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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第9章 信じた結末
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第9話 アッザーム家現当主

 クパードと言う男の部屋がある区画まで来ると、流石に誰にも見られないというわけにもいかないが、ここまで来たらすれ違う者達は私達を不審の目で見ながらも特に何をするというわけでもなかった。


 そして奥にあるとある部屋の前で立ち止まったギルはやや乱暴に重厚な木材でできたその扉を開け放った。


「なんだ?」


 聞こえてきた男の声と同時にギルはずかずかとその部屋に侵入し、私達もそれに続く。


「よお、この人たちがあんたに話があるんだとさ」


 ギルはもうクパードに乱暴な口を利くのが楽しくて仕方がないという様子だ。


「その魔石、返してね」


 エスタは口元こそ笑っているが目元は笑っていない。クパードの執務机の上に置かれていた魔石を指さす。


「なんだ。思ったより早かったな。そしてお前、奴隷の分際で何をしている」


「奴隷?お前こそ嘘っぱちでこき使いやがって」  


「ああ、そこのエルフには話していたなあ。そうか、お前ら繋がってたのか」


「セロンが結んでくれた縁さ」


 そこまで話したとき、バタバタと武装した男3名が乱入してきて私達とクパードの間に割り込んだ。

 剣を抜いている彼らを見てカイルも剣を抜き、私も杖を構える。


「やれ」


 それを見届けたクパードは短く一言そう命じた。


 男達が踏み込んでくる数瞬前にエスタは数歩下がってカイルと場所を交代。

 エスタの前に出たカイルは力こそありそうだがやや雑な剣筋による一人目の上からの剣を苦も無くはじき返し、横から薙ぎに振られた二人目の攻撃を受け止めつつその腹部を蹴り飛ばす。


 3人目はカイルを無視してエスタにかかってきたが、私が水弾を顔面にぶつけひるんだところでエスタがカイルと同じように腹部を蹴飛ばし距離を取る。


 このわずかなやり取りだけで彼らは力量の差を悟ることとなったようで、彼らは剣を構えたままかかってこなくなった。


「何をしている!始末せんか!」


「いや、しかし……」


 カイルがエスタに目配せする。

 こいつらを殺していいかと聞いている目だったが、エスタは首を振る。

 エスタとしては、ひょっとしたらセロンの子孫がこの中にいるかもしれないと思うとできるだけ殺したくないと言うことなんだろう。


 しかしにらみ合っていても埒が明かないし、かといってザコ3人をそのままにしていたら終わらない。

 だから彼らに再び水の塊をぶつけてやった。

 前世でカーターと夫婦喧嘩した際にもぶつけてやっていた、重傷には絶対にならない程度の水弾を次々と3人にぶつけたらあっという間に伸びてしまった。


「あら、案外簡単だったわね」


 瞬く間に部下がのされたクパードは呆然としていたが、そこにゆっくりと歩を進めたカイルが首元に剣先を突き付ける。


「で、エスタ、どうする?」


「……君はセロンの子孫だってね。セロンはとてもよくしてくれたよ。彼となら何年でも旅ができた。だからセロンに免じて命は取らない。だけど責任は取ってもらわなきゃ」


 そんな言葉を突き付け、多少の大けがくらいはさせようという気配を満たしながら、滝汗を流し戦慄した顔をしたまま動けないクパードにエスタが歩み寄ろうとした時だった。


「やれやれ……騒がしいと思ったら何をしているのか」


 不意に部屋の入り口から少年の声が響き渡った。

 彼我の視線がすべてそこに集まる。

 そこにいたのは私と同年代くらいだろうか。黒髪の男の子だ。


「え……セロン?」


 エスタが驚きをもった顔をしながら呟いたが、男の子は気にせず続ける。


「お客人。そいつの部下から聞いている。大変な失礼をしたようだ」


 成人しているか微妙なその男の子が、目の前にいる大貴族を下に見ている。その佇まいはクパードのものなど比べるべくもないほどの高貴さを持っていた。

 髪は短く切っているしまだ幼いためか髭などもまだないが、クパードのそれよりも一見してよいとわかる身なりをしている。


「ああ、自己紹介が遅れたな。アッザーム家第19代当主のクランツだ」


 あれ?このおじさんが当主じゃないの?


「クランツ様!王城におられたのではないのですか?」


 クパードが唖然としたように問う。


「ついさっき帰ってきたら女中から何やらもめていると聞いてな。来てみたらなんだこれは」


 数歩こちらに歩みを進め、ギルを一瞥して続けた。


「クパード、貴様はそこにいるドワーフを騙して奴隷にした上人から盗みを働くとは、アッザーム家の恥さらしめ」


 二人の仲はお世辞にも良いとは言えないのかもしれない。クランツがクパードを見る目には多分に軽蔑心がにじみ出ていた。


「いえ。き奴らは商人ではないのに商人の仮面をかぶり入城した犯罪者にて、何をされても文句は言えませぬし、ドワーフとは不幸な事故がありましたがれっきとした契約によってです」


「ほう、その言は僕がその排他的制度も、奴隷も、心底憎んでいるということを知ってのことか」


「はい。まもなくクランツ様がこの家をすべて握られしかるべき国の地位に就かれるとしても、法は法でございます故」


 そこからわずかな間があった。

 おそらくクパードは、この国の法で言うところの”悪いこと”は何一つしていないのだろう。私達は商人を騙って入城した不法入国者。そうであるならば盗みを禁ずる法の保護の対象から外れる、そういうことなのだろうと思う。

