第15話 二人の決意
どうやら大丈夫そうだ。
突然砦のようになった周囲に驚きながらも、戦いの空気が緊迫感を保ちながらも勢いを感じるようになった。
多分、賊をもうすぐ撃退できるだろう。
そう思っていた。
僕はさっき付近で倒れた賊の剣を拝借して戦えない皆の前にいる。
ただ僕は戦うことはないだろう。
カイル先生を始めとした前衛の皆とレベッカさんを中心とした援護の皆はこれまで幾度も見てきた魔物や賊との戦闘のどれと比べても強かったからだ。
だから気も緩んでいて、味方が反撃の一歩を踏み出した時にはもう警戒していなくていいかなと何気なしに振り返ったら、皆の後ろから剣を構えた賊の一人が忍び寄っていた。最初に倒したはずの賊の一人が生きていたのだ!
皆に危険を告げる前に走り出していた。
僕に気づかれたと知った賊は先に一番後ろにいたミスティに斬りかかろうとしたが間一髪で間に合った。
賊の刃と僕の刃が衝突し甲高い金属音を立てる。
「ミスティ!逃げて!」
……重い!
二合、三合と剣を合わせた。だけど賊の大人の腕と僕の細腕。
力の差は明らかだった。強い力に飛ばされそうになった。
僕はただひたすらにカイルさんから教わったように全開で剣を振ることだけを繰り返していた。それは後から思えばそれなりに効果があったようで、賊の顔は僕の見た目に比べて力強い剣が振り下ろされていることに驚いていたように見えていた。
だけど、経験豊富な賊相手にそれは裏目に出た。
賊は僕の全力の剣を、避けた。
「うわっ!」
前のめりの勢いのまま賊と前後が入れ替わる。
こういう時のことも聞いていた。
敵は背後から仕留めに来ると。
だから勢いを殺した足を軸に思いっきり背後めがけて剣を振り上げる。
ーキイン!
賊の一撃を何とか止める事が出来たが、無理な体勢では何度も続かなかった。
第一、体格差も力の差もあるのに上から押し込まれるのと不利な体勢から振り上げている剣ではもう結果は見えていた。
ーガッ!
二合も打ち合ったとき、鈍い音と共に僕の剣は弾き飛ばされ、僕は武器を失った。
「あっ……!」
ああ、僕は死ぬんだ。
僕はミスティより年下だけど、彼女が好きだった。思春期と言うものを迎えたらしい僕の心はずっと一緒に旅をしているミスティに奪われていた。
そんな彼女とずっと一緒に。
そう思っていたけど、それは叶わなそうだった。
でもミスティを守れたんだと思えば、少しの満足感はあった。
それでも賊が無防備な僕に剣を振り上げたとき、思わず目を瞑った。だけどいつまでたっても痛くも熱くもないから、少しずつ目を開ける。
そこは相変わらず太陽が眩しい砂の大地で、レベッカさんが魔術で作った柵があって、そして賊がいて……
「へ……?」
今まさに自分を殺そうとしていた最後の賊は、僕が眼を開けるのと同時くらいに崩れるように倒れ、その頭と背中にはさっきまでなかった氷槍が突き刺さっていたのだ。
僕はさっきまで死を覚悟していた。
でも自分が死んでも大好きなミスティはカイルさんやレベッカさんが守ってくれるだろうと言えるだけの時間は稼げた。
だけど、覚悟した結果はこなかった。
「はあっ!はあっ!」
賊が倒れて開けた視界には、両手をこちらに向けたまま貧血のように顔を青くさせて息を弾ませるミスティの姿。
この氷槍、数瞬前までレベッカさんが飛ばしてくれたものだと思っていたけど、違った。
これは、ミスティの魔術だ。
ミスティは、人に向けて魔術を使ったことはない。いや、威力の低い水遊び程度の水弾を仲間達に使ったことは幾度もある。当たらなかったが。
それはみんなお遊びと分かっている上のことで、人を害しようとしたものじゃない。氷槍にしたって、練習で的に対してだけ使っていただけだ。
そのミスティが、初めて人に対して氷槍魔術を使った。
賊は多くの血を流し、それ以上に急所である頭に深々と突き刺さったままじわりと氷が解けつつある光景が、賊が死んだことを物語っている。
つまりミスティは、初めて人に攻撃魔術を使い、その初めてで人を殺した。
「ミスティ」
「私、ラズが……死んじゃうと思って……」
ーザッ
力なく地に膝を付き、今まさに人を殺す魔術を放った両掌を呆然と見つめる彼女を抱きしめた。
「うん、ありがとう。ミスティに助けられた」
「うん……」
「ごめんね。僕が弱いせいで、ミスティにこんなことを」
「ううん。私の方が年上なのに、私がラズを守らないといけないのに」
僕も、ミスティも、子供同士だ。
だけど、僕は誓った。絶対に強くなって、大好きなミスティを一生守っていくのだと。




