邪神様はお話ししたい
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──邪神様はお話ししたい
レオンハルトの居場所は分かっている。
彼は合唱部であるが、部活動にはほとんど出席していない。幽霊部員だ。
そこでどこを探せばいいかと言えば旧校舎だ。
何故旧校舎? とお思いだろう。
旧校舎は今はほとんど利用されておらず、人気が少なく、先生たちも見回っていないという場所だからだ。……つまり女子生徒を連れ込んで、不埒なことをするのにばっちりな場所というわけです。
この時点でレオンハルトには失望しかないのだが、そんな彼を変えなければならない。
私は旧校舎に入った。
旧校舎はとても古い建物です。外観も古びており、内装も使われていないせいか、あちこちに埃がうっすらと積もっていたり、クモの巣が張っていたりする。
そんな旧校舎を進むこと暫くすると男性と女性の声が聞こえてきた。
「ああ。ダメです、殿下。こんなのいけません……」
「そう言わないでくれ、ハンナ嬢。私は君を愛しているだ。誰よりも」
女性の嬌声が聞こえ、レオンハルトの甘い声が聞こえる。
ほ~? お盛んですね~?
私はとりあえず、ふたりの情事が終わるのを待った。
嬌声が喘ぎ声に代わり、荒い息が聞こえる。それからぎしぎしと物音が。正直、あまり聞きたくないので、耳を塞いで女生徒が出てくるのを待つ。
それから女子生徒が教室のひとつから出てきて、私の姿を見ると顔を真っ赤にして、足早に立ち立ち去っていった。
それから問題のレオンハルトが姿を見せる。
「レオンハルト殿下」
「おや。君は……イリス嬢か」
レオンハルトは私を見るとイケメンに許されたさわやかな笑みを浮かべた。先ほどまで女子生徒とにゃんにゃんしていたことを感じさせないような笑みである。
「殿下に少しお話がありまして。よろしければ少しお時間をいただけませんか」
「ほう。君が私に話があると? それはどういう意味かな?」
「ただのお話ですよ」
私がにこにこと笑ってそう言うのにレオンハルトは少し下衆な笑みを浮かべた。
まさか私もレオンハルトに惚れて、体を許しにきたとでも思っているのかな。残念ながらそんなことではないのです。
「こちらの教室で話しましょう」
私は空いている教室の扉を開き、先に入る。それからレオンハルトが続いた。
「イリス嬢。まさか君からこういうお誘いが来るとは思わなかったよ。君のことは初めて見たときから印象深かった。君は私を一目で虜にしたんだ。その美しい髪に、肌に触れたいと願わせ、その唇に接吻したいという欲望を抱かせてくれた」
レオンハルトは嫌悪感を感じさせない笑みで、そう語り、私の方に歩み寄ってきた。そして、馴れ馴れしくも私の頬に手を伸ばしてきた。
「失礼ですが、殿下には既にお付き合いしている女性がいらっしゃるのでは?」
私はレオンハルトの手を押さえながら、そう問いかける。
「私は恋多き男であり、それは罪深いと思っている。情けないとも。だが、こうして君に愛を感じてしまった自分を裏切ることもできないんだ。それは自分を根底から否定することになってしまう。だろう?」
「根底から否定する、ですか」
「そう、根底からだ。私は自分を裏切りたくはない。信念を持って生きたい」
「なるほど、なるほど。そうでしたか……」
「こんな私を許してくれるかい、イリス嬢?」
レオンハルトはそう言って今度は私の腰に手を伸ばしてきた。こいつ、本当に……。
「残念ですが、そういうわけにはいきません。根底を否定するのが恐ろしいのであれば、その根底を変えてしまいましょう。大丈夫です。私に任せてください……」
でも、大丈夫です。私はか弱い女の子ではないのですから。
そう、私は人の心を乱し、発狂させる邪神である。
私は手袋を取り、そのまま手をレオンハルトの頬に当てる。レオンハルトは私が落ちたとでも思ったかのように勝利の笑みを浮かべるが、それまでだ。
私の指先から延びた触手がレオンハルトの耳の中に入り──脳に達する。
「あ、あ、あ、あ、あ」
「痛いことはありませんよ。すぐに終わりますから」
目の焦点が合わなくなり、弛緩した表情を浮かべるレオンハルトに私はそう言う。
「さて、ひとつずつ認識を変えていきましょう。さっき出ていった女の子とはどういう関係ですか?」
「あ、か、体だけの関係……」
「そういうのはよくありませんよね? そうですね?」
「そ、そうです……」
脳をこねこねしてレオンハルトの間違った考えをひとつずつ訂正していく。彼の根底から価値観を変える。
「では、これからそういうことをしてはいけません」
「は、はい」
私が命じるのにレオンハルトが焦点の合わない目でこくこくと頷く。
「私が声をかけた時にどう思いましたか?」
「あ、あ、簡単にやれそうだと思いました」
「そういうことを考えてはいけません。女子を自身の性欲の発散だけを目当てに見てはいけません」
「は、はい」
「今、付き合っている女の子は何人いますか?」
「ろ、6人です」
うわ。六股とかゲームの主人公ぐらいしかしないですよ。乱れてる~。
「彼女たちひとりひとりに丁寧に謝罪して別れてください。そして、今後は複数の女の子と同時に付き合うような、そんな不誠実で不純な行いをしてはなりません。しっかりとした誠意と責任をもって、異性と交流するように」
「は、はい」
これで浮気はしなくなるだろう。あとは……。
「あなたが好きになるのはエミリア・フォン・リッターバッハさんです。あなたは他の女の子より、彼女に大きな魅力を感じています。彼女と付き合うべきです。そして、他の女の子には目を向けてはなりません」
「わ、分かりました。私はエミリア・フォン・リッターバッハと付き合います」
「よろしいです」
おっと。忘れてはいけないことがあった。
「あなたは私に何をされたかを忘れます。5秒数えたら、さっぱりと」
「は、はい」
記憶を消しておかないと今の私は触手でレオンハルトの脳をこねこねしているから。これがばれると学園にいられない。
「では、5、4、3、2、1、ゼロ」
すっと私はレオンハルトの脳から触手を抜いて、そのまま手袋をした。
「あ、あれ? 今、私は……」
「殿下。お話は理解していただけましたね?」
記憶をロストして額に手を置くレオンハルトに私がにっこりと笑ってそう尋ねる。
「あ、ああ。良いことを教わった……気がする」
「それは何よりです」
「う、うむ。では、失礼する、イリス嬢」
先ほどまでの色欲に満ちたレオンハルトは既におらず、立派な紳士として生まれ変わった彼は私にそういうと足早に立ち去った。
「いいことしたな~」
これでもうレオンハルトに泣かされる女の子はいなくなるし、エミリアさんの恋は実るし、実によきです。よきよき。
私がそんなことを考えながら教室を出ると、廊下の空気が瞬時に変わった。空気がぬるり淀んだそれになり、そんな空気とともに緊張感が立ち込める。
「どなたです?」
私は誰かの仕業だろうと考えて、廊下を見渡す。すると──。
「イリス」
「クラウディア、さん、でしたね。何か御用ですか?」
廊下にいたのは魔女クラウディアであった。
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