第2話 来訪者
暫く経ったある日のこと。
日々のルーティンとして山に今日明日食べる分の果実を採りに行き、小麦粉の残量が少ないことを思い出しもうすぐまた下の街から買ってこないとダメかとため息をつきながら帰ってきたとき、今や珍しくなった来訪者がいた。
前は私の話を聞きつけて勧誘しに来るものがたまにいたのだが。それも一巡したのか静かな暮らしをしていたのだ。
久しぶりに勧誘が来たかと思いながら、住処としている掘っ立て小屋を覗いていた彼らに声をかけた。
「何よ、あんたたち」
勧誘にしては違う気がする。偉そうな人は誰もいない。冒険者パーティーだろうか。ならば私も安く見られたものだと思う。
「君が、周辺国を騒がせている不良魔術師かい?」
不良魔術師。まあそう言われることもあるか。
「他所でどう騒がれているかはわからないけど、そう呼ばれているとしたら心当たりはあるわ。で、あんたらは誰?」
彼らは男二人に女一人。装備品からすると剣士又は戦士二人と聖女一人といった組み合わせ。
金をもってそうでもないし、装備品が立派というわけでもない。男のうち大きな方は見覚えはないが装備しているのはどこかの国の官給品に見える。遠くの国から来た勧誘部隊というところか。
「僕たちは君の力を必要としているんだ。旅に同行して……いや、仲間になってほしい」
「私はどこにも仕えないわよ。帰りなさい」
頭からどこかの勧誘だと思い込んでいたため、仲間になってほしいなんて変な言い回しは完全に無視していたが、言い終えてから漂う彼らの気配を見て何か違う気がし始めた。
「違う違う。僕たちは君を配下にしたいなんて考えてないよ」
「じゃあ何よ」
「言った通りの意味だ。僕たちは君と旅をしたい」
「嫌よ。それに何が違うの?面倒くさい」
手を払うようにそう言ったら今度は聖女が前に出た。
「私たちは、魔王を倒すために旅をしているの」
はぁ?……今何て言った?
「何を倒すって?」
「魔王よ」
「魔王……?」
聞いたことはあるし、その脅威がこの大陸にも迫ってきたなんて話はこんなところで一人暮らしをしている私の耳にすら入ってくる。
ただ今のところ身近な脅威ではないし多少強い魔物が来ても自分だけは生き残る自信もあった。
「そんなものを倒してどうするのよ。それに、魔王っていうからには強いんでしょ?勝てるわけが……」
「勝つわ」
「っ!?」
怒気すら孕んだ聖女の気迫は、これまで見てきた有象無象の魔術師たちとは違う何かを確かに主張している。
「だけど私達だけじゃ無理。貴女が必要なの」
私がいても無理じゃないの?必要とされても困るんだけど。
それから暫く、剣士一人と聖女とを相手に問答が続いたが、ずっと黙っていた黄土色の髪を短く刈り揃えたガタイのいい剣士が一人、そいつは私より周りを見ていたが、突然口を開いた。
「……なああんた、今の暮らしに張り合いないんだろ」
「へ……?」
「見た感じ、何か大きなことをやってるわけでもなさそうだし、それはその日暮らしの食料だよな?」
手元の籠をみれば果物の類と胡桃が少々。
「人との交流もないようだし、今やることないだろ」
「………」
何も言い返す言葉がない。
「暇だろ?付いて来いよ」
あっ……
最初の男と、聖女と、言ってることを比べれば一番軽い。羽のように軽い。
だけど二人の言ってることと比べたらそれは一番心を打った。
「……そうね」
そうだ、今の私は一言で言えば暇だった。心底暇だった。暇が苦痛だった。苦痛を通り越して訳が分からなくなっていた。
師匠が死んでからまともに口を利いた人なんて数えるほど。渋々町に出て買い物をする際も変な目で見られているから買い物に必要最低限度以上の話もしていない。
暇の潰し方も分からなくなっていた。
だから、この男が少しだけ気になった。
「あんた、名前は?」
「カーターだ。こっちはアレク。こっちがフェリナ。君は?」
