図書館のカルト
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──図書館のカルト
『ねえ。知っている。図書館にある魔導書の話』
『それはね。人の皮で装丁された本なの。古い、古い時代の、私たちが知っている神様が出てくるよりずっと昔の神様のお話を記してあるの』
『それは図書館の地下に眠っていて、誰も取りだせないように鉄の鎖で縛り付けてあってね。そのカギを持っているのは学園長だけなんだって』
『この本を書いた人は通りで見えない獣に食い殺されたとか。この本を読んだ人も新月の夜に雷を受けたように焼け死んだり、嵐の日に海にふらりと出かけたまま帰ってこなくなったり、眠ったままずっと目覚めなくなったり』
『これが本当かって? うふふ。どうだろうね……? あなたには確かめてみる勇気はある……?』
フリーダはいつものように図書館に来ていた。
今日も図書館は静かで、生徒たちは読書や自習に励んでいる。
「アルブレヒト様」
「フリーダ嬢。あなたも何か本を探しに?」
彼女が探していたのはアルブレヒトだ。フリーダが密かに思いを寄せる人である。
「はい。文芸部の部室は、その、休みの人が多いですから……」
フリーダが所属する文芸部は4月に休学または退学した人間が多くいた部活のひとつだ。最初は20人いた部員は今では6人しかいない。そして、そのうち2名も体調が本調子ではなく、部活は休んでいる。
「そうだったね。じゃあ、僕も文芸部の部室の方で作業をしようかな」
「でも、調べ物があるのでは? 大丈夫なのですか?」
「本は借りていくよ。本当に今は文芸部にとって辛い時期だったのを忘れていた。すまない、フリーダ嬢」
「いえ。きっとみんな元気になって元通りになりますよ。私も本を借りてきますね」
アルブレヒトが謝罪するのにフリーダはそう言って本棚の方に向かった。
そこで何か視線を感じて吹き抜けの3階を見上げる。
誰かがそこにいたような気がしたのだが、見上げれば誰もいない。しかし、どこからかまとわりつくような、そんな粘着質な視線を図書館のあちこちから感じ始めていた。
「なんだか気持ち悪い……」
フリーダはそう呟き、目当ての本を取ると足早に図書館のカウンターに向かった。
「これ、貸出お願いします」
「はい。お待ちを……」
カウンターにいたのは少ししゃがれた声をした若い女性の司書で、いつも見かけている人物だった。
その女性は癖のある黒髪を伸ばし、前髪が顔をやや覆っており、表情が見づらい。フリーダが持ってきた本を受け取るその手の指は、やせ細ったそれであり、枯れ枝のようであった。
「どうぞ……」
「ありがとうございます」
そこで本を渡そうとした女性司書がフリーダの手を掴む。
「きゃっ! な、何するんですか!?」
思わず大きな声を出したフリーダに図書館の中にいた生徒たちが目を向けた。怪訝そうな顔をした生徒たちが見る中で、女性司書はフリーダの手を放す。
「あなたはイリス・ツー・ラウエンシュタインさんのお友達ですか……?」
「そ、そうですけど……」
「そうですか、そうでしたか……ひひっ……」
女性司書は怪しく笑うと、そのまま本をフリーダに返してカウンターの席に戻った。
「……何だったんだろう……」
フリーダは不気味なものを感じながらも、先に本を借りて待っていたアルブレヒトの方に足早に向かった。
「アルブレヒト様。行きましょう」
「ええ。フリーダ嬢は何を借りられました?」
「『カーターと夢の国の冒険』です。好きな本なんですよ」
「ああ。僕も好きですよ。未知の土地で一から冒険を始めていくのは、何度読んでもワクワクさせられます」
「私も同じところが好きです」
アルブレヒトとフリーダはにこにこしながら図書館を去る。
その様子を女性司書はにたりを笑って見ていた。
「あの人間はきっと我らが女王を満足させてくれる。血と肉の宴に捧げるべき生贄となってくれる。体液に包まれた臓物を抜き取り、高らかと掲げれば女王は応えてくださる。是非ともあれを捧げなければ……ふひひひっひひひ!」
狂ったカルトは学園のあちこちにいる……。
* * * *
はい。私です。邪神様ことイリスです。
