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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第8章 南へ
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第1話 にぎやかになった旅路

 エスタが加わり、何となく黙々と歩きがちになっていた旅がにぎやかになった。

 前世で言えばアレクと共通したところがあるのかもしれない。もちろん全然違う人なのは間違いないが、軽口をたたいてくれたりするから純粋に旅が楽しくなった。


 実家を出て数日。

 心の隅では騎士団を擁するファルシオン家が追いかけてくるかもしれないなんて考えていたが杞憂に終わり、幾つかの道の分岐を経てもう追撃はないだろうと思えるに至っている。

 

 ところどころで魔物とも遭遇する。しかし視線が三つになり、エスタは誰よりも旅慣れしている。これまで以上に魔物との遭遇を苦にしなくなり、野盗の類を回避できるようになった。

 何より寝るときの交代が3人制になったのはとても大きい。

 寝る時間が純粋に増えることは喜ばしいのだ。

 

 そんなわけで、南のキーリカに向かっている。フェルガウは比較的温暖で湿度もあり土壌も豊かなお国柄だが、キーリカから乾燥地帯が目立ち始め、その南のザラームともなると砂漠や荒野が基本となる乾燥した地域が広がるという。

 

「お米は食べたかな?ここから先お米は貴重だから国境を超える前に食べ納めは済ませておくんだよ」


「植生が変わるのね」


「そうそう。キーリカ辺りは何度も往復してるんだけど、国境線を境に完全に小麦中心の食糧体系に変わっちゃうんだ。キーリカでは全く作っていないわけじゃないけど、お米はほとんどないからね」


 というのが900年生きていろんなところをうろちょろしているエスタの談。


「エスタくらい長生きしているならすごく遠くまで旅をしてるんでしょうね」


「そんなことないよ。僕の趣味は遺跡探索や歴史の探求だからね。一つのところに居ついちゃうと平気で何年も経っちゃうから、基本的にヴェルドとかフェルガウ、キーリカザラームとシャンタウより先の東方諸国がほとんどかな。西国の海の方まで出たことはあるけど数えるほどしかないなあ」


「西国?」


「うん、多分僕が行ったことのある西の端がマゼルっていう街なんだけどすごく大きな街でさ、この辺の国の王都よりもはるかに大きいんだ。見知らぬ土地からの大勢の人が往来していてすごかったなあ」


 マゼル……知らない。

 エスタから自然と聞き出せた旅の話には、ハルファーという魔王の名前が出てきた以降全く前世とのつながりがある情報はない。


 だから一つ確信に近いものがあった。

 それは、この陸地は前世で私が行ったことのある土地ではないということだ。前世でも訪れたことのない土地はたくさんある。ハルファーという魔王の名を聞いて前世と地続きであったと安心していたが、足元がまた少しふわふわしてしてしまっている。


 ここは一体どこなのだろうか。


***


 1か月も旅をして国境を無事に超えて、キーリカに入った。

 少し高めの山脈に隔てられたその峠が両国の国境だ。数日登山をして、山頂付近の平坦になった場所に設けられた両国の関所を通過。


 フェルガウ側は植生豊かな森林が山々に広がっているが、逆側は多少の植生は在るもののゴツゴツとした地肌が目につくようになる。


「ここから先は水魔術を持っていないと道中きついんだよね。僕も飲み水分くらいは使えるけど同時に沢山は作れないからさ、レベッカがいるのは心強いよ」


「水くらいならいくらでも出せるわよ。安心して」


 それでもわずかな湧き水があるらしいが、そのほとんどに警備がいて水を取るのに金をとるらしい。もっともこの辺は酷い方で、平野部に出れば大したことはないとのこと。


 そんな警備がいる湧き水の存在する場所を横目で見ながら落石に注意しつつ下山し、平野部に出た。


 山を一つ隔てただけでここまで違うのかと。山の向こうは草原と森が広がる緑色の世界だったのに、こっち側はわずかな木が点在し草原は黄色く色づき別の色の世界になっている。