「ジュリナよ。話は聞いてあげるわ。私の名前以外の自己紹介は不要よね?貴方たちのことを聞かせてくれる?」
「もちろんだ!できれば落ち着けるところがいいかな」
アレクと紹介された男が視線を送るのは掘立小屋。そう言えば私の掘立小屋はこんな人数が入れるようになっていない。
「わかったわ。お茶を出してあげるから、掃除してる間待ってて」
そうしてアレク達にお茶を出してから、しばらくの間使っていなかった師匠との住まいの掃除に向かった。
***
「なるほど、噂には聞いていたけどそんな場所があるのね」
久しぶりに使う師匠との家。なんとか片づけられたリビングで彼らのそれまでのことを聞いた。フェリナが神託を受けたこと、勇者を探せと言われたこと。そして勇者を目指したアレクとその親友カーターに出会い、先ずは手近なところにいる人々の脅威を排除していたこと。
そして魔術師型の魔物が多数出現する、遺跡が変化した迷宮でフェリナの防御が物量で食い破られて敗退したこと。
そのために私が必要だということだ。
確かに、旅の基本ということで師匠から聞いてはいたが前衛の剣士や戦士と支援の聖女、そして後衛の魔術師。これが一番望ましい形だという。
そしてもし私が加われば前衛が交代で2枚になるから大分ましになるだろうし、遠距離攻撃ができるのならば隙はなくなるだろう。
それはわかる。
「だけどなんで私なの?他にも魔術師はいくらでもいるでしょう?」
予想した答えは私の力だ。アレク達は、私が周辺国の魔術学校や宮廷魔術師を荒らしまわったことを聞いてここにきている。
だから強い魔術師が欲しい、そう言われるのだろう。そう思っていたが、少し違った。
「そうね、一番は……外に殴り込みに行く行動力ね」
「……え?それが一番?」
結局魔術の力だけなんじゃないという皮肉を込めた返答を用意していたのに、予想外の答えに顔をしかめてしまった。
「ええ。今のご時世、魔術師って冒険に出たいっていう人はもう手近な人たちと旅に出ちゃってるのよ。残っているのは長旅には適さない高齢者か子供か、あるいは絶対に地元から出ないぞって言う内向きの人たちだけ」
「私だってここに引きこもってるじゃない」
「優秀な魔術師がいるって聞いたら殴り込みに行くでしょ?貴女なら」
そう言われて考えてみる。もし隣国に最強を自称する魔術師が出現したとして、それがどうやら事実らしいとしたら、私は…………即杖を片手に殴り込みに行くだろう。
フェリナの洞察は正しい。
「そうかもしれないわね。でも結局、外に出る気があっても力が伴わないなら誘わないでしょう?」
「いえ?貴女ならわかるでしょう?才能がない人に才能は与えられないが、才能が多少なりともあるのであればそれを伸ばすことはできるって」
「……」
「だから、一緒に戦ってくれる気持ちを持ってくれるか。それが私達が思う一番のことであって、貴女はきっとそうしてくれる。だから貴女を誘いに来たの」
理屈としてはそうだ。多少なりとも魔術が出来ればそれを鍛えて伸ばすことはできる。でもだからといってすぐにそうできるとは限らない。成長の度合いは人それぞれ。それは魔術でも同じだからだ。
ただ、それでも私の力以外の部分を評価しているのは悪い気はしなかった。
「貴方たちがさっき言った迷宮、遠かったから行ってなかったけど噂に聞いて興味はあったのよね」
……なら、いいか。そういうことも、あるか。
一度視線を外して考えて、そう思ったから、決めた。
「いいわよ。貴方たちについていく」
「本当か!?」
「ええ。その代わり旅の支度とここを片付けるまで数日頂戴」
「もちろんだ」
彼らは顔を見合わせほっとした顔をする。
私は彼らの期待を裏切ることはない。少なくとも魔術に関しては他人の期待を絶対に裏切らない確信がある。
問題は、彼らの実力のほうだ。




