2-4.魔法少女たちとの出会い
放課後。
一人帰宅するチカは、校門を出たところで呼び止められる。停車した黒い車の窓から、見知った顔が覗いていた。
「狗神さん?」
「お疲れ様。突然ごめんね。急だけど、ミーティングが入ったんだ。乗ってくれる?」
「あの、でも、お母さんに聞かないと……」
戸惑うチカに、狗神は「大丈夫」と返す。
「お家のほうには連絡入れてるよ。不安なら、後で直接連絡してみて」
チカは躊躇するが、下校中の生徒の視線が気になり、結局、後部座席の扉を開けて車に乗り込んだ。芳香剤だろうか。知らない車の匂いに緊張しつつ、チカはシートベルトを締める。車が動き出した。
チカはスマホを取り出し、母にメッセージを送る。視線を感じて顔を上げると、バックミラー越しに狗神と目が合った。
「……チカさん。後で連絡先教えてくれる? 今日みたいに何かあった時、直接、連絡取りたいから」
チカは小さく「はい」と答えた。狗神がフゥと小さく息を吐く。
「昨日の今日で色々あって不安だよね。……今日は他の子たちとの顔合わせだから、そんなに構えなくていいよ」
「顔合わせって、あの、今からアカリちゃんたちと会うってことですか?」
「うん。……アカリは都合がつかないかもしれないけど、イスミとウイには会えるよ」
遠い世界の人たちの名前を出され、チカは今までとは違う緊張を覚えた。
幼い頃の憧れ、今でも「いいな」とか「すごいな」とか、眩しい思いで見上げていた人たちと実際に会う。相手がチカの存在を認識する。
スマホを握る手に、自然と汗がにじんだ。
都内某所、会議室。
狗神の先導で部屋に入室したチカは、緊張に手足が強張っていた。昨日対面した後藤と石橋の二人に出迎えられ、部屋の中央に進む。コの字型に並べられた長机に座っていた二人の少女が立ち上がった。チカの心臓が激しく鳴る。
(ぅわぁ……)
綺麗だった。彼女らは紛れもなく別世界の人。チカは初めて「オーラのある人間」という言葉を実感していた。
「……初めまして、千野チカさん? 水高一角です」
サラサラの黒髪をハーフアップにした眼鏡の少女が話し掛けてきた。
狗神に資料をもらうまで「イスミ」という名しか知らなかった彼女は高校二年生。八代目の水の魔法少女だ。
涼し気な目元の彼女に、チカは小さく「初めまして」と返す。
「私も初めましてー。黄島兎姫です。ウイって呼んでね?」
明るく話し掛けてくれたのは、チカと変わらぬ身長の少女。ツインテールの似合う可愛らしい顔立ちの彼女はチカより一つ年上で、五代目雷の魔法少女を務めている。
チカが「よろしくお願いします」と頭を下げると、彼女は大きな瞳を輝かせた。机を離れてチカに近き、躊躇いなく抱き締める。
「可愛いー! 中学生ってこんなに可愛かったっけ? 私より年下入ってくれてすっごく嬉しい!」
突然の抱擁にチカの思考は停止した。フワリと香る甘い匂い。柔らかな肢体に抱き締められて動けない。
イスミが「ウイ」と彼女の名を呼ぶ。
「止めなさい。彼女、困ってるでしょう」
「えー、こんなに可愛いのに?」
言われ慣れない言葉に、チカの顔が紅潮する。恥ずかしくてたまらなかった。イスミが優しく話し掛ける。
「ごめんね。ウイはこうだから、早く慣れてもらうしかないと思うわ。あともう一人、紅崎朱鳥っていう子がいるんだけど……」
勿論、チカは知っていた。先代の光の魔法少女である虹夢璃狐――彼女はアイドル活動もしているため、フルネームが公開されていた――と共に人気の十二代目炎の魔法少女だ。
「あの子はあの子で、今ちょっと大変で……」
ため息をついたイスミに、漸くチカを解放したウイが「まぁまぁ」と笑い掛ける。
「それ、チカちゃんには言わなくていいんじゃない? 時間が解決することだし」
そう言って、机に置いた鞄からスマホを取り出した。
「チカちゃん。連絡先交換しよ。あ、SNSなにかやってる?」
「いえ、何も……」
「そっか。あ、これ、私の名刺ね。登録よろしく!」
連絡先交換と共に渡された名刺には、ウイの各種SNSのアドレスが載っていた。
「メッセージアプリのほう、魔法少女のグループに招待しておくねー」
「はい。……ありがとうございます」
チカはそっと礼を言う。初対面で誰かと連絡先を交換するのは初めてのこと。ずっとドキドキしていた。しかも相手は雲の上の存在である人たち。そんな彼女らと繋がっている。
チカは自分のスマホがとんでもない価値を持つ宝物に思えた。
どこか誇らしい気持ちになると同時、チカは二人の態度に感謝していた。会話が苦手な自分に合わせ、イスミとウイは場を和ませようとしてくれている。新しい仲間として受け入れられていた。それが伝わって、チカの気持ちが少しだけ上を向く。
(この人たちとなら……)
自分も変われる、もしかしたらやれるかもしれない――
「あの……」
チカが自分の気持ち――多分、頑張りますとか、よろしくお願いしますだとか――を言葉にしようとしたその時、不意にライエが姿を現した。
『出たぞ。魔獣だ』
チカはハッとする。現れたのはライエだけではなかった。イスミとウイのステッキも、彼女らに寄り添うように輝いている。
ウイが「うわー」と声を上げた。
「タイミングいいのか悪いのか」
彼女の言葉に、それまで部屋の隅で傍観していた大人たちが動き出す。慌ただしく部屋を出ていく後藤に、電話をかけ始めた石橋。こちらを気にする様子の狗神に、チカはSOSの視線を送るが。
「チカ。戦わなくていいから、貴女も来て」
イスミの言葉に振り返る。先ほどまでとは違う厳しい表情。言い聞かせるように口にする。
「貴女も、いずれは慣れなくちゃいけない。だから、ちゃんと自分の目で見てほしいの」
チカが即答できずにいると、イスミの隣でウイが「大丈夫」と笑った。
「一度で慣れろってことじゃないよ。今日は軽い気持ちで見学においで!」
彼女の言葉に漸く、チカは「はい」と頷く。ウイが笑って、イスミの表情が弛んだ。
「良かった」
「それじゃあ、行きましょう。……メイクプロテクション!」
イスミが変身し、それにウイが続いた。チカも慌てて呪文を唱える。チカが変身を終えたのを確認し、イスミが「こちらへ」と指示を出す。
「チカ。魔獣の出現場所まで跳ぶから、私の触れられる距離にきて」
「テレポートするんだよ!」
ウイの補足があるも良く分からぬまま、チカはイスミの至近距離に立った。
イスミが小さく息を吸う。
「テレポート!」