7.作戦会議 その2
「さあ、遊びは終わり、これから本題に移ろう。」
高塚がパンっと手を叩きながら呼びかけ、テーブルの周りに皆を呼び寄せた。
「それでは、これを見てください。」
足柄が手に持っていた紙を机に広げる。
それは少々不鮮明だが地図の拡大コピーだった。
「これは会場となる実業高校の実習地の古い地図の写しです。」
実習地は元々旧日本軍の演習場の一角で、戦後に払い下げられたものだった。
この地図は軍が訓練のために作成したもので、今は歴史民俗資料館に所蔵されており、それを写し取ったものが彼の地図コレクションの中にあったのだ。
「この赤く囲ってあるところが今回の対象区域です。」
区域の端の地点の標高が少し高くなっており、少し下って行って、真ん中の開けた平地が主戦場になる。そして区域の北から南に小川が流れ、その川の西側にかけては林が広がっている。
「各校で本拠地を置くことができる範囲は最初から決められています。全体を四分割したうち、この北西から右回りに明新館、実業、港そして最後に南西の区域がうちの学校になります。」
そして足柄は将棋の駒を取り出し、地図上に三つ置いた
「その決まった範囲で任意の場所に本拠地を置くのですが、いつもだと他校が本拠地を構えるのはこれらの場所です。」
明新館、実業ともに中央の平地から少し離れた場所、港は常に標的にされる為か南東の隅にある。
「そこで私たちは今回、本拠地をここに置こうと思います。」
そう言って王将の駒を置いたのは全体のほぼ中央、主戦場のすぐ脇に大胆に突出した形になる。
「周りから集中攻撃を受けそうな場所ね。」
さくらが心配そうに言った。
「その通り、我々に攻撃を集中させることに意味があるんだ。」
高塚が優月の危惧に答えた。
「この場所を選んだのには訳があります。」
そう言うと足柄は駒の周りを囲むように引かれた線を指さした。
「この等高線から沢山のことが分かるんです。」
足柄は選んだ地点は周りより高くなっていて、主戦場の平地から3~4mの高さがある独立した小さな丘のようになっている。この丘の北側はなだらかな坂になっているが、東側は等高線の間が詰まっているから傾斜がきついことを説明した。
「西側と南側は無防備じゃないの。大体、それ程堅固な地形には見えないけれどもね。私なら北を押さえつつ西側へまわり込んで攻めるわ」
地図を指さして指摘する折戸。
「西側は昔の地図によると湿地だったんだ。そして最近の航空写真を調べていたら、こういうものが見つかってね。」
足柄はそう言うと一枚の写真をタブレットで写し出した。
これは去年に撮られたもので、拡大して見ると水が溜まって池のようになっている。
「この他にも年と日付が異なる何枚か同じ様な写真がある、という事は西側のエリアは水が溜まりやすくなっている。地面はかなり緩ゆるいと考えられるし、横を流れている小川から水を引き入れて水堀にしてしまえば西側から攻め込むのは困難だよ。そして北側を迂回して東と南側からまわり込もうとしても、そこに港高の陣地を配置することでそれを防ぐんだ。」
そう言って港高校の駒を、市立の陣地の斜め後ろに動かして配置した。
「同盟の成果がここで出てくるという訳だよ。」
「防衛策は俺が説明します。」
足柄から話を引き継ぎ、由比が説明を始めた。
防御の基本方針はこうだ。
この地形を利用して陣地を一個の砦のようにする。
敵の攻撃正面にあたる北側には障害物を設置し、部隊の大半を割いて集中的に防衛にあたらせる。地形の効果のお陰で明新館は北西側から移動して我々の正面に攻撃する以外の手はない。場合によっては南下してきた実業との鉢合わせも起こりうる。そうすればこちらにとっては願ってもいない状況になる。
東側は傾斜が急とは言え登れないわけではいから、ここは少数の味方でも守れるように策を講じることにする。 明新館にせよ実業にせよ、北と東側を守り切れば焦れた敵は必ず矛先を最弱の港高に向けて奥まで入り込む。その時が反撃のチャンスという事になる。
一気に側面を突いて相手を突き崩す。
「東側の防衛策って何よ。」
