第1話 大魔術師の生い立ち
私が産まれたのは小国の名もなき村だと聞いている。
ジュリナと名付けられた私は、ありきたりな貧しい村の中のありきたりな田舎娘として育てられる、予定だった。
しかしその予定は、突如として出没した魔物が放った水魔術を3歳の私が真似して撃ち返したことで大いに狂ったのだという。
他人事のように語るのは、私の中で思い出せる最古の記憶が両親が後の師匠であるシモン相手に真剣な面持ちで私のことを相談している姿だからだ。私はその事件のことを全く覚えていない。
両親は、私が魔術を放った瞬間をきちんと目撃しており、私を魔物か何かが乗り移った悪しきものではないかと、たまたま付近を通りかかった魔術を使える旅人に相談したのだという。
その旅人こそ、その後私の師匠になり私に嫌われる事になる大魔術師ことシモンだった。
師匠は大層驚き私を抱き上げ何かをした後、私を弟子にすると告げ、もはや村の人々の手に余る存在となりつつあった私を引き取って連れ帰ったとのこと。
だから、両親の顔はギリギリでぼんやりと覚えているが、そんないきさつを師匠から聞いているからもはや両親というものに対しては何の感情も抱いていない。捨てられたという言い方をしても間違いじゃない別れ方をしたのだから当然だろう。
事実として、魔王を倒した後両親のところに戻るという選択肢も一応あったし、夫になるカーターもそれでもいいと言ってくれたのだが、そんな気はしなかった。
両親は血がつながっていたとしてももう他人だ。それよりも何年も共に戦ったみんなで近所に暮らすことを選んだのだ。
……さて、師匠の教えは食事の前に頂く命に感謝をするためいただきますと言いなさいからはじまり、生活家事のやりかた、次に私に文字の読み書きから教え、まずは自分で魔術書を読み自学自習できるようになりなさいと言った。
文字を書くのはやや面倒な気もしていたが、文字が読めるようになるのは面白かった。他人と言葉ではなく紙で意思疎通ができると言うことに新鮮味を感じていたのだ。
その中で、後から知ったがこの世には言語は”一つしかない”ことを知った。厳密には、今使われている言語は孤立して暮らす少数民族のものや暗号の類を除けば一つだけで、その他に既に滅びた言語が存在するということだ。
古代文字だと言われた使われていないものを学んでどうするのかと聞いたが、魔術を学ぶのにこの文字を学ぶのは避けては通れないと言われたのでその通りにした。
ただ、師匠は私に系統別の魔力の感触を教えただけで、それ以上魔術を詳しく教えようとはしなかった。
私自身も別に教えを請おうとはしなかった。
何故なら、文字を覚えた私は自学自習が出来たからだ。
師匠と言っても、私に生活の術と読み書きに簡単な計算を教えて以降、出かけて帰ってこないことも多く、私は一人黙々と魔術の自学自習をした。
読めるようになった文字で書かれている魔術書を片手に魔術の練習に励んだ。
少しずつ使える魔術が増えていった。
でも師匠は私に一つ特徴的な教え方をした。私に何も考えずただ無色透明の魔力だけを手に集めろと。
いう通りにした私の手を握った師匠はそこにいろいろな属性の魔力を流す。
当初水の魔術しか使えなかった私はその流れ込んでくるいわば”色のついた”魔力に瞠目する。水属性の魔力以外は初めての感覚だったからだ。
「いいかい、ジュリナ。今教えた魔力の感覚。これをよく覚えておくんだ。さあ、まず火の魔術だ」
そう言いながら師匠が私に流した魔力は、水のそれと似て非なる感触を私に認識させた。
「これが火系統の魔力だ。これを自分でやってみなさい」
後から読んだ師匠が持っていたどの本やメモにも書いていなかった他の属性の使い方を簡単に、確実に、適切に教える方法。
師匠がどこからこんな教え方を学んだのかわからなかったが、これで私はすべての系統の魔術の入口に立つ事が出来たのだ。
そんなすべての系統の魔力の”色”を覚えた私は師匠が持っていた本をたどたどしく読みながら勝手に魔術を覚えていった。
すこしだけ正確を期するならば、私は魔術の使い方を自学で学んだが、師匠はたまに帰ってきては私に魔術の出力調整の方法を教えた。
特にじゃじゃ馬となる中級魔術以上の魔術における魔力制御は一人で学ぶことが難しかったからだ。
