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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第9章 信じた結末
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第4話 1年程前の出来事

「頼む!こいつを助けてやってくれ!」


「断る。なんで旅人風情を助けなきゃならんのか」


ザラーム王都チュルクの城壁外。

城門の近くで一人の女性が門番と増援に来た兵士たち相手に熱弁を振るっている。


「命の恩人なんだ!街に入れてくれ!」


「ダメだ。薬ならほら、その店で売ってるぞ」


門番の背後に集まった兵士たちがクスクスと笑いをこぼす。

その店は周辺国に悪名を轟かせ続けるぼったくり店。


「金もないんだ!あんな高い店で買えるわけないだろ!」


「じゃあ帰れ。お前…ドワーフなんだろ?なら抱えて前の街に戻ればいいだけじゃねえか」


「この砂漠を!?こいつに死ねっていうのか!」


「知らねえよ。いい加減諦めな。これが最終通告だ」


 後ろにいた完全武装の兵士たちが女性を取り囲む。


「そ……そんな……!!」


 彼女は確かにドワーフだった。しかし武器は短剣しかない。人族より多少は頑丈だし力はかなり強い。しかしそれは彼女を囲んだ兵士達相手に当然に勝てることを意味していないし、何より彼女が死ぬか囚われれば、大切な恩人は誰の手当ても受けられず死ぬ運命だった。

 だから彼女は反抗を躊躇った。できなかったのだ。

 ドワーフはその優れる腕力から力での解決を選ぶと思われがちだが、知力は人族と大して変わりはない。


 じゃあどうすれば…


 そう彼女は絶望の淵に追い落とされた。

 しかしその時、目の前にいた兵士たちが一斉に道を開け、跪いた。


「へ…?」


 彼女は何が起きたか理解できなかったが、数秒の後、背後から飛んできた声に状況の理解を得ることとなった。


「邪魔だ。旅人」


 一見して身なりのいい貴族。兵士たちはこの貴族たちのために道を開けたのだ。

 貴族が力を持っていることは彼女にも分かった。

 彼女は下っ端兵士たちではなくこの貴族に矛先を変えた。


「お願いがある!頼む!この男を助けてくれ!恩人なんだ!」


「あ?」


 生じた異変に、貴族の護衛達が直ちに彼女と貴族の間に壁を作る。


「頼む!このままだと死んでしまう!この通りだ!」


 貴族の男は兵士たちでできた壁の隙間から覗くように、地に伏して頭を下げる小柄な女とその脇で倒れている男を確認して状況を理解したようだ。


「ふうん。お前、ひょっとしてドワーフ?」


 顎髭に手をやりながら値踏みするように女を見る男。


「ああ!見ればわかるだろ!」


「貴様!立場をわきまえろ!口を慎め!」


 たちまち大勢の兵士たちに取り押さえられる。関節を押さえられれば流石の彼女も振りほどくことはできない。

 しかし口まで塞がれていたわけではないため、繰り返し助けを求めるその言葉は貴族の耳にきちんと届いていた。


「お前たち、離してやれ」


「……?ですが!」


「いいから」


「はっ!」


 ドワーフ相手とはいえ小柄な女性に対し5人がかりで取り押さえていた兵士たちが離れ、再び壁のように間を遮った。兵士たちが離れた彼女は再び平伏し頭を下げた。


「なあお前、本当にその男を助けたいか?」


「ああ!」


「助けてやるよ」


 彼女はえっ!?という顔をして顔を上げた。


「え?クパード様?何を仰います?」


 傍にいた使用人と思われる男は主人の言動にとんでもないとばかりの反応を隠せない。が、ドワーフの方は差した光明に表情を明るくした。


「本当か?」


「ああ。その代わり、お前、俺の奴隷な。徹底的にこき使ってやるよ。ドワーフなんだろ?大の男10人分、5年働け。それで勘弁してやる。それが対価だ。どうする?」


「やる!全力で働く!だからこいつを助けてくれ!」


「いいぞ。契約成立だ。今からお前は俺の奴隷。おい、奴隷が私物を持つな。見苦しいから衣服は奴隷の詰め所まで勘弁してやるが他は全部没収だ」


 兵士たちが荷物をはぎ取る。

 彼女はそれに黙って従う他なかった。


「そいつは荷車に乗せて運んでやれ。あとで聖女のところに連れていってやらないとな」


「恩に着る!」


 身一つになりながらもまた平伏し、砂漠の砂に額が付くほど深々と頭を下げた。


「わかってんだろうが5年間、少しでも反抗か何かしてみろ。その男の命はないぞ」


「もちろんだ。あたしはあんたに従う」


 次の瞬間、槍の柄が彼女の頬をしたたかに打ち付け、血が飛んだ。


「奴隷の分際でご主人様に”あんた”だと?無礼な!」


 兵士の叱責が飛び、女は切れた頬や唇を衣服で拭う。


「あははは、言葉遣いは今日中に覚えろ。明日以降そんな口を聞いたら男を即殺す」


 彼女の返事を待たずしてゲラゲラと笑う貴族の男は再びラクダを進ませた。大勢の付き人たちも続く。


「おい、歩け」


「ああ」


 再び槍の柄が飛び、遅れて血が飛沫となって乾いた砂に落ち、数秒で渇きを得た。


「「はい」か「わかりました」だ」


「……はい」


 切れた唇を拭う。


「よし、それでいい。列の後ろを黙って歩け」


 ドワーフの彼女は、倒れた恩人が荷車に乗せられ運ばれていくのを見届けた上で、言われた通りに列に続いた。


***


「クパード様、本当によろしいので?」


 夜。いくつもの燭台により明るく照らされた室内には明らかに高級品とわかる調度品が揃い、主の身分の高さは誰にでもわかるほどだ。


「何がだ?」


「あのドワーフのことです」


 彼らは昼間に城門でとある奴隷を拾った。貴族である彼には身分相応の公務があり、ようやく館に帰ってきたところだ。つまりここは彼の自室に当たる。


「ああ、タダで貴重なドワーフの労働力が手に入ったんだ。安いもんだろ」


 主の帰りを待っていた使用人の初老の男は昼間の主人の気まぐれを心配していたのだ。


「ではあの連れていた男は?」


「あ?死んだらしい。あのドワーフと別れた後放っといたら勝手に死んだそうだ。今頃夜鷹の餌にでもなってるんじゃないのか?」


 さきほど、別の者から例の男が死んだという報告を受けていた。聖女のところに連れていくというのはある意味本当だったが、やりとりとしては虚偽そのものだった。

 なぜなら男の亡骸を聖女に弔わせたのだから。生きている彼を連れていくわけではなかったのである。ちなみにこれをしなければ確率は低いものの、街中でもアンデッドになる可能性があるため身元不明の死体が見つかっても行われるものだ。

 その上、その弔いも元々聖女が来る予定になっていたところについでに頼んだものだ。連れて行ったとも言い難いかもしれない。


「なるほど、安心しました。変な前例を作られるのは困りますので」


「当たり前だ」


「しかしクパード様もお人が悪い。あのドワーフも気の毒ですなあ」


その割には使用人は気の毒だという顔をしていない。くすくすと笑ってすらいる。


「所詮外からきた旅人だ。我々のために尽くせばそれでいいのだ。ただ、ドワーフは見た目に比して怪力と聞く。万が一にも反抗させるな」


「承知しました」


 そうして、ドワーフの彼女はこの貴族の奴隷となった。大切な人の死すら知らされないままに。



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