第4話 共通認識
夜。レベッカは復活した浴場に行って湯浴みをしている。僕とカイルはもう部屋に戻ってきていて寛いでいるが、どうしてもレベッカがいないところで聞いておかなければいけないことがあった。
「ねえカイル、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
カイルはベッドで大の字になりながら天井を眺めている。
湯浴みの前はトレーニングをしていたからクールダウン中なのだろう。
僕も隣のベッドに転がりゴロゴロしている。
「レベッカのことなんだけどさ」
「あいつとは夫婦でも恋人でもないぞ」
カイルの先制パンチ。
「あはは、それじゃないよ。二人がそういう関係じゃないのはわかってるよ。お似合いだと思うけど」
「そうか。で、本題は何だ?」
色恋沙汰に発展しそうもないところをたきつけても面白くないからその話はここまで、本題に移ろう。
「うん、レベッカの魔術、あれは何?5系統使い?あんなもの700年前でもそんなに見たことないよ?古代魔術が生きていた時代でも5系統は珍しかった。それが今の時代で5系統?あり得ない」
カイルはリラックスしていた顔が少し考える顔になって天井を見たまま言った。
「言いたいことはわかる。俺も何をされてももう驚かないことにしていたから気にしないようにしていたがな。それにな、あいつ普段は使わないから俺も口に出さないが、付与魔術も使えるんだ。完全な形で」
「はぁ!?武器を魔術で一時的に魔法剣とかにするあれのことだよね?対象に一定の魔力を維持し続けないといけないから難しすぎて誰も使わなくなったっていう、あの?」
「そうだ。龍は付与魔術が無ければ倒せなかった」
どういうことなの?かつての付与魔術は使用魔力こそ初級魔術並だけど、魔力の振る舞いがじゃじゃ馬みたいになる。本来使用したら拡散して霧消していく魔力を固定した一か所に留めておくことが非常に難しいのだ。僕は使えない。
その制御を学ぶには昔でいうところの中級魔術の完全制御を習得するのが王道。大きな魔力消費を伴う中級魔術の制御をきちんとできるようになった上でようやく身につけられるものだ。
だから学ぶ順番としては実質的に上級魔術と同等だったはずだ。
今では天才と言われる人たちの一部に似たようなことができる人がいるが、それは対象を多少熱くしたり冷たくしたりする程度。それだけでもすごいのに完全な形の付与魔術?
学ぶ術がほぼ封殺されているのに何で使えるの?
きちんとした身分の親と妹がいなければ人の形をした魔族だとすら疑っていたところだ。
「信じられない」
「俺もだ。正直あいつのことはよくわからない」
あの子は何なのだろう。根本的に、今更古代魔術が使えなくなった理由を知りたいなんて、600年くらい前には似たようなことを考えた人たちはたくさんいたけど今は誰もいない。
超常現象の理由なんて考えるだけ無駄っていう結論が出て、誰一人研究しなくなって久しいのだ。その当時果敢に挑んだ者たちは何一つ成果を残せずに無駄なことをしたと悔やみながら世を去った。
「カイルはあの時代を生きていないからわからないかもしれないけど……」
「……ん?」
「レベッカを700年前に見てみたかった。あの子があの時代に生まれていたらどれだけ偉大な大魔術師になっていたんだろうって。きっと古代魔術も存分に使えたんだろうし、僕なら喜んで弟子入りしているよ」
記憶をよぎるのは当時の魔術師たち。
彼らは本当に強かった。
「そうかもな」
カイルの中でもレベッカは不思議ちゃん枠に入っているらしいことがわかった。
そして旅をするにしても僕は足手まといになるんじゃないかと心配になってきた。魔術も剣もレベッカに敵わないし。
ーガチャッ
「ただいま〜。いいお湯だったよ」
部屋の扉が開いて寝間着に着替えたレベッカが緩んだ顔で髪を拭きながら戻ってきた。
「おかえり」
「ふえ~」
ほかほかになったレベッカは完全に緩んだ顔をしながら椅子に座って風魔術で髪を乾かし始めた。これは僕もできることだし単に風を吹かせるのは風魔術の基本のきだからいいけど、この子はどれだけ引き出しを持っているんだろうか。
「……なに?顔に何かついてる?」
「いや、器用だなと思ってさ」
「これくらいエスタもできるでしょ?それよりもさっき小耳に挟んだんだけど、明日この街に行商人が来るんですって。ちょっと出発遅らせて買い物しない?」
「いいね、そうしようか。僕達の旅は急ぎじゃないしね」
「決まりね。はー、今日も疲れたわ。おやすみなさい」
「おやすみ」
髪を乾かし終えたレベッカはベッドに転がって布団に包まる。いつの間にかカイルも寝息を立てていた。じゃあ僕も寝ようか。
灯りの火を消して、目を閉じる。
まあいいさ。レベッカがどんな子だったって関係ない。
何よりいい子だしね。それで十分さ。