 それをクランツも認識しているから、少し言い返す言葉を考えたようだった。


「なるほどな、確かにそうだ。それはそれとしてクパード、休暇を命じる。直ちに寝所に戻り明日まで寝ていろ」


「それでは当家の業務が……」


 執務机の上に載っている冊子をいくつか見ながら、仕事をしないなどとんでもないと言わんばかりに訴えたが、クランツの返事は違うものだった。


「明日でよい。明日を迎え夜が明けるまで何もするな。あとその魔石は僕がもらう。いいな?代わりに父が秘蔵していた30年物のワインでもやろう。部屋で飲んでろ」


 クランツはいつの間にか部屋の外で心配そうに見ていた従者のような人に一瞥し、従者は頷いて去っていく。


「……なるほど、承知しました」


「あとそこで伸びてるやつらも片付けろ」


「は……かしこまりました。では」


 恭しく頭を下げたクパードはもはやこちらを一瞥もせず、魔石を机上に残したまま退出していった。するとすぐに、伸びていた3人も外から入ってきた別の男達に回収されここには私達とクランツだけが残された。


「というわけだ客人。私は数日後に成人しこの家をすべて統べることになるが、残念ながら今はそうではない。実権がほとんどない今の僕にはあなた方をここで見逃す以外の術がない。どうか、自力で街から脱出してもらいたい。あの男は執務に関しては優秀なのだがこの若輩から見ても性格が歪んでいる。寝ていろと命じたが客人たちを城門で捕らえる気でおるだろう」


 そう言いながらクランツは机上の魔石を手に取り、エスタに渡した。


「これはすまなかった。返還させてもらうから、それで収めてはくれないか。あの者が殺されでもするのは少なくとも今はまずいのでな」


「いいでしょう。承りました。ちなみに彼はどういう立場の人間なのですか?」


 受け取ったエスタはそれを私へ。私は魔石の魔力を確認し、すり替えられていないことを確認してエスタに頷きで伝える。


「あれは私から見て叔父に当たりましてね。分家筋の者なのです。先代当主の私の父が5年前に亡くなり、私がまだ若年だったものですから、父の側近であったあの者は能力はありましたので家を仕切らせておりました。ところで客人、私を見てセロンと仰いましたが?」


「私はエスタと申します。見ての通りエルフです。150年前のアッザーム家当主セロンとは親友でした」


 それを聞いたクランツは年相応の顔を初めて見せた。


「貴方が!手記に書かれているエルフの友は我が家にとって有名人なのです。多くの冒険をなさったとか。お会いできて光栄です」


「はい。手記があるとは先ほどの方から聞いています。そしてクランツ様、貴方は若かりし日のセロンにそっくりだ。またセロンに会えた気持ちでいます」


「それは光栄だ。本当なら偉大な祖先セロンのことをもっと聞きたいのだが、そうはいかないだろうな」


 クランツが窓から外を伺うのに釣られて外を見ればと男たち数名が外に慌ただしく出ていく光景があった。あれはたしか先日クパードの後ろを付き従っていた男達だ。

 それを見たクランツはギルの前に立ち、頭を下げた。


「アッザーム家当主として、貴女との奴隷契約を解除する。これまでの無礼、許してほしい」


 それを聞いたギルは、ふぅ、と一つため息をついて何度か頷いた。


「あー、ひどい目に遭ったけどな。まあいいさ。あたしだって寿命はあんたの5倍はあるからな。1年くらいなんともないさ」


「本当に申し訳ない」


「いや、いいよ」


 ギルは軽く手を払うような動作をしてクランツの謝罪を受け入れた。そして同時にエスタの前に立つ。


「なあ、連れて行ってくれ。あたしを助けてくれた恩人に恩返しをしたい」


 私達と同行したいという。私としては問題ないと思う。


「……僕はいいと思うよ」


「私も」


「俺もだ」


「やったね!じゃあ抜け道を教える。奴隷仕事をしていて知った道だ。正規兵はおそらく知らないだろうな」

 

「じゃあ行こうか。クランツ、世話になりました」


「いえ、当家の不始末。重ねて申し訳ない。あと、これからお気をつけて」


「まあ。俺たちなら平気だろう」


 カイルがそう言ったのに合わせて私達も頷きで同感であることを示す。

 そしてギルに続いて出ていこうとしたとき、エスタは足を止めてクランツに向き直した。


「ねえクランツ」


「はい」


「長生きしてね。いつか貴方にセロンのことを話したい。クパードさんが完全に力を失って、僕らの悪行も忘れられているような数十年後、貴方に会いに来たい」


「……承知しました。その時をずっと楽しみにしています」


「うん、それじゃあ、またね」


 エスタは手を出し、それを見たクランツはその手を握る。


「ええ、また。では、急いでください」


 彼らの力強く握り合った手が離れるとともに私たちは退出した。

 急げと言われたからまずは荷物の隠し場所へ。ギルの着物は少々粗末だったから私のものを着せて、荷物をまとめて出発する。


 しかし先日までと異なり街と砂漠を隔てる城門はいつもよりかがり火も多く、人も多い。

 

「多分西の門から順々に人相書きでも回ってるってところかな」


 陰から様子を伺うと、夜の冷え始めた中でも街を出ようとする者が呼び止められて顔を改められていた。出る者たちには甘いはずなのに。


「強行突破するか?」


「いや、突破してもラクダか何かで追ってこられたら厄介だ。街に潜伏していると思われたほうが都合がいい」


 そんな話をしているとギルが得意げに言った。


「ふふふ、ならあたしの恩返し第一弾が早速できるわけだな」


「なに?」


「ついて来いよ。少し距離があるけどな」


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