第8話 商人のフリをしよう
「で、貴女が元々商人だったというレベッカさんか」
「はい。よろしくお願いします」
「ジェガンだ。よろしく」
「どうも」
この日の食事時間が終わり、客も多くが寝静まったこの広間に私達と別のパーティーの4人。合計7人が残って少し大きめのテーブルを囲んでいる。
短い銀髪が決まった壮年の男性と、20代くらいに見える女性が一人、男性がさらに二人。その内一人はやや高齢に映る。これは銀髪ではなく白髪だろう。
銀髪の壮年の男性はジェガン、女性がウィッチ、残りの男性二人がブレナンドとレイモスというらしい。ウィッチはわからないが高齢に見えるブレナンドと、ジェガンと同じくらいの歳に見えるレイモスの二人はジェガンに仕えているように見える。
そしてジェガンの振舞いの端々からはどうも気品が感じられる。どこかでしかるべき身分にいたことがあるのかもしれない。
「さて、俺たちはそれぞれチェルクに入りたいという希望を持っているが入れないという悩みを同時に抱えた共通点がある。俺たちは同じ希望に向けて仲良くできる。そう思うんだが」
ジェガンが本題を始めた。私達は共通の目的の下でここに集まった。
「ああ、俺もそう思う。あんた達は俺たちにないものを提供できて俺たちもあんた達にないものを提供できる」
カイルが返し、ジェガンが頷いたかと思うと脇に座った男に目を向けた。
「win-winの関係を構築できる。それが今確認された。今手元にはないが、部屋には相応の品物にできる物資がある。レイモス」
「はい、ざっとこのくらい」
レイモスが差し出してきたメモ書きには、結構な額になりそうな宝石類といくつかの美術品が書かれていた。
「正直、不足感はあるがな。最低限を装うにはギリギリ足りると思う。君らには何かないのか?」
価値のあるもの……何かあったっけ?
「大きいサイズの魔石はこの一帯でも価値があるよな?」
何かを思いついたカイルがジェガンに問う。
「もちろんだ。ものによるが、大きさや宝石に近い美しさがあるかと言ったところで価値が決まる」
そう言われて思い至ったのは杖に据えられた龍の魔石。あれは確かに価値があるだろう。でもそれは私の武器だ。
「杖の魔石は嫌よ?」
「ああ、その魔石じゃなくて袋に入れているあっちの方だ」
そう言えばそんなものもあったっけ。どうもあれからいろいろあって最初にもらったものは忘れがちだ。
「ああ、そうね。それなら出せるわ。あとはこの間の井戸の底で見つけた宝飾品がいくつかあるわね」
それを聞いたエスタは少し驚いたように身を乗り出す。
「え、そんなものあったの?割れたお皿とかしか見つからなかったんだけど」
「あのカエルを倒したところの床板を外したら見つけたの」
「何の話だ?」
こっちの話をしていたらジェガンさんが聞いてきた。
「ええ、井戸の底の空間に魔物が住み着いたから倒してくれって依頼でね。井戸に潜ったらそこに古代の街があったのよ。そこで多少の宝飾品を見つけたわ」
「へぇ、そんなこともあるんだな」
「ええ。一度それぞれの持ち物を確認しましょうか」
「そうだな」
***
食堂のようなオープンな場所で宝物の見せあいをするのはまずいということで、私達の部屋のベッドにそれぞれのものを並べて目録を作る。
これはあっちのパーティーのブレナンドさんの提案だ。彼は貴族に仕える執事に近い雰囲気を持っている。ジェガンさんの身分は高そうだから多分本当の執事かそれに準じた立場なのだろう。
価値のあるものを記載した同じ内容の目録を2通作り、契印代わりのサインを全員分。
同行している間は互いの高価値の所持品を一緒に保管する。これで互いに盗んだ盗んでいないというトラブルを避けるのだ。彼らにとって私達がどう映っているかわからないが、私たちは彼らをある程度信用できると踏んでいる。
その振る舞いの端々のどこをみても低俗さや粗暴さは全く感じないからだ。
「なんとか形は整ったな」
