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2-6.前任者

夜。千野家ダイニング。

父を除く三人での夕食中、何とはなしにつけられたテレビで夜のニュースが流れていた。トピックの一つで「新しい魔法少女の誕生」が取り上げられる。遠目だがチカと分かるショットが使われ、タイキと母が反応を示した。

「姉ちゃん、何もしてなくね?」

「小さすぎてチカって分からないかも。あ、でも下の名前は公表されるのよね」

二人の楽しげな声を聞いても、チカにはどこか他人事だった。

キャスターが、毎度馴染みとなったコメンテーターに話を振る。

「これだけ早く新たな魔法少女が見つかったのは幸いでしたね」

「まぁね。新しい光の子、十四歳だっけ?」

狭間キョウスケ――

横柄な物言いが、チカはどうしても受け付けられない。母も、いつもならすぐにチャンネルを変えてしまうのに、今日は彼の言葉の続きを待っていた。

「可愛い子だよね。若いし、これからの成長が楽しみだ」

四十代の中肉中背のおじさん。紺のスーツに赤のネクタイをしめ、白髪交じりの髪を真ん中で分けている。見た目に華があるわけでもなく、何が専門なのかもよくわからない。自らを「魔法少女オタク」と名乗る男は、藪睨みでこちらを見つめる。

母が「ふーん」と呟いた。

「この人も、たまにはまともなこと言うのね」

母の言葉に、タイキが「えー」と抗議の声を上げた。

「キモいじゃん。おっさんが中学生に『可愛い』とか」

タイキの言葉に虚を突かれた様子の母は、「確かに」と悩み始める。

テレビ画面が切り替わり、SNSから切り取られたショットが表示された。

「引退した虹夢リコさんは、今後もアイドルとして活動を続けていくそうです」

笑顔のキャスターの言葉に被せるように、狭間が「いやぁ、無理でしょ」と口を挟む。

「リコは魔法少女だからもってたようなもので、アイドルとしての賞味期限なんてとっくに切れてるよ」

一瞬、スタジオの空気が凍り付くのが伝わってきた。しかし、すぐにもう一人の女性コメンテーターが「いやいや」と笑いとばそうとする。

「そんなことないですよ。リコちゃん、SNSのフォロワー数も多いですし」

「はぁ? じゃあ、あんた、リコにドーム埋める集客力あると思うの? 歌も駄目、ダンスも駄目。トークも面白くない。あの女に何ができるの?」

畳みかけるような悪口に、女性コメンテーターが不快げに顔を顰める。チカも無性に腹が立った。

(なに、この人……)

公共の電波で、どうしてこんな悪意を垂れ流すことができるのだろう。仮にそれが彼の本心だとしても、心の内に留めておくべきではないか。

(大人なのに)

義憤に駆られるチカの隣で、タイキも「なにコイツ」と悪態をつく。

「ムカツクなぁ、毒舌を勘違いしてる痛い奴。大体、なんだよ、魔法少女評論家って」

タイキの言葉に、母が「昔は」と口を挟む。

「この人、オカルト番組に出てたのよ。『異世界はある』って主張してて」

言って、母はため息をつく。

「それで本当に並行世界と繋がっちゃったから、調子に乗ってるのよねぇ」

「うわっ、うざっ!」

悪しざまに言うタイキの言葉を聞きつつ、チカは食事を終えた。夕方のできごとが尾を引いて、食欲が沸かない。

「……ごちそうさま」

「もういいの?」

母の言葉に頷く。結局、アカリに言われた言葉を誰にも相談できぬまま、チカは自室に引き籠った。


ベッドの上で膝を抱えたチカは、ボーっと時を過ごす。アカリに言われた言葉が鋭くて、イスミやウイにもらった言葉が霞んでしまう。生まれたはずの「やってみよう」が、「やっぱり無理」にとって代わられようとしていた。

不意に、ライエが目の前に現れる。

『あのなぁ、いつまでグジグジしてんだよ。誰でも最初っから上手くいくわけねぇだろ』

「……リコちゃんも?」

『いや、あいつは別格。度胸あったってか、最初からガンガン行ってた』

慰めるつもりなどないのか。真正直なライエの言葉に、チカは顔を伏せた。比べてしまうとやはり落ち込む。

ベッドに放り投げていたスマホが、メッセージの着信を告げた。アプリを開くと、ココナからのメッセージが表示される。

『リコちゃん、動画配信始めるって!』

興奮気味の文章の下にURLが貼られていた。チカがタップすると、別アプリが立ち上がり動画が流れ始める。

『こんばんは。虹夢リコです!』

ライブではない。十分弱の動画は、リコの明るい笑顔で始まった。チカはスマホの音量を上げる。

『今日から動画配信を始めることにしました! 初めましての人もいつも応援してくれているみんなも、良かったら登録、高評価お願いします」

彼女の言葉に合わせて、画面にポップな字で『マホリコDAYS』と表示される。文字の横で、サムズアップした右手が揺れた。

『このチャンネルでは、私のお勧めや好きなものを楽しく配信していきたいと思っています』

そう語ったリコは、今、自分がはまっているもの――コスメや美容グッズ、健康ドリンクにつてとりとめなく話し始めた。

画面を食い入るように見つめるチカの顔の横で、ライエが「ハッ」と鼻先で笑う。

『人気のために必死だな。まぁ、アイドルとしては全然売れてねぇもんな』

「黙って」

無神経な発言に、チカはライエをグッと押しのける。ライエの光が遠ざかり、画面に「質問募集」のテロップが現れた。

『みんながどんなことに興味があって、どんなことを知りたいか、私への質問を募集したいと思います」

言って、リコは「ただ」と注意を口にする。

『魔法少女時代の話については、色々な問題があるのでお話しできません。私も、みんなに魔法少女のことをもっと色々知ってもらいたいんだけど……』

リコが困ったように眉尻を下げた。

『卒業した後も、魔法少女は活動内容について口外禁止なの。現役の子たちに迷惑かけちゃうから』

苦笑して、彼女は「ごめんね」と告げる。

『現役の間は動画配信そのものが禁止で、SNSの発信もあまりいい顔されなかったんだよね。だから、卒業した私にできる形で、今の子たちの応援ができたらいいなと思っています』

リコの顔が僅かに引き締まる。

『今だから言うけど、魔法少女って色んなこと勉強しないといけないし、魔法の練習もしなくちゃいけないから、みんな最初はすごく苦労するんだ』

彼女が画面に向かって小さく手を振った。

『新しい光の子、チカちゃん、だっけ?』

「っ!」

突然の名指しに、チカの心臓がドキリと鳴る。そのまま、激しく鳴り出した胸を、ギュッと抑えた。

『直接は会えなかったけど、アカリたちから話は聞いてます』

「アカリ」という言葉に、チカの背中に嫌な汗が流れる。

(話……)

それは一体、どんな――?

リコの笑みが深まった。

『頑張ってね、チカちゃん。私も応援してます!』

ドキドキと鳴っていたはずの心臓が、今はガンガンと頭を打ち鳴らす。彼女がチカという劣った後継者を認識している。のみならず、悪意なく「応援」しているのだ。

プレッシャーと言う目に見えぬ力に、チカは込み上げる吐き気を必死に抑えた。


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