第9話 吟遊詩人暁の風
吟遊詩人の一団は8名だ。
うち二人は14歳の女の子と12歳の男の子。芸で食べていくべく勉強中らしい。
これで総勢15名だ。
今初めて顔を合わせたと言っていい烏合の衆に過ぎないから、人数としてはなんとか集団を保てるぎりぎりの数だと思う。
スモーキーが部屋から既に寝付いたという子供二人を除いた全員を連れてきた。
「さて、改めて自己紹介します。レベッカと言います。4年ほど商人のところで勉強していましたがいろいろあって今は冒険者をやっています。主な行動範囲はヴェルドだったのでこの辺の商習俗はわかりません。あまり期待はしないでください」
一同が集まって改めて今後の方針を話し合うことにしたのだ。
前提として、さっきまで財産の目録を作り直しをしていた。ここにいる3パーティーの13名全員が確認した上で、契印代わりのサインを書く。
スモーキーのパーティーは伊達ではなかった。彼らだけで私達が合わせた分の数倍の宝飾類を持っていたのだから、その意味で商人として振舞うのに大いにプラスに働いたと言える。
そんなこんなで作成した目録3通をそれぞれのパーティーで1通ずつ保管し、移動を開始する際にまとめて保管することとした。
「さて、これから偽の隊商を組んで砂漠に挑みます。チェルクまで10日程度の行程です。編成は私のいた隊商を例とすると前衛と後衛に戦える人が、中央に非戦闘員がいる最小構成とします。商人役は私とエスタ、そして暁の風からバーニッシュさん。
前衛にウチのカイルとレイモスさん、後衛がジェガンさんとスモーキーさん。
商人役は読み書きと5桁以上の割り算や掛け算までの計算が問題なくできる人を選びました。私達3人以外にこれらに自信がある人はいますか?」
しばし待ったが誰もいないようだ。読み書きはともかく計算となると日常生活分以上にできる人はそう多くない。
暁の風の金庫番バーニッシュさんは弦楽器を担当しながら、お金を日々集めたりメンバーの物資をそろえたりと万能な人だ。黒髪を短くまとめて丸い小さめのメガネをかけている、どこかの大臣をやっていてもおかしくない風貌を備えている人だ。
エスタは長年生きている中でお財布担当も何度もしていたそうだし何より最年長だ。対外的にここを率いているのはエスタと言うことにしている。
そして私は商人としての経験を買われてこうなったが、レベッカの知識や経験は私にとっては引き出し不自由な知識でしかなく、正直見様見真似以上のことをやれる自信はない。
だから無理にこれを維持しようとはしなくてもいいだろう。
「正直なところ、チェルクまで2日くらいの距離まではこの隊列は厳密にしなくてもいいように思います。砂漠という都合上この街に実は監視がいたけどわざわざ商人の振りして出立した私達を追い抜いて報告しましたなんてことはないでしょうし、チェルクから偵察が出ていたとしても往復4日もかかるとなると事故の可能性も高まるでしょうから」
そう言った私にエスタが続けた。
「ただ、僕らは商人役と言っても必要な場合に商人の振りをすればいいのであって、僕達の中での上下関係はないと思うんだ。だからこれから約10日間、必要な範囲で協力して、無事チェルクに入るためにも仲良くしていこう」
全員が頷く。よかった。早期に大枠でまとまれたのはいいことだと思う。
「俺から一つ」
手を挙げたのはジェガンさんだ。
「俺のパーティーはラクダを3頭調達してある。これから砂漠を移動するにしてももう少しラクダが欲しい。当てがある者はいないか」
それに反応したのはスモーキーさんだ。
「あるぜ。ガキ二人分と大きな楽器運搬も兼ねて合わせて3頭用意してある」
そう言われると私達は肩身が狭い。
「私達のパーティーはすみません。今日来たばかりだったこともあり用意していません」
「なら都合6頭か。子供二人と商人役が一応乗るとして、後はどうする?」
「それについては提案があります。子供二人にはずっと乗っていてもらうとして、チェルクまで残り3日の距離までは4頭を皆で2時間交代くらいで乗っていきましょう。体力の温存もできると思います。残り二日まできたら、1頭を他の皆さんで1時間交代で乗ってもらえれば二日で3回くらいは乗れると思いますが・・・」
