第8話 魔石の奪還
宿の店主には正直にネタばらし。その代わり結構な金額を余分に渡す。いつもどおり夕方に店じまいして寝ていてくれたらそれでいいと。
店主も実はなれたものだそうで、気前よく承諾してくれた。
予定通り西側にある隣の建物のベランダに荷物を放り投げ、飛び移る。砂漠の夕日は強い。城壁の向こうに太陽がもうすぐ消えていく時間。街並みの多くが陰に入り、明るさの急激な変化に人々の視野を一時狭くするそのタイミングを狙った。
そして隣の建物の、私たちが宿泊していた宿から見て裏側から出て西へ移動。折よく見つけた廃屋の瓦礫の中に荷物を隠す。
持ち出したのは武器の類と小道具だけ。周囲を見渡すが私達を監視しているような人はいない。上手く撒けた。
「どこからなら侵入できそうだ?」
「うん。二人も見た通り屋敷は僕の背丈の倍くらいの塀に囲まれている。向こう側が全くわからないのがきついな。塀を乗り越えてもすぐに見回りがいるかもしれない」
「なら押し入るか?前大商人の邸宅に押し入った経験ならあるぞ」
ユーリィムの邸宅のことだろう。そういえば彼はどうやって私を助けてくれたのだろうか。今更だけど後で聞いてみようと思うが、まずは目の前のことだ。
「それは流石にリスクが大きすぎるんじゃないかしら。相手は兵士も抱えてる大貴族なんでしょ?物量で囲まれるようなことになったら厄介よ」
そんな話をしていると、顎に手を当てて考えていたエスタが思いついたように指を立てた。
「一つ心当たりはある」
「なんだ?」
「”彼女”を使うのさ」
***
「なんだ。今日も来たのか」
ここはエランという人の墓。昨日も来た。そしてドワーフの彼女もここに来ている。さっき掃除が終わったところなのだろう。
昨日とは逆のような立場で掃除用具をまとめて帰ろうとしていた彼女と向かい合う。
「君に頼まれていたことを持ってきたよ」
「えっ!?」
エスタの言葉に彼女は驚いたように目を見張る。
「本当か?」
「うん。それと交換条件で教えてほしいことがある」
ドワーフの女は交換条件という言葉に怪訝な顔をして首を傾げる。
「交換条件?何を聞きたいのかを先に聞いていいか?ちなみにお金は払えない。そんなものないからな」
「うん、いいよ。あとお金じゃない。安心してほしい」
「おい待て、本当にそれでいいのか?もう一度言うがあたしはお金も持っていない奴隷だぞ?」
エスタは続けた。ふふっと笑いながら。
「いいよ。聞くことを聞いたら教えたくなるから」
ギルディーネと確か昨日名乗っていた彼女の表情が曇る。
「……いい知らせじゃなさそうだな。いいぜ、言ってくれ」
「聞きたいのは、アッザーム家邸宅に確実に忍び込めるルートだ。できれば君を奴隷にしたあの男の部屋まで見つからずに上がり込みたい」
「……ああ、わかった。気持ち悪いから対価は払う。それ、教えてやるよ」
「よし、対価は頂いた。じゃあ君が探している男性のことなんだけど、彼は収容された日に死んだそうだ。あのクパードという男から直接聞いた」
事実を突きつけられた彼女は目を閉じて、ため息をついた。
覚悟していたことなのだろう、ただ一言呟いた。
「そうか」
「おや?案外すんなりだね。信じられないとか言うと思った」
彼女は沈みかけている夕日に向きながらすこし顎をあげるようにもう一度ため息をつき……いや、きっと涙をこらえているんだ。
「はぁ……そんな気はしていたんだ。あいつは義理堅いやつでさ、生きていたら何とか顔だけでも見せてくるような奴だった。そいつが何もしてこないんだ。それにあの時もう助からないとは思えたんだ。だから、あり得るとは思っていた。くそっ!」
掃除用具を砂岩に叩きつけ鈍い音と共に破片が周囲に飛び散った。
そしてグイっと腕で目元をぬぐい、こちらに向き直る。
「ああそうだ。あんたら名前は?名前を聞いてなかった」
「僕はエスタ。こっちがカイル。彼女がレベッカ。君はギルディーネだったね」
「エスタにカイルにレベッカか。わかった。世話になる」
