は学園に行く
……………………
──邪神様は学園に行く
「お嬢様、こちらが制服になります」
メイドさんから差し出された制服を私は受け取る。
おお。触っただけでしっかりした良い生地で作られていると分かった。ゲームの中の学園だがちゃんとした制服であり、安っぽいコスプレ制服とは違うようだ。
私はメイドさんに手伝ってもらいながら、制服に着替える。
制服がブレザータイプのもので、ネイビーブルーのジャケットに白いブラウス、チェックのプリーツスカートと赤いリボンタイという組み合わせだった。
「どうです?」
「お似合いです、お嬢様」
私の体が小さいせいか、すこし丈が合わずにダボッとしているが、似合ってないわけではない。私の可憐さと可愛さがさらに際立つ、よき制服です。よきよき。
「楽しみだな、学園に通うの」
前世ではあまり学校が楽しかった印象はほとんどない。ひたすら勉強に勉強と追われるように過ごしていて、友人を作る機会もなく、勉強もできなかった私は辛い思いをした記憶しか……ぐすっ……。
しかし、今の私は超美少女。
きっと友人もいっぱいできて、人生が楽しくなるに違いない。
「楽しみ、楽しみ~」
そんな私の気持ちを受けたのかスカートからまだ触手が『こんにちわ』する。こらこら、そんな気軽に出て来るのではありません。
しかし、私の浮かれた気分も次の瞬間には粉砕された。
「お嬢様、こちらが教科書などの必要なものになります」
「わあ」
どさっとメイドさんが教科書の山を置く。
……いや、多すぎないです……? 前世の学校でもこんな教科書の山を見たことないですけど……? こんなに学ぶことがあるの……?
私が戦慄する中、さらに本の山がどんと重ねられる。
「こちらは学園で推奨されている本です。ほとんどの生徒の方は入学前に読まれているそうですので、お持ちしました」
「わあ」
推奨されている本は古典文学だったり、科学関係の読み物だったり、あるいは政治家の書いた政治の本だったり、はたまた宗教の本だったりといろいろ。
これ読むの? 明日までに?
「急に学園行きたくなくなった……」
今の私の気分はどよーんとした曇天です。憂鬱です。
「ずっと屋敷に引きこもってようかな……。どうせ私なんかが学園で上手くやれるはずがないし……。学園なんて行ってもしょうがないし……」
いじいじと部屋の隅で私は座り込んでしまった。
「お嬢様、ご安心ください。お嬢様は病弱であられた、ということになっておりますので、その点は配慮がされております。この本も明日までに読まなければならないというわけではございません」
「本当に?」
「本当です」
メイドさんが言うのに私はじっと彼女を見る。
「よし。なら、挑戦してみよう。ダメだったら引きこもる」
「それでよろしいかと」
挑戦する前から諦めるのはよくないこと。どうせ諦めるなら一度チャレンジしよう。
というわけで、今からでも勉強を頑張るぞっ!
そして、翌朝。
「これまでで一番勉強頑張ったかも……」
昨日は徹夜して必死に推薦本と教科書を読みまくった。
この肉体の凄いところは一度覚えたものは絶対に忘れないってぐらいの優れた記憶力だ。そのおかげで勉強はかなり効率よくはかどった。
流石は邪神。邪神は勉強もできるのです。わはは。
「馬車の準備ができております」
執事が徹夜の勉強を終えて着替えた私にそう伝えてくる。
うっかり指先やスカートから触手が『こんにちわ』しないように手袋とタイツを装備した。これでうっかり触手が人に見つかることはあるまい。
「では、いってまいります」
私は上品な仕草で馬車に乗った。それからお付きのメイドさんが続く。
さて、私はアーカム学園を貴族やブルジョワ層が通う学園だといったが、そんな学園がどこにあるのかと言うと、それは帝都である。
しかし、貴族たちの多くは帝都に定住していない。私の家みたいな金があり、帝国議会の元老院に名を連ねている貴族ならともかく、ほとんどの貴族は自分たちの領地がある地方で暮らしている。
お金のない貴族だとそのまま地方の学校に通うのだが、帝都に屋敷を持つほどでもないが、学園に通わせるお金はあるという貴族だと、子供だけを寄宿舎にいれて学園に通わせるのだ。
そんなわけで馬車で学園に通ってくるのはお金持ちのステータスなのである。
いやあ。超美少女の上にお金持ちで申し訳ない!
