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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
幕間4 新たな日々と冒険の記録
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第1話 結ばれることと旅の記録

 魔王を倒し、魔王城を封印してから50日ほど経つ。


 その間周囲に残存した魔物を掃討し、それもひと段落ついた頃、アレクが私達を小さな酒場に集めた。

 ここはこのところ拠点にしている宿にも近く、私達の憩いの場となっている。

 

 みんなでいつもの通り杯を交わし、先日再開したという隣国との交易において最初にやってきた隣国特産の魚の塩漬けを肴に最近の魔物の動向や人々の様子に関する情報を交換する。

 正直、もう私達が何かをするという必要性は大きく減じている。

 これからここも含め、周囲の国々の国力も回復していくだろう。そして兵力も充実していけば魔物を極端に恐れなければならない日々は遠からず終わるはずだ。

 その道筋もはっきりと見えてきている。


「それで今日はどうしたのかしら?」


 呼ばれたのは私とカーター。

 フェリナも呼んだ体をしているが、フェリナは呼んだ側だというのは察しがついているし、話題の内容にも実は察しがついていた。


「ああ。フェリナ、いいか?」


 フェリナはアレクにコクっと頷く。


「俺たち、結婚することにした。その報告だ」


 ふぅ、とカーターがわざとらしいため息をつき、続けた。


「おめでとう。ようやく観念したか」


「ああ、この国に腰を据えることになりそうだしな」


「おめでとう。二人とも」 


「ええ、ありがとう」


 もう二人が結婚するのは既定路線だった。だからその報告そのものには驚きというものは全くなかったのだけど、出会った当初は魔王を倒しに行くというのになんだこのイチャイチャな二人はなんて思ったものだ。


 だけど、だからこそ、大願を果たして結ばれた二人が本当の意味でようやく一緒になれるのは嬉しかった。


「私もアレクも、カーターとジュリナのおかげでここまで来られた。二人は家族だと思ってる」


「ええ、私もよ」

「もちろんだ。俺たちは家族だ。ずっと助け合っていこうな」

「無敵の家族ね」

「いいな、そういうの」


 幸せと言うものはこういうことを言うのだろうなと、かつて孤独に暮らしていた時代からすると隔世の感を感じながらも、二人の行く先を祝福したのだった。

 

***


 それから1か月後。


 聖堂の奥。

 ここは新郎新婦とその家族のみ入室することが許される一つの聖域だ。

 アレクとフェリナには連れてきている家族なんていないが、長らく命を預け合った私達が家族としてこの空間に入ることを許されている。


「フェリナぁ~!綺麗だったわよ!!!素敵すぎてもう私泣く!もう泣いてる!!」


「ジュリナぁ~ありがとぉ~~~~!!!泣いていいよね!もう泣いてるけど!!」


 私達は号泣しながら抱き合い手を握り合い頭を撫で合い抱きしめ合って幸福な瞬間を味わいつくしていた。


 もう挙式は終わったのだ。私もフェリナも化粧が落ちたって構うもんか。ここにはアレクとカーターしかいないんだ。家族と言ってもいい二人しかいない。

 長年愛し合ってきたアレクとフェリナ。この二人がようやく正式に結ばれたのだ。化粧が落ちるほど泣いたっていいだろう。


 あとから思えばアレクそっちのけでフェリナと”イチャイチャ”してしまったのは申し訳なく思うが、それほど二人の結婚が嬉しかったのだ。

 結婚報告を受けた時は正直予想もしていたことだし、ようやくかという安堵の気持ちがあったからこんなことにはならなかったのだけど、神聖な式まで挙げられてしまったらもう感情の堤防が決壊してしまった。

 結婚式が終わるまで耐えた自分を褒めたい。

 親友の幸せというものがこれほど私にとっても幸せなものだったことなど知らなかったのだから。


 それから散々喜び合ったフェリナとのイチャイチャがひと段落し、泣き疲れた私はフェリナと共に机に突っ伏し気味にぐったりしている。でも多幸感に包まれていて、悪くはない。


