1-4.魔法少女になろう!
巧田が、手にしたリモコンのボタンを押した。黒板上部に設置されたホワイトスクリーンが降下を始める。併せて、巧田は教室の電気を消し、カーテンを閉めた。次いでパソコンを操作すると、教室の天井に吊り下がったプロジェクターが淡い光を射出する。宙を舞う埃を浮かび上がらせた光が、白いスクリーンに像を結んだ。
『魔法少女ってなーに?』
チカたちにとって、最早馴染みのタイトルが現れた。
「えー、またこれ?」
誰かのボヤキが聞こえる。チカもまた、内心で同じ言葉を呟いた。小学校六年間と中学校の三年間、毎年年度の始めに必ず見せられてきた教育ビデオ。魔法少女の象徴とも言えるステッキを模したマスコットキャラクター、スティッキーが現れ解説をしていく。だが、正直、評判はあまり良くない。デフォルメに失敗した派手な傘の柄のような何かが、小学校低学年にも伝わるよう「魔法少女とは何か」を語るのだ。
画面中央にスティッキーが現れる。
「こんにちは。僕の名前はスティッキー! これから、みんなに『魔法少女』について教えていくよ。みんな、魔法少女は知ってる?」
画面からスティッキーが消え、代わりに、こちらもデフォルメされた四人の少女のイラストが現れる。
「そう! 魔法少女っていうのは、魔法を使ってみんなを魔獣から守ってくれるんだ。魔法には光、炎、水、雷の四種類があるよ」
解説に合わせ、それぞれ虹色、赤、青、黄の順に女の子のイラストが回転した。
「え? 魔獣って何かって? みんなは魔獣を見たことない?」
画面が切り替わり、イラストに変わって四枚の写真が並ぶ。チカも直接目にしたことはないが、いずれもテレビで見たことのある魔獣だった。
ゴツゴツした表皮を持つ丸い形の爬虫類のようなもの、恐竜と蝙蝠を混ぜ合わせたような羽を持つもの、一見ただの黒い水たまりに見える液状のもの、それから、巨大な人型――
それぞれに、四足魔獣、飛行魔獣、粘液魔獣、人型魔獣の名前が付けられている。
「今までに『こちらの』世界で確認された魔獣はこれだけいるよ」
スティッキーの声と共に、画面が暗転する。
「じゃあ、みんなは魔獣がどこから来るか知っている?」
明るくなった画面に、「魔法少女の歴史」という文字が現れた。次いで、今から二十年前の西暦年が表示される。
「西暦二千二十四年、魔獣は突然、東京都S区に現れたんだ」
黒々とした肉の塊――四足魔獣と共に、街の一角が破壊された写真が写し出される。数枚の写真が切り替わり、当時の魔獣に寄る被害の恐ろしさを伝えた。
「街中が大パニック。みんなどうしていいか分からない。警察や自衛隊が出動して被災者の救助に当たったけれど、魔獣は倒せなかった」
暗転した画面に、しょんぼりした姿のスティッキーが現れる。
「魔獣は魔法でしか駆除できないんだ。もしも、みんなが魔獣を見つけても、絶対に近づかないで! すぐに大人に知らせてね!」
大人を呼ぶ子どものイラスト、イチイチゼロの数字とパトカー、そして、ヘルメットを被って逃げる家族のイラストが表示され、消えた。
「でもね」という声と共に、元気いっぱいのスティッキーが現れる。
「S区に現れた魔獣は、無事に駆除されたよ! 駆除したのは勿論――」
ババンという効果音と共に、再び魔法少女たちの姿が映される。
「そう、魔法少女たち! 彼女たちが、魔獣と共に異世界から現れた『ステッキ』を使って、みんなの街を守ってくれたんだ!」
イラストの魔獣がコテンと倒れ、代わりに二つの円――地球を模したものが現れる。
「魔獣と魔法のステッキは、僕らが住むのとは別の世界『並行世界』って呼ばれるところから来てるよ。二つの世界がくっついて、そこから魔獣がやってくるようになっちゃった」
二つの円が一点で重なる。その一点から直線が引かれ「日本 東京」と注釈がつく。
「このままじゃ、こちらの世界は滅びてしまう。こちらの世界が滅びると、平行世界も滅びてしまう。大変だってことで、平行世界の人たちは考えたんだ」
魔法使いのようなローブを着た人たちのイラスト。中央に、魔法のステッキが現れる。
「『そうだ。魔法のステッキを送って、こちらの世界を救おう!』ってね?」
ステッキのイラストが、一つの円からもう一つの円に移動する。
「こちらの世界で魔法のステッキを受け取った人は、魔法が使えるようになった。でもね、ステッキを使うには条件があるんだ」
白い画面に黒文字で二行のリストが並ぶ。
「一つ、魔力があること」
画面に、「高魔力保持者は十代前半から半ばの女子に多い」と注意書きが出る。
「二つ、ステッキとの相性がいいこと」
同じく、「魔法少女の選出はステッキが行う」と追加表示がされた。
そこで、チカはまたいつもと同じ疑問が浮かぶ。
(ステッキが選ぶってどういうことだろう……?)
疑問は疑問のまま、映像はクライマックスを迎える。
「ステッキは僕たちの世界に託された希望。ステッキに選ばれた『君』は、二つの世界を守る魔法少女になるんだ!」
暗転した画面に魔法少女たちのイラストが並ぶ。中央、白い光に向かって少女たちが飛び込んでいく。スティッキーが、こちらに向かって手を差し伸べた。
「さぁ、行こう! 僕たちと一緒に!」
スティッキーが画面の奥へ飛び去って、画面が真っ白に染まる。最後に、大きく「おわり」の文字。右下の隅に小さく「防衛省魔法少女局」の表記が現れて消えた。
巧田がビデオの再生を止める。プロジェクターにリモコンを向け、電源を切った。
緊張の途切れた教室内に弛緩した空気が広がる。「だりぃ」という男子の声を皮切りに、教室内にざわめきが生まれた。ビデオの感想を言い合う者、魔獣を見たことがあると語る者、そしてまた、次の魔法少女は誰かと予想を立てる者。
意味などない。けれど、浮き立つ気持ちを抑え切れない喧騒を、巧田の声が制止する。
「静かに」
後ろを向いていた者が前を向き、話に熱中していた者が口を閉じる。教室を見渡した巧田が口を開こうとした、が――
「……え?」
チカの目の前――空中に、突如として煌めく物体が現れた。
先ほど見たスティッキーの姿とは似ても似つかぬもの。けれど、チカは――そして、恐らくクラスの全員が――、それが何かを理解した。
――魔法少女の選出はステッキが行う。
オパールの輝きを放つ棒状の物体。持ち手には蔦が巻き付く装飾が施され、先端にブリリアンカットのダイヤが輝く。
輝く宝石の向こうに、驚愕の表情を浮かべたクラスメイトと、苦い表情の巧田が見えた。