邪神様と恋バナ
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──邪神様と恋バナ
「予算の件、聞いたよ! ありがとう、イリス!」
「クラウス様のおかげですよ」
予算会議のあとでフリーダが私のところお礼を言いに来た。
「予算会議で聞いたのですが、文芸部は今度作品を出すそうですね。フリーダの方は順調なのですか?」
「まあまあかな。私は詩と小説を出すつもりで現在執筆中だよ」
「小説が書けるって凄いですね。私はそういうのはさっぱりで……」
読むのは好きなんですけどね、小説。だけど、自分が書いても面白く書けるかという話です。まず無理でしょう。語彙もなければ教養も一夜漬けですから。
「あたしも辛うじて書けるだけで凡作、駄作だから。けど、アルブレヒト様は凄いんだよ。もう何回も賞を取っているし、あたしが読んでも登場人物に共感してワクワクできて、これが面白い小説なんだって感動しちゃう」
「本当にフリーダはアルブレヒト様が好きなんですね」
「ま、まあね。……ねえ、イリスは好きな人いる?」
そう、フリーダが私に問いかけてきた。
「私は特に気になっている方はいませんね。何分、学園ではまた1年も過ごしてないですし。まだまだですよ」
「そっか。あたしは本当にアルブレヒト様が好きみたい。けど、今告白しても受け入れ貰えるかな……」
フリーダはそう呟いた。
ここで無責任に『きっと大丈夫ですよ』ということもできるが、それで拒絶されてしまったらフリーダが可哀そうです。
「フリーダは今の交流だけでは不十分だと思っているのですか?」
「うん。所詮は同じクラスで同じ部活という関係でしかないしさ。デートだってしたこともないんだよ? それなのにいきなり告白しても……はあ……」
「デート、ですか」
デートか。フリーダはいつもアルブレヒトと図書館デートをしているようなものだと思っていたのですが、本人にはその自覚はなかったようです。
「ならデートをしてみたらどうです? まずはデートとしてお誘いせずとも、学園の外に一緒に出掛けるだけでも、それらしくなるのではないでしょうか?」
「そんな勇気でないよー。アルブレヒト様をふたりっきりなんて……はっ!」
そこでフリーダが私の方をじいいっと見る。
「イリスも一緒に行こう」
「わ、私がついていったらデートになりませんよ」
「いや。イリスもフェリクス様を誘ってダブルデートにするんだよ」
「ええー……」
何故フェリクスとデートをしなければならないのです。
彼が私に好意を持っているとは思えないし、私も彼に特に好意はない。そういう関係だと思うのですが。一体、他人にはどのように見えているのでしょうか~?
「私とフェリクス様の間には本当に何もありませんよ。フリーダとアルブレヒト様のように相性が合うとか、そういうこともありませんし」
「そうなの? そうは見えなかったけど……」
「そうなんです」
勘違いされると困るよ~。フェリクスは別に趣味じゃないよ~。
「けど、本当にイリスがついて来てくれた安心できるんだ。フェリクス様じゃなくてもいいから誘える人はいない?」
「と言われましても、友人と言えるのはフリーダぐらいですよ。あるいはエミリアさんか、レオンハルト様。そうだ。エミリアさんとレオンハルト様にダブルデートを依頼すればどうでしょうか?」
「あのふたりは熱々すぎるから、ちょっと……」
「そうですか……」
フリーダが困っているのを助けてあげたいのだが、どうしたらいいものか。
「分かりました。フェリクス様を誘ってみましょう。けど、断られたら諦めてくださいね。私もフェリクス様に無理強いできるような立場にはありませんので」
「ありがとう、イリス! やはり持つべきものは友人だね!」
そんなこんなでフェリクスをデートに誘うことになってしまった。
「デートの具体的なプランはどうします?」
「今度の作品発表に合わせて、街中で流行り本を調べるって活動があるんだ。そのときに一緒に来てもらえればいいよ」
「分かりました。その旨で誘ってみますね」
さて、フェリクスは応じてくれるかな~。『なんで私がお前なんかと一緒に出かけなければならないんだ?』って断られそうな気がするよ~。
そう心配しながら生徒会室に向かうとフェリクスがいた。
