第13話 強くなりたくて
「なあ、カイルさん」
「なんだ?」
遠目から魔術を教えるレベッカとミスティを眺めていたらスモーキーが話しかけてきた。
「あのレベッカとかいう女、いいやつだな。ミスティと2つか3つしか年が変わらねえのにあんだけ魔術を使いやがるしあのミスティが魔術を思い通りに使えて喜んでやがる」
ミスティと言う娘は俺から見ても”下手くそ”だったがレベッカの教えを受けて上達へのきっかけを掴んだようだ。
「そうだな。俺たちもあいつの魔術には助かってる」
「あれくらいならどこかいいところの宮廷魔術師にでもなれるんじゃねえか?魔術で枯れ木に火も付けていたし、つまり2系統使いだ。なんで冒険者なんかで甘んじてやがんだ?」
「さあな。だがあいつが知りたいことは宮廷魔術師なんかしていたら永遠にわからないだろう」
「お、レベッカは何で旅してるんだ?」
「……あんたは神々の闘争って言われて何のことかわかるか?」
「あー……なんだか昔チラっと聞いたことがあるが昔の何かの出来事だっけか?魔王が倒されて何十年か後のっていう」
「ああ。あんたらが歌う勇者の物語の昔、人はもっと強力な魔術を使えた。魔術師は街や山を吹き飛ばし地形を変えるほどの攻撃魔術を使い、聖女は一説では死んだ人間を蘇らせる魔術すら使う事が出来た。だがそんな強力な魔術がある日を境に一斉に使えなくなった。それが神々の闘争って言われている事件だ」
「へー、そんなことがあったのか。で、レベッカの嬢ちゃんはそれの何が知りたいんだよ」
「その事件がなぜ起きたか、どうして上級の魔術が失われたのかを知りたいんだとさ」
「なんだそりゃ?そんなもん知ってどうするってんだ」
「さあな。だが、これはエスタの言い方だが、あいつのおかしな魔術を見ていると、もしあいつがその時代に生きていたら大層優秀な魔術師だったろうなとは思うんだ。だからそうなりたいんじゃないか?外から見ていてもそう思うくらいだからな」
「なるほど。そう言われりゃそうだな」
「で、スモーキーさん、そいつはなんだ?」
スモーキーの脇には男の子がいた。確か12歳のラズと言う名前だと紹介されたはずだ。
「おう、こいつがよ、あんたに剣を教えてほしいってんだ。ウチのメンツは自衛はできても戦うのは専門じゃねえからよ。戦えることと教えられるのは別口だがあんたは剣が専門だろ?ちょっと教えてやっちゃあくれねえか」
「おねがいします!」
ラズといった深めの青色の髪をした少年は木刀を持ち頭を下げた。
ふっと視線を移す。その先にはついに目標の岩に魔術をきちんと命中させたミスティと一緒に手を取り合いながら喜ぶレベッカの姿が。
ラズに視線を戻す。
「あれを見て自分も教えてもらいたくなったのか?」
図星だったようで、慌てたようにスモーキーに視線を送る。
スモーキーはそれに気づいたが何も答えない。顎でふっと何か合図をしている。つまり自分で言えと促しているのだろう。
「は……はい」
恐縮したように縮こまるラズ。そこまで怖がる必要はないと思うのだが。
「いいぜ。俺はあいつと違って教えるのはうまくないだろうが、それでもいいか?」
「はい!ありがとうございます!」
声変りも怪しいラズはまだ体が出来てない。もし数か月単位で教えられるならまず1か月は体を鍛えることから始めるところだが、付き合いはどんなに長くても10日と少し。
小手先のことしか教えられないが、仕方ないか。
「じゃあまずそれ、上から下にまっすぐ何度か振ってみろ」
手に持った木刀を指さす。
「はい!……えいっ!やあっ!」
ぶん ぶん
「ダメだな。腰が入ってない。腕だけで振ってもたかが知れてるぞ。いいか、剣は腕だけで振るように見えるだろうが体全体で振るんだ。貸してみな」
木刀を受け取り、まずはラズの真似をして何度か振ってみる。
ぶん ぶん ぶん
「お前は、昼間の戦いで俺が剣を振っているのを見たか?」
「はい」
「それと比べて今の振りはどうだった?言葉選ばなくていいから思った通りに言ってみろ」
「なんだか……その、情けなかったです」
「ぷっ、あははははは!」
「ぎゃははははははは!」
保護者を自任しているのか近くにいるままのスモーキーと大いに笑った。情けないか、そうかそうか。
「率直な感想感謝だな。今のはラズが振った真似だ」
「えっ!?」
ラズの一言は今自身に返ってきたのだ。
それに気づいてラズは赤面する。
ラズの中では格好よく振れていたはずなのだが、そうじゃないんだ情けないんだと言われてしまったのだ。
「あははは……ああ笑った笑った。じゃあ次だ。今度は俺のいつもの振りだ」
ピュン!!
「へ?」
ピュン!!!
「さっきのとは全然違うだろ。腕に込めてる力はさっきとほとんど同じだぜ?剣士相手の戦闘にもなれば今の振り同士で殺し合うんだ。一瞬の油断で首が飛ぶ。どうだ、怖いか?」
ぽんぽんと、手刀で首を叩いて見せる。
「……はい」
「よし、それでいい。剣は怖いんだ。それはしっかり理解しろ。お前が教えてもらいたがってるのはそういうものだ。だからきっちり理解して使え。いいな」
「はい!」
「じゃあそのやり方だが……」
それからラズに体の使い方を中心にできる限りのことを教えた。ラズが明らかに体のキャパを超えたと判断して終わりを宣言したのは、魔力が切れてぐったりしたミスティをレベッカが引っ張ってくるのとほぼ同時だった。ラズも腕や足腰がプルプルと生まれたての馬や羊のように震えている。
気づけばもう陽は傾き、夕食班が夕食の用意を終えつつあった。
「今日はここまでだ。後でレベッカに言っておくから一応治癒魔術をかけてもらえ。少しはマシになるだろう」
「はい、ありがとうございました」
「ところでカイル先生」
「……なんだ?」
「先生ほど剣を使えるのになんで剣を怖いと思うんですか?」
「あん?」
「きっとカイル先生ならほとんどの人には負けないと思います。それなのにと思って」
俺にとって剣が怖い。その理由はある一点しか見つからないものだ。ある出来事が、剣、いや、剣と言うよりも熟練の剣士か。それに対する恐怖を植え付けていた。
「……そうだな。レベッカやエスタには言ってないことだから他には言うなよ?いいな?」
「はい!」
「よし、男の約束だ。でだ、俺は昔、一度剣で死にかけたことがある。やべえほどつええ剣士二人に襲い掛かられてな。本当に死ぬところだった。そいつは魔術師も連れていたがやべえのは剣士だった。その時も俺は強かったんだがなあ」
「カイルさんほどでもですか?」
「ああ。幸いにして逃げる算段だけはきちっっっっっっとしていたから逃げ切れたがな。もうあいつらの顔も見たくねえ。だからな、剣はそれ自体危険なだけじゃなくてな、強くなったと思っても上には上がいるもんだ。だから戦わなくていいなら戦わないことも覚えておけ。戦えば殺されちまう相手から逃げることは恥でも何でもねえぞ」
「はい」
「じゃあ、もう暗くなってきたからな。飯食って寝るぞ。明日も朝の涼しいうちから動きたいからな。夕方余裕があったら今日の続きだ」
「はい!ありがとうございました!!」




