邪神様の家族
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──邪神様の家族
さて、私は邪神ですが、何も魔法陣や木の股から生まれてきたわけではありません。ちゃんと家族が存在します。
頼りになる父カール。家庭を支える母アンネリーゼ。
そんな私の家族をご紹介しましょう!
「お父様は部屋かな?」
私はそう言ってお父様の書斎をノックする。
「お父様~? います~?」
ノックしても反応がないのでドアを開けて中を見ると──。
「……ああ、ああ、ああ。イリス、またはイリリースよ。おぞましき猟犬を従え時を超え、偉大なるものすらも越えられぬ空間を越え、忌まわしき銀の鍵によって開かれし背徳の門より這いよりし、偉大にして唯一の我らが主よ。今や星々は正しく並び、眠りし汝は血と漆黒の王座へと座さん。そのとき偽神を崇拝せし冒涜者たちが築いた火と鉄の城壁は汝の手によって打ち砕かれるであろう。汝とその眷属は混沌とともに門より溢れ、世界を覆い、肉と闇が再び統治をもたらさん。ああ、ああ、主を崇めよ! 真なる主を! 唯一の主を! 混沌と狂乱の主を! ああ、ああ……」
おおう……。
父は1ヶ月は寝てなさそうな血走った目を見開いて、何か数千のミミズ、または百匹のイソギンチャクの触手の絡まったような冒涜的な石像に向けて、祈りのような言葉をささげていた。
父の頬はこけており、まるで骸骨のようにすら見える。身なりだけちゃんと貴族だが、それがなかったら、虚ろな瞳と言い、意味不明な言動と言い、何かしらの薬物中毒者と見間違うだろう。
もう何もかもアウトですよ。娘の私ですら怖いよ。
「お、お父様~? おはようございます……?」
私は恐る恐る父に声をかける。
ぐるりと首が周り、父の視線が私を捉えた。
「ああ! ああ! イリス、またはイリリースよ! 忌まわしき朝の日差しを浴びし汝も冒涜的で美しい!」
「は、はい。ありがとうございます……」
ずずずっと父が跪いた状態から這いよって来て、下から充血した目で私を眺めて言うのに私はただただ頷く。助けて。凄く怖い。
「ふふ、ふふふ……。まずは朝の贄をささげよう、混沌の主よ……」
「朝食ですよね? ですよね?」
「いひひっひひっひ……」
怖いよー!
とは言え、表向きは理想のエスタシア帝国貴族を演じているのが私の父だ。屋敷の外の人間に自分たちの蕃神崇拝がばれるようなことはしていない。いや、そうだということにしておきたい。
朝食は普通に茹で卵とクロワッサン、ハム、ソーセージ、そしてフルーツが出た。見る限り美味しそうだ。
「いただきます」
私はフォークとナイフを握ると手から触手が勝手に伸びて、ハムに食らいついた。ハムが酸で溶かしたようにぐっちょりになり、触手に吸い込まれて行く。
「こら」
私が触手を叩くと触手は引っ込んだ。
父はそのような様子を見ても驚きもせず食事を続け、使用人たちも何も言わない。当然だろう。ここにいる使用人は全員カルトのメンバーである。
そうでない使用人がいるとしたら……私の晩御飯候補か何かであろう。
「おはよう、あなた、そしてイリス」
そして、そんな食事を続けていると母が姿を見せた。
母は美しい女性だ。
16歳のときに私を産み、今年で32歳だがその年齢を感じさせないような若々しい姿をしている。煌びやかな長い金髪をウェーブさせて肩と背に流し、シミはおろか皺すらない真っ白な肌。その碧眼は──不気味な光を宿していた。
母にもきっと人間離れした美しさという単語が似合うのだろうが、この人も実は人間ではないというオチである。
母は魔女だ。しかしながら、三角帽を被って陽気に魔法を振るう類の魔女ではない。
人の肉と血を啜り、おぞましく呪われた魔導書を読み解き、私のような人ならざる邪悪な存在と交わり、冒涜的な異界と交流を持つ。そういうおっかない魔女である。
「おはようございます、お母様」
「ふふふ」
私が挨拶すると母は不気味に笑った。怖い。
「アンネリーゼ。私は今日夢を見たぞ。この愚かしい世界が崩壊する夢だ。この忌まわしき冒涜者たちの世界が崩壊し、イリス、またはイリリースが君臨する世界が誕生する夢だ! 肉と闇の世界が誕生する夢だぞ!」
「そうね。今日は皆がその夢を見たでしょう、カール。その夢によって何人の人間が真なる主の目覚めに怯え、正気を失ったことか……。ひひっひひひっ……」
父と母が不気味な会話を交わすのに、私は視線をそらすようにしてそっとテーブルに置かれている新聞の方を見た。
『カルトの集団自殺? 帝国各地で大量の自殺者が発生』
わーお。
邪神ムーヴをしていないつもりが、既に世界に影響が出ている。
ちなみにこの世界はよくある中世ファンタジーな世界ではなく、1900年~1920年くらいの文明水準がある世界である。
それだけに貴族と言うのもそこまで強いものではなく、次第に名誉称号のそれへと変わりつつある。今はまだ無視できない程度には権力と財産があるが、やがて庶民の方がそれを上回るようになるのだろう。
エスタシア帝国においては立憲君主制への移行が既に終わり、皇帝の権力は分割されつつある。まだ抵抗している人間はいて、過激なものだと議会を廃止し、皇帝親政を求める人間もいたりするけれど、主流ではなくなりつつあるという感じだ。
「そう言えば明日からイリスも学園に編入ね……」
と、ここで母がそう言う。
「そうだったね。学園は楽しみかい、イリス……いひっひひひ……」
そうである。私も学校に通うのだ。
私が通うのは貴族やブルジョワ層が通う学校で、名前をアーカム学園という。
そこで私が事件を引き起こし、それに巻き込まれたヒロインたちが事件解決のために私をやっつける。というのがゲームのストーリーであった。
「楽しみです」
このまま屋敷にいても狂気に陥った両親しかいないし。なら、学園に行って新鮮な空気が吸いたいよー。
学園に通っても邪神ムーヴしなければ主人公たちに倒されることもないだろう。そのはずである。
とも思いながらも、私は再び新聞に目を向ける。
『カルトの集団自殺? 帝国各地で大量の自殺者が発生』
『昨夜、国家憲兵隊は帝国の複数の大都市で集団自殺が起きたことを確認した。現在確認できている自殺者の数は204名。いずれも毒物によるものなどではなく、刃物などの鋭利な道具で自分たちの目や胸、腹部を刺突するなど……』
……これが私のせいだとすると、邪神ムーヴしたつもりがなくとも、私がいるだけで周辺に被害が出ているのですが……。
ま! 何とかなるだろう! 悠長に構えていこーう!
学園、楽しみだな~。
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