3.人質
「それはどういう意味ですか。」
優月が問いただすと同時に場の空気が一気に張りつめたものになる
「女子の参加という点では私たちも問題ありません。わが校にもあなた達と同じように”荒ぶる女子”は沢山いますので。」
平塚の軽口に港高の側から笑いが出る
「しかし、一緒に戦うというのは簡単には信用できない。過去の戦いでは私たち港高はあなたの学校を含めた他の三校から真っ先に狙われて蹂躙されてきた。それなのにその相手を易々と信じることができると思う? 騙し討ちは御免よ。」
平塚は打って変わって厳しい口調で言った。
「騙すなんて・・・そんなことはしない、私たちを見くびらないで。」
それに合わせるように優月も口調が強くなる。
「あなた達が裏切らないという保証は?口約束なんて何の意味も持たない。」
平塚の言葉に優月が黙っていると、さくらが優月に耳打ちした。
(口約束が信じられないなら文書で残せばいい。)
さくらの言う通り、口頭ではなく文書で残せば証拠になる。大人の世界ではこうやって約束事を証明している。
「あの…。」
口を開き掛けて優月は思い止まった。
違う、彼女が求めているのはそういう事じゃない。
私達が信頼に足る存在なのか、そして覚悟を試しているのだ。
私が示せる覚悟とは何か。
「・・・この話はこれまでですね。」
ため息とともに平塚が話し合いを打ち切ろうとした時、優月が意を決したように発言した。
「約束の証として私があなた方の人質になります。私の仲間が裏切ったらその場で私を討てばいい。」
優月の発言に双方の面々は明かに困惑していた。
総大将自ら相手の人質になろうというのだ、これでは市立は港に服従するという申し出に等しい。
同盟の証としてはこれ以上ない申し出だが、余りにも唐突過ぎて簡単に判断ができない提案だった。
「優月さん、それはダメです。」
御厨が優月を止める
「なぜ?彼女は私たちが相手を騙さないという保証を求めているのよ。御厨さんなら知っているでしょう。中世以前はこうやって人質がその証として相手の元に赴いたって。」
優月は御厨に彼女の得意分野を引用して反論する。
「確かにそうですが、意味が違います。大将である優月さんが相手の幕下ばっかに属するのは、敗北の果ての臣従に他なりません。皆も納得しません。」
「それにこの戦いでは大将と学校の旗は一緒に行動しないといけません、港高の陣地に二校の旗が並び立つわけですよ。実業も明新館も一斉に襲い掛かってきます。そこに策を弄する余地なんて生まれません。」
御厨も引き下がらない。
「じゃあ、別に大将が私である必要はないんじゃない。さくらだっていいし、光だって誰だっていいのよ。」
「いいえ、私は大将なんてならない、優月の代わりに人質になるわ。」
さくらが憤慨したように言った。
「何言っているの?駄目よ、私しかいないじゃない。」
今度は優月が怒りながら言った。
「何で?副会長が人質なら格としても十分だし、相手の陣地にいても問題ないわよね。」
売り言葉に買い言葉で二人はどんどんヒートアップしていった。
そこに御厨も交じり、港高の面々が唖然とするのも気にせず大騒ぎを始めていた。
「あなた達はいつもこんな感じなの?」
その騒ぎを眺めていた平塚は、騒ぎを止めもせず眺めている姫子に聞いた。
「そうですね、大体いつもこんな感じです。私もこの輪に入っているときもありますが、今日は入りそびれてしまいました。」
姫子は少し寂しそうだった。
その言葉を聞いて言い合いをしている三人を眺め、不思議な人たちだと平塚は思った。
口喧嘩をしているように見えるが、目は笑っている。
お互いに悪意なんてものはなく、飾らない自分をさらけ出している。
「あなた達、面白いわね。気に入ったわ、港と沼浜の同盟、承諾しましょう。」
平塚が愉快そうに言った。
「私たち、皆さんの信用を得るような条件を提示できていませんが・・・。」
優月はきょとんとした顔をして聞き返した。
