邪神様は書記
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──邪神様は書記
カルト騒ぎで学園は騒然となりましたが、学園生活は続いています。
今日は各部活動の予算を決める会議が開かれる、とクラウスから言われている。私も書記として議事録作成のために参加する予定だ。
「イリス!」
「フリーダ。どうしましたか?」
フリーダはあれからすぐ元気になり、事件のことを思い出すわけでもなく、いつも通りに過ごしていた。
「あのね。これから予算会議でしょ?」
「ええ。そうです。私も書記として参加しますよ」
私も何だか最近では生徒会の書記であることが誇らしくなってきた。生徒たちが『イリス様は生徒会役員なんだって!』『凄い! やっぱりできる人は違うな~!』的なことを言っていたのを聞いたからです。
素直に褒めてもらえるのは凄く嬉しいのです!
「ちょっとお願いがあるんだ」
「お願いですか? フリーダが珍しいですね。何でしょうか?」
いつもは私がフリーダに頼りっきりなので、こういうのは本当に珍しいです。
「……文芸部の予算が多分ごそっと減りそうなんだ。どうにかできない?」
「予算が削減? 何故です?」
「4月の件がまだ尾を引いててさ。未だに復学できない部員が多くて、活動実績ががくんと落ちちゃったんだよ。文化祭の出店でも片手で数えられるくらいしか作品は出せなかったし、きっと予算削られちゃうねってアルブレヒト様も言っているし……」
「ああ。そういう事情がありましたか……」
間接的ながら私のせいである。4月の大量の休学・退学事件を全部カルトの仕業にするのには無理があります。
「分かりました。私が友人のために一肌脱ぎましょう」
「わー! ありがとう、イリス!」
「いえいえ。友人ですからね」
なので、どうにかして予算会議を文芸部優位に進めないといけない。
「会議に出席されるのはフリーダではないですよね? アルブレヒト様ですか?」
「うん。今はアルブレヒト様が部長代行をしている」
「なら、望みはありますよ」
何せ会長のクラウスは政治的コネが大好きな人だ。
そして、アルブレヒトの父はフェルディナント・フォン・ブランケンフェルト陸軍元帥であり、陸軍参謀長であられるのです。政治的には大きなコネになるということで、クラウスもふたつの返事で了承してくれるでしょう。
邪神様は賢い!
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「ダメだぞ」
と思っていたのに、生徒会室ですぐさまクラウスに話を持ち掛けたところ、速攻で却下された。な、何故に~?
「そりゃあ、俺もフェルディナント元帥とは親しくしておきたい。陸軍の政治力ってのは未だに馬鹿にならないものがあるからな。だが、そうであるが故にアルブレヒトのやつの要求はのめないんだ」
「その理由をお聞かせ願っても?」
「単純明快。アルブレヒトは自分の親父と仲が悪い」
私の問いに実にシンプルな答えをクラウスは告げた。
「軍人の息子ってのは普通この年から軍関係の学校に入るものだ。士官学校やらそう言う場所にな。だが、あいつはどこにいる? このアーカム学園にいるだろう? この件では元帥と随分揉めたそうだぞ」
「そうなのですか……」
「前の戦争で、あいつの兄貴たちが死んでな。あいつは戦争やら軍やらにほとほとうんざりしたらしい。それで『僕は絶対に軍人にはならない!』って決意したわけだ。個人的には嫌いじゃないが、政治家としてどうかと言われれば、な」
アルブレヒトの兄たちは軍人の一家として恥ずかしくないように全員が揃って軍人になったとクラウスは語る。しかし、前の戦争で出征した全員が戦死。残ったのは姉がひとりに幼いアルブレヒトだけだった、と。
「軍人ってのは融通が利かない人種だ。政治的に柔軟な交渉ってのが難しい。そういう意味では俺は将来の帝国宰相として、あまりアルブレヒトと親しくして、元帥との間に遺恨を作りたくはない」
「もう帝国宰相にはなる気なんですね」
「俺は親父の仕事が好きだからな!」