「ええ」
「モノが足りないのは、これが仕入れの旅だからだ。僕達は大都市マゼルに向かう仕入れの旅をしている。そういうことでいいね?」
「ええ」
ちょこちょことマゼルという街の名前が出てくる。マイヤールと言う国にある街らしいが、大都市と言うからには多くの物があるのだろう。
いろいろと話もまとまったとき、突然扉が開かれた
「面白そうな話をしてるじゃないか、混ぜてくれよ」
青く長い髪に黒い派手な衣装の男。宝飾を頭から足までつけている彼には見覚えがある。
さっき食堂で詩を披露していた吟遊詩人の一団の一人だ。ギターを弾いていた印象は荒くれ者に近いが、芸に生きている人だからそう見えるのかもしれない。
「俺はスモーキーっていうんだ。よろしくな」
吟遊詩人らしい華やかな装いをチャラチャラ言わせながら、彼は自己紹介をした上で部屋に上がり込んできた。
「話は聞いてたんだが、宝飾品はあった方がいいんだよな?結構あるぜ。衣装に使ってるマジモンの宝飾がたっぷりとな。それに専属の音楽家を連れてる商人だっているわけだからなあ、メンツの上でも足は引っ張らないぜ」
「彼は?」
私はさっき食堂のステージで歌っていたという以上に彼らを知らない。カイルもだ。エスタは微妙な顔をしていたから知っているのかもしれないが……
「なんだっけ、暁の風っていう吟遊詩人の一団だったはずだ」
「お、エルフの兄ちゃん俺たちのこと知ってるのか。それなら話は早いか?」
ニッとした顔をしたスモーキーはエスタを見る。
「うん、確か一度君たちの歌を聞いたことはあるはずだ。君たちはシャンタウで活動していたはずだよね?」
それなと言わんばかりにニヤッとした顔でエスタを指さした。同時に、少し寂しそうな顔もした。
「そうだ。シャンタウはいい国だったからな」
過去形。確かエスタは以前シャンタウという国について話していた。確か内乱状態にあるって。
二人が話しているところにジェガンさんが割り込む。
「待て。私も君たちのことは知っているつもりだ。有名だからな。それでシャンタウが活動の中心の君たちがどうしてここに?」
スモーキーはお手上げと言わんばかりのジェスチャーをする。
「シャンタウの政情不安は聞いてるだろ。もう国が倒れるのも時間の問題だ。実際もう倒れてるかもしれねえ。キーリカなんか軍を越境させて領地を広げる頃合いを伺ってる。そうなっちまうと俺達みたいなのはひとまずお払い箱さ。稼ぎにならねえ。そのキーリカは国はそれなりに栄えているがあの荒地の大地に陰湿な国民性じゃテンションが上がらねえ。だからチェルクでも目指そうってな。でも俺達じゃどうやってもチェルクに入れねえってことを知ってな。困っていたところでコソコソしてるあんたらを見つけたってところさ」
なるほど、確かに国が荒れては吟遊詩人は稼ぎにならないだろう。命の危険も高まるだろうし。
「……どうするんだ?俺たちは彼らとはこの宿がほとんど初対面だ。あんたらに決めてもらいたい」
カイルはジェガンさんに委ねた。私も知らない彼らについて是非を判断できないから頷く。エスタもだ。
「なるほどな。スモーキーといったね。君らは何人で誰が何ができる?話は聞いていたんだろう?具体的には商人としてふるまえるだけの計算や一定の知識。これらを備えた者がいるのか?人数が増えるならば商人役も増えないと話にならん」
スモーキーは自信満々に頷く。
「おう、ウチのバーニッシュって金庫番なら申し分ないだろう。金勘定は全部任せるに足りる男で仕入れの目利きも間違わない」
「戦えるのは?」
「俺と後二人。未成年のガキが二人いるがそいつらも役目のある員数にいれるのか?」
「いや、いい」
そこまで言ってジェガンはこちらを向いた。
「すまんな。人数が増えた」
「レベッカ、問題あるか?」
「大丈夫じゃないかしら。でもその派手な見た目は直してくれるんでしょうね?商人らしくないわよ」
「ああ、必要ならな」