「大丈夫よ、初対面の人の前であんなに自分をさらけ出して喧嘩する人たちが人を騙すなんて思えないもの。もし演技だとしたら大したものだし、だまされた私が悪いという事になるわ。」
「それでは、私が人質になります。」
優月の言葉にまた喧々諤々けんけんがくがくの議論が始まりそうになる。
「結構よ、あなたの覚悟は見せてもらったから。」
平塚は微笑みながら答えた。
「いいえ、私がそちらに赴きます。」
さくらがそれに反論する。
「平塚さんは納得したのでしょうが、他の生徒の皆さんの中には不信感を持つ人もいるでしょう。私が行けばその生徒さん達へ言い訳ができます。」
確かに一理ある。
生徒たちの説得には自信が有るが、それでも不信感を持つ生徒はでてくるだろう。優月ではそれらの跳ねっ返りの標的になりかねないし、さくらの言う通り、彼女を人質としているという建前にも利用できる。
「それと、私たちの戦略を立てる参謀役は、大胆かつ緻密な戦略を立てることが予想されます。その点についても私が連絡役を務めることでより強固な連携が可能になると思います。」
そして優月たちの方を向いて言った。
「だいたい、こんな野蛮なゲームに参加する気はないので、港高校の陣地で平塚さんたちと優雅にお茶しながら高みの見物をさせてもらうわ。」
さくらの言葉に対し、平塚は私が参加するとは決まっていませんけれどもと笑いながら言い、会議は和やかに進行し、終わった。
とりあえず第一の目的は達成することができ、優月は安堵して学校に帰ってきた。
しかし、優月とさくらは学校に帰ると怒髪天を衝く姫子のお説教が待っていた。
「優月さんもさくらさんも相手の前で口論を始めるなんて信じられません。今回のようなラッキーはないですよ、普通は。」
姫子は二人に対して懇々と説教をし、二人はバツが悪そうにそれを聞いていた。
「まあまあヒメ、無事に話がまとまったんだからいいじゃない。」
御厨が仲裁に入り、お説教は何とか終わった。
「説教するのもいいが、うちの部室でやるのは止めてくれないか。それに次の手順に移らなければ、話が進まない。」
高塚が背後から声をかける。
作戦会議は社会科研究部の部室でやるのが恒例になっていた。
「そうですよ。あと一校の同意が得られなければ、女子の参戦は不可能になってしまうんですよ。次はどこと交渉するんですか。」
御厨が次の手を問いかけた。
「港高の平塚さんからあと二校の役員名簿を貰ったわ。」
そう言ってさくらが紙を示す
「誰かこの中に知り合いがいればいいのだけれども。」
中学の同級生などの知り合いが居ればそこを足掛かりにできる、しかし、付属の中等部出身が多いこの学校では、他校に同級生などの知り合いを見つけるのも難しかった。
「部長、実業高は会長が女子なんですね、意外です。」
御厨がその名簿を見て言った
「実業高の会長は農工商三つの科の持ち回りで決めている。そして会長と別の科の代表が副会長に就く。この名簿を見ると今回は商業科の女子が会長を務めるみたいだね。だから副会長を残りの工業科と農業科の生徒ということになる。」
「では、女子が会長の実業高と交渉するのが常道でしょうか。」
御厨はそう言いながら紙を姫子に渡した
「一筋縄ではいかないけれど、伝統に固執すると考えられる明新館に比べて組みやすいかもしれないが…。」
高塚が言葉を濁す。
「何か気になることでも。」
高塚の顔を見て文子が聞いた。
「いや、大丈夫。あいつが居るわけがない…僕が気にしすぎているだけだ。」
高塚の返事は何となく歯切れが悪かった。
その時。
「明新館に話を持って行ってみませんか。駄目で元々、うまくいけば全部の学校から合意が取れる可能性が出来ます。」
黙って名簿を見ていた姫子は何かに気が付いたように言った。
「ヒメ、何かいい案があるの?」
「ええ、ちょっと・・・昔取った杵柄きねづかというやつかしら。」
そう言うと姫子は妖しく笑った。