第5話 よからぬ噂
それから2か月ほど歩いたある日の夕方キーリカ王都ベルゼに到達。
この辺は荒れ地というより比較的水の便に恵まれていて方々で農地が開拓されフェルガウにいたときのような生活基盤が整っている。
そんな王都の宿はバスタブこそないものの水も十分使えるし、相応に食事も種類、味共に豊富で私としては非常に満足できる水準にある。
「7日くらい滞在しない?少し疲れを取りたいわ」
「いいね、そうしようか」
「異議なし」
というわけで、少し値は張るが7日分の宿を取りここで休息と今後の準備をすることにした。到着が遅くなったこともあり、今晩は食事をしながら今後の方針を決める会議をすることに。
「さっきこの先の情勢について情報を集めてきたんだけど…」
私が存分に湯浴みをしている間にエスタは情報収集に行っていた。彼はこの街を何度も訪れたことがあるそうだ。だから情報収集を買って出て今に至っている。食事を済ませて軽くお酒を口にしながらの会議だ。
テーブルの上に広げた紙にはキーリカの地図が描いてあり、隣国として北にフェルガウ、南から西にかけてザラーム、そしてシャンタウという国が東側にあるらしいことが記載されている。
「まずシャンタウはダメだ。政情が不安定で群雄割拠状態。もう衝突が絶えないらしい。国境もキーリカの軍がほとんど封鎖している状態で通れないって」
なるほど。それは危ない。
「ちなみに僕の生まれたエルフの里はシャンタウよりももっと東だ。道中治安も悪いし、ここから軽く半年はかかるから行かなくていいよ。森以外特に何もない田舎だからね」
エスタは地図のシャンタウと書かれた部分の更に外側、机をトントンと叩く。地図に入らないくらい遠いのだろう。
「帰らなくていいの?」
「うーん、僕もいずれは帰省した方がいいと思ってるけどあと50年くらいは別にいいかなって思ってる。100年以内には一度帰ろうかな」
人の寿命が70くらいだから、エルフの寿命からしたら、人間で言う1年くらい故郷に帰っていませんとかその程度の話なのだろう。1年帰ってこない旅人や商人なんて人間でもいくらでもいるだろうから。
「それでだ、問題は逆側の、砂漠の国ザラームなんだけど…」
「こっちもダメなのか?」
私もカイルと同じことを思い、カイルと同じように心配した顔をエスタを見ただろう。エスタは困惑した顔をして続けた。
「ダメ……ってことはないんだけど、どうもあの国ここ10年くらいで制度がきつくなったらしいんだよね。前はそうでもなかったのに。旅人として通過するには厳しいかもしれない。まあ、レベッカもいるから生きて通過するくらいはできるだろうけど、通過することそれ自体が苦行になるかも。滅茶苦茶暑いし、夜は逆に滅茶苦茶寒いからね。あの砂漠」
「制度って?」
「いわゆる身分制度。あの国って砂漠がほとんどで都市や集落がオアシスに分散してるんだけど、その国の身分の上から下までがっちり固まっていて、国を通過する旅人は下層扱いされるんだ」
「下層扱いされると何が悪いんだ?」
「話によるとまず主要な街に入れない。街道の宿場町は大丈夫らしいんだけど…」
「はぁ!?」
「下層の人間を入れるなんて街がより汚れてしまう、そういうことなんだって。まあそれは表面上の話で、実際は下層の人間が増えすぎると反乱がおきるからって数を制限してるらしい」
「うわ……ひどいわね」
「だから街の外を大きく迂回して街道に出直すしかない。外に旅人目当てで出てくる店もあるらしいけどぼったくりの極みなんだって。他の街まで距離があるから水とか食糧とか、買いこまないといけない旅人の足元見てるんだ」
地図に目を移すとキーリカはシャンタウとザラームの二か国と国境を接している。シャンタウは東から南にかけて。ザラームは南から西にかけてだ。ちなみに、西から北にかけては海があるようだ。つまりここから動くにはどちらかの国に行く必要がある。
「海は渡れないのよね?」
「海!?とんでもない。明るい時間帯に沿岸で釣りをするのが精一杯さ」
それはそうだろう。前世でも海を渡れるところは限られていた。海は巨大な魔物の巣窟なのだ。
「でもザラームは砂漠の国なんでしょ?誰も入れないなら食糧は?いろいろな物資は?どうやって暮らしているの?」
「商人は入れてるんだってさ。現金だよね」
「そういうことね」
ザラームはほぼ長方形の国土だがその北部中央部と南部中央部は人が通行できない過酷な砂漠地帯が広がっているらしい。よって東西に国土が事実上分断されている中、その中央部の通行可能地区にあるのが王都チェルクだ。
「で、危険な砂漠の真ん中をつっきる無謀なことをしないならザラーブの王都チェルクを通らないといけない。それ以外の道ははっきり言って存在しない。この国はすべての道がチェルクに通じるって言ってもいいんだ。いわばリボンみたいな形で街道が繋がっている国さ。結び目が王都チェルク。ここを無視しては通れないけどここが身分制度の総本家。僕達は野営しながら城壁の外を迂回さ」
地図を指さしながらエスタはため息をつく。
次のザラームは良い国ではなさそうだ。早々に通過するべく準備することにして、その日は解散となった。




