第16話 後始末
戦いが終わり、多くの仲間に疲れの色も見えたことから今日はこの場でキャンプをすることとなった。一部はさきほど私が作ったものを利用する。
仲を深めた子供二人の微笑ましい光景を見ながら、魔術で作った陣地のうちキャンプで使わない部分を順次片づけていたが、不意にくらっと、軽いめまいに似た感覚を覚えた。
「おっと……久しぶりね、こんなの」
少し地面に立てた杖に多めに体重をかけ……足元が砂地でそれだけだと不安だったから近くにあった小さな砂丘の一番上に座り込む。
砂は熱いし太陽は眩しい。
いちいち魔術で作るのは面倒だからと、筒に入れておいた氷水がいい塩梅に飲み頃になっているからそれを飲み干し、そのまま仰向けに倒れた。
「あー。疲れた」
こんな大人数向けの陣地なんて正直正気の沙汰じゃない。前世の魔術何でもあり時代であっても、小規模なものを別とすればこんなものを作る人なんて聞いたことがない。
カイルとエスタ、あるいは前世の3人でもいい。陣地や防備と言っても何かあったらせいぜい3人や4人を守れるだけの壁でも一枚作ればいいだけなのだ。
いつだか、龍の強力な光線を防いだ時だって水壁と石壁を混合するという我ながら手の込んだことをしたつもりだけど、それもたったの二人を守る分だけでよかった。
それがいきなり15人分。戦う人たちとそうでない人たちとで広がっていたから実質はもっと多い。
単に魔術を放つのではなく、魔術を調整して工作物を、しかも大量に生成することは上級魔術を山ほど放つのと同じような魔力消費がある。
ゆっくり魔力が減る分にはそこまで疲労はないのだが、一気に減った場合には気だるさと疲労感が体を襲う。魔術は大きなものを壊すのは得意だが作り出すのは本来領域外だ。
もう一度同じことがあってももうやらないだろう。先に長距離から魔術を大量に飛ばしてやる方がはるかに楽なことに気づいてしまったから。
チェルクも近いし同じことはもうないと思うけど。
治療できたとはいえけが人も出たことだしと、今日はここで休むこととしたのは助かったと言える。正直今日はもう移動したくない。
もし移動すると言われていたらギブアップを宣言していたかもしれない。
「レベッカ、大丈夫か?」
不調を察したのかカイルが砂丘に寝転がり仰向けにぼんやりと天を見上げている私に声をかけてくれた。寝転がる私は見下ろすカイルの陰に入る。
「ええ。暑さにやられちゃったのかしら」
「……嘘を言うなよ。魔力切れだろ」
「ばれた?」
「当たり前だ」
カイルはよく見ていらっしゃる。魔力そのものはまだまだ余裕はあるが、それは短距離を全力で走ると息が切れることと、長距離をゆったりと移動し続けることの違いみたいなものだ。
私の今の状態は短距離のそれ。
前世ではどこかの戦場で上級魔術を攻撃・治癒共に大盤振る舞いして今よりひどいことになったことが思い出される。あの時は文字通りの魔力切れだったから最後カーターに身を預けて気絶しちゃったっけ。
「ふふ、よくわかったわね」
カイルはそのまま隣に腰掛けながら残っている工作物を指さす。
「あんな大掛かりな魔術を使ってどうにかならない方がおかしいんだ。そもそもお前の師匠は何なんだ?こんな芸当までできるなんて初めて見たぞ」
カイルによって斜めに差していた日差しが遮られた分、風による涼しさが心地よく感じる。
「内緒」
「お前は魔術のことになるといつもそうだな」
「女には秘密が必要なの」
「やれやれ。あのミスティって子の魔術への認識が変な方向にならないことを祈るばかりだ。誰でも魔術でこんな事が出来るなんて思われたら目も当てられないぞ」
「でもあの子は魔術を吟遊詩人の仕事に生かしたいって言ってたの。だから少しはこういう芸ができるって思ってもらった方がいいんじゃないかしら。魔術はもっとできることが多いはずよ」
少し休んだら不調も解消してきた。
ご飯の用意もできる頃だろうし、起きるか。
「じゃあ起きるわ」
と、起きようと体を起こしたら先に立ったカイルが手を差し出してくれた。
「さ、捕まれよ」
「ええ、ありがとう」
その手を取って、立ち上がる。
「あっ」
一瞬だけ意識がぼやけた。一歩よろけたのをカイルにしっかりと受け止められ、すぐに意識は正常に戻る。
「ごめん」
カイルに預けた体をゆっくりと離し、一度気を入れなおすために頬を両手で叩く。
「無理すんなよ」
「ええ。もう大丈夫」
カイルの逞しい体に包まれて一瞬ドキッとしてしまった。カイルはいい人だからね、そういうこともあるか。
「じゃあ行きましょう。エスタは何を作ってくれたのかしら」
今日の夕食当番にはエスタもいる。彼はいろいろなところを回っているから毎回違う種類の料理を出してくれるから楽しみにしている。
手持ちの材料が少なくなってきたとはいえ、今日はどんな料理を作ってくれるのだろうか。
***
3日後。
賊の襲撃をきっかけに完全な仲間意識もでてきたところだが、ついにチェルクを視界に収めた。広大な砂漠の中にありながらも豊満な水を湛えた大小のオアシスが点在するこの国の王都だ。
遠目にいくつかの砂丘を挟みながらチェルクの砂岩や煉瓦でできた巨大な城壁の一部が見えてきたのだ。
あそこまで行くにはまだまだ数時間はかかるだろう。そこでこの仲間達との旅は終わってしまうが、感傷に浸る暇はない。
何故ならここからが正念場だからだ。




