第7話 レベッカの経験
ザラームに入って、最初の大きな街にたどり着いた。ここはオアシスを中心としたザラームの中でも典型的な城下町で、キーリカとの国交も担当している重要都市……なのだが、やはり大きな街は門番に聞いてみても入れない。
私達は情報をきちんと仕入れてあらかじめ保存食を大量に買い込み、その上水は魔術で準備できるおかげでぼったくりの出店の利用は最小限に抑えることができた。
それを知らなかった旅人はキーリカに引き返す者までいるほど、想像以上のぼったくり。利用できる宿場町価格の10倍はザラだ。
前の街で塩を買い忘れたばかりに、塩に銀粉を買うようなクレムを支払う羽目になってしまった。
まだ前の宿場町に余裕で引き返せるここでこうなのだから、王都はどれほどひどいのだろう。
そのような街と、旅人でも普通に利用できる小規模な宿場町を転々としながらこのザラームに入って早20日。
最初はまだキーリカに近い気候で砂漠というより荒れ地も断続的に存在したが、いよいよ砂漠のど真ん中と言えるようなところまで来てしまった。岩も乏しく、砂しかない。ザラームの王都チェルクが近い。
そんな私達は、チェルクの直前最後といえるオアシス付き宿場町にたどり着き宿を取った。ここからチェルクは10日程度の距離。
宿場町は全部合わせて30軒もないほどの小さな町だったが、チェルクを目の前に今後の計画を練りながら手持ちの物資を使わずに過ごす時間を長くとるため人が多く、そのせいで賑わっている。
危うく宿が満室になるところだった。とれたのは最後の1室。ただし大き目のベッド一つで3人で寝ることに。
「レベッカ、大丈夫か?何なら俺とエスタは野宿や床でもいいが」
「いいわよ。気にしないから平気」
ついにこういう事態になった。まあ、カイルとは同じ穴倉で寝ていたこともあるし今更だけど、エスタが一応気を使った方がいいのか心配してカイルに相談したらしい。
しかし心配ご無用。私にとっては何度も経験したこととでもいうのだろう。二人が寝ているベッドで一緒に寝ても全く構わない。何なら挟まれて寝てもいい。
前世では似たような状況になった朝、いつの間にかアレクを抱き枕にしていてフェリナにものすごく怖い顔で睨まれたことすらあったのだ。
……そういう意味では見た目は”16歳”の年頃の娘でも中身はおばさん。うーん、これはこれでちょっと嫌だな。
ただ、旅の中ではお互いに命を預けあってここまで来ているのだ。何も起こらないだろう。エスタを真ん中にしてその夜を過ごした。
何かあったら、その時はその時として考えようと思う。
***
というわけで何事もなく夜が明けて宿の食堂に集う人たち、特にチェルク側からきた旅人を見つけては話を聞く。
「ねえ、チェルクって噂通り旅人は入れないの?」
そんな質問を何人かに投げかけたのだが……
「ああ、ひどい目にあった。街に入れないのはまだいいさ。問題は城壁の外に出てくる出店の連中だ。あいつらはヒデェ。俺達が食い物がないことをいいことに足元見て売りつけてきやがる。水はなんとかなった。水使いの魔術師が旅人の中にたまたまいたからな。そいつが水はマトモな額で譲ってくれた。だから俺達はまだ幸運な方だ」
「その出店の連中もやばかったわよ。私達をゴミを見るような目で見てくるんだもの。あたし達からしたらそいつらがゴミね。本当はぶっ殺してやりたかったけどあの国、あたし達を金づるか何かだと思ってやがる。兵士が出店の裏に控えていて何かあったら殺されて身ぐるみはがされるわ」
「出店と国が結託して俺達から搾り取ろうとしてやがるんだ。本当に許せねえよあの国。やべえ国は幾つか行ったことがあるがザラームの王都が一番カスだったな。旅人にあそこまで厳しい国は他にはねえぞ。どんな悪どい街でも最初くらいは旅人にいい思いさせて金を出させようとするからな」
「奴隷になれば街に入れるらしいけどな。もうカネもなくて進んで死ぬか出店店主の奴隷になるかの二択を選びたいか?そりゃねえだろ。どのみち人生終わっちまうぜ」
一つもいい評判はなかった。
チェルク方面から来た旅人の証言はこれからチェルク方面に向かう他の人達も気になるようで、いつしか話を聞く塊ができていたほどだ。