 そんな時だった。


「なあカーター、男見せろよ」


「いや、しかしなあ」


「お前も年貢を納めろ、な?」


 部屋の外から先ほど二人して出て行ったアレクとカーターの声が聞こえてくる。

 何を話しているのだろうか。


「ねえジュリナ」


「なに?」


 けだるい気分で顔を上げると、そこにはいつの間にか立ち上がって私に向けられていたフェリナの掌があった。


「ちょっとごめんね」


「え?」


 何やら詠唱したフェリナの両手から柔らかく優しい白い光が私にあてられた。これは治癒神聖魔術だ。


「え、何?治癒魔術?」


 目の腫れを自覚するほど泣きはらしたそれが解消していく。重かった瞼が軽くなる。


「そうよ。目が真っ赤なんだもん」


「そんなの時間が経てば治るわよ。自分のを先に治しなさいな。主役なんだから」


「ええそうね。でも……」


 フェリナがそう言いかけた時、アレクとカーターが戻ってきたようだ。私の背後で扉が開く音がする。


「二人とも、おかえりなさい」


「おかえりな……?」


 フェリナと違い、おかえりなさいという言葉を言い切ることができなかった。

 そこにいたのは式の間から新郎にありがちな白い礼服を着ていたアレクと、そして、白いものなど着ていなかったはずなのに、アレクと似たような装いに変わったカーターの姿だったのだ。

 そしてカーターの手には赤いバラ。

 カーターの顔は赤いバラに負けず劣らず紅く染まっている。

 目の前にある光景は瞬く間に私の胸を高鳴らせ口を止めるには十分だった。


 カーターは私の前に立つ。

 反射的に、椅子に座っていた私は立ち上がり、胸の前に両手を握りしめカーターの前に立った。


「ジュ……ジュリナ」


「は……はい」


 私だって、馬鹿じゃない。

 こういう時。

 こういう場所。

 見届けようとするアレクとフェリナの視線。

 完璧な人だと思っていたカーターのたどたどしい口調と朱に染まった顔と顔一面に光る汗。


 そして


 収まるどころかもっと熱く激しさを増す胸の高鳴り。

 もうカーターから目が離せなかった。

 その目から射抜かれたように、ずっとその目を見ていた。


 ああ、私は、この人に、恋をしていたんだ。

 この人と、一緒になりたいと思っていたんだ。

 これまで抱えていた得体の知れない浮ついた気持ちを満たしてくれるときが、もうすぐのところにあった。


「好きだ。俺と、結婚してほしい」


 気持ちより理性が先に来る。それが私の、私自身に対する評価。

 この時ばかりは、逆だった。


 次の瞬間、カーターに抱き着いていた。

 そうか、カーターに今まで抱いていた気持ちはこういうものだったんだ。


「嬉しい、嬉しいわ!カーター!」


 カーターと二人きりでいたときの途方もない嬉しさと落ち着きと、その半面の落ち着かなさ。お酒でごまかしていたそれは好きという気持ちだったんだと初めて理解した。

 正体不明の気持ちに対して体がやりたかったこと。カーターとこうしたかったんだと。私はずっとこうしたかったんだ。


 抱きしめあっていたらいつの間にか、フェリナが神具を持ち出してきていて、私とカーターの隣に立っていた。

 アレクは、フェリナの反対側。そこは参列者の位置。

 そう、ここは式の場となったのだ。


「では、神の御許にてカーターとジュリナの婚姻の儀を執り行います」


 フェリナは先ほどまでの花嫁の浮ついた気配はどこへやら。そこにいたのは紛れもない大聖女の姿だった。


「新郎カーター。新婦ジュリナ」


「「はい」」」


 その形式はついさっきアレクとフェリナがしたものと同じだ。


「両名は、これまでのように、これからも、死が両名を分かつまであらゆる苦難に耐え互いを護り合い、喜びを分かち合う仲とならんと欲する者なり。これに異議なくば、新郎より新婦の唇に口づけよ。神は祝福を授けるであろう」