学園におけるカルトの件ですが、一応調査が行われたとのことです。
何せ学園の地下にあんなものがあったのですから、当然と言えば当然でしょう。既に廃墟のようにはなっていたものの、これまで存在が隠蔽されてきたのには、学園内部の人間が手引きをしていたとしか思えませんしね。
これでおかしなカルトが一掃されるといいのですが。
「諸君。学園長から許可が出た。これから未確認の地下空間について調べるぞ」
私たちが再び生徒会室に集まると、クラウスがそう宣言。
「あの、危険ではないでしょうか? カルトが潜んでいる可能性もあるのでは?」
私はあんまり乗り気ではないです。あの地下神殿では大変な目に遭ったし。
「その点は問題ない。既に教職員と国家憲兵隊が調査している。地下空間には人はいないし、化け物もいない。いたのはネズミだけだ」
「それならばいいのですが」
問題がないのであれば、肝試しみたいな感じで楽しめますね。いや、他の人は至って真剣に調査するんでしょうけど。
「それでは早速向かうぞ。一応聞くが、辞退するものは?」
クラウスがそう尋ねるが、誰も辞退はしなかった。
おぞましい謎というのは、どうにも惹かれてしまうものらしい。あとになって知らなければよかったと後悔するようなものであっても。
好奇心はネコを殺すとは言ったものです。
「よろしい。諸君の勇気に感謝する」
そう言ってクラウスは生徒会室を出て、地下神殿へと向かった。
「こんなところに階段があったなんて……」
「エミリア嬢。ここは私から行こう」
レオンハルトは魔術で炎を生み出して、フェリクスがそうしたようにそれを松明代わりにして地下に向けて降り始めた。
レオハルト、エミリアさん、フェリクス、私、クラウスの順で私たちは降りていく。
「ここが地下神殿か……」
「不気味だな」
レオンハルトが地下神殿を見渡し、クラウスが短く呟く。
「フェリクス様。大丈夫ですか?」
フェリクスは顔色をやや青ざめさせていた。ここで見たものを思い出しかけているのかもしれない。
「ここに何か恐ろしいものがいた気がするんだ。だが、思い出せない……」
「何を言っているんだ、フェリクス。イリス嬢と一緒だったが、イリス嬢は何も見てないぞ。だろう、イリス嬢?」
フェリクスが額を押さえて呻くのにクラウスがそう尋ねてくる。
「ええ。ネズミがいただけですよ」
「ほら。しっかりしろよ、副会長」
私は超美少女スマイルでそう言い、クラウスがフェリクスを励ますように肩を叩いた。フェリクスは釈然としないものの、今は仲間たちがいるということに安堵したのか、顔色が多少はよくなった。
「クラウス会長。調査した教師陣はここがいつからあるのか調べたのかね? これは相当古くからあるもののようだが」
「いや、分かっていない。しかし、恐らく学園が建設されるより前だろうと」
「学園より昔から存在したのか」
レオンハルトはクラウスの言葉を聞いて異端の偶像をじっと見つめる。異形の石像は沈黙したまま、レオンハルトたちを見下ろしていた。
私も肝試し気分できょろきょろと地下神殿を見て回ると、ふと古い箱を見つけた。危機感もなく開けてみると、中には本が収まっていた。
「イリス嬢。何か見つけたのか?」
「ええ。ここにこんな本がありましたよ」
私はそう言って見つけた本をみんなに見せる。
「羊皮紙の本だ。恐ろしく古い本だな。何と書いてある?」
「残念ですが、私には読めません。どなたか読める方は?」
私は本を全員にしっかりと見せたが、全員が首を横に振る。
「けど、それは恐らく魔導書ですね。こういうものは以前にもみたことがあります」
「ああ。そのようだな。異端の経典か、あるいは禁じられた魔術について記されたものだ。ここで行われていたことについて暴く手掛かりになるかもしれない」
まだ確定ではないものの、エミリアさんとフェリクスは古い本──恐らくは魔導書を見てそう言った。
私、お手柄では? 褒めて~。褒めて~。
「よし。これに一体何が記されているのか、図書館で調べてみよう」
「はい」
そして、私たちは図書館へ。
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