「お嬢様。着きましたよ」
「ええ」
メイドさんに言われて私は学園の門の前に立った。
前世の学校とは全然違う立派な作りの正門。そこを行き交う学生たち。
ここから私の学園生活が始まるのだ!
「いきましょう」
白銀の髪をなびかせて、私は颯爽と正門を潜る。
「ねえ。あの子、どこの子だろう? 凄く綺麗……」
「何年生かな? 初めて見る気がする」
「可愛い……」
私を見る学生たちが男女問わず私に見惚れている。彼らの羨望の声が、憧れの声が、賞賛と讃美の声が、私の耳に聞こえてくる。
気分がいい。気分がいい。こんなにいい意味で注目を集めたのは初めてだ。
ああ。学園が大変な勉強なんてなくて私の宇宙一の可愛さを見せつけるだけの場所であればいいのに。
と、そんなことを思いながら歩いてきたとき、衝撃が走った。その衝撃に私はよろめくとそのまま地面に尻もち。あいたたた。
「すまない! 大丈夫か?」
ドンとぶつかったのは庭の角から出てきた男性だ。
……いや、男性で合ってるよな……?
制服が男子学生のものだから男性だと判別したが、その見事な金髪はポニーテイルにしており、さらに顔立ちは整っているが男性的な要素が少ない。目鼻立ちも線が細くて女性っぽいというか、中性的というか。
男装の麗人だったり?
「立てるか?」
「え、ええ。大丈夫です」
「手を貸そう」
うわあ。見事なまでのイケメンムーヴだ。恥ずかし気もなくそれができるのは尊敬してしまう。私は前世でそんなことできなかったよ。
私は差し出された手を握り──。
「お前」
手を差し出してくれた男性の顔が険しくなっていた。まるで真昼に幽霊でも見たかのような、そんな顔だ。
「お前、何者だ」
それは問いかけではなく、突き付けたかのような口調だった。
「私は──」
「フェリクス! 何やってるんだよ、もー!」
私が答えようとしたとき、賑やかな男性の声が聞こえてきた。
そして、現れたのはこっちの金髪とは対照的な赤毛を短髪にした小柄な男性。こっちは間違えることなく男性だ。そして、この赤毛には見覚えがある。
ゲームの攻略対象である男性キャラのひとりだ。
「あれ? そっちの子は? 見かけない顔だけど転入生かな?」
「失礼。私はイリス・ツー・ラウエンシュタインです。仰ったように今期から転入してきました。よろしくお願いします」
「どうも。俺はクラウス・フォン・フロイデンタール。で、こっちの愛想のないのがフェリクス・フォン・シュタルクブルクだ」
赤毛は予想通りの人物だった。
クラウス・フォン・フロイデンタール。現帝国宰相アレクサンダーの息子。
名宰相と呼ばれる人物の息子なだけあって、本人も凄く聡明そうである。その緑色の瞳には知的な輝きがある、気がする。
そんな彼は学園には勉学のためではなく、将来父親と同様に政治家になったときのためのコネ作りに来ていると公言した剛の者だったはず。そんでもって生徒会長!
となると、一緒にいるのもそれなりの地位の人間かな?
「フェリクスだ」
あ。思い出した!
生徒会副会だ。侯爵家……いや、公爵家……? の息子さんだった気がする。この人、攻略対象じゃなかったから印象が薄いんだよ。
「ではね、イリス嬢。学園にようこそ!」
クラウスはそう言ってフェリクスを連れて去った。
が、フェリクスの方はじいっと私の方を睨むように最後まで見ていた。怖い。
「気を取り直して」
変な人に絡まれたけど、私の輝かしい学園生活はこれからだ!
……………………