邪神様はかわいい
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──邪神様はかわいい
目の前に可愛い少女がいる。
年齢は15、16歳ほどだろうか。
その年齢にしてやや小柄で、それに不健康と言えるほどに細い。しかし、その肌は透き通るように白く、美しく感じるものだ。
長く腰まで伸ばした長髪はあたかも絹のように滑らかでありながら、アルビノのヘビのような白さを見せつけている。
そして何より整った顔立ち──いや、人間離れして整いすぎた顔立ちは、一見してあどけないが、どこかミステリアスな影のあるものとして映っていた。
「可愛い」
少女の薄い唇が開き、そう言葉が漏れる。
少女は自分を映す鏡の前で、笑みを浮かべ──自画自賛していた。
「しかし、まあ、ものの見事に素晴らしい女の子になってしまって……」
こほん。改めまして自己紹介を。
私はイリス・ツー・ラウエンシュタイン。エスタシア帝国貴族たるラウエンシュタイン侯爵家のひとり娘だ。
さて、私は何も今日突然自分が可愛くなって驚いていたわけではない。自画自賛の理由は簡単な話である、私は今日、この体となったというだけだ。
そう、私はこのイリス・ツー・ラウエンシュタインに転生してきた人間である。
このイリスという少女はとあるホラー系乙女ゲーのキャラクターであり、言ってしまうならばラスボスである。繰り返しになるが、巷で噂の悪役令嬢とかではなく、ラスボスである。
というのも……。
「わあ、触手」
柔らかい頬を堪能していた人差し指からにゅるりと冒涜的な色合いをした触手が伸びる。触手はうにょうにょくねくねとダンスしたのちに、すっと何事もなかったかのようにすっと人差し指に戻った。
はい。というわけです。
先ほど人間離れして整った顔立ちと表現しましたが、訂正します。私はそもそも人間じゃないのです。
このイリスは邪神である。
この宇宙に遥か昔から存在する外宇宙の邪なる神。人類のいかなる神話よりも古くから崇拝され、今もカルトたちに密かに信仰される悪しき神。そんな忌まわしい存在が少女の皮を被ったもの。
それこそが私ことイリスなのである。
「しかしながら、私の意識そのものは今は人間のそれだ」
邪神イリスは恐らく本来は人類には理解不能で邪神ならではの倫理観と思考で動き、厄災をまき散らし、そして世界を恐怖に陥らせる存在だったのだろう。
だが、今は見かけは少女、内側は邪神、心は小市民という歪な存在と化している。
「うーん。このままだと結局は封印されちゃうしな……」
このまま邪神として振る舞ってもいいのだが、ラスボスとは倒されるために存在しているのである。そして、私は現在間違いなくラスボスである。
倒されると言っても殺されるとかいうわけじゃなく、異界に追放されるだけだ。伊達に核爆弾を食らわせても眠らせることしかできなかった某邪神と同列の邪神をやっているわけではない。
だが、そうとはいってもよく分からない場所に追放されるのは嫌だ。
「どーしたもーのかなー?」
歌うように愚痴りながらくるくると回ってスカートをひらひらさせると、ときどきスカートから『こんにちは』とばかりに触手がちらりと現れる。
「こんなのだけど人並みの幸せがほしいよー」
私はそう言いながらどうするべきかと首を左右に振る。
「じゃあ、辞めるか、邪神」
そして、私は真顔でそう言った。
邪神を辞める=ラスボスを辞める、だ。
このまま何も邪神ムーヴしなければ、別に倒される理由もないし、主人公たちの敵になる理由もないし、万事ハッピーエンドなのでは。
「うんうん。私は賢いです。世界は私の賢さと可愛さを讃えるべきでしょう」
私は満足げに頷きながらそう独り言をつぶやく。おっと。またスカートから触手が見えそうになっている。『こんにちわ』しないの。
ただ、私はひとつ思うところがあるのです。
私の前世って男じゃなかった……?
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