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2-2.魔法少女になったら

防衛省の三人は一時間ほど滞在し、様々な資料を置いて帰っていった。

日が暮れる頃、弟のタイキが帰宅する。野球部の彼はリビングへ現れ、開口一番、ソファに座るチカを呼んだ。

「姉ちゃん! 魔法少女になったって本当!?」

チカが答える前に、調理の手を止めた母がキッチンから顔を出す。

「タイキ! 先に靴下脱いで、服を着替えて」

いつも通りの光景。母に洗面所へ追いやられた彼は、半分裸のような肌着姿で戻ってくる。

「ねぇ、本当? 三島先輩がさぁ、『姉ちゃんが早退した』って、『あれは絶対、魔法少女のステッキだった』って言うからさぁ」

タイキはチカのクラスメイトの名前を出し、興奮気味にまくしたてた。期待に目を輝かせる弟の姿に、チカは母と目線を交わす。母が諦めたようにため息をついた。

「そうよ。だけど――」

「うっそ、マジで! マジで姉ちゃんがっ!?」

母の言葉を遮って大騒ぎする弟に、チカは「ちょっと」と声を掛ける。しかし、チカの声はタイキに届かない。

「メッセ送ろ!」

スマホを取り出した彼に、母が「待ちなさい!」と声を鋭くする。

「ちょっと落ち着きなさい、タイキ。スマホ置いて。大事な話があるから聞いて」

「えー……」

不満そうにしつつも、タイキはスマホをローテーブルに置く。母が防衛省からもらったパンフレットを取り出した。

「いい。大事なとこだけ言うから、後は自分で熟読して机に貼っときなさい」

「なにそれ」

タイキの質問に、母は「いいから」と言ってパンフレットを読み上げる。

「『魔法少女になったら。家族が魔法少女に選ばれても普段の生活を変えないようにしましょう。大勢に情報を拡散することは思わぬトラブルを招きます』、だって」

母がタイキにパンフレットを渡す。彼はそれをパラパラとめくった。

「へぇ、こんなのあるんだ。……『交友関係に注意しましょう。魔法少女を利用しようと近づく人たちがいます。嫌がらせや付き纏い、脅迫を受ける場合もあります』」

タイキの口から「うぇ」という嫌悪の声が漏れる。

「面倒くさ。え? 魔法少女ってそんな面倒くさいの。最悪じゃん」

チカがそれに応えられずにいると、タイキが「父さんは?」と尋ねる。

「父さんももう知ってるの? 姉ちゃんが魔法少女になったって」

母が答えた。

「うん、知ってる。仕事に戻っちゃったけど、一緒に説明は受けたから」

「何て言ってた?」

「うーん、まぁ、まだ良く分かってないみたいだったかな。『職場の人に自慢する』とか言ってたし」

能天気な父の言葉に、母は顔を顰めている。タイキは「父さんが自慢してんじゃん!」と笑った。

「ねぇねぇ、姉ちゃん、ステッキ見せてよ。それか、変身するの見たい!」

「やだ」

弟相手であれば簡単に「ノー」が言える。ねだるタイキに、チカが「絶対に嫌」と返した時、不意にライエが現れた。七色の光を放って宙に浮く杖。タイキの目が驚きに見開かれる。

「うっわ、すっげ! え、本物、マジ? すっげぇ!」

再びスマホに手を伸ばしたタイキは、パシャパシャとライエの写真を撮り始めた。

「ちょっと、止めてよ。撮らないで」

「いいじゃん、ちょっとだけ! 俺が見る用。自慢とかしないし!」

チカの不機嫌を気にすることなく、タイキは角度を変えて写真を撮る。何度か構図を変え、漸く満足した彼はスマホを下ろした。同時に、ライエの声が聞こえる。

『いいね。こういう反応だよな、やっぱ。チカもさ、もっとワーッてなれよ。俺を崇め奉れ』

どこまで本気か分からぬライエに、チカは戸惑う。ライエが人間臭いため息をつき、「仕方ねぇなぁ」と呟いた。

『魔力の無駄遣いはあんまやりたくないけど、今回は特別だ。チカ、俺を持て』

「え?」

『いいから、さっさとしろ!』

強い調子で言われ、チカは咄嗟にライエを握った。途端、先端のダイヤが輝き出す。

『おっし、復唱しろ。「メイクプロテクション」』

「……メイクプロテクション?」

復唱というより確認。しかし、チカが口にした言葉に反応し、ステッキが輝きを増す。

「姉ちゃん!?」

「チカッ!」

閃光の向こうでタイキと母の悲鳴が聞こえる。チカは身体がフワリと軽くなる感覚を覚えた。光が収まり、チカは自身の変化に気付く。手には光沢を放つ白の手袋。腰を下ろしたソファに七色に輝くスカートが広がって、太ももにパニエの生地を感じた。

「これって……」

「光の魔法少女じゃん!」

チカを見て叫んだタイキが、すぐにスマホのカメラを向けた。

「すげぇ、変身ってこんななんだ!」

「ちょっと止めて! 嫌、絶対撮らないで! 止めてってば!」

チカは全力で拒絶した。

「なんで、いいじゃん」

「嫌だって言ってるでしょうっ!」

チカがタイキのスマホを取り上げようとすると、母が間に割って入る。

「タイキ、いい加減にしなさい」

「けど……!」

「調子に乗り過ぎ。落ち着きなさいって言ってるでしょう」

母の苦言にタイキは機嫌を損ねる。不貞腐れた態度で部屋を出ていく彼を見送ってから、母はチカの全身を眺めた。それから、ため息をつく。

「うーん。近くで見ると、結構、スカート短いわね。チカ、ちょっと回ってみて」

「……なんで」

「だって、スカートの中見えたら嫌じゃない。これ、下は何か履いてるの?」

「止めて!」

無神経にスカートを捲ろうとする母の手を払う。そのまま、チカはリビングを飛び出した。ドスドスと足音を立てて階段を上る。二階の自室。逃げ込んだ部屋で、扉に背を預けた。

(なによ……、なんでよ……)

母も弟も、そしてきっと父も、チカが魔法少女になることを当然のように受け入れている。反対どころか疑問に思う様子さえない。

チカは床をジッと見つめる。視界に映る魔法少女の衣装は、幼い頃に憧れたもの。けれど今は、その服の重みに押しつぶされそうだった。

『……なんだ、気に入らないのか』

チカが顔を上げると、空中にライエが浮いている。ユラユラと揺れる様子はなぜだろう、どこかチカを気遣っているように見えた。

『あのさ、俺は子どもの機嫌取るのとか嫌いなんだよ』

ライエが告げる。

『けど、お前にすげぇ力を与えてやれるし、ヒーローにしてやれる。この世界の奴らに、俺らの力見せつけてやろうぜ』

子どものような主張。見た目は可愛いステッキなのに、声はおじさんで言うことは過激で馬鹿らしい。チカの口から乾いた笑いが漏れる。

前触れもなく、魔法少女の変身が解けた。

『……チカ、俺はお前の味方だからさ。お前が自信なくても、俺が何とかしてやる』

揺れていたライエの動きがピタリと止まる。

『俺を信じろよ。いつでも、見えなくても、俺はお前の側にいる』

言いたいだけ言って、ライエはフッと姿を消す。最後まで、チカは何も答えられなかった。代わりに、ベッドに視線を向ける。狗神の置いていった紙の資料。

『魔法少女に選ばれたみなさんへ』

過去、何人もの少女たちが手にしたのであろう、ポップな文字に多色刷りされた資料に手を伸ばした。


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