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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第6章 新たな仲間と最初の手がかり
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第13話 街へ戻ろう

 森の中を進む。

 エスタが先頭を歩いてくれているおかげか、広大な大森林の奥深くを進んでいるのに歩きにくい場所はほとんどない。

 そしてもうこの周辺は人の手が入った形跡も全くない。

 例の賊もこの近辺に進出することができていないのは明らかだった。


「もしエスタとはぐれたら、もう森から出られない自信がある。いや、絶対に出られない。確信だ、これは」


「あはは、その辺は気を付けているよ。森歩きは大変でしょ?休みたくなったら遠慮なく言ってよ」


「ああ、すまない」


 カイルも私も森の中を歩き慣れているつもりだったし、何日か前から歩き続けて慣れたつもりだけど、エスタのそれには敵いそうもない。私もカイルも躓きそうになる微妙な起伏や小石や地面から飛び出た木の根をひょいひょい避けて何もないかの如く歩けるのだ。

 そしてエスタには帰り道の目算も付いているらしい。


 長寿種エルフは前世では見たことくらいしかないが、こうして行動を共にするとその森で生きているという特性に改めて驚かされる。


 そして彼の特性はもう一つ。


 すいすいと進んでいた彼がピタッと止まって左手を上げる。

 これは賊の追撃を振り切った時に彼が示した合図だ。

 周囲に危険や注視すべき何かがあったときの無言の合図。

 森の中では人の声は響くからだという。


 その合図に従い姿勢は片膝が地に着くほど低く、足音を立てずにゆっくりエスタの背後につく。


 一瞬振り返ったエスタと目が合い、あげた左手で藪の向こう側を指さす。

 そこにいたのは巨大な熊。

 そして爪はやたら長く、上顎から伸びた牙の鋭さが際立ち、一目見ただけで獰猛だとわかる。そしてそいつは魔物化している。


 熊は立ち上がり周囲を見渡している。

 多分警戒している。私達に気づいてる?


 (あれに先に食いつかれたら厄介だ。先に手負いにした方がいい)

 

 風が吹いて草木がガサガサ音を立てている間の意見交換。それが途切れそうになったから私の風魔術でその音を維持する。


(魔術で先制する?)


(それはダメ。あの熊、魔術耐性が滅茶苦茶高いんだ)


(え、そうなの?)


(あの毛皮がかなり魔術を遮断しちゃうみたいでね)


(じゃあどうする?突っ込んでもいいが)


(あの図体にしてかなり俊敏だよ、あれ。あれでいて身長の倍は飛べるし木に登って飛び掛かってくる。マトモにやりあったら全滅だ)


(マジかよ)


(だからまず機動力を封じる)


(どうやって?)


(ふふ、これさ)


 エスタは背負っている弓矢を指さした。

 

(結構距離あるわよ?風もあるし)


(このくらいの距離なら大丈夫)


 そう言いながら彼はほとんど無音で弓を準備し矢を番える。何故か一度に2本

 視界の中で熊は数歩動いて、また警戒する。

 警戒の方向がこちらの方に集まってきているおおよその方向は掴んできているのだろう。


(……)


 ピュン!


 不意に弦を弾く高い音が鳴ったかと思えば2本の矢がわずかな差を持ちながら飛翔して…熊の両足に突き刺さった。

 

 グオオオオオ!!!!

 熊は悲鳴ともとれる雄たけびを上げ矢を足に生やしながら転げまわる。

 当然矢は折れる。だが突き刺さった部分は抜けずいる。折れたせいで自然に矢じりが抜けることはもうないだろう。

 

「エスタ、いいな?」


「いいよ。それっ!」


エスタは再び2本矢を番え、熊に向けて放つ。それは2本とも転げまわる熊の両肩を正確に射貫き、こちらの正確な位置に気が付いた熊の出鼻をくじく。


「だああああ!!!」


 カイルが俊敏な動きでその熊に突っ込んで剣を振り上げたが……その剣を振り下ろしたと思ったら横に飛ばされた。いや、横に飛んで避けた。


「嘘っ!?」


 両足を潰しているとは思えないほどの勢いで黒い塊が突っ込んできていたのだ。


 間一髪避けたカイルに熊が襲い掛かるのは目に見えていたのですぐさま氷槍を放ち援護を試みる。が……


「はぃ!?」


 4本の氷の槍は違わず熊の側面に突き刺さった…はずが弾かれ甲高い音と共に地面に落ちる。魔術耐性は想像以上。

 ならばと対局属性の火球を飛ばすが毛の一本も燃やせない。

 まずい、魔術が効かないんじゃ私はここでは置物だ。


 突っ込んでくる魔物にはアレだ。穴を掘る!


……と突っ込んでくる熊の正面に穴を展開させたはいいが、その熊はすごい勢いで穴を飛び越え私に飛び掛かろうとして、やられたと思った私に到達する数瞬前。その両目に矢が突き刺さり私の脇にすごい音を立てながら崩れ落ちた。