「いや、こっちこそ頼む。ギルディーネ」
エスタがフルネームで呼ぶと、ギルディーネは恐縮したように付け加えた。
「自分で言うのもなんだが少々名前が長く感じていてな、あたしのことは特別な理由がない限りギルって呼んでほしいな」
「わかった。じゃあギル。よろしくね」
「ああ。じゃあみんな、ついてこい」
「あ、ちょっと待て」
歩きかけたギルをカイルが呼び止める。
「なんだ?」
カイルは黙って剣を抜いた。
「カイル?」
そして無言のままギルに向かってその剣が振り下ろされた。
***
「いや~。久々に足腰両腕が軽いのは最高だな!」
カイルはギルの手枷足枷をぶった斬ったのだ。それらがあっても普通に歩いていたし普通に掃除もしていたように見えたからあまり気になっていなかったのだけど、切断後のそれを持とうとしたら重いのなんのって。
解放されたギルはここまで終始上機嫌だ。
そんなギルに連れてこられたのは、アッザーム家邸宅の裏口だ。私達は裏門を門から見て右から伺える路地の角にいる。もう陽も落ちていて、薄暗い。
ここは表の豪勢な雰囲気が漂う立派な門ではなく、簡素な門構えの文字通り従者の通用口と言ったところだ。大貴族の邸宅である以上方々に燭台やかがり火が焚いてあってこの一帯はとても明るくなっている。
もちろん衛兵が二人立っていて、誰何されずに入るのは無理そうだったから、カイルが剣に手を伸ばす。
「あの二人を倒して押し入ればいいのか?」
「いやいや、そんなことはしないよ。あの二人は仕事にまじめなだけのいい奴らだ。だからちょいちょいとな」
ギルはそんなことを言いながらエスタに一つの頼みごとをした。
「なあエスタ、銅貨を4、5枚くれないか?」
「うん、いいけど買収でもするの?こんな金額じゃ無理だと思うんだけど」
エスタは銅貨をギルに渡す。
「いや、買収はするんだが買収する先が違うんだ。ちょっと待ってな」
ギルは銅貨を握り背後の路地裏に消えていった。
「どうするつもりなんだろうね」
その答えは数分後に明らかになった。私達から見て逆方向から浮浪者とみられる男が門に近づいて衛兵に物乞いを始めたのだ。
ほぼ同時に帰ってきたギルは物乞いに絡まれて困惑した態度をとる二人の兵士を指さしながら言った。
「いつもの恒例行事さ。この国はああいうのが増えすぎてな、そのせいで変な旅人を入れないようにしたのさ。おかげであたしも割を食った。おっと、そろそろだ」
浮浪者は兵士二人に抱えられて連れ出される。
「よし、行くぞ。音はできるだけ立てるなよ」
ギルは音もなく駆け出す。
私達はギルに続き門へ。
門を通過しようとするとき、ふと背後を見たら兵士二人がさらに浮浪者に絡まれている光景を目撃することとなった。
その数4名。ギルは彼らに銅貨を配って兵士に絡むよう依頼していたのだ。
兵士たちは倍の数の浮浪者の対処に手いっぱいの様子。私達は咎められることもなく邸宅内に侵入する事が出来た。
まず一度駆け込んだのは奴隷の詰め所。
奴隷の詰め所という割には一定の清潔感は保たれているが、それでも少し広めの小屋のような空間二つに男女別で10名ずつほどの奴隷が詰め込まれているらしい。
少々煙草の匂いがする。
「お、ギルじゃねえか。誰だそいつら?」
奴隷の一人だろう。先日見た気がする顔の男が面白そうにこちらを見る。
「ああ、客だ。これからクパードのところに連れていく」
「様はつけないのか。穏やかじゃねえな」
奴隷は煙草を吸いながらケラケラと笑う。
「ああ、あたしがここに来た理由は知ってるだろ?あれの真相を知ったんだ。あたしはあいつに騙されていた。だからもうあいつに様なんてつけるに値しないのさ」
「あはは、そりゃいいな。つまり殴り込みに来たのか。頑張れよ」
「ああ。じゃあみんな、世話になった。あたしはやることやったら逃げ出すからな」
一通り奴隷仲間への握手を済ませ、ギルが戻ってきた。
「クパードの部屋までいくぜ。付いてきな」




