第10話 勇者の詩
準備を終えて出発を明日に控えた夕刻。宿屋の食堂にみんなが集まった。
会議?いや違う。それはもう終わった。今日は明日からの幸運を祈願して吟遊詩人の一団がいくつか詩を披露してくれている。
彼らがここを去る最後の演奏と言うこともあり他の客も多く詰めかけここ数日で最もにぎわいを見せていた。
食堂はやや手狭だから子供二人が座る椅子だけを除いて全部立席。それぞれがテーブルを囲んでお酒を片手に心地良くなりながら、紡ぎだされる唄に聞き入り、時には笑い、時には手に力が入る。
「ふふ、たまにはこういうのを聞くのもいいわね」
「そうだね」
さっき上演されていたのはこの一帯では割となじみが深いという、砂漠の遺跡の宝探しの話だ。実在の話を元に作られていると近くのテーブルの人が言っていたからふと聞いてみた。
「エスタなら元ネタの時代に生きていたりするんじゃないの?」
「そういうこともありそうだな。現実とそれは違うなんてことあるんじゃないか?」
「あはは、そんなに元ネタに接しているわけじゃないけど…そうだね、ちょっとマイナーだけどとある王子様の恋バナのお話はちょっと違うかな」
「へー、どんな話?」
「某国の王子様が、お姫様が攫われたから賊のところに部下を引き連れて王女様を助け出すためにカチコミをかけて、お姫様を見事助けて帰ってくるお話があるんだけど、知ってる?」
うーん、この時代の童話はわからない!
「ごめん、聞いたことないわ」
「何だっけ、シャンタウの話だったか?」
カイルには聞き覚えがあるようだ。
「そうそう!シャンタウの前身だった国の時代の出来事を詩にしたんだけど、それ全然中身が違くってさあ」
くすくすと笑いながらエスタは続けた。
「実はあれ王子様がお姫様にビンタされるほど喧嘩して、怒ったお姫様が実家に帰っちゃったんだよね」
「はぁ?何よそれ」
思わず変な声を上げてしまった。なんだその話は。
「それをさあ、当時の王子様が涙と鼻水を垂れ流して何度も道を転びながら実家に謝りに行ってね、帰ってきた泥だらけで傷だらけの王子様と仲直りしたお姫様の姿を見た民衆が勝手に勘違いしてそんな話ができちゃったんだよ」
「何だそりゃ、笑えるな」
「そうそう。詩じゃあんなに凛々しくてカッコいい王子様の実体が実はああも情けないったら。酒場でその詩の出だしを聞くたびにお酒吹き出しちゃうから、詩が始まるときは何も口にしないようにしているよ」
ジェガンさん達も割とその話に興味を持ったようで
「エスタさん、その話本当か?」
「マジですマジ」
「何で知ってんだそんなこと」
カイルに聞かれたエスタはフフンという顔をしながら言った。
「何を隠そうその時に王子様に引っ張られてお姫様の実家についていく羽目になったお付きのうちの一人が僕だからですよ」
「は?マジか?」
「エスタって宮仕えもしていたのね」
「うん。5年働くから王墓の建物見学させてください!って言ったら10年働いたら見せてやるって言われたから働いてたよ。もちろん見せてもらったよ。ためになったなあ。その国後のシャンタウに滅ぼされちゃったからもうそこも多分ないけどね」
だからエスタはいちいちやることのスケールが違うのよねえ。
そう感心していたら、吟遊詩人のみなさんの準備が終わったようだ。バーニッシュさんやスモーキーさんの奏でる弦楽器とともに最初の曲が始まった。
***
「さて、夜も更けてまいりました。明日も早いですから、次の詩で最後です」
「お、締めはなんだ?」
「魔王を倒した勇者たちの冒険譚。お聞きください」
……え?
さっきから歌い手を務めていたスカールという女性が曲に溶け合うように奇麗な声で唄い始める。
一斉に盛り上がる皆や他のパーティー。反対に私は冷や水をかけられた心地でいた。
私達の、冒険譚?
皆の盛り上がりようを見ると。いままで聞いたことがないだけでどうやら吟遊詩人の定番の詩らしい。
物語は、聖女が神から神託を受けるところから始まる。
ー聖女フェリネルはある日光に包まれました。目を開けるとそこにいたのは神々の姿。神々はフェリネルにこう告げました。勇者を見つけ出し魔王を倒せと。そのために神々はフェリネルに力を与えました。
ああ、フェリナはフェリネルって名前で伝わってるんだ。
ーフェリネルは勇者を探し、小さな町で剣を振るい魔物を退けていたとある少年の噂を耳にしてその少年を見つけ出す。少年の名はアレスと言った。
アレスねえ。ならカーターはどうなってるのかな?
ーアレスは幼い頃を共に過ごしたカールを捜して王都へ。勇者が目覚めるときに備えて自らを鍛えていたカールは、現れたアレスに従いました。
実際は普通に働いていたカーターを口説き落としただけなんだけどね。あと王都じゃなくて地方の街です。
ーついに始まった魔王退治の旅。彼らはその剣技と聖なる力をもって周囲の魔族を退治し続け、盛名をはせるようになりました。
そう、そして魔術対策で行き詰ったから私を捜しに行くんだ。
ー彼らは共に北の大地に渡り魔王城を目指します。
は?あれ?私は?
みんな出身は南大陸のはずだ。私を仲間にせずに北の大陸に行ってしまったぞ?
ーしかし魔術師を持たない一行はとある迷宮で大層苦戦を強いられました。そうしてアレス一行は森の中で静かに暮らしていた魔女ジュリーンを探し出し、説き伏せて仲間としたのです。魔女は街の女から生気と魔力を奪い住民を困らせていましたが、勇者たちに心を開き行動を共にするようになりました。
…は?森の中の魔女?魔女って、あの性悪女?
私、あんなのと一緒くたにされてるの!?すごく嫌!ちょっとおかしいよこの話!私とカーターはそんな内容書いてない!
しかしそれは違うと言うことはできないから口をパクパクさせつつとにかくお酒を煽るくらいしかできなかった。
話の大筋は、私とカーターが書いた記録に基づいたものだとわかる。
でも!なんで!私が!魔女に!なっているの!
「レベッカ?どうかしたか?」
「……何でもないわ」
怪訝な顔をしたカイルが心配してくれたけど、気にしないでください!ふえええん。
二人で頑張ってまとめた物語の内容が改変されてるだなんて!ひどい!
しかも何で!?あの魔女の話、省いたはずなのに!あんな滅茶苦茶な奴のことなんて誰も信じないから記録が変なことになるって事になって省略したはずなのになんでそこがきちんとあるのよ!
ぐいぐいとお酒を煽る。飲まないとやってられない。
きっとフェリナね。フェリナが私が転生術を使った後に何か振り撒いたに違いないわ。それ以外考えられない。まったくもう……一人になったからって好き放題しちゃって!
そんなこんなで、勇者一行は魔王を倒し、アレスとフェリネルが結ばれ、また、魔女ジュリーンとカールが結ばれその後天寿を全うしたところで話が終わっている。あの魔女にカーターを寝取られた気分だわ。最悪。
さっきから無言であおっていたお酒も相まって頭がぐるぐるする。
「少し飲みすぎたみたい。先に休むわね」
「珍しくペース早かったからね。おやすみ」
「おやすみ」
ああサヨナラ私の輝かしい思い出さん達。
伝わっていないだけならまだいい。よりによってあの魔女と同一視されていることに心底嫌気を覚えながら眠りに落ちたのだった。




