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1-3.チカの生きる世界

翌朝。

目覚まし時計に起こされたチカが一階に降りると、母親が調理の手を止めてテレビに釘付けになっていた。

「……おはよう」

「あ、おはよう、チカ。これ知ってた? 魔法少女の子、引退だって」

「うん。リコちゃんね。知ってる」

今年四十五歳になる母のユキは、何度教えても魔法少女たちの名前を覚えようとしない。「赤色の子」、「黄色の子」と色で識別しているようで、それぞれの魔法属性を知っているかも怪しかった。

テレビ画面に、活動中のリコの姿を切り取った画像が流れる。

「……リコちゃん、昨日、魔獣倒した後に変身が解けたみたい」

「あー。魔力がなくなっちゃったのか。この子も結構いい年だもんねぇ」

パンの焼けた匂いが漂ってきて、母はキッチンに戻った。入れ替わりに、父と二つ下の弟タイキがダイニングに現れる。背広姿の父が席に着くと、母がテーブルに料理を並べていった。

「……いただきます」

父のモソリとした挨拶で食事が始まる。

チカの家――千野家の家族仲はそこそこ良い。朝食は皆でとるし、休日に予定が合えば、皆で出かけることもある。そんな千野家の今朝の話題はやはり、リコに関することだった。

父が、バターの塗られた食パンを片手にテレビを見て呟く。

「この子、二十歳だったのか」

「ねー。偉いわよねぇ。五年も魔法少女やってたんだって、五年よ?」

感心しきりの母に、タイキが「でもさ」と茶々を入れる。

「二十歳ってもう、大人じゃん。少女じゃないし」

「ちょっと、タイキ。あんた、言っていいことと悪いことがあるでしょ」

先ほどの自身の発言などなかったかのように、母は「女の子はいつまでも少女なの」と主張する。母親の発言を「はいはい」と軽くいなしたタイキは、後は黙々とパンを咀嚼し始めた。

チカも、黙ってスープカップを持ち上げる。

テレビの画面に、ゲストコメンテーターが現れた。

狭間(はざま)キョウスケ――

テロップに「元異次元評論家、現魔法少女評論家」という謎の肩書きが表示される。不意にチャンネルが切り替わった。チカが振り向くと、母が無表情にリモコンを手にしている。

「私、狭間キョウスケ嫌いなのよねぇ。偉そうだし、言葉遣いが悪いし」

今や地上波でもお馴染みの動画配信者の男を切ってすて、母は次々にチャンネルを変える。それを横目に、チカはスープを飲み干した。

切り替わったテレビのニュースが、チカには遠い世界の出来事を伝えている。

『昨夜の魔獣による死亡件数はゼロ件、重症者は――』


チカが家を出たのはいつも通りの時刻。いつも通りに着いた教室は、明らかに浮足立っていた。いつもは遅刻ギリギリに登校するクラスメイトたちが、今日は既にあちこちで小さなグループを作ってはしゃいでいる。

その中でも、男女五、六人で固まったグループから、一際大きな声が聞こえてきた。

「うっそ! それはない、マジでない!」

「いやいやいや、分かんないって。お前、目立つじゃん。あるよ、ワンチャン」

「ねぇよ、ワンチャンも!」

何が可笑しいのか、ゲラゲラと大きな笑い声が響き、周囲の視線を集める。集めた本人たちはそれに気付く様子もなく会話を続け、やがて周囲の視線も元に戻っていった。

そのタイミングで、チカは自席に着く。待ちかねたように、一人の少女が近づいてきた。

「おはよう、チカ!」

小柄な体型。学校指定の制服を着崩すことなく、背中まである長い黒髪を二つに結んだ少女――雨嶋(あめしま)ココナに、チカは「おはよう」と返した。

「昨日の動画見たでしょ? あれって、たまたま居合わせた人が撮ったらしいんだ。いいよねぇ、魔法少女に会ったとか羨ましい」

チカは曖昧に笑って応えた。

魔法少女の現れる場所とは、即ち魔獣の出現場所。チカとて大した実感はないが、そんな場所に近づこうとは思わない。

「チカは、次の魔法少女どんな子だと思う? 」

「どんなって、そんなの予想できないでしょう? 魔力の量なんて見て分かるものでもないし」

「えー。でも、今までの魔法少女ってみんな可愛いでしょ? やっぱり、魔力だけじゃなくて見た目も選ぶ基準だと思うよ」

断言する言葉に、チカは歯切れ悪く「そうかな?」と返す。ココナは「絶対そうだよ」と勢い込んだ。

「後はさ――」

彼女の言葉を遮るように、再び教室の一角で歓声が上がった。

「じゃあ、ユウリが魔法少女になったら、お前らおごりな」

「ないって! 私がないって言ってんじゃん!」

「本人がないって言ってんのに。お前のそのユウリ推しはなんなの?」

ボルテージの上がった会話。楽しげに冗談を言い合う彼らはクラスの中心人物。昨日のグループメッセージで盛り上がっていたメンバーだ。彼らの更に中心にいる少女――本匠(ほんじょう)ユウリもまた、魔法少女リコの熱烈なファンだ。今は、チカたちと同様「次の魔法少女に選ばれるのは誰か」という話題で盛り上がっているらしい。

「……あの人だけは絶対にないね」

ココナが潜めた声で呟く。視線はユウリに向いていた。

「だって、魔法少女ってみんな性格いいもん。私たちを守るために全力で戦ってくれてるって分かる」

今度の言葉には、チカは素直に頷いた。想像もつかない世界。格闘技どころかスポーツさえも避けてきたチカにとって、「戦う」という行為そのものが崇高で恐ろしい。

ココナが魔法少女賛美を続けるのは、チカは「うんうん」と頷きつつ聞いていた。やがて、始業を報せるチャイムが鳴る。席に戻るココナと入れ替わりに、教室の扉が開き担任の教師が入ってきた。

巧田(こうだ)ミユキ――

スーツに身を包んだ三十代の女性教師は、肩までの黒髪を一つに結び、度のキツイ黒縁の眼鏡をかけている。常に引き結ばれた口元が彼女の生真面目さを表していた。

「……全員、席について」

抑揚のない声。淡々と告げられた言葉に、みなが従う。彼女の持つ厳しさには、怖さとは違う抗い難い何かがあった。

クラス全員が席に着いたところで、巧田は黒板と教卓の間に直立する。

「みなさん。既にニュース等で知っているかもしれませんが、昨日、魔法少女が一人、引退することになりました。よって、新たな魔法少女が選出されます」

真っすぐな視線が、教室全体を見回した。

「選出されれば、国のため、世界のために魔獣と戦うことになります。選ばれた人間に拒否権はありません。……いいですか、みなさん」

巧田は教卓に両手をつき、眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。

「魔法少女は国民の義務です」






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