そしてそれを師匠から教わる方法は命がけだった。
師匠の魔術をぶつけられるのだ。狙いを外すなんてことはしないで命中コースにあるそれを自力で何とかしなければならないというもの。
師匠からぶつけられた魔術を相殺するために、師匠の魔術で焼かれないために、必死で魔術を覚えた。
次第に、師匠が魔術を発生させるより前に、その魔力が魔術に転嫁する一瞬の魔力の性質を読み取り、師匠が魔術を生み出した次の瞬間にはこちらも対抗できる魔術を発動できるまでになっていた。
私自身、師匠に勝てると息を荒くしはじめ、師匠自身おそらく本心からそれに同意し始めた、そんな時だった。
その師匠が朝起きてこなかった。昼前になり仕方がないと思い寝室を見に行ったら、冷たくなっていた。
師匠は何の前触れもなく旅立ってしまっていたのだった。
***
師匠が突然旅立ってから1年。
「嘘つき…」
師匠はずっと私に「成人したら究極の魔術を教えてあげよう」と言っていたのだ。師匠が死んだのは私が13歳の時。
あと2年あったけど、それはなんだったのか。
正直、やるべきことはやりつくしたつもりだったから次の課題ということでそれが気になって、師匠のメモや本を全部読んだ。隠している魔術書でもあるんじゃないかとくまなく探した。
そして何もなかった。
だから私は確信している。
そもそも究極の魔術なんかなかったのだろうと。
もし仮にそうじゃなかったとしても、究極の魔術なんてものが存在したのだとしても、それを私に教えず挙句手掛かりも残さずに世を去ったのだ。
だからどのみち師匠は嘘つきだ。
そう気づいたら、無茶苦茶腹が立った。
「大っ嫌い」
元々煙たい存在だと思っていた師匠が嫌いになった。
「そうよ、他の人に聞きに行けばいいんだわ」
うだつの上がらない自堕落に近い生活をしていた師匠を見ていたから、師匠以上の魔術師なんかこの世にいくらでもいるのだろうと信じていた。
だから魔術学校というものもあるらしいし、王宮には宮廷魔術師なんてものがいるわけだから、教員や宮廷魔術師はすごく優秀な人たちがやっているに違いない、そう思ったのだ。
そう言った人たちなら、究極の魔術なんてものに心当たりがあるだろう。
そう思い、最も近くにあった魔術学校に赴いて絶句した。
なんだこのお遊戯は。
てっきり魔術を習い始めた1年生かと思った集団が実は上級生。
そんな連中を相手にしている教員は私にも舐めた口をきいてきたから魔術でわからせてやった。泣くまで魔術で叩きのめした。
まあ所詮は学校かと思い宮廷魔術師のところに行った。
いざとなれば国防の場面にも出ていく宮廷魔術師なら!
……そう思っていた幻想は現実の前に木っ端みじんになった。
私の魔術の連射を相殺しきれず挙句の果てに魔力を使い果たし、杖を床に落として膝を屈して震える老爺の姿。
この国で権力を持つ一人の老人が一人の小娘に叩きのめされた姿は滑稽だったというのが後から聞いた噂話。
がっかりして帰った私は、さすがにそんなはずはない、たまたまこの国の魔術師が弱いだけなんだと思い至り、それからしばらく周辺国を”荒らしまわる”ことになった。
結果は同じだった。
もちろん多くの魔術師を打ちのめしたがその中には攻撃力が高い中・上級魔術を行使する者や私の魔術の連射を受けても長いこと持ちこたえる者達もいた。
ただし強力な魔術を使ったらあっという間に魔力が切れたり、初級魔術をたくさん使うだけが取り柄で他に何もなかったり、こちらが少々速度や出力を上げたら降参する者もいたり。
す
誰も私に傷一つつける事が出来ず私の前で地に伏すか腰を抜かして呆然とするかの末路を辿るに至った。
収穫があったとすれば、その最中に師匠であるシモンは最高峰の魔術師だったということを知ったことだけだ。
そうして私は17歳になり、同じように魔術を撃ちあえる相手もなく、一応魔術の研究はしていたがやる気もなく、時たま山の中にある家の近所に沸いた魔物に腹いせに魔術を撃ちこみ、いつの間にか掃除も面倒になり、広い師匠との家はほったらかして小さな掘立小屋で怠惰に暮らす日々に堕ちていた。
とはいえ死にたいわけじゃないし、健康を害したいわけでもないから最低限よりマシな程度のことはしていたのだが・・・
私は完全に独りになっていた。