 黄金色の神具が厳かに数回振られ、清められたこの場で、私はカーターから抱き寄せられ、唇を奪われた。


 家族だと思っていた人が、本当に家族になった瞬間。

 唇を離して見つめ合った夫の顔は、ずっと忘れられないものになった。



***


 その夜、四人で豪華な食事を楽しんだ後、アレクとフェリナの二人とは別の宿を取り、はじめての二人だけの夜を過ごした。


「ねえ、カーター?」


「なんだ?」


「私達、一緒になったのね」


「ああ」


 先程までの激しい情事など嘘のようにたくましい腕に抱かれて、穏やかな時間が流れている。

 私がこんなふうになるなんて思ったことはなかった。だけど、フェリナはきっとアレクとこんな素敵な時間を過ごしてきたんだと思うとずるいとすら思える。

 でもこれからは私も……。


 少し視線を上げるとカーターと目が合う。目を合わせたことなんて何度もあるはずなのに、もうその目線が恥ずかしくてたまらない。

 知らずに恋をしていて、今はもう愛を交わしている。

 照れ隠しに、きゅっと彼の体を抱きしめた。

 そんな気だるい時間が、心地よかった。


 そんな時だった。カーターから一つの提案を受けたのは。


「ジュリナ、やりたいことがあるんだ」


「いいわよ。どこにでも行くわ」


「まだ何も言ってないだろ」


「いいじゃない。私と貴方なら何でもできるわ」


「そんな大層なことじゃないさ」


「そう?何がしたいの?」


「記録を残したいんだ」


「記録?」


「ああ、俺達の冒険の記録だ。アレクがフェリナから神託を受けたり俺も加わってもう7年にもなるそうだ。ジュリナが仲間に加わってからもう5年。だからその記録をつけたい」


「素敵じゃない。私が加わった後のことなら手伝えるわよ」


「ああ。だから二人で残さないか?魔王が復活するかもしれないし、俺達はしばらくこの辺から動けない。だからその間何かしたいと思ってたんだ。俺達の冒険の記録をできるだけ詳しく、残していくんだ」


「でもなんだか、日記帳みたいで恥ずかしいわね」


 やや思い至らなかった部分なのかもしれない。カーターは少しだけ時間をおいてから一つの提案を持ちかけた。


「……なら、こんな手はどうだ?」


「ん?」


 少し考えたカーターは、一つの提案をする。


「架空の作者を作ってその名義で出すんだ。俺達と知り合いの誰かがまとめた本って体裁で出す。そうしたら誰かが俺達から聞いた物語ってことで多少の脚色も誤魔化しもできるようになる」


「いいわね、それ」


「じゃあ、俺とジュリナの名前を合わせてもじって……カルラっていう人物がいることにしよう。この街で知り合って仲良くなったってことにする」


「安直ね、珍しい」


「いいじゃないか。こういうのを考えるのが一番大変なんだ」


 その後数年がかりで小説調にまとめられた物語は、私達4人の共通の友人である架空の人物「カルラ」がまとめたものとして商人経由で世に出した。

 原本としてつくったものはわずか3冊。

 これでも大変だった。

 1冊はウチで保管。

 1冊は世に出したもの。

 そしてもう1冊は、レオン・ニールセンという王様のところに送った。風の噂では彼は国をまとめるために奮闘しているという。これを送ることで少しでも権威付けをすることができたら、そう考えたのだ。


 私達の冒険が多くの人に知られるのは悪い気はしない。早速商人により一次写本が写本師の下で数十冊作られ周辺国に運ばれたとも聞いている。

 転生術を行使する少し前には、多くの街に写本が出回っていることを知り、私達のしたことが多くの人々に知られるようになる何とも言えない満足感に包まれたものだ。


 そしてこのとき、どこまで行ってもアレク達へのお付き合いや興味本位で旅をして、その結果魔王を打ち倒したつもりだった私が、そうではなく心の底からアレク達の願いを叶えるために必死だったことを知ったのだった。

 ああ、もう少し早く気づけていれば、もっと充実した旅になったのだろうか。


 ただ、今があってよかったし、今に至ってよかった。それは偽らざる本当の気持ち。だからこれでよかったんだと思うのだった。


 第7章最後にレベッカの父親が持っていた本は紛れもなくカーターとジュリナが作った冒険記の一次写本(原本を元に書き写したもの)です。つまりほぼ原文です。だからレベッカの父親が認識している勇者の物語は、まさに二人が作った冒険記そのものと言えるでしょう。

 一方、なぜ巷で歌われる物語はジュリーンという魔女がいたということになっているのでしょうか。その魔女は幕間で語った魔女のことなのでしょうか?本編で主人公がそれを知るのはもう少し先です。

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