第2話 まつりあげられた勇者
「だははははは!!!!似てるぜ似てる!いやたまにはこの国もいい仕事するじゃねえか!」
私達はとある酒場で、料理を囲んでいる。
魔王を倒してそれぞれ別の場所で別の暮らしをするようになった私達だったが、歩いて二日の距離に住んでいることもあり、4か月に一度はこうして集まって近況報告をし合おうという約束をした。
今日はそんな”定例会”の3回目だが、王都にほど近いこの街に住んでいるフェリナがとあるコインを持ってきたのだ。
アレクはそれを持ちだすことを明らかに嫌がっていたが、あちらもこちらもかかあ天下。
拒否権はない。
そのコインは、魔王が滅びた結果安定し始めた付近の銅山から獲れる銅を利用したもので、最近発行が始まった新しい通貨だ。
その表に描かれているのはなんとアレクの横顔。
どうみても目の前にいる本人より何割かイケメンに描かれているのが面白い。
「おっかしいでしょ?ほらほら、二人の分ももらってあるから存分に眺めてあげて♪」
それぞれコインを受け取り、しげしげと眺める。そこには
現物より
顎がシャープに描かれ
目は鋭く
そして凛々しく
トータルで見ると大層美男子に描かれたアレクの横顔があった。
それを見たカーターの爆笑が止まらない。
私もクスっと笑ってしまった。
フェリナとアレク、二人の結婚式が半年ほど前に行われたが、その時のメイクで着飾ったときの彼すらも霞んでしまうかもしれない。
もちろんアレクの顔はそれなりにいいと思う。だけど美化しすぎにもほどがあるというものだ。
「カーター、やめてくれ、頼む。後生だから」
「嫌だね。しかしお前さんが硬貨になったか!建国の英雄に肩を並べたってわけだな!」
「ガラじゃねえよ。これのせいで面が割れて迷惑してるんだ」
アレクはこれまで建国の英雄と言われる人物の肖像画が描かれたコインしかなかったこの国の通貨の中に一般人で初めて割り込んだのだ。
その硬貨の価値こそ5種類ある硬貨の下から2番目のものにすぎないのだが、逆に子供のお小遣いから大人のこまごまとしたところまで最も広く使われているものになっているためアレクの顔が大衆に知られるに至ってしまったのだという。
「それに、コインの方がイケメンだなんて言われる身にもなってくれよ」
今だって繁盛する酒場の他のテーブルで手元にあるコインとアレクの顔を交互に眺める客が後を絶たないのだ。ひそひそとコインと本人を見比べている。
「そりゃさあ、この一帯は魔王の被害を受けていたし圧政による収奪を受けていたから感謝されるのはまあわかるんだよ。でも流石になあ」
「いいじゃない。アレクはそれくらいのことを成し遂げたのよ」
フェリナはアレクの顔がコインで描かれることを好意的に感じているように見える。その視線の端々に夫が称えられることへの喜びがあるのだ。
そんな魔王を倒した後のフェリナは少し柔らかくなった。
これまでは魔王を倒すという目的の下で気を張っていたのだと思う。
最後の最後までお付き合いという気持ちや興味本位が消えなかった私と違って本気で成し遂げようとしていたように見えていた。
それが解消されて、今は一人の女性として妻として、街の聖女の仕事をしながらアレクと仲睦まじく暮らしているようだ。
今だって、そんなことを言いながらアレクの頬に手を触れてその照れが混じった夫の顔を優しく撫でている。
私達に見えないところでこういう光景はあったのかもしれないけど、夫婦以外がいる場所でこうすることはやっぱり彼女が変わったことを印象付ける。
「で、そろそろ落ち着いた?」
フェリナのお腹は衣服で目立たないものの淡い膨らみを見せている。アレクとの子がその中にいるんだ。
「ええ、もう大丈夫。つわりの時期は大変だったわ。」
フェリナは酒場に来たのにさっきからお茶くらいしか飲んでいない。酔ったフェリナを見るのは楽しいのだがしばらくお預けか。
「折角だからカーターもやってもらったらいいんだ」
「俺の顔なんか誰が喜ぶんだよ。アレク一人で十分だ」
「お前は心の友だと思っていたのに!」
「心の友だが心中はごめんだからな」
「そんなぁ……」
夫同士の漫才を身ながら妻サイドの私達はくすくすと笑った。
くすくすと笑いながら、ふと自らの生い立ちに思いを致すと、幼いころに得られなかった人並みの幸せとはこういうものなんだなと、そう思ったのだった。




