第3話 最下層
街の中に入ってしまえば身分が高くない下層市民達の形成する街は他国と同じように存在していて、多くの人々でにぎわう市場もある。私達もそこに紛れてしまえば区別はつかないだろう。
「金を換金できたよ。西の国で使える通貨のシリンだ。この国でも使えるからクレムも全部換えてきちゃった」
エスタが両替商のところに行ってクレムと金をシリンというこの辺で使える通貨に両替してくれた。私とカイルは当座で使う分が分けられた小袋を受け取る。
「助かる。ぼろぼろになった靴とかいろいろ買わないとな」
「服もそうね。まずはお昼までに衣類に靴や手袋をそろえて午後からは雑貨ね」
「賛成」
そんな話をしながら街を歩いていると、大通りを歩く人並みが突如左右に割れた。
「ん?なんだ?」
いち早くそれに気づいたカイルが私とエスタを促して群衆の流れに従い通りの右に避ける。
するとラクダに乗り羽の刺さったターバンを巻くいい身なりの一見して身分が高いとわかる男とその配下と思われる集団に続き、その使用人と思われる者達、そして最後に鎖につながれながら大きな荷物を抱える者達が続いた。
「なんだこいつら」
ぽつりとカイルが呟くと隣にいた男がやはり小声で注意する。
「兄ちゃん、声は小さくしとけよ。あれはこの国の貴族だ。先々代王の孫で下の方だが王位継承権がある家のはずだ」
列の先頭こそ護衛の騎士なのだろうが、その次に続く男は立派な黒ひげを蓄えた壮年の男で、しかし逞しさを兼ね備えており王位継承に連なりながらも決して堕落した生活をしていない事を伺わせる。
まさに砂漠の貴族というものを体現していると言っていいだろう。
「なるほどな。で、後ろにいるあいつらは?」
その視線の先には、鞭を持った男に追い立てられるように荷物を抱えて運ぶ集団がいる。男性も女性もいるが、その内の一人は、私より小柄に見えるのにひときわ重く見える荷物を一人で運ばされている。
「奴隷だな。ほとんどがここで路銀が尽きた旅人崩れだ」
「なるほどな」
数名いる女性は一応の衣服を身に着けているが男たちは最低限度股間を隠せる程度の粗末なものしか着ていない。まさに身分制度の最下層といったものを表している。
きちんと食べてはいるようでやせ細った姿という者はいないのだが、歯を食いしばりながらそれぞれ壺や箱、あるいは家畜の枝肉といったものを運ぶ者が列をなす。
「私達も一歩間違えてたらああなってたのかしら」
「死ぬか奴隷になるかって言われたらなあ」
「僕達は水はあったからなんとか通過できただろうけど、悲しい結末だねえ。あれ?あの子は……ドワーフかな?こんなところで珍しい」
エスタは列の後ろの奴隷集団を歩く、ひときわ大きな荷物を抱えた女の子を指さした。
日焼けとは少し違う褐色の肌で、反面汚れてはいるが真っ白な髪を結わえている。背丈は私より顔一つ分くらい小さい。
「あの子、私も気になっていたんだけど、ドワーフなの?」
「うん。多分。耳は…ああ、少し尖ってるね。やっぱりドワーフだ。きっとすごく重いものを持たされているよ。可愛そうに」
ドワーフ……存在は知っているけど見たのは初めて…いや、何処かの街で見た気もするが、前世でも特に縁はなかった。
「よく知らないんだけどドワーフってどういう種族なの?」
二人に疑問を投げかける。
「ドワーフは俺達人族よりも長生きでエルフよりは短命だ。力が強く、それでいて手先が器用で、鉱山に住んでいるとさえ言われている」
「あはは、それは風説だよ。寿命のことはその通りだし、手先が器用でその上力が強いから鉱山仕事に従事している人達が多いけど、住んでいるのは普通に地上だよ」
「そうなのか?」
「うん。ドワーフの多くが住んでいる地域と僕の産まれた里は割と近くなんだけど、普通に僕たちと同じように森の中に集落を作って暮らしているよ。ちなみに寿命は400歳くらいだったかな」
「そんな子がこんなところで奴隷になっちゃうのね」
「力が強くても砂漠は超えられないし何もないところからお金を産み出せるわけじゃない。奴隷になっちゃうのは変わらないよ」
彼女が目の前を通過する。
前だけを見て、ひたすらに荷物を運び続けていた。
「気の毒にな。目はまだ死んでなかった。余計辛いだろう」
「そうね……」
列が通過した場所から喧騒が戻ってゆく。
数分で、大通りは元の賑わいを取り戻していた。奴隷たちなどいなかったかのように。