「へ……?」


「ああごめんごめん。その熊って魔術を放ってくる相手を最優先攻撃目標にしちゃうんだよ。言っておけばよかったね」


 エスタが矢を放ったばかりの弓をくるくる回して遊びながらあっけらかんと詫びの言葉を述べたが…


「それならそれで早く言いなさいよ!」


 額から汗が流れ落ちる。その牙や爪で抉られなくとも着地する勢いで地面と挟まれただけで全身の骨がやられたかもしれなかった。死ぬかと思った。


「あはは、大丈夫かなーって思ったんだけど、レベッカって思いのほか武闘派なんだね」


「ったく、やっちまったかと思ったぞ。あれを人の体で止めるのは無理だろう」


「うん、無理せず避けて正解さ。マトモに当たってたらバラバラにはならないかもしれないけど、治癒魔術が効かないくらいの重傷を負って看取るしかできなくなるからね」


「ああ、そう思ったよ」


 カイルはため息をつく。


「だが、なるほどな」


 その視線の先にはさっきの熊。痙攣は見られるがもう動くことはないだろう。

 両目に突き刺さった矢の少なくともどちらかが脳を直撃している証拠だ。


「アーチャーか。一度に正確に二本の矢を放ててしかも狙いは正確だ。すごい技術だな」


「ふふ、ありがと。これがあると最低でも二人いるんだと思わせられるからね。便利なもんさ」


「エルフってみんなこうなの?」


 長寿の種族だというから、ひょっとしたらと思い聞いてみる。


「まさか!僕は元から弓矢が好きでね。ずっとやってたらこうなっただけだよ」


「そうよね。エスタみたいなのが二人も三人もいたらおかしいわ」


「その代わりと言ったらなんだけど、ほら、エルフって筋肉質じゃないから近接戦は弱いんだよね。多少の技術は身に着けたつもりだけど力で押されて鍔迫り合いとかされたら勝てないよ」


「それなら、ある意味ちょうどいいんじゃないかしら。森を動くときはエスタが前の方がいいと思うけど、基本的にはカイルが前衛、エスタがカイルを支援して私は後ろから魔術で援護しながら後衛をやるっていうオーソドックスな形を組めるわ」


「確かに。レベッカの方が近接戦は強そうだもんな」


 カイルは私に先日の野盗相手の無茶を咎めるように視線を向ける。

 いいじゃない、あれくらいの相手なら。


「レベッカも剣はできるんだね」


「自分の身を守るくらいはね」


「それよりはもう少しやるだろう?商人見習いがどこで覚えたのか知らないが」


 はい、前世で、夫に。です。


「それはいいでしょ。ところでこの熊、もう死んだのよね?」


「うん、そのはずだけど一応とどめを刺してもらえるかな?」


「ああ、いいぜ」


 カイルは熊の首筋に剣を当て、一気に突き刺しそのままねじるように半分を切断。更に逆側も切断し熊の首が胴体と離れ大量の血が流れ出す。


「ところでこの熊、毛皮とかは売れないの?」


 なんだっけ、レベッカの記憶で魔物の毛皮を商売の道具にしていたことがあった気がする。


「ん?もちろん売れるよ。この熊は凶暴だから商品価値があるね。半身分くらいは持って帰ろうか。急いで剥がさないと血の匂いにつられて他の魔物が寄ってきちゃう」


「そうだな。かかろう」


 カイルとエスタが皮を剥ぎにかかった。だがカイルが不思議そうな目で自然と見張りに回った私を見てくる。


「なに?」


「いや?なんでもない」


 再び作業に戻ったカイル。何なのかわからないが、その後も特に何も言われることはなかった。


***


 さらに数日。

 熊の皮を洗って乾かし丸めて縛ったものを私とカイルで分担して背負いつつ、ようやく森を抜け街道に到達。

 久しぶりの遮るもののない空に思わずため息をつく。


「やっっっと抜けたわ」


「うん、お疲れ様」


「長かったが、賊の気配もなかったしな。そしてここは……どこだ?」


 森を抜けた正面、20分くらいの距離だろうか。視界を左右に伸びる街道が見える。


「ここは王都とギルドのある街を繋ぐ街道だね。右手に行けば王都が、左手に行けば元居た街に行けるはずさ」


「なら、王都に用はないから街道に出たら左ね」


「ああ」


 街道を目指して歩き出す。ここは多少背の高い草むらがある程度の平原で、そこから小型の魔物が飛び出してきたり、あるいは空を飛ぶ魔物に対する注意を怠らなければ安全に歩けそうだ。


「そういえば、あの街が拠点なのかい?」


「いや、俺達は流れ者だ。北のヴェルドにいたんだが諸事情で居られなくなってな。こっちに流れてきた途中でギルドの依頼をこなしていたんだ」


「えっ、二人とも犯罪者?」


 そういえばどうなんだろう。でも正当防衛だよね、あれ。


「違うわよ。大商人に目を付けられて殺されそうになったから逃げてきたの。その過程で少しは人殺しをしちゃったけど」


「ああ、あの国は商人が強いからね。そりゃ大変だ」


 そんな話をしながら街道に足を踏み入れ、街を目指し左に曲がる。

 反対側の王都は王都と言っても砦がそのまま城になったようなもので、街としては大した規模ではないはずだ。もちろん相応の数の兵士や軍馬はいるからそれに応じた街はあるが、目指している街と比べたら些細なものだろう。


 街道が街道たる所以は街道の両脇の土地を草を刈り取り起伏を減らすなどして概ね整地し、魔物の接近があっても早期に察知し態勢を整えることができることにある。

 特に今いる街道は王都への道でもあるからその整備は念入りに行われているようで、どんなに長くても膝より長い草すらないのだ。

 一部焼け跡があるから魔術師が焼いて回っているのかもしれない。これだけ念入りなら街道両脇の森林でも定期的に魔物や有害動物の駆除が兵士により行われているだろう。

 こうなると、魔物の側も簡単には街道どころか街道付近にすら出てこない。


 そんなわけで私達は、森の中にいた時とは比べ物にならないほどふんわりとした気持ちで街へと進んでゆく。

 そんな油断を突いてまた賊が…ということもなく幾度か王都に向かう人とすれ違った程度で、翌日の昼過ぎには街の門を通過することとなった。

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