折戸が問う。
「身内とはいえ簡単に明かすわけにはいかねえけど、斜面を登りにくくするとだけ言っておこう。」
由比はそう言うと高塚の方を向いた
「今、由比君が言った反撃のために別働隊をいくつか用意する必要がある。各別働隊の長は作戦の意図を把握して、適切な判断と統率の力が求められるから、相応しい人材を選ばなければならない。」
「別働隊はどういう構成で考えているの?」
優月が聞く。
「第一は選抜女子の部隊。機動力と高い戦意で敵を掻き回してもらう。これは姫子さんに率いてもらいたい。」
姫子は黙って頷いた
「第二は隠密行動の部隊。敵の攪乱をする部隊で、これは千早に率いてもらう。」
「そして最も重要な任務が与えられる第3の部隊だ。70~80人程で選抜する。指示するまで林の中に隠れていて貰う。」
高塚の言葉に詳細を初めて聞く生徒会側が驚く。
「70人も!それだけの数が最初から戦いに参加しないんじゃ、せっかく人を増やしても無駄になるじゃない。」
さくらが抗議の声を上げた。
「いやいや、決定的な瞬間になったら一気に動いてもらうよ。人員が増えたことで出来る策でもあるんだから」
「ただ問題がある。最も重要な部隊だが、率いる適任者がいない。千早に率いさせようとも思ったんだが、第二の部隊の適任が今度は居なくなる。作戦を理解し、多くの味方を統率し、指示があるまで動かないように自分も味方も抑えることができる人物…誰かいないだろうか。」
高塚の投げかけに皆考え込んでしまった。
「あの・・・私に心当たりがあるのですが・・・。」
姫子が珍しく控えめに発言し、そして挙げたのは意外な人物の名だった。
「姫子ちゃん、彼は受けてくれると思う?」
優月が姫子に聞く。
「説得しましょう。彼以外に適任はいません。」
その彼は放課後のグラウンドにいた。
一人黙々と走り込みをしている彼を姫子が呼び止めた。
「蹴人、ちょっと話があるのだけれど。」
都田蹴人、会長選挙で優月やさくらと激戦を繰り広げた1年生のカリスマ。
優月に敗れた後、生徒会入りの要請を拒み、代わりに姫子を推薦した彼を別動隊の将に据えようというのだ。
「姫子じゃないか・・・それに優月先輩も、二人揃ってどうしたって言うんですか。」
都田は笑顔で応えながら言った。
「そうそう優月先輩、ありがとうございます。先輩のお陰でこの学校も少しずついい方向に変わってきています。」
「そして姫子、君を副会長に推薦したのは正解だった。俺がやりたかったことをどんどん実現してくれている。」
優月にとってこの反応は意外だった。
都田は選挙に敗れ、姫子に後を託した後、姫子を含め優月たちとは距離を取っているように感じていたからだ。
自分(優月)に不満を持っている一部生徒の受け皿にもなっているという真偽不明の噂も聞こえて来ていた。
「実はあなたに頼みたいことがあるの。」
姫子は都田に高塚の策と別動隊の指揮を任せたいという話をした。
「いいよ。その話、受けた。」
都田は思ったより軽く承諾した。
これにはさすがに優月も姫子も拍子抜けしたが、その後の話を聞くと緊張した表情に戻った。
「俺の周りには色々な奴が集まって来るからな。」
敗れて身を引いた都田の元には、数こそ少ないが優月に不満を持つ者が寄って来ていた。彼女に称賛が集まり名が高まるにつれ、妬ねたみやひがみを持つ者だ。
それらの大半は自分で何かをするわけでもなく、彼に対して姫子の様に進む道を示す訳でもなく、折戸の様に操ろうとする訳でもなく不平不満を言うだけ。
しかし中には選挙期間に見せた都田のカリスマに心酔して彼の元に集い、その意志に関係なく、彼が日影に居ることが我慢ならないという者もいた。彼・彼女らは姫子さえも裏切り者と見なし、事が有れば優月を引きずり下ろそうと考えている過激派だった。そんな連中の暴発を彼は危惧していた。
過激な連中は優月や高塚の考えなどお構いなしに全てをぶっ壊しにかかるかもしれないのだ。
「俺が押さえていれば、優月先輩に害は及ばない。」
陽の光が強ければ強いほど、その光を疎ましく思う者が出てくるのだ。