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2-5.炎の魔法少女

チカの世界は一瞬で切り替わった。

逢魔が時。都内の河川敷。

機能的なオフィスの一室にいたはずが、気付くと広い河川敷の草地を踏んでいる。風が頬を撫でていった。

赤く染まる空。川面がオレンジに反射する。川べりに凛と立つ人影があった。川に臨む少女が一人、チカたちに背中を向けている。イスミが彼女の名を呼んだ。

「……アカリ」

名を呼ばれた少女が振り返る。

緋色のワンピースドレスは動きやすさ重視のデザイン。丈は短く膝上のスパッツを合わせている。黒のグローブを嵌めた両手はきつく握られていた。

少女――アカリの意思ある強い眼差しが、チカを射抜く。動けない。しかし、彼女はすぐに川へ視線を戻した。チカなどまるで眼中にないとでも言うかのように。

イスミがアカリに近づく。ウイがその後を追うのを真似て、チカも三人に近づいた。アカリは顔を向けぬまま、川の中を指し示す。みなの視線が彼女の指先を追った。

透明度の低い水の中、川底で黒い塊が揺れている。

「四足、いえ、粘液魔獣ね」

イスミの言葉に、アカリが「ああ」と頷く。

「さっきからずっと動かない。何とかしてひきずり出さないと」

「隔離壁を展開しましょう」

イスミの提案に、アカリが「それで?」と顔を上げる。イスミが頷いて答える。

「隔離した上で水を蒸発させれば、アカリの攻撃が届くわ」

「分かった。やって」

「……オープンフィールド」

イスミの声に合わせて、彼女のステッキが光を放つ。光を中心に景色が歪み、歪んだ景色が川とイスミ、それからアカリを飲み込んでいった。

チカは目の前の光景に圧倒され、二、三歩後ずさる。ウイが隣に立った。

「隔離壁っていうのは空間を操る魔法だよ。イスミの得意魔法。空間を切り取ることで、周囲に魔法の影響が出ないようにするんだ」

そう言って、ウイは声を顰めた。

「特にアカリさんの魔法は強力だし、今はすっごくピリピリしてるから、隔離壁は必須」

彼女の言葉に、チカは曖昧に頷く。目の前では、アカリが放った巨大な火の塊が川を干上がらせていた。それも川の一部だけを。

不思議な光景にチカは目を奪われる。ライエがボソリと呟いた。

『相変わらず無駄な魔力使ってんなぁ』

「無駄?」

『無駄だよ。ウイにやらせりゃ一発。水なんて関係なく倒せんのによ』

チカがウイに視線を向けると、彼女はアカリたちを見つめていた。無表情な横顔に、チカは虚を突かれる。しかし、チカの視線に気づいた彼女はすぐに笑顔を取り戻した。

「じゃあ、私もちょっと加勢してこようかな。チカちゃんはここで待ってて?」

軽く跳躍して距離を縮めたウイに、干上がった川底から黒い触手のようなものが伸びてくる。ウイが掲げたステッキが光り、雷が落ちた。次々と伸びる触手がウイに届く前に消失する。その間、アカリは真正面にステッキを構えていた。先端のルビーの光が徐々に強くなる。しかし、魔法はなかなか発動しない。

『さっきので魔力使い過ぎてんだよ。炎魔法なんてのはそもそも連発できるようなもんじゃないっての』

嘲笑混じりのライエの言葉に、チカはおずおずと口を開く。

「……それだけアカリさんが強い、魔力があるってことじゃないの?」

『あ? そりゃまぁ、平均よりはあるかもな。けど、無茶は無茶なんだよ。炎の魔法少女、あいつで何代目だ?」

ライエの言葉にチカは押し黙る。確かに、他の魔法少女に比べて炎の魔法少女の交代サイクルは短い。チカが七代目の光の魔法少女なのに対し、アカリは十二代目。平均二年以下で交代を繰り返していることになる。

(そんなの、考えたことなかったな)

チカの視線の先で、アカリが巨大な炎の塊を生み出した。ライエが鼻先で笑う。

『魔法少女だけじゃねぇ。ヴィクトール自体も相当無理してんぜ、あれ』

(ヴィクトール?)

確か、狗神に渡された極秘資料にあった名前。ライエと同じく、他のステッキにもそれぞれ名前がついており、確か、炎のステッキの名前がヴィクトールだった気がする。

「ステッキが無理してるってどういういこと?」

チカの問いに、ライエは「あー」と迷う様子を見せる。だが、それ以上を答える前に、魔獣が断末魔の声を上げて戦闘が終わった。

隔離壁が消え、三人が戻ってくる。チカが所在なげに待つ元へ、アカリが真っすぐに向かってきた。迫力に押されて動けないチカは、目の前に立ったアカリを戦々恐々の思いで見上げる。

アカリの――はっきりと敵意を含む眼差しが見下ろしてくる。

「なんで、あんたは来なかったの?」

「え……?」

「どうして戦闘に参加しなかったのかって聞いてるの」

最初から詰問口調で問われ、チカは答えを返せない。代わりに、ウイが「アカリさん!」と口を挟んだ。

「私が良いって言ったんです! チカちゃんは今日が初めてだから見ててって。私たちだって初日は見学でしたよ?」

ウイの助けに、アカリは唇を引き結ぶ。チカを睨みつけた後、再び口を開いた。今

「さっきの魔獣の種類は?」

「え、あ……」

「属性は? どうやったら倒せる? なんの魔法が有効?」

矢継ぎ早の問いに、チカはまた何も答えられない。見かねたようにイスミが口を挟んだ。

「……アカリ、いい加減にして。チカはまだ――」

「リコは全部覚えてた!」

突然、アカリが声を荒げた。

「新しい情報は一番に覚えて、私らが知らないこともなんだって知ってたし、ずっと努力し続けてた!」

彼女の声が震える。怒りと悲しみ、その両方が伝わってくる。目を赤くしたアカリが「あんたは?」とチカに問う。

「資料もらったでしょう。魔獣について、その中で何か一つでも覚えてきた?」

「あ……」

覚えていない。

(だって……)

自分はまだ魔法少女になったばかりで、一方的に押し付けられただけで、戦うつもりなんてなくて、みんな「ゆっくり考えればいい」って言うから――

「私はあんたを認めない」

アカリの言葉が、チカの胸に突き刺さる。

「あんたみたいなのがリコの代わりだなんて……」

言って、アカリはフイと顔を背けてしまう。

「アカリ!」

そのまま立ち去ろうとするアカリの背をイスミが追った。取り残されたチカに、ウイが明るく声をかける。

「気にしないでいいよ。チカちゃんのせいじゃないから」

彼女の口からため息が零れた。

「アカリさんはリコさんのこと大好きだったから。まだ、折り合いがつかないんだよね」

そう呟く彼女の声もどこか暗く、気付くと周囲は薄暮に包まれ始めていた。




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