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毒蜜をなめる  作者: 国語だけ受験したい15歳
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生まれ落つ

 昔というのはどれほどのことを言うか、分かりかねますが、平安朝時代ほど昔ではなく、かといって文明開化ほど昨今ではない程度の、昔のことでございます。


 一人の赤ん坊が生まれました。この赤ん坊の性別は女で、名は「無子(なしこ)」と名付けられました。

 この名は、お父上がこの赤ん坊を一目見てさぞかしがっかりして、肩を落として「無念。」と呟かれたことから、その字を取って名付けられたのでありました。

 この家には、無子の他に四人の姉がおりました。どんな厄難でございましょう。女子おなごばかりでありました。

 一番上の姉は、無子と二十五も離れていて、既に名家のご嫡男の元へ嫁入りしておられました。

 二番目の姉は、これはこれは大変賢く、ご聡明であられたので、名家の次男の元へ嫁入りしておられました。

 三番目の姉は、容姿端麗で、これもまた大和撫子やまとなでしこのような女子でありました。

 四番目の姉は、七つで、紐落ひもおとしを終えたばかりでありました。

 無子と四番目の姉が七つも離れていることからお察しできますように、父上はなるべく正室とのご嫡男をご所望でありました。されどこれ以上はお方様の御身体が危ういので、ご側室とのご子息を後継ぎになさる他、ありませんでした。故に無子は「無念の女子」でありました。とはいえお方様は、無子をたいそう可愛がり、大切に扱いました。

 

 屋敷にはおよそ百二十ほどの使用人があって、若い者から年配の者まで様々でした。

 無子の乳母であり教師であり第二の母でもありますが、「(はつ)」という侍女がおりました。初は、お母様がこの家に嫁がれた頃からの侍女で、年はだいたい四十ほどでありました。無子は初によく懐きました。

 

 無子は特別端正な顔立ちだった訳ではございませんが、父上や二番目の姉に似て大変聡明でありました。また、素直で性根が良く、多くの侍女たちからも慕われておりました。

 初もまた、教養ある女性でしたので、初は無子に孔子や孟子などの文学を読み聞かせることもありました。

 ある時、初は無子に言いました。

「無子様。これから私が言うことは、必ず覚えていらしてください。上に立つ者の心得でございます。 態度はうやうやしく謙遜があり、上の者に対しては敬いの心があり、人民には恵み深く、その人民を使役する時も、よろしきを得て無理ないようにすること。」

 この頃、無子はまだ七つでありましたが、初の言う事はよく理解しておりましたし、自分がどのような家に生まれ落ちたのかさえ承知しておられました。

「まぁ。よく覚えておきます。」

と無子が言うと、

「…と孔子が論語で述べておりました。」

と高い声で初が笑うので無子もなんだかおかしくて、着物の裾で口を少し抑えてくすと笑いました。そして、

「初はユーモアがあって面白い。初が言ったこと、きちんと覚えておきます。」

と生真面目に返答しました。

 

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