私達はまだいい。水はいくらでも作れる。食料も買い込んだ。なんとかなるだろう……とは思う。
いや、それでもこの宿場町を出てチェルクでぼったくり店を使わない前提だとどううまく行っても20日は無補給で耐えなければならない。10日やそこらなら何とかなるかもしれないが、20日以上はきつすぎる。体力の問題もあるのだ。
しかも砂漠の魔物はまだ遭遇していないが狂暴なものもいるとも聞く。足元の砂地から前触れもなく突然襲い掛かってくることもあるそうだから重装備にすればいいというものでもない。瞬時に戦える程度、つまりいつも程度の装備に抑えることも必要らしい。
その上砂嵐にでも遭遇したらとてもじゃないが進めない。
気候、魔物、体力、そして抱えていける荷物の量には限界というものがある。
だからチェルクに寄らずして20日では絶対に踏破できない。
「カイル、お金は?」
「この間寄った街のぼったくり店より酷いと考えたら正直やばいな」
「キーリカが下手に治安がいい国だったのが災いしたわね」
「物価が高かった上にランク的に受けられる依頼がほとんどなかったからね。国がしっかりしてると大抵のことは軍がどうにかしちゃうし」
エスタの言う通り、キーリカは魔物は強いがその分軍隊も強い。軍隊が強いから賊の類が反比例して弱体化するというお国柄から、私達みたいな戦ってなんぼみたいな冒険者が稼げる話はあまりなかったのだ。
「あとクレムがザラームまでしか使えないからな。残りの金をその先の通貨に換金しておきたい。だからできることならチェルクに入って換金したいが」
本当ならチェルク方面からきた人達と通貨交換でもすればいいのだが、チェルク方面から来た彼らはお金を吸い上げられた後であって、しかも残すならこれからメイン通貨になるクレムだ。元居た国の通貨を先に使ってしまうだろう。
ザラームより先で使えるお金の調達はここでは不可能だった。
食堂に集った多くの人達が共通した悩みを抱えているようで、重い空気が漂う。
そんな中の一人がこんなことを呟いた。
「商人はいないのか?商人がいれば街に入れる。誰かいないのか?」
誰もいない。そもそも農業生産力の乏しいザラームは周辺の農業生産が強い国から食料を多く調達していて、それらは国の外郭部の都市群が請け負い、軍に護衛された国所属の承認を中心とした輸送隊によりチェルクに運ばれるらしい。
通常の商人たちは嗜好品に属していたり希少な食糧や雑貨、宝石類に武具の類。これらを売りに来る者たちが想定されているようだ。
そんな商人がいれば護衛として雇われることで街の中に入ることは可能なのだが……
今後についての悩みを抱えながらも時間は経ち、夜になった。
吟遊詩人の一団が音楽を奏でる中、盛り上がる者達とひとまず砂漠の地獄を抜けてホッとする者達、そしてこれからの道中に頭を抱える者達と三者三様の空気が流れている。
幾人かはこれからの道中私達と共通した悩みを抱えていることがわかる。
そんな中、別のテーブルにいたパーティーの一人がこんなことを呟いた。
「商人はいいわよね。商人ならあの街に入れるのに。アムレードがいたらこんなことには」
「おい、それは言わない約束だ」
「だって……」
「もう言うな。あいつはもう戻ってこない」
隣のテーブルで食事をしている4人パーティーは訳ありのようだ。仲間を失うとかしたのだろうと思う。
それにしても、商人は入れるというならばフェルガウにいたユーリィムらにとっては楽な国なんだろうなと思いながら、ぼったくり店の利用やむなしかなと心の底で覚悟をしつつあった。
「……ねえカイル、ところでさ」
エスタがなにやらカイルに小声で話をしている。その内容はいまいち聞き取れないが別に気にすることでもないと思い、吟遊詩人の詩に耳を傾けていたが、カイルに肩をたたかれた。
「なあレベッカ、お前読み書きと5桁以上の計算全部できるよな?」
いきなり何を言い出すんだ?
「ええ、できるけどそれが?」
それを聞いたカイルはエスタと眼を見合わせ、私にとんでもない提案をぶつけてきたのだった。