「今は乾季だね。二人はキーリカより南は行ったことないんだよね?」


「ああ」


「うん」


「それなら気をつけてね。キーリカは荒野が多くてフェルガウよりも食糧が乏しいから魔物と動物の強さはフェルガウよりも上だから」


「それは困ったわね」


「うん、まあ、君たち二人なら何とでもなるだろうけどね。あと夜行性の魔物も増えるから注意が必要だよ。あと身を隠すものもないから、ほら、見て」


 エスタは空を指さす。

 遠くに点々と何かが見える。


「あれは?」


「多分ガーゴイル。東の山の方に巣があるらしいんだ。この土地で一番警戒が必要なのはあの魔物かな。村によっては主要な移動動線に丈夫な屋根を付けちゃうらしいし」


「それほどなのか。しかし大分距離があるのに見えるってことは結構大きいの?」


「最低でも僕くらいの背丈はあるかな。大きい奴は倍くらいあると思う」


 エスタはひょろっとした優男と言う印象だが背丈はカイルよりも頭一つ分大きい。そのエスタサイズが最低サイズとなると相当だろう。


「怖いわね」


「知能はあるらしいから武装している集団にはあまり襲ってこないよ。極力一人にならないようにね」


「わかったわ」


 そんな会話をしていたのだが、ガーゴイルの群れに襲われたのはそれから数時間後のことだった。


***


「なんか増えてきたな」


 カイルが東の方の空を見上げながらポツリと呟く。

 これまで点々と見えていたガーゴイルと思しき数十体の空飛ぶ黒い点が展開しつつあった。


「そうね」


「そうだね」


「エスタの経験からして、これはどういう状況だ?」


「多分標的を見つけたんじゃないかな」


 周囲を見渡す。人どころか動物もいない。


「それってひょっとして、私達?」


 エスタも周囲を見渡して


「その可能性は高いね」


 と半ばうんざりしたように呟いた。


「やれやれ」


 カイルは剣を抜き、エスタは弓を取って矢を番える。私も杖の覆いを取って戦闘態勢。


「くるぞ」


 急速に迫ってきた空を飛ぶ鷹と人の合いの子のような図体をした魔物。


「先制するわ」


 空を飛ぶ魔物に対してはまずは風の魔術に限る。一番大きな集団に向けて四方八方から突風を吹かせ、その飛行姿勢を大きく崩す。

 この杖はとても優秀だ。ほとんど魔力を消費せずに魔術が使える。素手で用いるときの10分の1もないだろう。

 整然とした集団を形成していた彼らは突然乱れた風に密集隊形の中衝突し合い、あるいはバランスを崩して揚力を失った個体が地面に叩きつけられた。

 実は同時に、かまいたちと呼ばれる攻撃風魔術を放ってみたものの、空気の断層を鋭利に展開して相手を切り裂くその魔術は中級魔術に属するためか使えなかった。あれが使えればこんな連中一掃できるのに!


 それでも地面に落ちたり動きを鈍らせた相手に氷槍を飛ばし、半ばは躱されたが数体を撃破。


 背後に回ろうとした数体はエスタが弓矢でこれを仕留め、接近してきた相手はカイルが剣で迎撃。

 数体がカイルに斬り捨てたところで、ガーゴイルの群れは私達を襲ってはいけない集団だと気づいたのだろう。叫び声を上げながら引き上げていった。


 数度周囲を見渡し、動くガーゴイルはもういないことを確かめて私達も警戒を解く。

 周囲に十数体の槍や鋭利な爪を持つ死骸が散らばる中思った。


「これって普通の人達が襲われたらまずくない?」


「うん、まずい。だから弓兵とか大盾とか、そういうもので固めた兵士たちが護衛につくことが多いかな。でもここまで集団で襲われるのは初めてだよ。二人がいなかったら危なかった」


「じゃあ行きましょう。早めに街に着きたいわ。みんな起きている時に襲われるとは限らないもの」


「賛成。急ごうか」


 特に素材として価値がありそうなものはなさそうだから、死骸を魔術で焼いて私達はその場を去った。


***


 カイルが前を歩いている。

 後ろにはレベッカが付いてきているだろう。


 カイルにとっては普通のことなのかもしれないが、レベッカは何者なんだろうか。

 火と水、そして風に土。

 あの事件より前から生きているエルフでもないのに、4系統使える人族は珍しい。というか最後にそういう人族の魔術師を見たのは600年以上前だ。

 森の中にいたときはそこまで気にならなかったけど、この子はすごいや。ひょっとしたら雷系統も使えたりして。


 神々の闘争と呼ばれる事件は、当時生きていた魔術師達から見たら中、上級魔術が使えなくなったという意味を持っている。

 しかし、それよりも後の時代の魔術師達にとって深刻だったのは、魔術師の使える魔術の系統が少なくなったというところにある。


 もう少し正しく表現すると、その事件以後新たに魔術師の才能を持って生まれる人たちは1系統しか使えなくなっていた。多くて2系統。3系統使える魔術師はほぼいない。世界全体見渡して一人か二人いるかどうかだろう。

 事件の当時生きていた魔術師達が世を去って以後、そんな魔術師は数名しかいない。どれも人類の魔術の歴史に名を残しているほどだ。3系統使いが150年から200年に一人、そういう確率。聞くところでは数百年前に一人だけ4系統使いがいたらしいが噂の域を出ない。


 しかし現実の4系統持ちが真後ろにいる。

 彼女はまるで700年前から時空を超えて来たような、すごい魔術師だ。それに剣も僕より上手そうだし。


 彼女には家があるし、父親もいたわけだからそんなことはないのはわかるけど。

 上位魔術が使えなくなった理由を知りたいって言うことだから、きっと魔術に対して並々ならぬ情熱があって、その結果ここまで魔術が上達したんだろうな。特に過去3系統使えた実在の魔術師達と比べてその特有の気難しさも感情の不安定さもない。


 700年前にはそういう人たちが何人もいた。その頃の魔術師達の顔が思い浮かぶ。

 何人かは友達だったから顔をはっきり覚えている。魔術を習ったことさえある。そんな懐かしさを覚えながら、乾いた音を立てる砂岩でできた街道を進んでいった。


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