「なるほど、不合理ではないな。俺はいいと思うが、皆は?」
「俺らは体調不良者が出たら優先して乗せてもらえるなら賛成だ。ここからチェルクまでは長丁場だ。マトモなオアシスもありゃしない。何人か倒れることは計算に入れねえとな。あとジェガンさん、あんたのところのブレナンドさんは大丈夫なのか?」
ブレナンドはこの中では最高齢に当たる。55歳らしい。
「私は大丈夫だ」
「そうか?俺たちはこの宿場町に先着していたが、あんたらがここに到着したときは息も絶え絶えだったじゃねえか」
図星だったのだろう。高齢者扱いされて怒りの感情がにじみ出ていたブレナンドは一転して俯いてしまう。
「スモーキー、言ってくれるな。若くあろうとする心意気を買ってやってくれ。ただ、皆と比べて少しばかりラクダに乗れる割合を増やしてほしい」
「ジェガン様!」
「はは、いいぜ。倒れて足を止められるよりは遥かにいい」
その態度や身なりはワルという印象を受けるが、スモーキーと言う人は見かけによらず目配りが効くし穏やかだ。
吟遊詩人の一団を率いる者として常に演技を心掛けているのかもしれない。本震なのかもしれないが。
そんな中、スカールと言う暁の風で歌を担当している30代という女性が手をあげた。
「ところでいつ出発する?ウチの子供一人がこの街に来る際にやや体調を崩してな。大分回復はしているが、明日の出発となるとまだ難しいと思っている」
歌を担当しているだけにその声は皆に通らせるだけの透明感を持っていた。それにスモーキーさんが頷く。
「ああそうだな。悪いが早くても明後日以降にしてくれ。悪いな」
エスタも手を挙げて同調する。
「いや、僕達も昨日遅くに来たばかりで明日となるとまだ少々きついからね。明後日以降にしてくれたら僕らもうれしい」
「いいだろう。それなら俺らも明後日以降の出発を支持する。余裕を見て3日後ではどうだ」
ジェガンさんが支持を表明。彼のパーティーもそういう意向なら話は早い。
「よし、決まりだな。ところでこの中に水を出せる魔術師はいるか?ウチのガキ一人が一応水魔術を使えるんだが、下手くそでな。飲み水を持ち歩かなくて済むならそれに越したことはないんだが」
「それなら私が。エスタも飲み水や料理に使うくらいなら水魔術を使えます」
「いいねえ。レベッカ、悪いが一応水球でも出してみてくれねえか?皆の安全に関わるからよ」
スモーキーはこれでいて皆の安全に心を配ってくれている。試されるのは本来不愉快だけど、一貫している彼の申し出なら悪い気はしない。
「いいわよ……これでいい?」
天井に向けて広げた右掌からわずかの空間を隔てて、その辺にも生えているヤシの実位の大きさの水球を作り出す。
「ヒュウ!いいね。これ、触っていいか?」
「いいわよ」
スモーキーはすっと手を伸ばして水球にさし入れる。それが水であることを確認し、手を抜いたかと思うと、それを両手で掬い口にする。
「間違いねえ。水だ。こいつは助かるな。これ、どれくらい作れる?」
「量の問題?いくらでも。ほら」
左掌も出して同じヤシの実サイズの水球を両手に二つずつ。計4つ。
「おお」
「あと……はい」
左手の二つを氷塊に変換して見せてみる。水球二つ、氷球二つを彼らの前に作って見せたことになる。
「おお!」
これには彼ら一同驚いた顔をした。
「まじか。水魔術のスペシャリストじゃねえか」
今度はスカールやジェガンもその氷に触れに来て、それぞれが頷いた。
「間違いない、氷ね」
「ああ」
確認が取れたところで作り出した水球と氷球をサイコロサイズに砕き、重力に従い落ちるに任せ、床に落ちる前に消した。
「暑さで倒れる前にきっちり言ってくれたらその前に冷やせるわ。こんなのいくら作っても魔力切れなんてならないから、遠慮して言わないなんてことがないようにしてほしい」
念押ししておく。砂漠で足を止められるのはたまらないからだ。
「ああ、もちろんだ。最高だね」
こうして私達の共闘が決定した。皆でザラーム王都のチェルクを目指すことになる。