「フェリクス様。お時間よろしいでしょうか?」
「今忙しい」
もうダメだ~。これはもうダメだ~。聞いてくれる余地すらない~。
「では、お待ちしますね」
しかし、そう簡単に諦めてはフリーダもがっかりするだろうし、私はこの前の議事録を清書しながら待つことにした。
「待たせたな、イリス嬢。何か用事か?」
お。別に話を聞きたくないわけじゃなかったらしいです。
「あのですね。今度フリーダと一緒に街中に流行りの本を調べに行くんです。その際にフェリクス様もご一緒いただければと思うのですが、どうでしょうか?」
「それは文芸部の活動か?」
「はい。そうですね」
「ふむ……」
私がデートということを可能な限り匂わせずに告げるとフェリクスは考え込んだ。
「分かった。いいだろう。日時は?」
「今週末の午前10時に帝都中央駅で待ち合わせを」
「帝都中央駅に午前10時、だな。記憶しておく」
ありゃ。意外なほどすんなりと話が通ってしまいました。
まあ、デートじゃなくてただのお出かけというかんじにしておいたおかげでしょうか。ダブルデートとは言うものの、本命はフリーダとアルブレヒトなわけで、私たちは賑やかしでついていけばよいのです。
「楽しみにしていますから来てくださいね」
「ああ」
別に楽しみではないのだが、ドタキャンされると作戦は失敗ですから。
* * * *
当日がやってまいりました。
季節は夏なのですが、私は相変わらず露出の少ないドレスと手袋、タイツを装備。見るからに暑苦しい装備なのですが、私自身は何ともありません。邪神様ですから~。
「あら。フェリクス様、もうお着きでしたか」
「ああ。時間は守るべきだ」
私が到着したのは予定時間の10分前だと思ったのですが、既にフェリクスは到着していた。彼は紳士らしい整った服装をしており、背が高いのもあって学生には見えないぐらいです。
「イリス、フェリクス様!」
と、ここでフリーダがアルブレヒトを伴って現れた。
フリーダは張り切っておめかししたらしく、愛らしくも夏場にあった爽やかさのあるドレスに身を包んでいるが、アルブレヒトはフェリクスとさして変わらない格好だ。
「今日はよろしくお願いしますね」
「構わない。力になれるといいのだが」
フェリクスはいつものように言葉数少なくフリーダに応じた。
「では、参りましょう」
フリーダはしっかりとアルブレヒトの横をキープし、私は邪魔にならないようにフェリクスの横を歩く。フリーダとアルブレヒトが前を進み、私とフェリクスはそれについていく形だ。
「イリス嬢。それは暑くないのか?」
フェリクスは私のドレスを褒めるでもなく、そう尋ねてくる。
「体をあまり冷やしてはいけないと言われておりまして」
「そうか。大変だな」
うう。喋ることがない。気まずいよ~。
「ここら辺にはよく来るのか?」
「いえ。あまり外出はしないのです。外出先で何かあっては大変だと両親に心配されていますから」
「なら、少し紹介してやろう」
フェリクスはそう言って帝都でも目立つ建物を指さす。
「あれは前に万博があったときに作られたホテルだ。今でも高級ホテルとして経営されている。屋上のレストランからの眺めはいい場所だ」
「それは見てみたいですね」
「一度は体験しておくべきだろうな。そして、知っての通り、あれは前の戦争の終戦記念モニュメントだ。うちの学園の卒業生でもある芸術家が作ったもので、学園からもわずかながら寄付金が出ている」
「おお」
私はフェリクスに紹介されるままに帝都の街並みを眺める。なかなか面白い話が聞けました。ゲームではこういうのは省略されていますからね。
「ところで、今日はどこに本を見に行くんだ? 帝都で大きな書店ならばナコト書店だろうが、そこか?」
「そのように聞いています。あとは帝都百貨店の書店コーナーにと」
「そうか。イリス嬢、最近読んだ好きな本はあるか?」
なんかフェリクスがぐいぐい来る。これはどういうことなのです?
「最近読書はちょっと……。勉強についていくのが精いっぱいでして……」
「そうか」
しかし、沈黙されてもやりにくいよ~。
「イリス、フェリクス様。あれがナコト書店ですよ」
フリーダがそう言い、とても大きな書店が見えた。
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