はははっと笑ったのちにクラウスが真剣な顔をした。
「それに、だ。学園も休学・退学は多く発生したせいで財政的にゆとりがあるわけじゃない。それを文芸部だけ贔屓すると他から怒りを買う。分かるだろう、イリス嬢?」
「はい……」
ああ。フリーダにあれだけ自信満々に任せてって言ったのですが……。
「まあ、お前も友人に対して努力したということは示したいだろう。だから、予算については削減はするものの、これは一時的なものだということにしておく。将来、部員が復帰すれば、予算はちゃんと元に戻すとな」
「ありがとうございます、クラウス様」
「礼には及ばないさ。イリス嬢のおかげで、学生寮の地下についても分かったしな。そのことの礼だとでも思ってくれ。政治家は貸し借りを大事にするもので、俺もその点は大事にしている」
そう語るクラウスは本当に将来政治家になるのだろうと私は思った。これで政治家以外のものになったら驚きである。
「クラウス、イリス嬢。そろそろ予算会議だぞ」
と、ここでフェリクスがやってきた。
「もうそんな時間になってたか。なら、行くとしよう」
「はい」
私はクラウスとフェリクスと一緒に予算会議が開かれる教室に向かう。
「議事録の作り方は覚えているな?」
「もちろんです」
「よろしい。清書も必要だから、読める字で書いてくれ」
「お任せください」
私たちはそう言葉を交わして教室に入った。教室には既に各部の部長または部長代理が座っており、クラウスたちが見せると立ち上がって出迎えた。生徒会は一応尊敬されているのである。
「座ってくれ。これより予算会議を始める」
予算会議ではそれぞれの部活が自分たちに必要な予算を求める。そのためのプレゼンテーションも行われ、学園としてはこういう発表での能力を鍛えさせることを目的にしてるんだろうなと感じた。
「我々は次の大会で3位内に入ることを目的とし、そのための強化合宿を行うため──」
皆さん、ちゃんと予算が必要な理由を述べていて、私にはどれもしっかり予算を上げたいと思わされるものだった。
「しかし、そちらの部活の実績を考えるに、いきなり大会で3位内は困難では?」
だが、フェリクスは冷徹にそう疑問を呈する。副会長兼会計であるフェリクスこそが予算を左右する人物であると考えると、言われた方はこれは辛い。
それでも諦めずにデータを示して交渉する部活もあれば、諦めてしまう部活もある。
問われるのは活動実績や現在アクティブな部員の数、それに将来性だ。フェリクスは全てをきちんと計算した上で、冷淡ではあるが、予算について話している。
まさにできる男だな~と思ってしまう。私なら絶対情に流されて、どの部活にもいっぱい予算をあげようとして予算が足りなくなるだろうな~。
「続いて文芸部」
おっと。次は文芸部です。
「部長代行のアルブレヒト・フォン・ブランケンフェルトです。我々は次の帝国青年文化祭に作品を出展することを予定しています。しかしながら、ご存じの通り、文芸部では4月の事件で大勢の退部が生じてしまっております」
アルブレヒトはそう実情を隠さず、率直に述べた。
「それでも良い作品を送り出し、アーカム学園の名に恥じぬ評価を得るために、残った部員一同で努力するつもりです。我々は参考文献の購入、作品の印刷及び装丁のために必要な予算として、以下のようにお願いします」
それからアルブレヒトは必要な予算を述べた。
「ふむ。しかし、現在活動できる部員でこれだけの作品が作れると?」
フェリクスはアルブレヒトにそう尋ねる。
「ええ。作って見せます。既に2作品は完成しており、帝国青年文化祭までには間に合うスケジュールです」
「なるほど」
そこでフェリクスがクラウスの方に視線を向けた。
「なら問題ないな。文芸部には確かな実績もある。部員の数に従って予算を配分するが、今後休学中の部員が復帰した場合はまた別途予算を考える。以上だ」
「ありがとうございます」
おおー。よかった。これでフリーダへの約束は果たせましたよ~!
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